このあらすじはには結末まで書かれています。
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赤井三尋 翳りゆく夏
東西新聞に内定が決まった女子大生・朝倉比呂子の過去が、「誘拐犯の娘を記者にする大東西の公正と良識」という匿名記事でライバル紙の週刊誌にスクープされた。 比呂子の父親・九十九昭夫は20年前、横須賀市の総合病院から新生児を誘拐し身代金を手に入れたが、逃走中にパトカーに追われ交通事故死していた。この時誘拐された新生児は、未だ行方不明のままだという。入社辞退を申し出る比呂子。 入社前に個人情報が漏れたとあっては東西新聞の責任は重い。朝倉比呂子は抜群の成績で入社試験に合格しており、ことの経緯を人事厚生局長の武藤誠一から聞いた社長の杉野俊一は、比呂子に翻意するよう説得するとともに、社主の仲條貴子から、20年前の誘拐事件の再調査を命じられる。 白羽の矢が立ったのは、不祥事を起こし閑職に追いやられていた元辣腕記者の梶だった。梶は事件当時横須賀支局に勤務しており、今は人事厚生局長になっている上司の武藤とともに事件を取材していたのだ。 事件に関わった当時の刑事・井上から備忘録を借り、身代金を要求された病院長・大槻や被害者の手塚夫婦を探し出して取材していくうちに、梶は、接待のために借金が嵩んでいた薬品会社の営業だった九十九に誘拐を持ちかけたのが、証券会社に勤める友人の堀江だったことを突き止める。九十九は利用されていたのだ。 事件の真相は明らかになったかに見えたが、唯一の目撃者だった当事は幼稚園児だった田尻照代の話が気になって独自に調べをすすめていくうちに、新生児を誘拐したのは人事厚生局長・武藤の妻だったことが明らかになる。 武藤の妻は、自分の不注意から息子を事故死させてしまったため、代わりに同じくらいの月齢の新生児を誘拐していたのだ。妻は武藤に問い詰められ、事件の1カ月後に自殺。武藤は、真実を知りながら誘拐された新生児を自分の息子・俊治として育ててきたのだ。比呂子は東西新聞に入社し、海外支局に配属になる。 浅倉卓弥 四日間の奇蹟 留学先のウイーンで、左手の薬指を拳銃で撃ち抜かれピアニストとしての将来を奪われた如月敬輔は、同じ事件で両親を失った知能に障害を持つ少女・千歳を引き取るが、彼女にピアニストとしての才能があることを知ると、千歳の療養もかねて施設などを回って演奏会を開いていた。 そんなある日、国立脳研究所病院から招待を受ける。礼拝堂でのコンサートは大成功だったが、視察者を迎えに行く病院のヘリコプターが離陸直後に雷に打たれて墜落する事故に巻き込まれる。とっさに千歳をかばって覆いかぶさった療養所の職員・岩村真理子は、心臓に破片が突き刺さり意識不明の重態となる。 真理子は、中学時代に敬輔に淡い恋心を寄せていたこともあり、ピアノを弾けなくなっていた敬輔を励ます意味もあってコンサートを依頼していたのだ。 そして、真理子の意識は軽症ですんだ千歳の体に乗り移ることになる。真理子は夢の中で、入れ替わりは4日目の真夜中まで続くと告げられたという。 敬輔は二人が入れ替わってしまった事実を、真理子を慕う看護婦の未来と、植物状態の妻の世話をする外科医の倉持だけに打ち明ける。 4日目の真夜中になり、最後のお願いだからと真理子に頼まれてキスをした瞬間、敬輔は突然千歳の体に乗り移ったようになり真理子の切なる祈りにこたえて「月光」を弾いていた。 それを聞き終えた瞬間、治療室の真理子は息を引き取る。気が付くと敬輔は床に倒れており、千歳はピアノの上に伏せていた。不思議なことに、千歳に戻った千歳の知能は、みるみる正常に近づきつつあった。 銃撃事件以来はじめてウイーンの恩師に会いに行く決心をする敬輔。 *千歳の両親が施設の設立にかかわっていたかもしれないという事実も明かされる。 浅倉卓弥 雪の夜話 高2の冬、タバコが吸いたくなって真夜中に家を抜け出した和樹は、雪の舞う夜の公園で不思議な少女と出会い、なぜと思いながらも、話をする。この夜の出来事は、和樹の心にずっと残っていた。 やがて和樹は東京の美大に進学し、そのままバイト先の先輩・水原の紹介で、東京の印刷会社でデザインの仕事に就いた。しかし、会社内のトラブルに巻き込まれた和樹は、退職し故郷へ帰ってくる。 そして傷ついた心で、また彼女と雪の夜の公園で出会う。雪子はあのときのままの15歳の少女だった。和樹にとって、公園、雪子は安息の場所だった。生き方に不器用な和樹。もっと人との付き合いがうまければ、まわりを見る余裕があれば。 地元で水原の友人がやっているデザイン会社から仕事をもらい、社員になるようすすめられた和樹は、やがて社員になろうと決心する。 公園がなくなる日が近づき、雪子にたのまれて大きなかまくらをつくって「パーティー」をした日、雪子は天に帰って行く。時を同じくして和樹の妹に赤ちゃんが誕生する。偶然その子の名前を雪子と名づける妹。 *「命」。それは決して消えることはなく、光となって次から次へと受け継がれていく。その光のつながりの一部として、私たちの 「生」がある。「生き続ける」ということは失われていくものを見続けることなのか。(本文より) 浅倉卓弥 君の名残を 剣道部の練習を終えた高校生の友恵は、同じく剣道部の幼馴染・武蔵と雨の中を帰宅する途中に激しい落雷に遭い、二人揃ってその場から忽然と姿を消してしまう。同じころ、友恵の親友である由紀の弟・四郎も、姉を迎えに自転車を走らせている途中で落雷に遭い、その日から行方不明になってしまう。 友恵が目覚めたのは静かな山里だった。何もかもが現代と違う様子に、タイムスリップをしてしまったことを知り愕然とする友恵。その後、若い武者(駒王)に助けられ、駒王の仲間とともに暮らすことになるが、やがて中世の暮らしにも慣れ、剣の腕前を認められて駒王たちに剣の手ほどきをするようになる。やがて友恵は巴として駒王(木曽義仲)に嫁ぐことになる。 友恵とともにタイムスリップした武蔵も、数奇な運命を経て源義経と出会い、弁慶として歴史の表舞台に出てくる。しかし武蔵(弁慶)が、友恵(巴)と再会したのは皮肉にも、静(後の静御前=子供のころ弁慶に助けられる)に頼まれた義経が、義仲を征伐しようというときだった。無残にも義仲は義経に殺され、巴はそれ以後、義経を仇と狙うことになる。 同じ頃、タイムスリップしていた由紀の弟・四郎は、北条義時として姉の政子とともに頼朝を手助けする。 やがて平泉に向かった巴は、義経の影武者になりすまして逃げようとする夫・義仲の仇である義経を殺害する。鎌倉にもどり、大姫が密かに建てた息子・義高の墓に、由紀からもらったお守り袋を入れる友恵。 800年後、友恵たちがいなくなった場所からそのお守り袋を見つけた由紀は、友恵が生きていたことを知る。 *現代からこの3人を呼出したのは、妹と知らずに駆け落ちし妊娠させたことで母娘を殺してしまう盛遠という武士で、友恵には覚明として、武蔵には天狗として、四郎には文覚として3人に関わる。 通説の『袈裟と盛遠』=遠藤盛遠は見かけた美女が源渡の妻袈裟御前だと知る。盛遠と袈裟はいとこ同士だったこともあり、叔母(袈裟の母=衣川)の家に行き、一度でいいから二人であわせてくれと迫る。衣川は仕方なく会わせるが、盛遠は袈裟を手篭めにし、一緒になってくれと哀願する。袈裟は、そこまで言うならまず夫の渡を殺してれ、今夜夫の渡を風呂にいれ、髪の毛を洗って酒を飲ませて寝させるからと打ち合わせた。盛遠は手はずどおり暗闇で寝ていた濡れた髪を当てに首を切り布に包んで逃げ出すが、首の軽さや頭髪の違いなどを不審に思って月影に照らして見るとその首は愛する人袈裟御前の首だった。出家する盛遠。 浅田次郎 地下鉄に乗って 戦後に成り上がった大財閥・小沼産業の経営者の次男・小沼真次は、父との諍いで自殺した兄に代わり後継者として期待されていたが、専制君主の父親に反発して家を出、今は下着問屋のセールスマンをしている。地下鉄の1日券を利用し、都内の水商売の女性たちに怪しげな下着を売って歩くのが仕事だ。 家には妻と子供、そして真次とともに父のもとを去った母がいる。会社の専属下着デザイナー・みち子との関係も相変わらず続いている。 気まぐれに参加した同窓会の帰り、地下鉄を待っていると恩師の野平先生(のっぺい)に出会う。野平に出会ったことで、今日が高校生だった兄が地下鉄に轢かれて死んだ命日であることを思い出す。 兄のことを考えながら永田町の駅から地上に出てみると、そこは東京オリンピックを間近に控えた自分が育った新中野だった。兄の自殺を思いとどませられるのではと奔走した真次だが、現在の世界に戻ってみると何も変わっていなかった。 弟の圭三から父の病気が悪化していることを聞いても、一緒に父の会社を手伝ってほしいと頼まれても、真次ははねつけていた。自分の嫌っていた父親にいつしか似てきていた自分に気づき始める真次。 その後も真次はタイムスリップを繰り返す。時代は焼跡・闇市の時代、さらには敗戦直前の満州へと遡る。みち子とともに、二人が過去で出会う人々。闇商人の「アムール」という人物。娼婦の元締めのお時という女性。彼らは真次やみち子と大きな関わりを持っていた。 「アムール」とは真次の父のことで、戦争中はロシア軍に追われる野平たちを自分が囮になって助けていた。そしてみち子は、真次の父がお時に生ませた娘だったのだ。 妻を捨てても自分と一緒になりたいという真次に、みち子は、二人で訪れたオリンピックの年のお時の店で、母親のお腹の中にいる自分を殺すべく、いきなりお時に抱きついて石の階段を転げ落ちる。真次の父と真次の目の前で。この日、真次の父は同時に二人のわが子(真次の兄とみち子)を失った。 みち子という存在は、現実の世の中からはなくなってしまい、真次も忘れ始めている。兄だけが父の子でなかったことも明かされる。 浅暮三文 石の中の蜘蛛 立花は中学の頃、母親を自殺に追い込んだ父親を金属バットで衝動的に殴り殺したことから少年院に送られたが、そこで習得した木工技術をもとに楽器の修理を職業としてひっそりと生きている。 都内の完全防音を売りにしたマンションに引越しをしようと不動産屋と物件を見に行った立花は、そこの専用庭で前の住人が置いていった不思議な石「鳴く石」を拾った。見かけより軽く中でかさかさと音がした。そのマンションから外に出た立花は、突然走ってきた白いセダンにはねられてしまう。軽傷で済んだものの、聴覚に異常が発生した。音に対して異常に敏感になり、頭の中に洪水のように全ての音が雪崩れ込んでくるのだ。 引越しも終わりマンションで眠りについた立花は、音の集積からシルエット化された女の夢をみた。不思議なくらいリアルな夢だった。彼は直感的に白いセダンは自分を狙ったもので、この女と関係があるのではないかと気づく。立花は新しく得た聴覚を利用して、その女のことを調べるため部屋を調べ始めた。どこを歩いていたか。誰か訪ねてきたか。どんな音楽が流れていたか。彼には、音が持つわずかな差異を聞き分け、その音を出している対象の距離やその状態はもちろん、目には見えない人間の心理や過去の痕跡といったものまで、まるで手に取るように感じ取ることができた。 「鳴く石」の採れる豊橋を訪れた立花は、謎の女の姉一恵と偶然出会い関係を持つ。一恵の話から、妹の恵美は豊橋でいろいろな噂がたったために、東京に出て行ったままだという話を聞く。 彼女の行方を追っている最中、三人の男が殺され立花に嫌疑がかかる。殺されたのは、恵美が派遣スタッフとして勤務していた銀行の同僚の田川、田川に頼まれて恵美の後をおう興信所の男、恵美の地元での遊び友達(白いセダンの男)の三人。そして殺害したのは、恵美だった。 恵美は、地元の遊び友達と田川と共謀して勤務していた銀行の金を横領したが、そのまま田川を裏切って逃亡していたのだ。殺された興信所の男のマンションから収録した過去の音に紛れ込んでいた電車の発着シャイムの音から、立花は恵美の隠れ家を突き止め踏み込もうとするが、逆にナイフで刺される。なおも逃げる女を追い屋上に追い詰めるが、女は誤ってビルから落下する。一恵から「もう一度会って」という電話がはいるが、立花は石の中に閉じこもることに決めた。 麻見和史 ヴェサリウスの棺 少女時代、キリコという友人の不慮の死から人間の体の美しさにひかれ、その精密さ、複雑さに感動した深澤千紗都は、プラスティネーション研究の第一人者である東都大学医学部・園部芳雄教授の解剖学教室で助手としての日々を送っている。 そんなある日、実習で解剖した遺体の腹から小さなカプセルが摘出され、その中から「園部よ私は戻ってきた。Kを咎めよ。Tを罰せよ。最後にお前は沈黙するだろう。」と書かれた紙片が出てきた。その数日後、今度は標本室のホルマリン漬けされたマウスの傍らから「物語は始まった。生者が死者となり、死者が生者となる黒い絨毯の上で死者は踊り、生者は片腕を失うだろう。」とパソコンで打たれた文字の紙片が見つかる。 事務員として園部教室に加わっていた梶井とともに、カプセルが埋め込まれていた遺体が、20年近く前に久世という医師によって開腹手術が行なわれていたことを突き止めるが、久世は19年前に自殺していた。 やがて事件の協力をしてくれた院生・矢野の協力で、久世が蓑原という名で東都大学で助手をしていたこと、その久世を、北教授(園部の恩師)が献体登録のない遺体を腐敗処理してしまったことの責任をとらせて辞めさせていたことを知る。久世の代わりに助教授に抜擢されたのが園部だった。今度は、その北(K)が、吐いた物をのどに詰まらせ、左腕を切断された死体となって発見された。 千紗都は矢野から、同僚の小田島講師が、実は久世の同僚だったことを知るが、問い詰めているときに、技官の近石(T)が謀殺される。北と近石は25年前東都大学生だった田中祥子の切断された左腕と手紙が届けられた事件に関係していた。やがて、犯人は小田島ではなく、院生として園部教室に加わっていた竹下亜希だということがわかる。竹下は久世の娘の一人だった。 復讐に燃え、癌で余命の短いことを知った久世は、付き合っていた女性たちに子供を産ませ原田という女性をメッセンジャーに仕立てて復讐を企てていたのだ。竹下は、犯行を繰り返していくが、小田島は、竹下からの復讐への誘いを拒否し続けていた。千紗都たちの前で、園部の責任を追及する竹下。園部は隠し持っていた劇薬を飲んで自殺し竹下は逮捕される。 やがて梶井の協力で、千紗都の親友で総合研究資料館医学部門の展示会を企画する美幸こそが、謎の女・原田だったことを知る。久世を愛していた原田は、久世が残した研究の成果「永久死体」を展示会に出品した後、自殺するつもりだった。しかし、美幸の他にも久世が、他の大学に送られる遺体にカプセルを入れた死体を用意していたことを知らされ愕然とする。 *ヴェサリウスは近代解剖学の父と称される。 *プラスティネーション研究=人体組織中の水や脂分をシリコン樹脂やエポキシ樹脂に置き換えて保存できるようにする研究 伊岡瞬 いつか、虹の向こうへ 尾木遼平(46歳)は元刑事。かつて相談に乗ってくれと連れて行かれた女のアパートで、待ち伏せしていた男に襲われ、刺し殺してしまう。女はうるさく付きまとう男を尾木に殺させる目的があったのだろう。裁判では尾木に不利な証言を繰り返した。 3年半の服役の間に妻とは離婚し、現在は警備会社でガードマンをしている。ある日、3人組の若者にからまれ泥酔状態でつぶれてしまった尾木は、見ず知らずの女性・高瀬早希(21歳)に家まで送り届けてもらう。宿がないと言う早希を自分の家に泊める尾木。尾木の家にはすでに3人の居候がいた。大学を休学中の能天気のジュンペイ(本名は潤。尾木の先天性の心臓病で死んだ息子の名前が純平であったためそう呼んでいた)、ホモで男の暴力から逃げてきた翻訳家の石渡、夫と子供を交通事故で失い犯人の北川(スーパーの御曹司・有力なコネがあり軽い刑ですむ)を恨むあまりスーパーとみると万引きしてしまう恭子だ。 そして4日目に、早希を追いかける久保という男が突然あらわれ、彼女が美人局であることを伝えると、引き渡せとせまり家中をひっくり返して出ていく。その久保が、同じ日に、早希の家の近くで何者かに陸橋から突き落とされて死ぬと、早希は容疑者として警察に拘束され、尾木も参考人として取調べを受ける。 尾木は独自に彼女の無実を信じ助け出そうとするが、久保が暴力団組長・檜山の甥だったことから、組長から「真犯人をさがせ」と脅される。檜山は、かつて組の弁護士を尾木が逮捕した事件をいまだに根に思っていたのだ。 弁護士の花房の手助けもあり、早希と最後にいた檜山の女・二宮里奈という友人の存在を知るが、その彼女がミン中であることは、石渡が、クスリの売買がされているブルーノートのマスターから体を代償にして聞き出していた。尾木を手伝っていたジュンペイは3人組に暴行を受けて入院させられてしまう。檜山組と拮抗する尾木に恩義がある菊池組の組長から、里奈の居所を聞き出し密かに里奈を訪ねる尾木。幹部の新藤が里奈に手を付けたこと、新藤が久保に手伝わせて組で御法度のクスリに手を出していたこと(流していたのは北川)を檜山に伝えると、檜山は新藤を殺させる。檜山に、久保を殺した真犯人に危害を加ないと約束させる尾木。 彼は、恭子が早希を助けるために久保を突き落としていたことを知っていた。刑を終えて帰るまで待つことを伝える尾木。新藤に情報を流していたのは尾木につらく当たる室戸刑事ではなく、かつての尾木の同僚・近川だった。 *作中に出てくる、石渡が訳した絵本『虹売り』のエピソード。土にうめた悲しみの種が虹になるという話。その悲しみが深ければ深いほど美しい虹が出るという。『いつか、虹の向こうへ』というタイトルのもとになった。 五十嵐貴久 リカ 印刷会社に勤める42歳の本間は、友人からすすめられた「出会い系サイト」でリカと名乗る女性と知り合い、妻には悪いと思いながらも、メールを通して心を通わせていく。 しかし、本間が携帯の番号を教えたとたん、本間を追い詰めるするような電話が立て続けにはいる。少しでも電話に出ないと、普段のリカからは信じられないようなメッセージが残されている。おどし・泣き落とし、聞くに耐えないメッセージばかり。あわてて電話をすると、そんなことなど無かったかのように今度は甘えてくる。そんなリカの偏執さに恐れを抱くようになった本間は、携帯電話の番号を変え、リカとの関係を無理矢理に終わらせようとするが、いつのまにかリカに会社や家族のことが知られてしまう。 長い黒髪を振り乱し、常軌を逸した手段で本間をストーキングをするリカ。警察を辞めて興信所の社長をしている大学時代の友人・原田にリカのことを調べてもらうと、リカが2年前に勤務していた病院で起きたバラバラ殺人事件にリカがからんでいたことがわかる。原田にマンションを見張ってくれるように頼むが、その原田も数日後、バラバラ死体で発見されることになる。 リカが最愛の娘にまで手を出すにいたり、怒りに燃えた本間はついにリカと対決しようと、豊島園の駐車場に誘い出しゴルフクラブで殴りつける。動かなくなったリカを警察に連れて行こうと車に乗せたとたん、逆に本間は、リカに注射を打たれ気を失ってしまう。 本間が目覚めたのは12畳ほどの何もない部屋。体中を針金で縛り付けられた本間に、メスを持って迫ってくるリカだったが、危機一髪、原田の先輩の刑事・菅原に助け出される。このとき菅原の撃った2発の銃弾でリカは重体となり救急車で搬送される。ようやく家に帰ることができた本間だが、そこには実家に帰るという、全てを知った妻からの置手紙があった。愕然とする本間。 そこへ菅原刑事から、リカが救急隊員を殺して逃亡したという知らせがはいる。そのときマンションのノブをまわす音が・・・・。 (*以下文庫本のみのエピローグ)本間はリカに連れ去られバラバラにされる。しかし脳だけは依然、生活反応がある。意識が戻ったときのことを考えて菅原は、茫然自失になる。 池井戸潤 果つる底なき 池永陽 コンビニララバイ コンビニ「ミユキマート」のオーナー幹郎は、カンケリをしていた息子が轢き逃げされたことで失意の妻を力づけるつもりで「ミユキマート」を始めたが、妻も車にはねられ死んでしまう。従業員の治子(妻の友人)に惚れている八坂は治子とつきあうために指を落として組を抜ける=「カンを蹴る」。 しかし、付き合いはじめたものの、治子に振られたと思った八坂は組にもどるために鉄砲弾になる。止めさせようとする治子と、彼女の子供の頃の貧しい記憶、鮎寿司=「向こう側」。 シナリオライター志望の青年と離婚したばかりの従業員照代が、自分と別れるために愛人がいると思い込ませるシナリオを書いたことを突き止める=「パントマイム」。 演出家の小西に体を許しながらいい役を得られなかった香は、子供時代(母親に強制された栄養型パンの記憶)に逆戻りして声がでなくなる。小西に言われコンビニの駐車場でパフォーマンスをはじめる=「パンの記憶」。 ホステスの克子は借金を返しにくるが取りたてのやくざに待ち伏せされる。一時は克子を売った栄三が助けに入るが刺される。克子に求婚する客の石橋に心を動かされたが、生きていたらふたりで津軽へ帰ろうと栄三と約束する=「あわせ鏡」。 万引きの常習犯・加奈子を説得するが、偽善に感じ満におやじ刈りを頼む。満は幹郎を襲うが逆にホームレスたちに囲まれてしまう。逃げる満。遺された加奈子に襲い掛かろうとするホームレスをふみとどまらせる幹郎。救急車ではなく加奈子の肩をかりて妻の死んだ交差点に花を。月命日=「おやじ刈りの夜」。 志賀は、心臓の弱い和子が「ミユキマート」の横のベンチで発作を起して死んでしまうと、幹郎に結婚式の立会人をたのみ志賀はキスをしたまま窒息死してしまう。死をかけた老人の恋(「ベンチに降りた奇跡」)。7話連作。 池永陽 少年時代 昭和40年代の岐阜県郡上八幡。清流で知られるこの町では、中学1年までに日本橋という名の橋から吉田川に飛び込まなければ一人前の男といえないのだ。今年こそはと焦っている良平。始業式の日、良平の中学校に美貌の女教師・美樹が転任してくる。前の中学校で不倫していたという噂があり、「私は問題を抱えた生徒が大好き」と公言してはばからない美樹は、良平とその仲間、正太、達夫、博信たちと馬が合う。 しかし、民宿がうまくいかず達夫一家は夜逃げし、開業医の父の浮気が元で博信も母親と街を離れていく。 祭りの夜にチンピラに襲われたところを助けてくれた他校の中学3年生・岩鉄に惹かれていく美樹。その岩鉄と頭突き勝負をした正太も、店の客と母親の関係を疑う父親を置いて母親と逃げ出す。正太がいなくなった日、美樹も岩鉄と駆け落ちして町を離れていってしまう。良平を慕っていた町会議員の娘・小夜子の心は達夫へと移り、幼馴染の文通相手の雪野からはもう手紙は書かないと告げられる。 追い討ちをかけるように、姉の志保子が美術教師の大倉とお腹の中の子どもを道連れに心中してしまう。志保子が良平に残していった、大倉が描いたという自分の裸婦像。 誰も見届けてくれる人はいなくなったが良平はただ一人、日本橋から吉田川へ飛び込む。もう恐怖はなかった。 伊坂幸太郎 チルドレン 閉店間際の銀行に滑り込んだ陣内と鴨居は銀行強盗事件に巻き込まれる。アニメのお面を被せられて人質となった彼らは盲目の永瀬と出会う。三人は解放されるが、永瀬は、銀行ぐるみの犯行だと推理する。人質や行員たちがアニメのお面をかぶらされたのは、犯人が一緒に解放されても気づかないからだった(=『パンク』)。 「家庭調査官は拳銃を持った牧師だ」が口癖の陣内と後輩の調査官武藤。ある日新聞に、半年前に武藤が担当した万引き少年が誘拐事件にあったという記事が出ていた。少年が万引きをしたとき、父親と名乗って引き取りにきたのはサラ金に追われる男だった。おかげで少年は、万引きのことを両親に気づかれずにすんだが。半年後、その男を街で見かけた少年は、男を救うために自分から誘拐事件を仕組んだのだった(=『チルドレン』)。 陣内の告白に立ち会わされた永瀬と恋人の優子、そして盲導犬のペス。いとも簡単に振られた陣内につきあって2時間も駅前のベンチに座っていた3人に陣内は、失恋した自分のために公園の時間が止まっているという。夫婦に見えない二人、二時間たっても文庫本がすすまない女性。ヘッドホンをかけた男。鞄を大切そうに持っている男。しかし、彼らが2時間もじっとしているのは、鞄を大切にもつ脅迫されたオヤジ風の男を張っていた刑事たちだった。破廉恥なオヤジを懲らしめるために女子高校生が仕組んだ脅迫だった(=『レトリーバー』)。 武藤は人事異動で家事事件へと担当替えになっていた。彼は娘の親権を譲ろうとしない大和夫婦の調停を担当することになる。陣内は暴力事件を起こした明のことが気になり、明の働く居酒屋へ通う。明は気の弱い父親が嫌いだった。自分のコンサートに、なぜか大和修次・武藤・明を誘う陣内。明の母が大和と浮気をしていることを知っていた明。しかし明は、陣内たちの演奏のほうに惹かれてしまう。そしてボーカルが父親だということに気づく。「そもそも大人が恰好よければ子供はぐれねえんだよ」という陣内の言葉(=『チルドレンII』)。 デパートの屋上で陣内がアルバイトをしていると聞いてやってきた永瀬と優子。陣内はギター演奏でなく熊のぬいぐるみを着ていた。雇い主にサボっているのがみつかり永瀬に熊の面を預けていなくなるが、慌てて戻ってきて熊の面をかぶる。女子高校生とちゃらちゃら歩いている自分の父親を殴るために(=『イン』)。 伊坂幸太郎 ゴールデンスランバー 宮城県出身の新首相金田貞義が仙台の大通りをオープンカーで凱旋パレード中、頭上に突如飛来したラジコンヘリコプターが爆発し、金田首相は殺害される。 そのちょうど同じ時間に、元宅配ドライバーの青柳雅春は、学生時代のサークル「青少年食文化研究会」の友人・森田森吾に呼び出され、車で連れまわされる。やがて森田は、青柳の痴漢未遂も含めて青柳の周囲でいくつかのことが仕組まれていること、森田も家族の借金を棒引きにするという条件でこの時間に青柳を連れ出したことを白状する。そして、オズワルドにならないようにとにかく逃げろと言い放ち青柳をこの場から逃がそうとするが、青柳が車から離れるとすぐ、どこからか警官が現れて、いきなり青柳に発砲をはじめた。その直後、森田は乗っていた車もろとも仕掛けられていた爆薬で殺されてしまう。 翌朝、警察は容疑者として青柳を指名手配したと公表する。青柳は2年前、アイドル歌手・凛香が暴漢に襲われていたのを助けたこともあり美談の人だったが、痴漢未遂事件やラジコンヘリコプターを買った映像やラジコンの練習風景などが明らかになるにつれて、青柳犯人説は人々の心の中で補強されていった。ただ、青柳や森田と同じサークル仲間で青柳の元恋人だった樋口晴子は、青柳の性格や証拠とされる証言に強い違和感があった。事件の直前に青柳はカレーをきれいに食べていたというが、青柳は必ず飯粒を残すし、父親の影響もあり青柳は痴漢を心から憎んでいたのだ。 殺害犯に仕立てられた青柳は、同じサークルの後輩・小野一夫を頼るが、すでに警察の手は伸びていた。警官から暴行を受け入院する小野。かつて仙台で発生した連続刺殺事件の対策として市内に設置された「セキュリティポッド」が携帯電話の内容や、周辺の音声や映像をもとに市民を監視していたのだ。やがて青柳は、ショットガンで威嚇する警官・小鳩沢に取り押さえられ、警察庁警備局の佐々木一太郎から尋問を受けながら車で東京へ護送されるが、その途中、軽乗用車が突然衝突してきたおかげで脱出に成功する。 青柳を助けたのは三浦と名乗る、かつての連続刺殺事件の犯人・キルオだった。三浦は青柳を助けるためでなく、小鳩沢を襲うために車をぶつけたのだが、青柳への協力を買ってでる。そして晴子も青柳を助けようと、警察の監視をかいくぐって大学時代から放置されたままの車をバッテリーを交換して走れるようにしていた。やがて三浦は、青柳の偽者が病院に匿われていることを突き止めるが、そこには警察官が待ち伏せしており、銃撃の末、三浦は命を落としてしまう。 逃げ続けることの難しさと、これ以上自分に関わった人間が被害にあうことを恐れた青柳は、暗殺されないよう、衆人環視のもとでの投降を選ぶ。同時に、マスコミへ携帯電話で真相を告白し、自分を犯人にするための陰謀を白日の下にさらそうというのだった。病院で知り合った裏家業の男・保土ヶ谷康志の協力でマンホールを伝って仙台中央公園に到着した青柳だったが、警察によって、テレビ局へ電話が突然途絶される。そこで晴子は、最悪の場合に備えておいた、花火を打ち上げて、その隙にマンホールから青柳を逃すという計画を実行する。 偽装したマンホールの蓋を明け広瀬川まで逃げ切る青柳を待ち受けていたのは凛香だった。整形手術を受けることにする青柳。数日後、青柳と見られる死体が仙台港に上がったことで、事件は一応の解決を見る。 その3ヵ月後、青柳の両親の元に差出人のない元に手紙が届く。「痴漢は死ね」と書いてあるのを見て、二人は青柳が生きていることを確信する。そして、晴子も、自宅のマンションで右手の親指でエレベーターのボタンを押す男に合う。それは青柳のくせだった。気づかないふりをして別れるが、晴子は一緒にいた娘にあのおじちゃんの手にこれを押してあげてとスタンプを渡す。青柳の前に現れたて女の子が押したスタンプを見ると、そこには花のマークの真ん中に大変よくできましたという文字があった。 20年後、青柳と思われるルポライターが、事件について証言した多くの人物、主に陰謀に加担した人たちが不可解な死を遂げていることを調べ、今では誰も青柳が犯人だとは思っていないことを記す。 市川森一 黄色い涙 1963年晩秋。漫画家の村岡栄介は、ガンの母・きぬを東京の病院に入院させるため、アルバイトで雇った、求人広告を見ていた小説家の卵・向井竜三、無銭飲食をしようとした画家・下川圭、栄介のアパートの隣人で北海道へ帰る歌い手志望・井上章一の3人に医者に扮してもらい、きぬを迎えに行く。栄介は、東京に着いたきぬが涙を流して喜んでくれたことで報われた気持ちだった。その3人が、栄介のアパートに転がり込み、ひと冬を暮らすことになる。夢ばかり語る4人の生活は苦しかったが、栄介のバイト料や、圭の作品を騙して質屋に入れて金銭を工面した。そうしてできた8万円を喫茶店・SHIPのマスターの林田に管理してもらい、金の心配をせず個々の創作活動に専念するつもりだった。しかし、圭は公園で絵を描いていた時にであった女性・美香子に恋をするが実らず、反対に自分が美香子だと名乗る精神を病んだ女性に心をかき乱され、筆を折る。章一は、近所の食堂さかえ屋の娘・時江に好かれるが、一夜をともにしたものの心は大きくすれ違う。竜三は大晦日に田舎に帰るというSHIPのウェイトレス・千恵子に思いを伝えようとするがあっけなくフラレ、創作意欲を無くしてしまう。やがて、栄介の母・きぬの危篤の電報が届く。栄介が田舎へ帰った後、3人はアパートを出て行くことに決める。東京に戻った栄介は、きれいに片付けられた部屋に残された一通の手紙を見つける。自分の漫画を描き続ける栄介。東京オリンピックも終わり、4人はSHIPで再会する。竜三は自動ドアのセールスマン、圭は結婚して会員制高級クラブのマネージャー、章一は一流の建設会社員となっていた。せっかくの再会だったが、せわしなく去っていく3人。栄介は、かつて3人がアパートを出て行ったときに残されていた手紙の一文を思い出す。「人生は人を欺かないと。人生は一度も人を欺かなかったと…。」 市川拓司 いま、会いにゆきます 妻の澪に先立たれながらも6歳の息子・佑司と2人でなんとか幸せに暮らしている秋穂巧。佑司にはお母さんはアーカイブ星に住んでいると言い聞かせている。そんな巧たちの前に、彼らを残して1年前に逝ったはずの澪が雨の森の中から現れる。「あなたのことが心配なの。雨の季節になったら二人がどんな風に暮らしをしているか確かめに来るから」そう言って彼女は死んでいったのだったが、それが現実となったのだ。 しかし彼女は一切の記憶を失っていた。巧と佑司はそんな澪をやさしく迎え入れ、3人のちょっと不思議な共同生活が再び始まる。自分が死んでしまったことを知らない幽霊となった妻と、それに気がつかないふりをしながら優しく接する二人。記憶のない妻に、自分たちの恋の歴史を語って聞かせる巧。高校の最後の日から始まり、再会し、やがて巧が心臓の疾患から澪の前から去ろうとするが二度目の再会をして結ばれるまで。そして今、ふたりは 「二度目」の恋に落ちることになる。「二度目」の母との触れあいに抑えようのない喜びを感じる佑司。しかし澪は巧が書きかけていた小説を読んでしまい、自分の運命を知ってしまう。巧の発作を懸命に介抱する澪。佑司に家事のことを教える澪。やがて六週間後、雨の季節が終わりを告げるのとともに、澪は再び巧たちの前から去っていく。何日か後ノンブル先生を見舞いに言った巧は、澪が死ぬ3週間前に「1年後に巧に渡してほしい」と頼まれたという自分宛の手紙を受け取る。 澪のいた六週間は、彼女が21歳のとき交通事故にあって記憶を失っていた時間だった。事故の後、記憶がもどると、澪は自分が29歳で死ぬことを知りつつも巧に会うために湖のある町に出かけていき、そして結ばれる。結婚する前から澪は、二人の未来も佑司が生まれることも知っていたのだ。 *イングランドの王子佑司君の無邪気な口癖「そうなの?」と「〜?」と鳴くノンブル先生の犬。 初野晴 水の時計 伝説的な暴走族「ルート・ゼロ」の幹部で、仲間内での争いを抱えている少年・高村昴は、仲間と暴行事件を起こした翌日、現場に立ち戻ったところを芥圭一郎と名乗る謎の男に呼び止められ、警察に通報しない代わりに後をついてこいと言われる。 連れて行かれたのは閉鎖された病院で、そこで昴は、蘇生器「水の時計」に入れられ、脳死と判定されながらも月の夜だけ意識を増幅した装置によって意志表示ができる少女・葉月と出会う。葉月は、自分の臓器を必要とする人たちに与えて欲しいと昴に頼む。違法であるがゆえに救急車が使えず、パトカーに追跡されても決して警察に捕まらない昴の持つ独自のナビシステムとバイクの運転能力が必要なのだと言う。報酬は1000万。昴は、芥から渡された臓器移植を必要する患者のリストをもとに、臓器を「もらうじゆうと、もらわないじゆう」を確かめ、角膜・膵臓・心臓など、10以上の器官を次々と与えていく。 角膜は、母親が目薬に混ぜた劇薬で徐々に視力を失いつつある少女に、膵臓は、暴力団と関係のある臓器ブローカーにだまされてマニラでの腎臓移植の契約をしたOLに、最後の心臓は、昴の恩師で、カンボジアでのボランティア活動に残りの人生を捧げようとする元高校教師に。しかしこの元高校教師は、妻が自分の前から姿を消した理由が膵臓がんによって死ぬ自分の姿を夫に見せたくないためだと知ったとき、心臓の移植を拒否する。臓器を輸送するごとに、白髪が増え衰弱していく昴。 成績が優秀だったが目指していた私立高校の入試で両親がいないことから落とされたことで暴走族になっていった昴に同情しつつも、刑事として追い詰めていく堀池。その堀池といるところに「ルート・ゼロ」で対立していた高階があらわれ昴は刺され深手を負うが、なぜ自分に臓器移植を依頼されたのか本当の理由を聞き出そうと引きずる足で少女の眠る病院に向う。 芥の話と葉月の残していたメッセージから、葉月が、昴の「ルート・ゼロ」の仲間・室井広志のバイクに跳ね飛ばされて事故に遭ったことを知る。このとき室井は高階に負われていて事故を起こした。 そして葉月の枕もとの箱には、昴が自殺未遂を起こした兄を見舞うために花を万引きしていた花屋に、お金の代わりにと昴が密かに置いていた万年筆や外国の硬貨などが大切そうにしまわれていた。それを花屋に頼んで、そのつど葉月がもらいうけていたのだった。葉月も昴と同じように両親がいなかったために高校に入れなかった(父親は製薬会社の会長だが妾の娘なので戸籍に入れていない)こともあり、事故に遭う前から、同じ境遇の昴に同情していたことが芥から告げられる。 1000万を掴み取り病院を飛び出す昴。バイクは雪のためスリップ事故に遭うが、死を覚悟した瞬間、ナビシステムで昴のバイクを探す室井の妹加奈の呼ぶ声が聞こえた。 *モチーフは、オスカー・ワイルドの『幸福の王子』。 歌野晶午 葉桜の季節に君を想うということ ガードマンやパソコン教室の講師、映画のエキストラなどの仕事をしている成瀬将虎はジムで体を鍛え、女たちとの情事を楽しみ「何でもやってやろう屋」を自認している。ある日、同じジムに通う青山高校の後輩キヨシのつきあいでジムを休んでいた久高愛子の家を訪れた成瀬は、家族の隆一郎老人が轢き逃げされ、死ぬ前に「蓬莱倶楽部」という年寄りなどを狙って高額インチキ商品を売りつける団体から5千万円もの被害に会っていたこと。しかも知らない会社の社員にさせられて保険金をかけさせられていたことを知らされる。 成瀬は「蓬莱倶楽部」を内偵することを愛子に約束し事件の謎に迫っていく。並行して、成瀬の目の前で地下鉄に飛び込み自殺を図ったが成瀬に救出される麻宮さくらの話、「蓬莱倶楽部」の被害者だがやがて借金返済のために悪事に加担していく老婆古屋節子の話、成瀬が高校を卒業してすぐに入門した探偵事務所からヤクザ組織に潜入させられて出会うヤクの運び屋がスプラッタになる話、そして成瀬が教えているパソコン教室の生徒だった安藤老人の生き別れになり後に成瀬が探し出す娘千絵(17歳)をめぐる話が複雑に交錯しあって進行する。成瀬は安藤の死後、死体を安藤の故郷に隠すと年金を代わりにもらい千絵に仕送りしていたことが明かされる。 小説は、読者の予想を裏切って成瀬の年が70歳だったことを知らされて急転する。キヨシも老人。麻宮さくらは古谷節子だった。麻宮=古谷は成瀬を安藤と勘違いして保険をかけていた。真実を知っても、成瀬は麻宮と暮らすことを望んでいる。 打海文三 されど修羅ゆく君は 登校拒否を繰り返す少女・姫子(13才)は、かつて家族が暮らしたことのある山梨の山村に死に場所を求めて出かけるが、そこで阪本という青年と出会い好意を感じる。しかし、阪本の改修中の家でビニールに覆われた死体を見つけると、あわてて山を下りてしまう。姫子が見つけた死体は、数日後に渋谷の路上で全裸で発見されることになる、南志保のものだった。 殺された志保が2年前まで阪本の恋人であったことを知る、かつて阪本が働いていたアーバンリサーチ(探偵事務所)の所長・鈴木ウネは、刑事の野崎と協力して謎の電話を残して失踪した阪本の跡を追うことになるが、なぜか公安から圧力がかってしまう。 たまたま志保が殺された現場に堕ちていた植物の種を育てていた姫子は、その種の秘密を鈴木ウネや野崎の協力で探るうちに、異端の農学者・谷口にたどりつき、その娘である高木伊織が事件と何らかの関係があることをつきとめる。伊織は、検察庁次官高木宗則の養女子になり、現在は警視正になっていた。 その高木伊織は阪本が広島県警時代の署長だったが、志保の妹を見殺しにしてしまった事件をとおして、伊織、志保、阪本は三角関係になっていた。志保を殺していたのは伊織だった。伊織に自首をすすめる阪本。もみ消しにはしる高木次官と、伊織の婚約者・江国(公安部課長)。伊織の別荘で銃撃の末、伊織は撃たれ刑に服し、江国は射殺され、高木次官は事故死を装って自殺する。 打海文三 時には懺悔を 探偵の佐竹は、アーバンリサーチ本社から新人研修というかたちで、亭主を刺した前科のある中野聡子を引き受けることになる。訓練のため佐竹の探偵仲間・米本の事務所に盗聴器を仕掛けに行った聡子が見たのは米本の刺殺体だった。 かつての上司・寺西や、鈴木ウネ子の協力のもと調査を始めた佐竹は、米本の遺したビデオから、障害を持った子どもと暮らす明野夫妻が事件に関係があることにたどりつく。ビデオには障害児が映ったニュース番組が録られており、ビデオを持ち込んだのは、かつて子どもを誘拐された志賀民恵だった。ビデオに映っていた子が自分の子であることを疑わない民恵。やがて、子供ができなかった明野夫婦が病院から子供を誘拐したものの障害児と知って身代金を要求し失敗し、自分の子として育てていたことを知る。米本は、子どもを民恵に引き渡すよう明野夫妻を説得していたことから犯人は明野と思われたが、真犯人は意外にも米本の息子だった。親子の断絶が引き起こした殺人事件だったのだ。没交渉の息子のことを思わずにいられない佐竹。 警察に誘拐事件を自首する明野夫妻。障害児・拓の引取りを、事件にのめりこんでいた聡子、佐竹の友人で障害児を育てていた由紀が申し出るが、結局実母の民恵が引き取ることになった。 打海文三 愛と悔恨のカーニバル 19歳になった姫子は渋谷で、小学校を卒業して以来音信が途絶えていた同級生の田村翼と偶然出会う。やがて二人は恋人のような楽しい日々を過ごすが、出会いから5カ月後、二人の仲は途切れてしまう。 同じ頃、アーバン・リサーチの鈴木ウネ子、佐竹、中野聡子、立花兄弟は、翼の元恋人である掛札ミレイが失踪した事件を追っていた。掛札ミレイが失踪したのは昨年の11月。部屋に遺書らしきものはなく、事件に巻き込まれた可能性があるため、札幌の両親が警察に問い合わせ、アーバン・リサーチに仕事が回ってきたのだ。翼の行方を追う佐竹たち。 そんなとき、翼は街で明らかに酩酊している女の子を救う。女の子のための買い物を終えウィークリー・マンションに戻った翼は、突然3人の男に襲われる。何とか難を逃れ、逃げ遅れた1人を縛り上げるが、寝室のベッドには白い首にうっ血した跡が首輪状に残った女の子が横たわっていた。 死んだ女の子と女の子の彼を殺害した人々を次々と殺戮し続ける翼。やがて、掛札ミレイを殺害したのは翼の姉・むぎぶえで、翼はむぎぶえの正気をとりもどすために連続猟奇殺人事件を引き起こしていたことが明かされる。すべての復讐が終わり姫子と結ばれた後、むぎぶえと翼は死を選ぶことになる。 打海文三 ぼくが愛したゴウスト 甘ったれで、一人では何も出来ない11歳の田之上翔太。小学五年生の夏休み、はじめて一人で都心のコンサートへ行った帰り、中野駅のホームで人身事故を目撃する。しかしその日を境に、いつもの日常に違和感を感じ始める。父や母、姉も今まで通りのはずなのに、何か違うのだ。最初に気がついたのは匂いだった。みんなからイオウのような腐った卵の匂いがする。そして決定的な違い。それはこちらの世界の人間には必ず尻尾があるということだった。こうして翔太は自分が違う世界に迷い込んだことを知る。 偶然、中野での事故の時に自分をかばってくれた売れない俳優の山門健(山ケン)も、異世界へ迷い込んだ仲間だということがわかり、二人は一緒に元の世界へ戻る通路を探そうとする。 笑ったほうがいい場面だから笑う。悲しんだ方がいい場面だから悲しむ。怒らなきゃいけない場面だから怒る。みんながうわべだけの演技をして、その演技の上でコミュニケートが成り立っている世界。そんな世界の中では、別の世界から来た感情を持つ人間は、危険な存在だった。二人は、警察、自衛隊に追われ、最後に、自衛隊に捕まり、隔離された生活を送る。施設の阿倍という研究者に、電車事故は飛び込み自殺ではないかと指摘され、施設を逃げ出した山ケンは自殺する。後を追って施設を逃げ出した翔太は、隔離施設で山ケンと翔太とにことごとく敵対していた自衛官一枝あぐりになぜか救われ匿われる。 そして何とか生き伸びて8年になる。今は、戸籍を盗み他人として暮している。父と母は離婚し、姉は国立大学を卒業し男と同棲している。山ケンを支えていた恋人のユキは勤務する病院をかわり、二人に良くしてくれた女性自衛官・豊田陸尉は音楽隊に転属になった。翔太は、一枝あぐりとの生活の中で、生きている事実もなにもかもが幻で実体などないもののような印象を受けている。 海月ルイ 子盗り 京都の旧家に嫁いだ榊原美津子は10年以上たっても子供に恵まれない。分家の親戚筋から養子を迎えるよう迫られる姑のクニ代を見て、つい妊娠していると言ってしまう。 美津子は、夫の陽介とともに産婦人科病院「瀬尾レディークリニック」から新生児をさらおうとするが、看護師の辻村潤子に見つかってしまう。その潤子は、大阪の織物問屋の跡取り息子である剛志との間に由梨という娘がいたが、剛志の母の綾に追出されるようにして離婚させられていたのだ。製薬会社の社員峰岸に頼まれて、由梨の情報と交換に、ホステス関口ひとみの中絶をする潤子。しかし、ひとみは既に中絶出来ない時期に入っていた。 ひとみの子供をとりあげた潤子は、子供は死産だったと嘘をつき、美津子・陽介夫妻に渡していた。子供は拓也と名づけられた。それから2カ月後、夫妻の前に突然ひとみが現われる。潤子が二人に子供を渡すのを盗み見てから、ずっと様子をうかがっていたのだ。口止め料として1億円を要求する峰岸とひとみ。度重なる無言電話に精神が蝕まれていく美津子。その後、峰岸が雑居ビルの階段から落ちて死に、ひとみも自宅で毒殺される。 潤子が脅迫の張本人と疑った陽介は潤子のアパートを訪ねるが、そこに現われたのは、包丁を手にしたクニ代だった。陽介に阻まれると、そのままベランダから飛び降りて転落死してしまう。峰岸とひとみ、二人を殺したのはクニ代だった。彼女は美津子の妊娠が嘘だと最初から気が付いていたのだ。 同じ頃、精神を病んだ美津子も近くの崖から飛び降りて自殺を図り下半身付随になったが、今は三人で幸せに暮らしている。クニ代はすべての秘密を抱えたまま死んでいったのだ。 梅原克文 カムナビ 東亜文化大学で比較文化史学を教えている講師の葦原志津夫は、十年前に突然の失踪をとげた考古学者の父親(葦原正一)の手がかりをつかんだという新治大学の竜野孝一助教授からの知らせを受けて、竜野が発掘中の石山古墳を訪れるが、竜野は金歯の合金をも溶かしてしまうほどの高熱で焼かれた無残な死体となっていた。志津夫はその夜、竜野の研究室に忍び込み、石山古墳で出土したと思われる鮮やかなブルーガラス製の遮光器土偶の写真を見つける。その中には、正一の最近撮られたと思われる写真もあった。 約三千年前の縄文時代につくられたとされるその土偶は、当時の技術では絶対に生み出せないはずの高熱を使ってつくられていた。そこに雑誌記者を名乗る謎の美女・安土真希があらわれる。考古学にくわしい彼女は、志津夫に協力するとみせて土偶を持ち去ってしまう。 手がかりを求めて父の故郷下伊那の日見加村に帰った志津夫は、そこで日見加村だけに受け継がれている秘祭を目撃。真希もまた、密かにその秘儀を盗み見ていた。志津夫は自分の素性を確かめ、また強大な力を手に入れようと、祭で使われたブルーガラスの土偶に手を触れる。稲妻のような光が発生し、志津夫はウロコ状の皮膚がますます広がっていくのを感じる。真希は、自分のウロコを志津夫に見せ、自分が日見加村の犠牲になったこと、より強い力を得たいことを語る。 志津夫と真希は真相に辿りつくために熱田神宮から草薙の剣を奪おうとする。それを阻止しようとする、古神道の秘術を受け継ぐ、白川一族のボーイッシュな美少女・祐美とその父・幸介。彼ら一族は、先祖からカムナビが再びこの世に現れないように抑止する使命を帯びていた。そして、志津夫の父・正一。10年ぶりの再会を果たした志津夫だったが、カムナビから手を引けという正一の言葉に従う気はなかった。 志津夫と真希は草薙の剣を手に入れる段で、無意識のうちに「カムナビ」を呼び、熱田神宮を炎上させてしまう。草薙の剣を手に入れた志津夫たちは奈良の三輪山へいき、古代にアラハバキ神(地球を守るフィルター)に感染した大蛇男の封印を解いてしまう。襲ってくる蛇と人間が合体した怪物。志津夫は草薙の剣で応戦。正一は自ら囮となり、大蛇男と相打ち。焼死してしまう。大蛇男が死ぬことによって、やがて、志津夫のウロコは消え始める。しばらくして、志津夫は白川の養子に。生まれた村を焼き払うことに望みをたたれた真希は、三輪山の洞窟の中で行方不明になったまま。 *「古事記」、「続日本史」に頻繁に出てくる蛇神信仰、三種の神器、邪馬台国の謎。あきらかに人の手が加えられたとしか思えないきれいな円錐形を成した山――カムナビ山など。天文学的な「オルバースのパラドックス」の新解釈など。 大倉崇裕 聖域 東城大学山岳部員だった草庭正義は、他校の山岳部の学生を引率した登山で事故死させて以来、責任を感じて山から遠ざかっていたが、山岳部の同期で親友だった安西浩樹に誘われ、3年ぶりに山に登った。 それからしばらくして、卸問屋で働く草庭のもとに、安西が遭難したという知らせが届く。来年海外遠征隊に加わることが決まっていた安西は、恋人だった牧野絵里子が死んだ塩尻岳に別れを言いに行くことを草庭に語っていたが、その塩尻岳で滑落したのだという。草庭にはマッキンリーを極めた安西が塩尻岳で滑落するとは信じられなかった。牧野の後を追って自殺したのでは、という憶測も流れる。安西の死の真相を探るために塩尻岳に登った草庭は、安西が滑落したと思われる場所の近くで、塩尻沢を双眼鏡で見下ろしている精悍な登山家と出会い言葉を交わす。 塩尻小屋の主人の森井からは安西のことも1年前の牧野のことも手がかりは得られなかったが、「山小屋を守ろう運動」を杉山真、高井祐一、仲江宏子、小田健司という登山家が行っていることを聞いた。東京に帰った草庭は、その「山小屋を守ろう運動」のことを安西が調べていたことを知り、手がかりを求めて仲江宏子に会いに行く。運動自体が杉山を売り込むために高井がはじめたことだと主張し非難する仲江。その帰り道、駅売店の夕刊の見出しに高井祐一が事故死したという見出しを目にした草庭は、いてもたってもいられず、高井が事故死した桐生池に向かう。そこで、いつか塩尻沢を双眼鏡で見下ろしている精悍な登山家と再会し、その男が長野県警の山岳遭難救助隊に属する松山恒弘ということを知る。これまでの経緯を説明する草庭に松山は、牧野絵里子の捜索は自分が率いていたこと、遺体の発見場所をふくめて納得できないことが多いと告げる。安西はそれに気がついて何者かに殺害されたのではという疑問がわいてくる。 草庭は「山小屋を守ろう運動」に関わる小田健司を尋ね、杉山真、高井祐一、小田健司の3人が牧野絵里子と同じ時期に塩尻岳に登っていたのではなかったかと考えるようになる。その後、幾たびかその疑問を杉山にぶつけ揺さぶるうちに、その杉山から会いたいという連絡が入り指定の場所に出向くが、杉山は何者かに襲われた後だった。塩尻岳で何らかのトラブルに巻き込まれた杉山たちの身を案じ撤退を進めた牧野は、そのためにガスと風にまかれてしまうが、杉山たちはわが身を守るために牧野を見捨てていたのではないか、という結論に達する。 鍵を握るのが塩尻小屋の森井だと気づいた草庭は、再び塩尻岳に登るが、遠くの絶壁に何か光るものを見つけ、その正体を確かめるために危険を承知で絶壁をザイルで降りていくが、ザイルの一部が岩に食い込んで身動きが取れなくなってしまう。見上げると、小田が様子を伺っている。もはやここまでと思ったが、意外にも小田は草庭を助けようとする。高井を殺したのも杉山を襲ったのも自分ではない。俺の話を聞いて欲しいと言う小田だったが、何者かに突き落とされ転落する。光っていたものの正体が牧野の遺品として安西が使っていたハーケンであることと、その近くに人が横になって隠れることができる窪みを発見したとき、草庭は安西が生きていること、一連の事件は安西が復讐したものだと悟る。 小屋へ行くと森井は縛られていた。遠くの斜面を歩く安西を見つけた草庭だったが、その直後、安西ともども雪崩に襲われる。雪の中から救助される草葉。数ヵ月後、海外遠征隊に加わり、アタック対に急遽組み入れられ頂上を目指す草葉がいた。 逢坂剛 百舌の叫ぶ夜 テロリスト・新谷和彦に命を狙われていた過激派左翼の幹部・筧俊三のボストンバッグが新宿の街中で爆発。それに巻き込まれて、警視庁公安部の刑事・倉木の妻が命を落とす。最愛の妻を亡くした倉木は捜査からはずされるが、単独、爆弾事件の真相を追いはじめる。倉木に反発を感じながらも協力して捜査を続ける警視庁捜査一課の大杉。彼は事件現場に公安部の明星美希巡査部長がいたことが気にかかっていた。 新谷は、極右団体・大日本極誠会の資金源、豊明興行に属すパブ・リビエラの店長で、時として殺しも請け負っていた。しかし今回は、知りすぎた新谷の口を封じるため豊明興業は、赤井という人間を送り込んで能登の断崖から新谷を突き落としていた。それからしばらくして、記憶喪失になった新谷が戻ってくる。再び新谷を殺そうと近づいた赤井と新谷の妹と名乗る女を返り討ちにすると、自らの過去を知ろうと東京へ向かう。 豊明興行の手先に襲われて病院に収容される、事件の核心に近づきつつあった倉木。捜査が進んでいることをおそれる豊明興業の幹部・野本と、野本と内通していた警視長の若松。やがて、倉木の妻はかつての上司・室井公安部長の指示で、南米の軍事政権・サルドニアの大統領エチェバリア殺害に協力していて爆破事件に巻き込まれていたことがわかる。室井の娘婿は、エチェバリアに殺されていたのだ。 明星明希は、特別監察官・津城俊輔警視正の密命をおびて、公安内部と豊明興業の癒着を調べていた。室井公安部長が公安での主導権奪取計画をたくらんでいたことも明らかになる。百舌の餌のように無惨に刺し殺されて死んでいた野本の仲間。次々と明らかになる真相に、自己保身に走る若松は狂気に陥っていく。事件は稜徳会病院の院長室で決着がつき、百舌は命を落とす。 逢坂剛 幻の翼 豊明興業に絡む事件を隠匿しょうとする警察首脳に反発を感じた倉木らは、事件の真相を雑誌に発表しようとする。津城俊輔警視正も、警察機構全体の公安化をはかる森原法務大臣に対する攻撃を再開する。その動きを察知した事件の黒幕は、倉木を拉致し精神病院に強制入院させてしまう。 その頃、北朝鮮から送り込まれたスパイが日本海沖で銃撃戦の末逮捕されるが、彼は絶命の間際に「シンガイ」という言葉を残していた。そして能登で不審な人物が確認される。大杉らの倉木救出は失敗し、倉木は病院でロボトミー手術を受けさせられようとする。 逢坂剛 砕かれた鍵 続発する警察官の不祥事事件。それらの事件を調査する警察庁警務局特別監察官となった倉木尚武は、コカイン工場で殺害された刑事・権藤警部補が最後に残した「ペガサス」という言葉が気にかかる。「ペガサス」とは何者なのか。 そんなとき、倉木と明星美希の息子が入院する病院で爆弾テロが起こり、標的の倉本法務次官と間違えられて美希の母親と先天性心疾患の息子が殺されてしまう。復讐に燃える美希は単身、調査を開始する。そして警察を辞め私立探偵となっていた大杉良太もまた、倉木の依頼を受けて警察内部の暴露本を出版する準備を始める。 「ペガサス」、爆弾テロ、警察の腐敗。絡み合う事件の奥底に潜んでいたものは。頭部に銃弾を受け半分リハビリ中の津城警視も動き出す。 逢坂剛 よみがえる百舌 倉木を死に追いやった元公安刑事・球磨隆市が何者かに殺された。後頭部を千枚通しで一突き。ポケットからは百舌の白い羽。倉木美希は、明らかに伝説の暗殺者・百舌の手口だと思うが、津城警視は偶然で片付けたいようだ。さらに稜徳会事件に関わった水島東七が、同様な出口で殺害される。美希に頼まれて水島が働いていたカジノバーへ出向いた探偵の大杉は、違法賭博の取材をしていた東都ヘラルドの座間と出会う。 球磨が殺された日、美希は電車内のいざこざから青山警察署の紋屋警部補と知り合う。美希に急接近する紋屋。紋屋との食事の後で案内されたカジノバーで大杉と鉢合わせしてしまう美希。 逢坂剛 ノスリの巣 大東総業の組員・坪井が廃車置場で射殺される事件がおきる。同じころ、私立探偵の大杉良太は小野川刑事の妻から夫と警視庁公安部の刑事・州走かりほの関係を調べてほしいと依頼されるが、尾行の最中に殺させてしまう。小野川が坪井を嵌めて拳銃を盗んだことへの復讐だった。坪井が小野川のことをノスリの旦那とよんでいたと証言する、小野川に言い寄られていたホステスの奈美江。死んだ小野川のポケットから、州走かりほのヌード写真が見つかる。覚醒剤からみで桜欄会の幹部と個人輸入業者が殺された事件とあわせて事件の背景を調査する大杉。協力する東京ヘラルドの座間。それを妨害する桜欄会の芳賀。 特別捜査官の倉木美希も大杉とは別のルートから州走かりほに対する調査を監察官として開始していた。尾行をまいてかりほが入ったマンションを探っていくうちに朱鷺村琢磨というキャリアの警視正にたどり着く。朱鷺村と警察省設立を画策する民政党幹事長三重。締め上げた桜欄会の芳賀から、桜欄会と癒着したもうひとりのノスリが工藤新八郎巡査部長であることを聞き出す。坪井の手下で小野川を殺害するために廃車置場におびき出した田浦も工藤の指示で殺されていた。 ノスリの巣である朱鷺村のマンションに踏み込む倉木と大杉。強奪品はキャリアの出世の道具として使いまわされ見返りにキャリアに警察省設立に荷担させようというものだった。真相はすべて座間のテープに録音された。朱鷺村はかりほに仕組まれて殺され、流れ弾に当り工藤はビルから落ち、最後にかりほも死ぬ。 大倉崇裕 七度狐 かつて湯治場として栄えた杵槌村で、六代目・春華亭古秋(五代目の弟)が七代目を指名する一門会が開かれることになり、「季刊落語」の編集者、間宮緑は取材に向かった。杵槌村は45年前、五代目古秋が行方不明になった因縁の地でもあった。しかし七代目の候補者である六代目の三人の息子たち、古市、古春、古吉は、一門会を待たずに次々と殺害されていく。しかもそれは、「七度狐」を下敷きにした見立て殺人だった。 落語の「七度狐」の化かしは二度までしかない。三度目以降の話は五代目の構想の中にしかないはず。間宮の連絡を受け、次に殺害されるのは六代目だと直感した編集長の牧はヘリで駆けつけると、六代目を囮にして犯人を待つことに。そこに現れたのは、意外にも杵槌村出身の落語家で、緑の案内役を勤めていた夢風だった。 夢風は杵槌村で口演した五代目古秋と村に住む佐藤知恵との間にできた子供で、五代目が失踪したあとは亀山が引き取って育てていたのだ。その夢風も、逃げる途中何者かに殺されてしまう。かつて五代目古秋の「幽体離脱」の話に興味を持ち取材をしていた前編集部の京友成老人も加わって、事件の黒幕が亀山であることをつきとめる。この亀山こそが五代目古秋だった。 彼は、形態模写の得意な落語家百目に代役を頼んで杵槌村に行かせていたのだ。45年前に行方不明になったのは百目だった。そして殺害を指示したのは、六代目古秋だった。編集長の牧と京老人に追い詰められ火を放ち自殺を図る五代目古秋。六代目古秋の跡を継いだのは娘の瞳子だった。五ヵ月後、彼女による一門の立て直しも軌道に乗ると、世襲を廃止し古秋の名を返上した。 そんなある日、緑は町で五代目とそっくりなホームレスの口演する声を耳にする。それは、まぎれもなく死んだはずの五代目古秋だった。「いずれまた、会うことになるかも知れんな」という言葉を残して立ち去る五代目。 *七度狐=七度続けて人を騙すというタチの悪い狐。 大崎善生 パイロットフィッシュ 山崎隆二は41歳の雑誌編集者。深夜、自宅のマンションで熱帯魚が泳ぐ水槽を眺めていると、19年ぶりに別れた恋人・由希子から電話がかかってくる。二人でプリクラを撮りたいというのだ。 札幌から東京の大学に出てきたばかりで引きこもり気味の隆二が由希子と出会ったのは、アルバイト先を訪問しようとして道に迷い疲れ果てて入った喫茶店だった。由希子も親友(伊都子)が自分の彼と関係を持ってしまう裏切りに打ちひしがれていたのだ。由希子は隆二のために、アルバイト先も就職先も見つけてくれた。彼の人生は全部彼女がお膳立てしてくれたようなものだった。しかし、二人に良くしていてくれた、バイト先のロック喫茶の店長・渡辺が飛行機事故で死んだ日、山崎は伊都子と関係を持ってしまう。隆二の前から姿を消してしまう由紀子。 山崎は、由希子が見つけてくれた文人出版という出版社に入り、以来、「月刊エレクト」というエロ雑誌の編集を続けている。沢井というベテラン編集長の存在が大きかったが、その沢井も癌で死を待つばかりとなる。 風俗ライターの高木と組んだ「新宿風俗嬢ストーリー」の最終回に登場した可奈のことが評判を呼び、マスコミにも頻繁に登場するようになったが、テレビで見る可奈は日増しにやせていった。そんなある日、可奈から会って欲しいと連絡がはいる。山崎の家で丸三日眠り続けた可奈は、「ごめんなさい、お父さん」と、夢にうなされて起きる。それからさらに三日間眠り、食事も食べられるようになり生気を取り戻した可奈だったが、突然、隆二の目の前からいなくなってしまう。 3ヵ月後、可奈の友達だったというコンビニで働く七海が、2ヵ月後に渡して欲しいと可奈に頼まれたという手紙をもって訊ねてくる。そこには、山崎へのお礼とともに、自分が渡辺の娘であること暗示するとともに、「新宿風俗嬢ストーリー」のインタビューのときから山崎が父の友人であることに気がついていたことが記されていた。 19年ぶりに会った由希子とプリクラを撮る山崎。自分の夫の浮気(相手は伊都子)にむしゃくしゃして、山崎の同僚・五十嵐とラブホテルに行ったが文人出版の人と聞いて、今でも「私は山崎君に守られている」と、過ちを犯さずにすんだこと、その後五十嵐とは、何度か喫茶店で会っていることを知らされる。山崎は迷った末に、文人出版を止めることを決意する。七海と二人で生きていく希望を持って。 アジアンタムブルー 大沢在昌 新宿鮫 歌舞伎町界隈でおきた警官ばかりが狙われる連続殺人事件。本庁から同期の香田警視が乗り込んでくる。犯行に使われた銃が密造銃の天才・木津によるものだと確信した鮫島は、密造現場を突き止め踏み込むが、罠にはまって捕らえられてしまう。拷問死を免れることができたのは「まんじゅう(死人)」と陰口をたたかれていた彼の上司・花井課長が木津を射殺してくれたからだ。犯行をおこしたのは木津を慕うオカマのカズオからたまたま銃を預かった砂上という男で、かつて自分がやくざから暴行を受けたとき園遊会で警官がたくさん出ていたにもかかわらず誰も警官が助けてくれなかったことを逆恨みしての犯行だと判明する。砂上のアパートで、鮫島の恋人であるフーズハニイの晶のテープをみつけた鮫島はかつて彼女のライブへ行く途中、やくざから乱暴されていた男を助けたことを思い出す。砂上の次の目標が晶だと気づいた鮫島は、警察マニアに撹乱されながらも新宿のライブハウスにかけつけ、危機一髪晶を救い出し、砂上を逮捕する。 大沢在昌 毒猿・新宿鮫U 自分を裏切り恋人も殺した台湾マフィアのボス・葉威が日本に潜伏していることを突き止めた台北の殺し屋・毒猿は、葉の手がかりを掴むためにボーイとして働いていた店の中国人ホステス・奈美と逃げながら、しだいに葉と葉をかくまう石和組を追いつめていく。特殊部隊出身の毒猿の戦闘能力は日本の暴力団の想像を絶し、石和組の組員は次々と消されていく。そして毒猿を追って日本に渡ってきた台北の刑事郭栄民。石和組を捜査していた鮫島は郭に協力することになる。ホステスの奈美が、葉と石和組に捕らえられると、鮫島は奈美を救出すべく石和組の本部に潜入するが、鮫島をかばって郭が撃たれてしまう。郭は毒猿とは軍隊時代の親友であり、なんとか自分の手で逮捕しようと追っていたのだ。郭は、自分に代わって猿を逮捕してくれるように鮫島に頼み息を引き取る。深夜の新宿御苑での銃撃戦の末、葉を仕留めることはできたものの、毒猿は虫垂炎悪化のために救急車で死んでしまう。 大沢在昌 屍欄・新宿鮫V 高級娼婦の元締をしている浜倉は、妊娠して仕事を辞めた女の子・堀ミカヨが、出先で腹痛になって駆込んだ産婦人科医院で理由もなく堕胎手術をされたことに憤慨し、釜石クリニックに話をつけに行くが、その翌日、変死体となって発見される。釜石クリニックに復讐に行くと出かけていったミカヨの彼氏も行方不明になって戻ってこない。釜石クリニックを訪問した鮫島はそこで、国税庁の友人でマル査の滝沢と会うが、その友人も出勤途中の駅のホームで転落死してしまう。鮫島は釜石クリニックの背景に迫りつつあったが、逆に罠に嵌まり汚職警官として拘束される。やがて釜石クリニックが胎児売買をしていること、その資金で須藤あかねビューティークリニックが大きくなっていること、邪魔者を島岡ふみ枝が次々と除外していたことが判明する。ふみ枝は、少女時代の須藤あかねの看護婦だったころ、あかねを事故にあわせ植物人間にしてしまったことで、須藤あかねの妹で須藤あかねビューティークリニックの社長・須藤綾香に献身的に仕えてきたのだ。鮫島の追及をかわせないと観念したふみ枝は、綾香とその愛人の元刑事・光塚を殺害しようとするが、先回りしていた鮫島に捕らえられる。編棒の先に塗った毒で自害するふみ枝。 大沢在昌 無間人形・新宿鮫W 舐めただけで効く覚醒剤「アイスキャンディ」。一粒500円という価格から普及し続けているが、鮫島は麻薬取締官の妨害にあいながらも、「アイスキャンディ」が、地方財閥である香川家の昇と進の兄弟がつくり、本家の出戻り・景子の仲立ちで共栄会藤野組の角が捌いていることを突き止める。共栄会藤野組は、かつて晶と鮫島を結んだトルエンシ売買をしていた組で、兄貴分の真壁は服役中。香川兄弟の価格つり上げに対抗して、進の恋人・沙貴と引き替えに30万錠の「アイスキャンディ」を要求する角。暴走する進は角を殺してしまう。組に追われる進。昇は晶を人質に鮫島に進を守ることを要求するが進は殺されてしまう。晶を事件に巻き込んだかつてのバンド仲間・国前も仲間割れのあげく殺されてしまう。危機一髪晶を助け出す鮫島。原料は海に沈められていた100キロのメタンだった。 大沢在昌 炎蛹・新宿鮫X ロベルト村上こと仙田勝が黒幕とされるイラン人電気製品窃盗グループを追う鮫島。そして、イラン人と対立する中国系グループ。サンディというコロンビア人娼婦を付け狙う、彼女に病気を移されたことで離縁された作り酒屋の婿養子・氏家。すでに人違いで2人殺している。ラブホテルにポケットベルで作動する時限発火装置を仕掛け女装して火事を見届ける有名デザイナーの息子・串本清郎。 コロンビア人街娼殺害事件の被害者となったリタ・エスコバルの部屋に現われた横浜植物防疫所の防疫官・甲屋公典は、鮫島に、リタが稲の大害虫となる「火の蛹(フラメウス・プーパ)」の赤い繭がびっしりついたワラ細工を持っていたが、リタの死後、同居人のサンディが持ち出したのではないかと、鮫島に捜査の協力をあおぐ。蛹が孵化する前に確保しないと日本の稲作に甚大な被害を与えかねないのだ。関係が無いように見える事件は重なっていく。ついにサンディの新しい部屋でワラ細工を手に入れる甲屋。氏家もサンディを見つけだし殺害しようとするが甲屋に阻止され、甲屋も負傷する。 大沢在昌 氷舞・新宿鮫Y 西新宿のホテルで、元CIAのブライドが射殺される。捜査の指揮は香田警視だが彼は公安のガードの高さに疑問を抱き鮫島に協力を依頼する。クレジットカードの偽造グループを追っていた鮫島は、仙田の話から、ブライドが平田組と組んでコカイン取引をしていたこと、偽造グループの日系コロンビア人・ハギモリも平田組の前岡と繋がっていることを知らされる。ハギモリが杉田江見里のカードを持っていたことから彼女を訪ねた鮫島は、彼女がマホという彼の知っている舞台女優であることを知る。 平田組の前岡を操っていたのは元刑事で公安捜査官の立花で、これには彼のかつての上司で大物政治家の京山が関係していた。江見里の母親・苑子はかつて貝口という左翼政治家の秘書としてブライドをスパイしていたが、貝口と恋に落ちたことから殺されていたのだ。何年かして貝口と政治で対立した京山は切り札として昔の事件を持ち出し、貝口を自殺に追いやっていた。貝口の遺書が江見里の親がわりである葉山ホテルのオーナー嶋に届けられ、貝口が死ぬことで事実を知った江見里は復讐を始めていたのだ。最後は立花と差し違え、彼女は生き残る。 大沢在昌 風化水脈・新宿鮫[ 管内で多発する自動車窃盗を追っていた鮫島は、Nシステムの網の目をかいくぐるための洗い場を6丁目の古家つきガレージに絞込み、近くの駐車場を管理する大江老人の協力で張り込んでいたが、大江の目を盗んで家を捜査すると古井戸から40年前の死体が発見される。死体は「永久死体」化しており、その体内からは警察拳銃による弾が見つかった。大江は、かつて銃を盗まれたことで免職になった久保川巡査であり、彼は誰かをかばうために古井戸の江近くで管理人として居つづけていたのだ。窃盗団は、藤野組組員・真壁にのどをつぶされた中国人王と藤野組の矢崎の仕業だったが、矢崎が死んだので真壁が後を継いでいた。出所したばかりの真壁を心配する妻の雪絵は鮫島に相談する。復讐に燃える王は、真壁をガレージにさそいだすが、危機一髪鮫島に助けられる。40年前の死体は森清というチンピラで、雪絵の母が大江の銃を盗んで自分と自分の親友を守るために殺していたのだった。 大沢在昌 狼花・新宿鮫\ 新宿中央公園でナイジェリア人・オドメグが襲われた。犯人のナムディがオメドクの大麻を奪ったと睨んだ鮫島は、オドメグに住居を斡旋した旅行代理店の線から大麻が田島組の下ろしたブツであること、その背景に日本最大の暴力団稜知会が関与する「泥棒市場」の存在があることをつかむ。かつて家電盗品密売グループを管理していた仙田勝が今回の「泥棒市場」とも繋がりを持っていると考えた鮫島は、仙田の指紋をFISで照会するが何者かにより消去されていた。それは、仙田(本名=間野)がかつて公安一課(サクラ部隊)の人間だったことを意味していた。その仙田(別名=深田)に、泥棒市場の盗品鑑定士として育てられる弁護士を夢見て日本に出稼ぎに来ていた中国人の明蘭だが、仙田の目を盗んで仙田のパートナー毛利(石崎)と、彼が暴力団の一員であることを承知で関係を持つことになる。そして、仙田から毛利のいる稜知会に市場の管理を任せ、自ら組織犯罪対策部に異動してまで、外国人犯罪者の動きを牽制しようと暗躍する香田警視。彼は家族を外国人犯罪者に襲われたばかりだった。悪(外国人犯罪者)を滅ぼすために悪(稜知会)と手を結ぶやり方に反発する鮫島。毛利から明蘭を自由にさせようと、毛利と明蘭が密かに香田と密会している席に踏み込む仙田。しかし、仙田が居場所を教えていたために現れた鮫島によって仙田は撃たれることに。辞表を出す香田。 小笠原慧 DZ 1980年、ベトナム。奇胎妊娠の疑いがあるからと堕胎をすすめられた妊婦は病院を逃げ出し、難民船でたどり着いた沖縄で出産する。数年後、ペンシルバニアの人里離れた屋敷で住人夫婦の死体が発見され、5歳になる一人息子の姿は消えていた。州警察のスネル警部は男の子の消息を追うが、事件は迷宮入りに。 同じ頃の日本。平凡な会社員の1人娘・沙耶は、2歳の頃から文字を理解できるほど知能が優れていたが、突然口をきかなくなってしまう。医師の診断は小児統合失調症。 そして現在。ボルチモアへ短期留学していた研究者の石橋は、ジョンズ・ホプキンス大学病院で、人間離れした頭脳とパワーを持つグエン・シーゲルと共同で研究を始めていたが、画期的な論文を発表するめどが立ったその時、石橋は事故を装ってグエンに殺害される。グエンとの結婚を控えていた産婦人科医院長・ヤンも、グエンが研究のために意図的に妊婦を流産させていることを責めたために殺される。 石橋の恋人だった志度涼子は、障害児の弟を持つことから滋賀にある重度心身障害児施設・近江愛育園に女医として赴任し、そこで何年間も保護室に入れられていた沙耶と出会い、彼女の心を開いていく。医学雑誌に載っていた沙耶のことを記した涼子と涼子の同僚・水田の共同論文を読んだグレンは、自分の妹に会うために日本に渡る。同じ頃、警察を定年になったスネルも、ペンシルバニアで行方不明になっていた少年がグレンだと確信すると、グレンに殺害された石橋の遺族を訪ねて日本に向かう。 目の前に現われた石橋の同僚だったグレンに惹かれていく涼子。グレンと沙耶はベトナム人難民から産まれた一卵性双生児(DZ)だったのだ。 ホモ・スペリエンス(超人類)として生まれたグレンは、自分の種の保存のために同じ染色体異常をもつ沙耶を妊娠させる。沙耶を園から連れ出そうとするグエンを阻止するスネルと涼子。グエンは、涼子を撃とうとして涼子を守ろうとした沙耶を誤って撃ってしまうと、沙耶と救急車に乗り込み火を放って死ぬ。 グエンが養父母を殺したのは、虐待を受けていたからだった。水田の結婚申し込みをことわる涼子。涼子のお腹にはグエンの子がいたのだった。涼子も染色体異常を持っていたのだ。 岡田秀文 落ちた花は西へ奔れ 大坂城落城の後に真田大助(幸村の子)、茜(薩摩方の間者)、平山長十郎(徳川方の間者)つる姫(秀頼の娘)、三人の側近とともに西へ落ちる豊臣秀頼。それを口実に薩摩の島津を滅ぼすために片桐且元、本多正純らと陰謀を企む徳川家康。島津義弘・家久親子の対立、茜、長十郎の正体の不明さ。瀬戸内海に用意された薩摩行きの船の上で、一瞬の隙をついて自ら弾薬庫に火を放って爆死する秀頼。大助、茜、つる姫だけは逃げ延び、薩摩に向かう。 岡田秀文 太閤暗殺 天下を騒がせた大泥棒・石川五右衛門一味が京都所司代・前田玄以に捕まり、釜茹での刑に処せられた。しかし、釜茹でにされたのは身代わりの男で、本物の五右衛門は牢から脱出していた。この失態に一刻も早く五右衛門を捕らえたい玄以は、遂に隠れ家を探し当て逃げる五右衛門一味を追跡するが、彼らは羽柴秀次の住む聚楽第に逃げ込む。玄以としても、秀吉の甥であり関白の位にある人物の屋敷に立ち入る事は難しく、追跡を諦めるしかなかった。 羽柴秀次の家老・木村常陸介は、豊臣秀吉に嫡男・秀頼が生まれたことで、秀次が豊臣家を継ぐのが難しい状況になったこと、また、石田三成や前田玄以といった秀吉の家来たちの台頭を苦々しく感じていたこともあり、秀吉を暗殺するという大きな決断をする。そのために雇い入れたのが、石川五右衛門とその一味だった。 しかし、秀吉が狙われていると感づいた前田玄以と石田三成は、石川五右衛門一味の襲撃に備える。五右衛門は故意に捕らえられ、太閤に謁見した時に秀吉(影武者)を殺害したが、真相は、秀次を滅ぼす口実に、秀吉が五右衛門を牢から脱出させ、五右衛門に、木村常陸介の命を帯びて自分の影武者を殺させようとしたのだった。 *出雲阿国、左甚五郎なども登場。 小川勝己 彼岸の奴隷 首を切り落とされた身元不明の女の死体が発見された。捜査するのは、警視庁捜査一課の刑事・蒲生信昭。彼には、キャリアの刑事だった父が目の前で殉職したこと、クラブの先輩に奉仕させられたという辛い過去があり、銃マニアで、仕事よりカレーの出来映えのほうが大事だと考えている。蒲生と組むのは、本庁から流れてきた所轄署の刑事・和泉龍一。彼は、花井組のカシラで人肉嗜好のある八木澤と癒着してカスリを取る典型的な悪徳刑事。クスリで検挙した大学生・川奈智沙を目こぼしする代わりに力ずくで犯したりもする。 死体の身元がわれ、娘の涼から捜査願いが出ていたクリスチャンで保護司の大河内聡子だとわかる。聡子は最後にシライシという人物に会っていたことがわかるが、和泉は聡子を知っていた。彼女は和泉の継母だったばかりか、和泉の目の前で友人の白石にレイプされたことが今でもトラウマになっていた。聡子が殺されたのは、出所した平石が組への上納金を納めるため、涼と、平石のムショ仲間で涼の付き合っていた原奨と宝石を強盗したことを聡子に知られそうになったためで、聡子を殺したのは原だった。 原の潜む工場跡地に向かう家宅捜索時の犯人射殺で辞職していた和泉と涼。和泉を追う智沙と、智沙に連れまわされる梅田。原は八木澤に殺されており、八木澤一味と、和泉の後釜に座った山口警部が待ち伏せしていた。和泉は蒲生に撃たれて死ぬ間際、白石こそ和泉自信だと気づかされる。死者23人を出した事件も、警視総監の司法取引により、山口と和泉は殉職あつかいになり、すべては八木澤の罪になり涼も智沙も無罪となった。 小川勝己 眩暈を愛して夢を見よ 勤めていたAV制作会社が倒産しバイト生活を送る「ぼく」須山隆治は、元AV女優の里村リサから、堅気のサラリーマンと婚約したと聞いていた山下なつみが失踪したことを知らされる。山下なつみの本名は柏木美南で、隆治が高校時代から憧れていた上級生だった。女優を目指し、読書好で、同人誌に作品を投稿し、しかし誰とでも寝る山下なつみ。深夜番組に出演していた女子大生のとき、仲間の三人組から「どんぐりちゃん」虐められていたが、その美南の過去に関わる人物が、次々と殺されていく。そればかりか、美南を振った元男優や須山のバイト仲間の軽部まいまでも殺される。美南の婚約相手の蓬田も加わり、リサと「ぼく」は事件の真相を追う。 そして、自分をムショ送りにした美南を殺すために彼女の居場所を探していた、殺人の刑期を終えて出所した「おれ」と、もうひとり童謡の歌詞に合わせて血なまぐさい見立て殺人を繰り返す「わたし」。 三人の視点から物語は語られるが、第二部に入り、美南が同人誌に発表した短篇が作中に挿入されはじめると物語は一転。作中作も含め何者かが記したテキストである、という前提で物語が続く。登場人物の行動の隙間や時間的な齟齬など、「引っかかり」も全て形を変え、ヒントとなって後半部で利用される。 前半の普通のミステリ形式を捨て去り、後半は、第一部のテキストにおいて、記されていない内容を第三者が読み解くメタミステリへと変わる。この変則基準のミステリによって支配された物語は、柏木美南が首を吊って自殺したことがわかることで終わるかに見える。隆治は美南の追悼ビデオを提案するが社長に却下される。 小川勝己 撓田村事件-iの遠近法的倒錯 岡山県の郡部にある香住村字撓田の中学校に通う阿久津智明は、同じクラスの山田ゆり(体育教師の山田勲の異父妹)に恋心を抱くが、ゆりに頼まれて仕方なく撓田村の名家である朝霧家の息子・朝霧将晴との恋の橋渡しをすることに。それでも、智明、将晴、ゆり、そしてゆりの友人で篠宮光子の4人は平和な学校生活を送っていた。しかし東京から桑島佳史が転校してくると、それまでボス的存在だった将晴は、頭が良く都会的な佳史にその地位を脅かされるようになる。佳史一家とは30年以上音信不通だったのを将晴の祖母・八千代が見つけ出し、朝霧家に間借りさせているのだという。 そんな突然現われた佳史が目ざわりだった将晴は、ついに学校で佳史に暴力をふるってしまう。その翌日、佳史の死体が雑木林の木の上で見つかる。下半身は切り取られており、裸の上半身だけが木の枝分かれした部分に乗っていた。数日後、1ヶ月前から行方不明だった朝霧八千代の死体が犬塚(昔、犬使いの老婆を流れ者が殺したために祟りが生じ、これを鎮めた)で発見される。下半身のない腐乱死体だった。次に殺害されたのは佳史の妹の琴乃で、やはり下半身は切り取られていた。 事件を解明しようとする30年前に撓田村の駐在だった藤枝警部補と、暴力団から八千代の居所を探せと命令された便利屋兼私立探偵の寺沢響。それに、もと特高だった智明の祖父の源一郎。撓田村は人口100人たらずの平穏な村ではあるが、戦時中には、匿われていたコミュニスト一家を村人たちが惨殺したときに犬が火の玉となって走り回り村が大火事となった事件、昭和42年には、八千代に呼ばれて朝霧家に奉公に行っていた静(現在は八千代の援助で村で食堂を営む)の一人娘の真由美(将晴の父・一馬と深い関係になるが朝霧家も静も結婚に反対していた)が何者かに神社の境内で惨殺される事件が起きている。 やがて、佳史と琴乃を殺害したのが体育教師の山田勲だったことがわかる。勲は、琴乃と付き合っていながら智明の隣家に住む日向千鶴(かつて一馬と恋仲だったが別の男と結婚させられそれも失敗し出戻りになっていた)とも関係を持っていることを佳史に咎められて殺害、のちに琴乃も口封じのため殺害していたのだ。しかし、佳史の下半身を切断して木に括りつけたのは、佳史に麻薬と黒魔術の洗礼を受けた取り巻きの3人の同級生だった。智明も勲に首を絞められそうになるが、危機一髪、寺沢に助けられる。 やがて、八千代が産まず女だったこと(だから八千代の下半身は見つからないまま)、一馬は八千代の子供ではなく静の息子だったこと(父親は八千代の父)、勲は母の博子から「お前のお父さんは朝霧一馬だ」と聞かされていたことを知る。真由美と八千代を殺害したのは自分だという遺書を残して静は自殺を図り担ぎ込まれた病院で息を引き取るが、寺沢は一馬が二人を殺した犯人だと詰め寄る。寺沢が置いていった拳銃で死ぬ一馬。 *勲の本当の父親は30年前博子と関係のあった藤枝だったが勲は知らない。 小川洋子 博士の愛した数式 家政婦として働く私は、年老いた元大学教師・博士の家に派遣される。優秀な数学者だったが、17年前の交通事故で、80分しか記憶を維持することができなくなっていた。数字にしか興味を示さない博士だったが、私の10歳になる息子との出会いをきっかけに変化が訪れる。彼は息子を抱きしめると頭の形からルートと名づけた。「これを使えば、無限の数字にも、ちゃんとした身分を与えることができる」からだという。 子供をひとりにしてはよくないという博士の主張で、ルート、博士そして私の、午前11時から午後7時までの生活が始まる。今だ江夏が活躍していると思っている博士を連れて初めて球場にいた日の夜、博士は熱を出した。泊りがけで看病したことと、仕事場に子供を連れて行ったことが雇い主である博士の義姉の通報で組合の知るところなり辞めさせられてしまう。私もルートもすっかり張り合いがなくなっていたが、ルートが博士を訪ねている現場に義姉から呼出され「お金が目当てなのか」と言われ「友達としてルートが訪ねてはいけないのですか」と言い切り、博士が「子供をいじめるのはよくない」とオイラーの方式を書いた日からまもなくして、私とルートはカムバックする。 過去の新聞から博士が義姉と一緒にいて事故に遭ったこと、博士が野球カードを大切にしまっていた缶の中から偶然見つけた写真から博士と義姉の親交の深さを知る。しかし博士は、ルートの11歳の誕生を祝った翌々日、医療施設に入院してしまった。もはや記憶は続かなくなっていたのだ。それでも月に1〜2回は病院に見舞いに行った。博士から誕生日にプレゼントされたグローブを持って。博士の首には私たちが贈った江夏の野球カードが義姉によってIDカードのように加工されていた。お見舞いは博士が死ぬまで続いた。そしてルートが中学校の数学教師になったことを報告する私。 荻原浩 あの日にドライブ 牧村伸郎は銀行という特殊な世界のしきたりを頑なに守ってきたが、部下の西村をかばうつもりで吐いた上司の副支店長・徳田へのたった一言で、エリート銀行員としてのキャリアを閉ざされ、自ら退社の道を選ぶことになる。都市銀行の管理職だったプライドが再就職の障害となり、やむなくタクシー会社に就職する伸郎。公認会計士試験を受けるまでの腰掛のつもりだったが、乗車業務に疲れて帰ってくる毎日では参考書もすすまない。営業ノルマに追いかけられ、ストレス性の円形脱毛症になり、気がつけば娘や息子と会話が成立しなくなっている。 ある日、たまたま客を降ろしたのが学生時代に住んでいたアパートの近くだったことからアパートへ行ってみると、1カ月後には取り壊されるのだと言う。仮眠用に使ってもいいから、1カ月だけでも借りられないかと考える。そんなとき、同期会の案内が届く。銀行員のままだったら出席していたに違いないが、今の伸郎は迷う。学生時代に思いを馳せ、ついヴァーチャル人生のシミュレーションをしてしまう伸郎。あのとき違う選択をしていたらどうだったのだろう。同じ大学の編集サークルにいた恵美とあのまま結婚していたら。恵美から教えてもらった小さいながらも子供のために本を作りつづけている青羊社に就職していたら。結婚に失敗して実家に戻っていると同期から聞いていた恵美に会いたくて度々、桜上水まで車を回す伸郎。 しかし、恵美の子供だと思っていた男の子が恵美の甥で、ころんで泣き叫ぶその子の耳を、周りに人がいない事を確認してきつく引っ張って醜い顔で笑っている恵美を見たとき。また、池袋に移転していた青羊社を訪ねると、少女ポルノを扱っていることを知ったとき、伸郎のヴャーチャル人生が粉々に打ち砕かれる。伸郎が人生の車線変更を模索する一方で、タクシー運転手がすっかり板についてくる。しかし、成績の上がらない同僚の山城が、昔、有名な競輪の選手で、退社してもう一度競輪の世界に戻ろうとしていること、いけすかない営業部長も以前はれっきとした保険会社の管理職だったことを知り、ここにいても、同僚たちの人生からも学ぶことがあるはずだと考える。さらに、妻の律子や子供たちの気遣い。伸郎が寝ている最中に、脱毛症の薬をつけてくれていた息子、伸郎の邪魔にならないようにお風呂で音楽を聞いていた娘、私立を諦めて公立に行ったことを決して後悔していないと言う。学生時代に住んでいたアパートを借りようとして用意した金で、息子にはグローブを、娘にはMDウォークマンを買う伸郎。 ある日、偶然に泥酔した元上司の徳田を乗せてしまう。執行役員になれなかったことで荒れている。旭までという徳田を、神奈川でなく千葉の旭まで連れて行き九十九里の海岸に置き去りにする伸郎。銚子にある母校の中学校まで行き、野球部時代を懐かしむように夜中のグランドに立つ。夜明け、伸郎は置き去りにした徳田を乗せて帰ることに。 荻原浩 神様からひと言 上司を殴ったことから超大手の広告代理店を飛び出した佐倉凉平。恋人のリンコにも逃げられる。中堅の食品会社「珠川食品」に入社したものの、最初の役員プレゼンの席上、卑劣な上司・末松ともめごとを起こし「お客様相談室」送りとなる。そこは「お客様の声は、神のひと言」という失踪中の創業者の社是を実践する部署であったが、実はリストラ要員をいびり出すための「強制収容所」であった。 珠川食品の衛生管理などの杜撰さを突いて次々と寄せられる苦情に、ギャンブル狂いの先輩・篠崎についてなんとか乗り切ろうとする涼平。なかには、常連クレーマーや小金を稼ごうとするチンピラなども。頼りにならない室長の本間をはじめ、廃部寸前の剣道部部の大男・神保、コネで入ってきたフィギアお宅・羽沢、夢遊病者のような男・山内、涼平のあとに配属になった創業者の孫で副社長のもと愛人・宍戸と、まさに会社のはきだめといったところ。しかし、べた付けのスクラッチが透けていたため組関係と思われる二人組に多量の当たり券を買い取れと押しかけてきた販促課のピンチを、ティンバーウルフの刺青を見せて揺さぶりをかけて救ったことから、副社長のひと言で涼平だけ販促課に戻される。 製品化直前で中止になった頑固一徹のラーメン店・げんこつ亭の店長から珠川食品の麺があまりにもひどいと聞いた涼平は、その製粉会社・東州製粉こそが副社長の愛人の実家であることをつきとめる。その東州製粉の麺を使った新製品のネーミング案として、役員会の席上で涼平がプレゼンしたのは「くそラーメン」。東州製粉の件を告発しようとして飛ばされていた神保が自殺してしまったこともあり、涼平はすっかり開き直っていた。副社長と東州会社の癒着、そして東州製粉の娘との関係を暴く涼平。 守衛につまみ出されそうになったとき現れたのは、何度か涼平も訪れていた明石町(副社長の祖母=失踪中の会長の妾・吉野節子)と、車椅子を押す失踪中の会長・玉川政次だった。最高の塩ラーメンを開発するために沖縄の製塩会社にいたのを篠崎が探し出したのだった。混乱する役員会。何日かして篠崎から、苦情処理会社をつくろうと誘われる涼平。リンコの居場所を見つけ会いに行く涼平。 *涼平がギターを抱えて街頭で歌を歌っていると現れるホームレス風の若い男。何度かホームレス風の神様は涼平にアドバイスする。タイトルの“神様には、ホームレス風の神様と、「お客様は神様です」が掛かっっている。 荻原浩 オロロ畑でつかまえて 奥羽山脈の一角、日本最後の秘境・大牛山の山麓にある人口300人の寒村・牛穴村。とうとう8人にまで減ってしまった青年会のメンバー。8人では祭の千貫みこしもかつげないし、野球をするにも人数が足りない。今年37歳になる富山悟も、村を出ることを考えていた。青年会長の米田慎一は村の過疎化を食い止めるために、自分たちのお金で広告代理店を雇って牛穴村をイメージアップさせるという方法を提案。唯一の大卒である慎一の友人が、東京の広告代理店に就職しているというので悟を連れてたずねるが、500万円という信じられない予算では帝国エージェンシーに勤めるかつての友人からはまるで相手にされず、結局2人は倒産寸前の弱小プロダクション・ユニバーサル広告社へと飛び込むことに。 胡散臭い関西弁を使う社長の石井。エキセントリックなアートディレクター、村崎。帝国エージェンシーから4年前に転職してきた杉山は早速牛穴村へと向かう。しかし牛穴村は本当に何もない村。半ばヤケとなった杉山の出したプランとは、ネッシーならぬ、ウッシーという、謎の生物をでっちあげること。一時は注目を集めるが、ウッシーがニセモノとばれてしまいもとの村に。しかし、悟と結婚した元人気アナウンサーの記事から人が集まるようになる。 荻原浩 ママの狙撃銃 曜子は、私立中学に通う娘と幼稚園に通う息子の母親である。家や車のローン、娘の学費、息子のスイミングスクール代。リストラされかかっている夫。 決して裕福とは言えない生活に日々汲々としながらも明るい家庭を築いていたが、ある日、25年振りにKから、ある人物を暗殺して欲しいと連絡が入る。曜子は、ベトナム戦争で狙撃兵として従軍し後に暗殺者となった祖父エドから、6歳のころからオクラホマで銃を仕込まれており、エドの入院中に1度だけ(25年前)暗殺を引き受けたことがあったのだ。 Kからの依頼に思わずYESと言ってしまう曜子。家族の健康に気を使い料理に精を出すその手で、バラした狙撃用ライフルを9分台で組み上げるなど、日常生活の中でトレーニングを開始する。観覧車の中から、携帯電話でホテルの窓際におびき寄せた標的(次期大統領候補の一人)を携帯電話もろともに打ち抜く曜子。捜査線上に彼女が浮かぶことはなかった。 娘がいじめられているのは帰国子女の生徒モネが仕向けているのだと知った曜子は、同級生の家に乗り込み、ふてくされるモネにこっそり英語でののしり、二度と娘に手出しをしないように銃で脅かしたりする。かつて殺した二人の男の亡霊にとりつかれ、誰にも打ち明けられない孤独に身悶える曜子。しかし母は強し。娘の学費のため、息子のプール代のため、夫の借金返済のため、Kからの依頼に再び銃を取る。今度の標的は、自分から死にたがっているが自殺はできない男だという。 陽子が狙撃場所に選んだ向かいのマンションの屋上からスコープで覗いた標的は、アメリカ時代に親しかった中華料理人のクワンだった。そして、それがKだった。Kは曜子に殺されるのは本望だと言った。引き金に手をかけてしまう曜子。その後、自分も死のうと口にライフルを加えるが引き金が引けない。携帯電話から息子の声がする。自殺を諦める曜子。立ち上がる曜子のあとを3人の亡霊がついていく。 荻原浩 明日の記憶 主人公の佐伯雅行は50歳になったばかりの広告代理店の営業部長。仕事も順調で、一人娘はもうすぐ結婚し孫も生まれようとしている。 そんな佐伯だが、徐々にひどい物忘れに襲われるようになっていく。 病院で若い医者が伝えた病名は「若年性アルツハイマー」。大切なものを忘れないようにと日記(「備忘録」)をつけ始め、メモを大量に取り、必死に病気に抗おうとするが、普段歩き慣れた道を忘れてしまう、いつも会っている人を忘れてしまう、ビジネスマンなのに約束を忘れてしまう。日記が、だんだんとひらがな交じりになっていく。そのうち、忘れないようにと、逐一とることにしていたメモがポケットにあふれ、どこにメモがあるのかさえわからなくなる。ミスが目立つようになった佐伯は、アルツハイマー病であることが会社に知れてしまい、一旦は資料管理室という部署に異動になるが、娘の結婚を待って退職する。 陶芸が趣味の佐伯は、陶芸をしているときだけは落ち着いていられたが、陶芸教室の先生にもお金を誤魔化され裏切られる。そして、どんどん過去の記憶にさかのぼっていく。妻に内緒で介護施設を見学した帰り、25年ぶりに一升瓶をもって学生時代に通っていた多摩の山奥の窯を訪ねる。 2年前に死んだ友人に誘われて通っていた、妻と来たこともあった窯であったが、すっかり荒廃していて、人の気配もない。諦めて一人で飲みはじめると、かつての師匠が現れる。師匠も「痴呆と言われ、無理矢理施設に入れられたが逃げてきたのだ」と言う。そして、「登り窯は無理だが、野焼きしてやる」と佐伯が持ってきた娘夫婦に贈るつもりの湯飲茶碗茶を窯に入れてくれた。 酒を酌み交わした翌朝、師匠に「あのできそこないがなあ。見られるやきものになったじゃないか」と言われ、佐伯は、喜んで焼き上がった茶碗を手に下山する。そして、ふもとで女性に出会う。「こんにちは」と声を掛けると、その女性も隣について歩いてくる。名前を尋ねると、しばらくして「枝実子っていいます。枝に実る子と書いて、枝実子」という答えが返ってくる。「いい名前ですね」と佐伯が言うと、ようやく彼女は少しだけ笑ってくれた。枝実子。それが妻の名前であることに佐伯はもう気づかなかった。 奥泉光 モーダルな事象 大阪の三流女子短大・敷島学園麗華女子短期大学の文学部で日本近代文学を講じる桑潟幸一助教授(通称・桑幸)のもとに、たまたま桑幸が数年前に「日本近代文学者総覧」で執筆を担当した無名の童話作家・溝口俊平の8編の短編からなる遺稿が発見されたと、研修館書房の猿渡という編集者によってもちこまれる。同社の「言霊」という雑誌に紹介文を書いて欲しいという猿渡の依頼をしぶしぶ引き受ける桑幸だったが、雑誌に作品と記事が掲載されると、定年間近の桑幸の同僚・蓑串暁義助教授ばかりでなく多くの読者に注目されることになる。 やがて今度は天竺出版の新城という編集者があらわれ、溝口の小説を本にしたいと訪ねてくる。取材には北川亜貴江というジャズシンガーで溝口の甥のテッド溝口とも知り合いのライターが立ち会うことに。桑幸は、猿渡に確認の連絡をとろうとするが、彼は突然研修館を辞めていて連絡がとれず、桑幸が預かったはずの遺稿も盗まれていた。それでも、自分が遺稿を発見したことになっている瀬戸内海の久貝島を一度は訪れてみることにするが、そこで、MD世界心霊教会(教祖は粘菌の研究者・柳沢桃春)という謎の宗教団体と溝口が親交にあったことに興味を持つ。やがて、8編の短編のうち4編をまとめた「明星のちかい」が天竺出版から出され評判となりはじめた矢先、行方不明になっていた猿渡の頭部が久貝島に隣接した島楠根島で発見され、半年前に奈良県生駒山中で発見された首なし死体の主であると判明する。 事件に興味を持った亜貴江は、元夫で編集者の諸橋倫敦と『夫婦探偵』さながらに真相を究明しようとする。溝口作品のコーナーを持つ倉敷児童文学館館長の猪原泉から、盗まれたはずの遺稿が桑幸名義で送られてきたと連絡が入ると、二人は倉敷に向かう。その二人より一足先に倉敷を訪ねていた新城は、府中の公園で撲殺されてしまう。新城が死ぬ直前に北海道へ出かけていたことを知ると、跡を追って北海道へいきMD教の札幌支部を訪ねる。そこで、アトランティスのコインの原料である不思議な力を発揮するロンギヌスという物質(人間を煮詰めたものから派生)を、戦時中に軍の施設があった久貝島で溝口と桃春が研究していたこと、非合法のスーパー・ロンギヌスという薬の製造に三ツ星製薬(会長・梶川良源)とMDが関わっていたこと、猿渡のアパートも薬の製造工場だったことを調べ上げる。 やがて、事件の発端が、アトランティスのコインを7枚そろえたいという欲望にかられた蓑串暁義が、残りの3枚を梶川良源から取り上げるために、連載をネタに梶川に脅しをかけていたことが、新城殺しで指名手配になった暁義本人の口から明かされる。終戦間際に海で遭難した15人の少年を題材に採った8番目の短編「十五少年冒険記」は、倉敷児童文学館の猪原泉の母ふさ江が書いたもので、久貝島で少年たちと情交の限りを尽くした溝口俊平(蓑串暁義はふさ江と俊平の間の子)を題材に採っていた。桑幸に遺稿を渡した猿渡こそ暁義の息子の偽装だったのだ。溝口俊平記念館のオープンイベントで久貝島に招待されるテッド・溝口グループ。戦時中の過去に戻って子供たちを救い出した桑幸の姿はその日を境に消えた。 数年後、ホームレスのだじゃれおじさんの記事が新聞に載る。名は猫介という。桑幸の姿だった。「あっちから、ダサイおさむらいが来るよ」「ほう、さよう(斜陽)ですか」。 *巻末には初心者のための奥泉文学入門と、過去の作品の解説。 奥田英朗 邪魔 友人と3人でオヤジ狩りをしていた渡辺裕輔は、張り込み中の刑事と知らずに襲いかかり、逆に返り討ちにあってしまう。男は本城署の刑事久野。交通事故で妊娠中の妻を失って以来不眠症に悩んでいる。張り込みをしていたのは、暴力団清和会との癒着や元婦警との不倫などの黒い噂ある同僚の花村の私生活を調べ、花村を退職させることが狙いだった。 以前、清和会と一悶着あったハイテックスという会社が放火された。清和会による嫌がらせの線が浮かび上がったが、火傷で入院していた宿直だった経理課長・及川を追及するうちに、久野は及川が使い込みをごまかすために狂言放火を図ったと確信する。 及川の妻恭子はスーパーで働いていたが、運動家に誘われて待遇改善運動に立ち上がりスーパーを敵に回すが、運動家の目的が運動資金を巻き上げるのが目的と知り決別。スーパーに復帰するが、社長から秘書(愛人)になれと持ちかけられ仕方なく関係を持つ。 夫から放火の真実を伝えられるが、家族を守るために自首を思いとどませる恭子。代わりに自分が捜査をかく乱させるための放火を企てるが久野に止められる。そこに久野を殺そうとする花村が現れ、花村は久野に刺され、久野は花村と結局放火した恭子に刺される。逃亡する恭子。 傷つきながら、生きていると信じ込んでいる義母の家にたどり着く久野。清和会とハイテックスの話し合いで、裕輔の友達で清和会の舎弟の洋平が放火の自首をしていたが、久野の捜査により及川は逮捕される。 奥田英朗 最悪 川谷伸次郎は都内で従業員2人の小さな鉄工所を経営している。不良品が出てはメーカーから叱られ、向かいにあるマンションの住民からは騒音の苦情が舞い込み頭が痛い。取引先の神田からは、大型機械の導入を打診され迷っていた。 一方、銀行員の藤崎みどりは、新入社員の歓迎会で上司のセクハラに遭ったことを、信頼できる別の上司に相談するが、会社の派閥争いに巻き込まれてしまい、気の重い日々を送っていた。王様扱いされないとすぐに怒り出す客や毎日来店しては気安く話しかけてくる老人たちを思い出しては憂鬱になるみどり。 無職の若者、野村和也は、川谷の会社からトルエンを盗み出すために借りたやくざの車のナンバーが警察に通報されたため、リンチを受けた上に大金を要求される。切羽詰まった和也は、恋人のめぐみと共に、銀行強盗を決行する。押し入ったのはみどりの勤める銀行で、金策のためにたまたま川谷も居合わせていた。川谷に対して銀行は、一旦は「金を貸す」といいながら突然手の平を返したような冷たい対応をとっていたのだ。そんな中、川谷の金を持って逃げようとした和也たちを追って、川谷とみどりも和也たちの車に乗ってしまった。その後、川谷は、自分が銀行強盗の犯人として指名手配されたことをニュースで知り仰天する。 川谷、みどり、和也、めぐみの4人は、山の別荘に逃げ込んだ。そこで4人はやっと、それぞれの事情を知る。そして、銀行の対応に腹を据えかねていた川谷は、銀行に謝罪会見をさせることを思いつく。 奥田英朗 東京物語 田村久雄の18歳で上京して30歳になるまでの6つの1日を綴った作品集。 大学を中退後、社長含め5人のプロダクション「新広社」でコピーライターとして働く21歳になった久雄は、雑用の間に仕事をこなす毎日。ジョン・レノンが殺害された年の1981年12月9日。(「あの日、聴いた歌」)。 久雄が名古屋から上京した日。送ってきてくれた母と別れ孤独を感じた久雄は上京している平野を訪ねる。キャンディーズのさよならコンサートの日。(「春本番」)。 久雄は一浪し入学した大学の演劇部に所属している。菜穂子先輩に憧れているが近づけないでいる。同級の小山江里は酒が入ると田村と呼び捨てで呼び、乱暴な口調になる。そんな江里に振り回されて都内を走り回るはめになる久雄。1979年6月2日江川初先発。(「レモン」)。 「新広社」で働く久雄にも鈴木と原田の後輩ができた。仕事ができない二人に苛々する久雄。代理店の西条氏に「いい気になるな」と温かく注意され、社長には部下を誉めろと忠告される。1981年9月30日オリンピック候補地として名古屋敗れる。(「名古屋オリンピック」)。 母親に騙され、見合いすることになった久雄。相手の洋子も結婚する気はないらしく無愛想だが。ハイヒールを踵の低い靴の履き替える。1985年1月15日ラグビー決勝戦「同志社VS新日鉄」。(「彼女のハイヒール」)。 久雄は知り合いのカメラマン、デザイナーと共同で事務所を構えて2年。バブル絶頂時で、久雄の生活も贅沢。不動産業を経営している郷田と取引をしている。郷田の孤独感が寂しい。結婚する小倉のためにパーティーを開く。30になる久雄と互いにかつての夢を語る仲間たち。1989/11/10(「バチェラー・パーティー」)。 奥田英朗 イン・ザ・プール 伊良部総合病院の神経科医学博士伊良部は注射が好きで、患者が来るたびにと看護婦のまゆみに注射を打たせる。患者として訪れる人々を、伊良部は独創的な方法で治していく。といっても意図したものではなく、本能のおもむくまま、行き当たりばったりの行動がたまたま上手くいってしまう。 「インザプール」の主人公は腹痛に悩まされて病院内をたらい回しにされた後たどり着く。伊良部にすすめられ水泳をはじめるが、水泳中毒になってしまう。しまいには、休憩時間が我慢できず深夜のプールに二人で忍び込む。しかし伊良部の体が窓枠に挟まり。それに懲りて結果的にプール中毒から開放される。 「勃ちっ放し」のペニスが勃ちっ放しになってしまった男性は、自分が大学病院でインターンたちの見世物になったことに切れて暴力をふるうことで勃起がおさまる。それは、伊良部が妻が実はランパブ嬢だったと診療室でわめき散らしたのを見ていたから。怒る変わりに勃起していたのだ。 「コンパニオン」の自意識過剰で誰もが自分に注目しているんだと思い込んでいる女性は、オーデションで親のコネを使いコンテストに受かるのは当然と無理に予選を通ろうとする伊良部の姿に接して、自分に目覚める。 「フレンズ」では、自信のなさを隠そうと、相手が自分を必要としていると信じつつ携帯メールをのべつまくなし送り続ける若者が、クリスマスイブに声をかけてくれたのは伊良部だけと知り愕然としつつも、看護婦のまゆみの自分は自分という態度を見て落ち込んでいるのが間抜けに思えてくる。 「いてもたっても」の確認行動神経症の放送作家の男に対しては、患者の神経を逆なでしながら、ますます追いつめて結果的にストンと憑き物が落ちたように回復させていく。 奥田英朗 空中ブランコ 空中ブランコ乗りの山本公平は、連続して落下してしまう。新人の受け手のミスと決め付けて非難する公平。相談を受けた伊良部は、単なる興味本位から空中ブランコに挑戦し、最後には本場のサーカスに出て喝采まで浴びる。失敗は、受け手のミスでなく自分の問題(拒否反応)だということに気づく山本。(=「空中ブランコ」) 尖端恐怖症のやくざ。先が尖っているものはすべてが恐怖の対象。短刀どころか箸も使えず、スプーンで食事をしている。血判状を押す場ではとっさに指を噛み切り男を挙げる。妻が敵対する組のシマに店を出そうとしたことで因縁をつけられると、伊良部と待ち合わせて相手の指定した喫茶店に向かうが、伊良部はその相手の男が、刀を持っていないとパニックになるブランケット症候群なことを見ぬく。同病相哀れむで丸く収まる。(=「ハリネズミ」) 池田達郎の義父は大学医学部の外科の学部長なのだが、誰が見てもはっきりとわかるカツラを着けていた。達郎は義父の頭を見るたびに、そのカツラを剥ぎ取りたい欲求に駆られ、ついに抑えられなくなってしまった。羽目をはずすことが治療だと伊良部に言われ、標識に落書きをしていたが、最後には白昼堂々大学の構内で昼寝している義父のカツラをとり写真を撮った後、気づかれぬまま元にもどした。吹っ切れた池田。(=「義父のヅラ」) 東京カーディガンズの三塁手・坂東真一はプロ入り10年目のベテランでゴールデングラブ賞の常連。しかし突然送球のコントロールが利かなくなり大暴投を繰り返す。原因はどうやらイケメンルーキーの存在。伊良部はスローイングイップスだという。歓迎会の帰り、ヤクザにからまれた鈴木を一旦は見捨てようとするが、引き返して救い出す。鈴木に対する気持ちが楽になり、コントロールをとりもどせそうだ。(=「ホットコーナー」) 星山愛子は“恋愛のカリスマ”と言われる女流作家。デビュー8年、30冊以上の著作があるベストセラー作家だが、最近になって、原稿を書こうとすると吐き気を覚えるという症状に悩まされていた。3年前に出版した自信作「あした」が売れなかったことがいまだに尾を引いているらしい。知り合いの映画評論家のさくらが応援していた映画が売れないことを真剣に考えるのを見て、もう一度がんばろうと思う。「あした」を読んだマユミの「私、小説読んで始めて泣いた」という言葉がとてもうれしい。(=「女流作家」) 乙川優三郎 生きる 藩主の後を追って死のうとした又右衛門は筆頭家老から「追腹」しないことを約束させられる。しかし、寵愛されながらどうして死なないのかと責められる、死よりも辛い針の筵の日々が待っていた。娘婿は切腹、なぜ止めてくれなかったかと娘に義絶を告げられる。一人息子も自決し、病弱の妻はやがて逝く。生きるとは汚辱に塗れ、醜態を晒すことなのか。精根尽き果てた又右衛門は家老への恨みつらみをしたためる。が、最後に思い到ったのはむしろ己のふがいなさだった。愕然とした又右衛門は、それ以後堂々と出仕することで、正面から生きることに向き合う決心をする。そして息子の13回忌。しょうぶの季節。ちまきにそえられた筆頭家老の書状には。そしてりっぱにそだった娘と孫との対面。(=「生きる」) 飢饉のさなか百姓に何一つ有効な政策を打ち出さぬ藩に対し意見書を提出するという「大義」のため奉行職を捨て、娘双枝を苦界に投じながら「誇りを失うな」と諭す素平。武士の端くれとも言える織之助に無け無しの金を渡し娘の様子を見させていたが、どうしても苦界から救い出す金を作れぬとさとった素平は、金を手に入れるためかつて奉職していた藩の江戸屋敷で切腹をする。織之助は金を渡そうと双枝を探すが見つからない。その金に手をつけることなく心を入れ替えた織之助は商売を軌道に乗せる。そんな時、双枝に似た娘と出会う。身なりは貧しいが、双枝と同じ決して人から施しを受けまいとするその娘に心をうたれる。双枝はヨタカとして死んでいた。(=「安穏河原」) 致仕して隠居暮らしの喜蔵。結婚も考えていた女中しょうぶを捨て、立身出世して栄達(家老)を獲得したものの満たされぬ空漠感があった。ある日、足軽屋敷の一角でしょうぶと偶然出会う。しょうぶであることを認めない彼女の、貧しいながらも前向きな生き方にふれ、そっとしておこうと決意する。(=「早梅記」) 乙川優三郎 霧の橋 陸奥田村家の勘定組頭の江坂惣兵衛は、小料理屋の女将紗綾(奥津ふみ)を藩の金を横領した武士の娘と知らずに慕っていたが、同役の林房之助に正体を知らされて戸惑う。しかし、夫婦になる気持ちにかわりないと言い張る惣兵衛を房之助は逆上し殺してしまう。出奔した房之助を追う惣兵衛の次男・与惣次は7年後無事仇討を果たして帰国するが、兄の公金横領が発覚し末に切腹により江坂家は断絶。与惣次は国外追放となる。 刀を捨てた与惣次は、浅草田原町で、家付きの娘おいとを娶り、商人紅屋惣兵衛として第二の人生を送っていた。小さな商人をのみこもうとする大商人勝田屋のあくどさに抵抗を決意する惣兵衛(与惣次)。それを助ける妻、そして忠実な手代、同業の秋葉屋の隠居。彼らの協力を得て勝田屋の謀略を止めることができたが、勝田屋の放った刺客を返り討ちにあわせると、武士としての惣兵衛を、仲間たちは一線を画そうとする。さらに愛しい妻まで、彼の過去の秘密を語らないことに不信を抱いたのかよそよそしい。 そんなとき、奥津ふみから、「惣兵衛の父が殺されたのは自分のせいであるから、仇を討つなら来て欲しい」という伝言を受け取る。しかしその文面には17年間ひたすら父を慕い思い続けた気持がこめられていた。霧のかかった橋での惣兵衛とふみは出会う。一時は刀に手がいったが、ふみの父への愛の深さを知り,「父のためにも強く生きて下さい」と持ってきた父の刀を預け立ち去る。このとき惣兵衛は武士への決別をはっきりさせた。そして惣兵衛を心配して秘かに後を付けてきたおいとに気づくと、強い絆を確認する。 折原一 行方不明者 埼玉県蓮田市で名家・滝沢家の一家四人が忽然と姿を消す。教師の隆太郎と生保の外交をしている美恵子の夫妻、数年ぶりに帰ってきた娘の夏実、それに祖母のよし子だ。食卓には暖かい朝食、妻の美恵子はパート仲間と旅行に出かける直前であった。この一家行方不明の数年前、底なし沼と伝えられる黒い沼をはさんだ向い側にあるやはり名家の吉沢家でも、一家が惨殺される事件が起きていた。こちらも、夫婦と娘、祖母が被害者だった。 滝沢家の失踪事件に関心を持ち、調査をはじめる女性ライターの五十嵐みどりは、滝沢家のかかえている問題、美恵子の浮気、よし子の新興宗教、夏実の不倫を知る。そして、この失踪事件と並行して戸田市で起きた若い女性ばかりが狙われる連続通り魔事件。ある日、売れない推理作家の吉田智明は、電車の中で女装した男性・里美大介に痴漢だと詰め寄られ殴られたことから、この男が通り魔事件の犯人ではないかと疑う。 通り魔事件のことを小説として書き進める智明は、大介の異父兄弟の妹こそが犯人だと確信し、妹のあとをつけその家に乗り込む。そこが滝沢家で、一家が失踪する前日だった。智明は、大介を殺したことを告げ、夏実が通り魔事件の犯人だということを小説に書くことを告げるが、潜んでいた祖母のよし子に頭を強打され殺されてしまう。その数ヵ月後、みどりは、伊豆で死体として発見された祖母以外の3人が滝沢家に戻っているところに訪ね、吉沢家を襲った犯人が夏実であることを突き止める。 夏実が不倫していたのは吉沢で、子供も死産させて恨みがあった。以来、吉沢家を惨殺しただけでは満たされず、若い女性を襲っていたのだ。みどりは隆太郎たちに捕らえられるが、夫に助け出される。殺された智明の母が原稿を仕上げて出版社にもっていく。 恩田陸 六番目の小夜子 地方都市の進学校。ここには十数年にも渡って続いてきた不思議な伝統があった。卒業式の日、卒業生から在校生へと密かに手渡される古びた一つの鍵。3年毎に、鍵を受け取った者が<サヨコ>となって、正体がばれないように数々のイベントを成功させなくてはならない。そのイベントの出来映えが、その年の吉凶を決定する。今年は<六番目のサヨコ>の年。1学期の始業式の日、3年10組の教卓には古びた花瓶に生けられた真紅の薔薇が飾られていた。それは今年の鍵を受け次いだものが<サヨコ>を行う印。それを見た、鍵を受け継ぎ自分こそが<サヨコ>だと思っていた加藤は愕然とする。 同じ日、津村沙世子という名の美少女が、10組に転入して繰る。沙世子と仲良くなる花宮雅子、雅子と両想いになった同級生の由紀夫、その友人で成績優秀の関根秋(病気で長期入院を余儀なくされた加藤から鍵を渡される。秋の兄も何年か前の<サヨコ>だった。)は、いつも四人で集まっては高校生活を楽しんでいた。その年の学園祭での実行委員による出し物は、「六番目の小夜子」という呼びかけを全校生徒で行うといったものだったが、突如発生した竜巻によって中断される。 その年のサヨコは終わったかに見えたが、釈然としない秋は、実行委員長の設楽と部室でサヨコについて調べはじめる。謎だらけの伝説の行事と、不思議な魅力を持つ沙世子。沙世子が絡むいくつもの奇妙な事件。交通事故で死んだ<二番目のサヨコ>も津村沙世子という名前だったが、その碑は文化祭のときの竜巻によって破壊されていた。秋は「小夜子」の存在自体に疑問を抱き、その謎を探り始めるのだったが。秋を慕う女生徒に部室があるから秋が振り向いてくれないのだと吹き込むことで休日の部室に火をつけさせた沙世子。たまたま学校にいた秋が火事に巻き込まれるが、「もう一人の小夜子から守るために」と勇敢に秋を助けだす沙世子。 沙世子は、担任の黒川に手紙で鍵を送られていたことが語られる。沙世子と秋は難関のK大学へ、雅子と由紀夫は地元の国立大学へすすむ。卒業式の日、自分のもとによってきた知らない女生徒にそれとなく鍵をわたす沙世子。女生徒はそれが何か知らない。 恩田陸 夜のピクニック 北高の全校生徒が参加して夜を徹して80キロの道のりを歩く歩行祭。西脇融と甲田貴子にとっては高校生活最後のイベントだった。生徒たちは歩きながら、親しい友達と心を通わせながらゴールを目指す。 貴子は歩行祭で、一つの賭けを胸に秘めていた。融に話しかけてもし返事をしてくれたら・・・・。融は貴子を心のどこかで妬んでいた。貴子は融の父が不倫でもうけた子供だった。初めて顔を合わせたのは高校へあがる前の年、胃癌で死んだ父親の葬式のときだった。社長として成功していた母親と彼女に育てられた貴子の存在は、とうてい融には許せない存在だった。それが偶然同じ高校(進学校)にすすんでしまった。二人が異母兄弟だということは誰も知らない。それでも融の親友戸田忍は、二人がお互いを意識しあっていること、二人が外見や性格が似ていることを見抜いていたが、まさか二人が兄弟であることまでは気づいていなかった。 そんな貴子のもとに、アメリカに転校した親友の榊杏奈から手紙が届いた。歩行祭に出られないことを残念がっていたが、手紙の最後に「去年おまじないを掛けといた。貴子たちの悩みが解消して無事ゴールできるように」という言葉があった。貴子には何のことか心当たりはなかった。日が暮れ始めたころ、貴子が親友の遊佐美和子と並んで歩いていると、目の前に突然、北高の生徒たちと同じジャージを着た、見知らぬ少年があらわれた。杏奈の弟の順弥だった。去年の歩行祭でも北高にいない子が一緒に歩いていたと騒ぎになったが、この順弥だったのだ。順弥は、「姉ちゃんの好きな人の顔を見にアメリカから来た」と言った。そして、「姉ちゃんの好きな人は親友の兄弟だと聞いたことがあるから、きっと貴子か美和子の兄弟に違いない」とも言った。融との関係が美和子に感づかれてしまうことを恐れる貴子。 夜になって突然テンションのあがった高見光一郎は、融の誕生祝いをしようと缶コーヒーを買ってきて忍や貴子たちに渡していた。しかし、目の前で内堀亮子が融に誕生日のプレゼントを渡し、肩を並べて歩くのを見ると、しばらく待つしかなかった。それでも、融が解放されると、やっとみんなで乾杯することができた。暗がりの中で、「誕生日おめでとう」いつのまにか貴子はそう言っていた。「ありがとう」静かな声が返ってきて缶がカチリと触れ合う音がした。一瞬のことだった。貴子は賭けに勝ったのだ・・・。 行程の途中にある体育館で4時間の仮眠をとることになったが、寝入りばな美和子から突然、自分と杏奈は、貴子が融と兄弟だということを知っていたと明かされる。去年の連休のときに貴子の母親から聞いていたという。最後の20キロは自由歩行で、誰とゴールするかが重要だった。融は忍とゴールを目指していたが古傷のひざをかばいすぎて、残り10キロのところで捻挫してしまった。救援バスにはのりたくない。そこに、貴子と美和子が通りかかる。荷物を分担することにして、再び歩き始める。そこにまた順也があらわれて、「貴子の兄弟が同じクラスにいることがわかった」のだと、忍の前で言ってしまう。二人の関係に気づく忍。なぜ教えてくれなかったのかという忍に「家庭の恥だったから」と答える融。きっと杏奈は、順也の性格を知って爆弾として送ってきたのだと貴子は思った。これがおまじないだったのか。 あと残り8キロのところで今度は、一緒にゴールしようと亮子が融を待ちかまえていた。それを見ていた高見は、「恋行く路を邪魔するものはと」勘違いして、二人の間に入って融から離してくれた。静かに話す融と貴子。一言も口を聞かないまま離れ離れになるものと思っていた二人は、こうして話しているのが信じられなかった。貴子の家に行くことを約束する融。ゴールの校門で待っていた順弥は、融と忍ぶのあとから貴子と美和子の姿がみえると、一目散に駆け出した。名前を呼びながら。 *ほかに、従兄弟を妊娠させた犯人探しをする古川悦子(忍はその従兄弟の相談相手になっていた)、優等生同士のカップルだが目的を失った美和子と芳賀清隆のカップル、茶のみ友達だという貴子と芳岡祐一の関係。 *物語は、融と貴子の視点で交互に語られる。最後は順弥の視点。 |
海堂尊 チーム・バチスタの栄光
東城大学医学部附属病院は、米国での華々しい実績を持つ心臓移植の権威、桐生恭一を臓器統御外科助教授として迎えた。彼が構築した外科チームは拡張型心筋症の肥大した心臓を切り取って小さくするという心臓手術の代替手術、バチスタ手術専門の通称「チーム・バチスタ」として手術成功率100%、26連勝という輝かしい実績を誇り、「チーム・バチスタの奇跡」「グロリアス・セブン(桐生恭一助教授、第一助手の垣谷雄次講師、第二助手の酒井利樹助手、麻酔医の氷室貢一郎講師、臨床工学士の羽場貴之室長、看護師の大友直美、桐生の義弟で病理医の鳴海涼助教授の7人)」と賞されている。 しかし、その「チーム・バチスタ」による手術で、3例立て続けに「術死」が発生。桐生を招聘した高階病院長は、この術死の連続発生に疑惑のを感じ、神経内科の窓際万年講師であり「不定愁訴外来」を担当する田口公平に、チームの内部調査をさせることにする。渋々この調査を引き受けた田口だが、メンバー一人ひとりの聞き取り調査を行ううちに、完璧なように見えたメンバー間の連携が実は危ういものであったことを感じる。調査中に行われた少年ゲリラ兵士の手術は成功するものの、次に行われた手術は完璧に思われたものの失敗。 単なる手術ミスではない「異様さ」を感じた田口がリスクマネジメント委員会を招集した日の朝、田口の前に、厚生労働省の役人で、「医療過誤死関連中立的第三者機関設置推進準備室」室長の白鳥が現れる。高階病院長が田口への調査協力を要請したのだ。 身につけた高級スーツが似合わず、「ゴキブリ」のような印象の白鳥は言動も奇抜で、相手を挑発する発言などから弱みや痛いところを突っ込んでいくことによってその人の本性を明らかにしていく「アクティブ・フレーズ」の必要性を諭し、再度バチスタメンバーへの聞き取り調査を行うことになる。田口の調査(「パッシブ・フレーズ」)とは違うメンバーの人間性が浮かび上がり、桐生を苦しめる緑内障や米国での過去も明らかにされる。 栄光の「チーム・バチスタ」の実像を掴みかけた矢先、突然の患者の発作により1日早く緊急のバチスタ手術が行われる。犯人がまた殺人を犯すと確信した二人は手術中止を求めるが、手術は行われ失敗する。そこに駆けつけた白鳥は真相解明のため遺体へのMRIでの画像診断を主張する。それにより脳幹近傍への劇薬注入による出血変性が死因だと判明する。犯人は麻酔医の氷室だった。氷室は「ヒトの天命を捻じ曲げようとする医療行為は傲慢だ」と「初めて患者が死んだときの興奮を味わいたくて娯楽のために患者を殺した」のだ。 事件後病院はマスコミからの追求を受けるが対応の迅速さ、田口の記者会見での誠実な答弁などから評価を得るようになる。田口はリスクマネジメント委員会委員長に任命される。桐生は米国に戻り後進の育成に取り組むことになる。 垣根涼良 ワイルド・ソウル 1961年、外務省移民課の移住計画を信じて衛藤一家等は移民船でアマゾンに向かったが、そこには、灌漑排水設備も、入植者用の家も、開墾済みの畑もなく、死ぬこと以上の辛酸を舐めることとなった。日本政府、ブラジル政府ともに、実態を知りながら入植者からの訴えを黙殺し、日本からの送金を着服し私腹を肥やす者もあらわれた。一人また一人と泥のように死んでいくか、行く当てもなく離散するしかない移住者たち。それは、移民事業とは名ばかりの、戦後の食糧難に端を発した棄民政策だった。 黄熱病で妻と弟を失い首をくくろうとした衛藤は、仲間の野口に助けられるが、入植地を離れた衛藤を待っていたのは、地の底を這うような苦労だった。そんな中、金鉱の採掘現場で盗賊に砂金を奪われ膝をつぶされた衛藤は、レバノン人のハサンという男に救われる。「誰かから受けた恩はいつか他の誰かに返す。そういう風にして、世界は繋がってゆく」というのがハサンの信念だった。青果市場での仲買人の仕事を紹介された衛藤は、持ち前の勤勉さで事業を拡大していく。 10年後、心の整理のできた衛藤は再び入植地へ向かうが、彼を待っていたのは、「ヤッキニーン、シーネ!(役人、死ね)」と叫ぶ野生の少年啓一(野口の遺児)だった。骨の髄までしみこんだ外務省の役人への恨み。衛藤は、かつて自分を助けてくれた娼婦と夫婦になり啓一を育てることにする。 そして2001年、衛藤の巨大青果市場を継いだ啓一は日本の地を踏む。迎えた初老の男山本は、衛藤を恩人と崇めるかつて採鉱場で知り合った男だった。そしてもう1人の仲間、ジュエリーショップ店長を装う日系2世のコロンビア人・松尾。命からがら入植地から逃げ出す途中で父も母を亡くすが、麻薬シンジケートに拾われて育てられたのだった。啓一にとって唯一の幼な馴染みである松尾を探し出したのは衛藤だった。老いて病にふせる衛藤は、この3人に日本国家への復讐を託した。 復讐の第一弾は、早朝の外務省の仮庁舎にアマゾン移民政策を糾弾した垂れ幕をかけ、人気のない窓を狙ってのサブマシンガン乱射。その襲撃の様子を取材した、アナウンサーから記者へ転向したがお荷物になっていた貴子の迫真の取材姿勢は、視聴者から評価され番組の視聴率は新記録を達成した。しかし貴子はやがて、サブマシンガンの男が自分と愛を交わしたブラジル人であったこと、彼が犯行後に投げた桔梗の花は、貴子の気を引くためだったということに気づく。良心の呵責に身を押しつぶされそうな貴子。 やがて、当時の移民政策に関わっていた三人の男が誘拐される。警察と報道関係に送られた手紙は、3人の命と引き換えに首相の謝罪を求めていた。期限は1週間。5日目、しかし、Nシステムの解析から3人が樹海に拉致されていることを突き止められると、取材に向かう貴子を送り出した啓一は、予定通りブラジルへ帰る。 逃亡の途中でくも膜下出血で成田で倒れた山本は、意識が戻った病室で自分が警察に監視されていることを知り不自由になった体をおして投身自殺する。松尾は彼の不審な行状を探っていたマリオに殺されそうになるが、時速300キロの車とともに首都高を海に向かってダイブする。マリオは死に、松尾は脱出する。事件は解決し、記者会見で首相は遺憾の意を表明する。「今の発言は、外務省の過去の過ちをお認めになるということでよろしいんですね」という最後の質問をする貴子。 半年後、テレビ局を去る貴子。事件から1年後。啓一の招待を受け、ブラジルへ渡った貴子は啓一から結婚を申し込まれる。 垣根涼良 君たちに明日はない 山下真介は、社員15人足らずだが日本を代表する大手企業のリストラを請負う「日本ヒユーマンリアクト」の面接担当者。真介自身も広告代理店時代にリストラの対象となり「日本ヒユーマンリアクト」の高橋という男に面接を受けその後スカウトされた過去を持っている。 強気で可愛いい年上の女に弱い真介は、「森松ハウス」で自分が面接した、プロジェクトを立ち上げた矢先にリストラ候補になった8才年上の女性・陽子と深い関係になってしまう。「森松ハウス」で面接した平山という支社長には不正の接待費・不倫という調査結果をつきつけリストラに応じさせ再就職支援会社を紹介するが、街で暴力をふるわれることに。銀行に勤める高校の同級生・池田と面接した真介は、現在の会社では飼い殺しだと、同じく真介の同級生・山下の勤めるM&Aの専門会社に推薦する。二人の音楽事務所プロデューサーのどちらかをリストラしたいと相談を受けた真介は、ミュージシャンにアンケートを実施する。最後の質問は、「今のプロデューサーが会社を移ったとしたら彼に着いていきますか」というものだった。その後、陽子はプロジェクトの成功から、業界団体の事務局長に推される。ほかに、ゲーム会社に勤める無邪気な開発者、八方ふさがりのイベントコンパニオンの話など。連作形式。 垣根涼良 午前三時のルースター 長瀬は旅行会社の営業マン。顧客であるナカニシジュエリーの社長・中西栄吉から、高校生の孫・慎一郎をベトナムに連れていってほしいと頼まれる。4年前にベトナムに現地法人の設立準備に行った慎一郎の父親(社長の娘婿)が、そのまま行方不明になっていたのだ。そして母親には今、再婚話が進んでいる。父親を失ったことによる感傷旅行かと思われたが、家族には内緒だからと慎一郎が長瀬に見せてくれたビデオには、ベトナムのベンタン市場で魚を売る慎一郎の1年前の姿が映っていた。 さっそく半年前までテレビ局に勤めていた高校の同級生・源内に頼みビデオを撮ったクルーに接触すると、彼らは撮影したフィルムを狙う男たち襲撃され危うく命を落とすところだったという。ぜひ同行したいという仕事のない源内を入れた3人はベトナムに渡るが、予約したホテルやガイドは何者かによってキャンセルされていたため、急遽、車(ブルーバード510)を究極にまでチューニングしたタクシー運転手のビエン、英語のできる娼婦のメイをガイドとして雇うことに。翌日、ビデオに映っていたベンタン市場に向かうが、そこで何者かに狙われる。男たちはキャッツクラブという組織の人間たちではないかと、メイたち娼婦が加盟しているユニオンの男・デンは言う。長瀬たちはホテルにキャッツクラブを誘き寄せようと情報を流すが、逆に、デンたちユニオンの連中はキャッツクラブの襲撃を受けてしまう。デンと一緒にいたクリスと呼ばれる女が殺されそうになったの見てとっさに源内は助け出すが、クリスは慎一郎の顔を見て「ナカニシ?」と声をかける。キャッツクラブから逃げるためにその場を去らざるをえなかったが、クリスの言葉が気になった長瀬たちはクリスを待ち伏せしてこれまでのいきさつを話す。クリスに連れて行かれたユニオンのアジトは、キャットクラブに襲われた直後だったが、襲った人間は地下に捕らえてあると言う。そのアジトで対面したユニオンのボスこそが慎一郎の父親だった。そしてユニオンを襲撃して捕まった男たちの中に中西の会社で見たことのある赤水会の男を見つけた長瀬は中西に電話し、慎一郎が父親に会うことを妨害していたのが中西だと言うことを知る。慎一郎には言わないでくれと懇願する中西。 4年前ベトナムに来た慎一郎の父は、「動かせる明日がここにはある」と、今までの自分を殺して一から出直そうと決心する。商談のために用意した資金を元手に、知り合った娼婦のクリスと事業をはじめ、今ではユニオンを運営しつつ骨董品売買の事業を拡大させている。慎一郎がしっかり育ってくれたことも、過去を捨てることに憂いを残さなかったのだと言う。成田から長瀬の車で帰る途中、別れ際に父から貰った、何かあればこの時計を金に替えろと渡された時計を川に投げ捨てる慎一郎。 方波見大志 削除ボーイズ0326 小学6年生のグッチ(川口直都)は、美容院を経営する母と、引きこもりの兄と、うるさい妹の3人暮らし。幼馴染のハルは1年前の事故以来、車椅子の生活に。その事故の責任を感じて引きこもりになってしまった兄。かつてクラスのリーダーだったハルに昔の人気はなく、社長の息子を鼻にかけた種村がハルにとってかわろうとしている。いまハルと一緒にいるのは、グッチと、小学生なのに株取引をしているコタケだけ。 ある日、クラスで浮いていた女生徒・浮石が高校生に絡まれているのを助けたグッチは、フリマをやっているおじさんからデジカメのような機械をもらう。「対象に起きた出来事を削除」できる機械(「KMD」)だという。最初は信じられなかったグッチだが、家に帰って深爪をしてしまったことを取り消そうとKMDを使うと、一瞬、世界が暗転したあと深爪はすっかり治っていた。しかし、妹がKMDを落としてしまったために、一緒に消えるはずの記憶が戻ったり、取り消せる時間が5分から3分20秒に変わってしまう。この時間はその後、だんだん短くなることに。 それでも、コタケの父親が株取引で失敗してコタケが転校しなければなくなると、取引をなかったことにするためにKMDを使い成功する。しかしこの時、コタケが引越しのことで自暴自棄になってウサギの鍵を開けっ放しにしていたため野犬に殺されていたという過去も消滅し、ウサギは生き返っていた。1人のほんの少しの時間を削除するだけで、多くの人に影響を与えるという影響の大きさに気付くグッチたち。そうしたことに危険性を感じるようになったハルの提案でKMDを封印することに。一番安心と考えた、引きこもりの兄に預けるグッチ。しかしグッチの兄はある日、グッチの目の前で屋根から飛び降りて自殺してしまう。 グッチと浮石は、兄を生き返らせようと兄に預けていたKMDを使うが、自殺のきっかけとなった消さなければならないほんとうの瞬間がいつか分からない。それを探しているうちにグッチは兄の犯した罪に行き当たる。1年前にこの町をおそった小学生連続誘拐事件。誘拐され解放された子供たちの体に番号が書かれていたというものだったが、アイデアを与えたのは兄だった。誘拐犯を捕まえようとした兄に巻き込まれてこの時ハルは事故に遭う。KMDを預かっていた兄もこの装置を使っていたらしく、歪はますます大きくなり、誘拐事件は殺人に発展し、ハルは立って歩けるようになる。 ハルにはかつての傲慢さが表れ、グッチとも以前のような信頼関係ではなくなる。KMDを使うたびに、世界は変化し、記憶は入り混じってくる。最後に、この機械を手に入れた瞬間に戻そうとするグッチ。そうすれば、犯罪者の兄は助かるけど、ハルは再び車いすに戻ることになり、グッチが知っている浮石とは別れることになる。KMDによって本来の人生に戻す。その人生がどんなにつらいものであるとしても。 加藤廣 信長の棺 天正16年6月2日、安土で本能寺の変の報せを受けた太田信定(牛一)は、信長から託された五つの木箱を守るために乱を逃れて生家の西□寺に木箱を隠すと、柴田勝家の援軍を求めるために越前に向かう。しかし途中で何者かに拉致され能登に幽閉されることに。一年後、幽閉を解かれた牛一は、豊臣秀吉に仕えてその栄達の記録(「大かうさまくんきのうち」など)を執筆しながら、主君・信長の業績を書き溜めていた。 そんな折、秀吉から信長の十七回忌に間に合うようにと「信長記」執筆の依頼がくる。 しかし秀吉が求めたのは、自分の残虐非道を隠すために信長の残酷な面を暴き立てた伝記だった。秀吉は内容に逐一口を出し牛一の書いた元の姿はどんどん歪められていく。打ちひしがれる牛一だったが、彼には成し遂げなければならない最後の仕事があった。それは信長の遺骸を探すことだった。燃え落ちた本能寺の灰燼の中から信長の遺骸は発見されていない。やがて、信長が小勢の供回りを従えただけで防備もない寺へ宿泊していたのは、敵に襲われても秘密の地下道を通って南蛮寺へと逃れることができることを知っていたためだとわかる。 しかし信長主従は南蛮寺に辿り着くことができなかった。本能寺の変の翌日、南蛮寺から地下道に入った、信長の異母弟で阿弥陀寺・清玉上人は、通路を遮断していた早乾きの漆喰で造られた頑丈な柵を発見する。柵を取り除くと憤怒の形相で絶命している信長の遺骸が。清玉上人はそれを大切に持ち帰り、手厚く埋葬したという。 本能寺の地下道に足止めの柵を築いたものは誰か。それは明智光秀をそそのかして謀反へと導いていった首謀者でないのか。 真相解明の糸口は、牛一に預けられた女・楓(丹波の忍び)の里で見つかる。秀吉は濃尾の出身ではなく、丹波を出て濃尾に移った都からの落ち人の子孫だというのだ。丹波の「山の民」だからこそわずかな時間で柵を作らせることができた。桶狭間も本能寺も秀吉の情報と陰謀によるものだと牛一は確信する。 信長から託された木箱の中身は、朝廷に献上するための黄金だった。 香納諒一 幻の女 栖本誠次は、将来を嘱望されたエリート弁護士だったが、裁判で冤罪を勝ち取った男が釈放後に強姦殺人事件を起こし逮捕された事件がもとで、挫折し、同時に離婚も経験して、今では個人弁護士事務所を開業している。その彼が、裁判所からの帰り道で偶然、5年前に栖本の目の前から消えた女性、小林瞭子とすれ違う。瞭子は急いでいると言って立ち去るが、その翌日、瞭子は死体となって発見される。しかも、殺される直前、栖本の事務所の電話には「弁護を引き受けてもらいたいことがある」とメッセージが残されていた。 かつての恋人の死の背景を追い始める栖本。手がかりを求めて彼女の故郷を訪ねるが、そこにはまったく別人の少女時代があった。愛した女は誰だったのか。やがてタレコミにより犀川興行の黒木という男が瞭子を殺害した犯人とされるが、黒木は瞭子に刺されて死んでいた。痴情のもつれとして事件は解決されようとしていたが、納得がいかない栖本は、瞭子のクラブで働いていた佐代子や、不祥事を起こして警察を辞め今は興信所の所長をしている清野とその息子の協力で調査を開始する。しかし、瞭子のアパートで手がかりを探していた時に何者かに襲われ事件に近づくなと警告を受ける。 やがて、瞭子が隠し持っていた新聞の切抜きから、犀川興行の廃棄物処理場がある瀬戸内海の町で起きた山岸という土地ブローカーがひき逃げ事故で死んだ事件と、工場誘致を推進していた市役所の開発課長・渥美嘉信の白骨死体が発見された12年前の事件と関係があることが浮かび上がってくる。瞭子は死ぬ2カ月前に、偶然、瀬戸内海の廃棄物処理場にからんでいた人間が店にきたことから、自分の父親・渥美嘉信の巻き込まれた過去を探ろうとして、犀川興行の人間に殺害されていたのだ。 瞭子(渥美真沙未)の殺害を知り動き出した、真沙未に瞭子の戸籍を与えた宇津木組の組長宇津木大介の未亡人薫子とその子分の柳田と西上。瞭子のアパートで栖本を襲ったのは柳田だった。この町の元市長で国会議員になっている男をたずね、犀川興行組長の排除を約束させた薫子だったが、栖本から西上こそが犀川の手先となって瞭子のアパートに手引きした人間だと指摘されると、西上を警察に引き出すことを認める。 事件が解決したある日、柳田が栖本の家に手紙を置いて立ち去った。瞭子からの遺書代わりの手紙だった。自分が、弟が刺した父親を山の中に運んだことから、戸籍を手に入れたことも含めて洗いざらい警察に自首することがかかれており、もし栖本がこの手紙を読むことがあれば、それは自分が刑務所にいるか運がよければ殺されているはずだ、と書かれていた。 香納諒一 餐の夜会 犯罪被害者家族の集いに出席したハープ奏者の木島喜久子と主婦の目取真南美が、その帰り道に東中野の路上で殺された。喜久子は両手を切断され、南美は後頭部を割られていた。顔見知りの犯行とみた警視庁捜査一課強行班の大河内茂雄は、参加者名簿に、弁護士の中条謙一の名を見つける。中条は19年前、同級生の首を切り取り学校の校門に載せた当時14歳の少年だった。 そして遺体確認に来た南美の夫目取真渉。彼は、住んでいた部屋に指紋ひとつ残さず行方をくらましてしまう。勤め先とされていた会社の実質的なオーナーは暴力団組織「共和会」だった。しかも、目取真渉の捜査についてはわれわれが引き取ると、公安部参事官で従兄弟の中園龍介が乗り出してきた。せめて合同捜査にしたいという大河内の申し出を理由なく拒絶する中園。やがて、目取真渉には復帰前の沖縄で幼い南美に悪戯しようとした米兵を殺したことから逃亡の末に流氓の組織に入り、共和会系根津興業からエリート銀行員だった古谷光彦を交渉役に、スナイパーとしての仕事を受けていたという事実が明かされる。南美は知ることはなかったが、犯罪被害者家族の会に入るきっかけとなったチンピラの兄・剛を殺したのも目取真渉だった。その剛が事件に巻き込まれた政治家への献金がからむ画商黒木の殺害、根津興業の新谷英治を動かした広島県警の悪徳刑事谷川の殺害など、中園の属する警察組織が裏で動いていた過去の事件に蓋をするために目取真渉から手を引けと強要していたのだった。 19年前、中条少年の精神鑑定にあたった心理学者・渡会の教え子田宮恵子は、中条が渡会に「先生、魔物は別にいるのですよ」と「透明な友人」がいたことを告げていたこと、中条は洗脳によって何者かにコントロールされていたことの可能性を大河内に語る。 「情報チャンネル」に木島喜久子の切断された手首の写真が載ると、根津興業を経由して犯人と名乗る男と目取真渉・古谷はネットを介して接触を持つ。根津興業の新谷の差し金で目取真渉は負傷し、自分を助けにきた古谷を殺させてしまう。「情報チャンネル」に写真を提供したのがかつて猫の死骸をネットに乗せたことのある渋沢でないかと自宅に乗り込むが、渋沢は手首を切り取られて殺害されており、手首の置かれていたパソコンが目取真渉・古谷と接触していたパソコンだとわかる。やがて渋沢の家に中条の指紋が残っていたことを知らされた大河内は渋沢殺害の逮捕状を取り中条の事務所に踏み込むが、中条は自分の秘書を人質に人ごみに逃げようとする。手を出せない大河内。それを遠くのビルから一発で仕留める目取真渉。その時中条にのどを斬られ大河内は腹心の部下・横山を死なせてしまう。 同じ日、大河内は中園を尋ねて広島県警時代の事件を問い詰めるが、中園は自分が新谷との接点になっていたこと、警察という組織を守るためには仕方なかったことだと、大河内の目の前で夜の隅田川に身を投げてしまう。「すまんシゲ」と言い残して。新聞記者に匿名で内部告発をしていたのは中園だったのに。大切な部下と従兄弟を失い、刑事を辞めようと娘を亡くしてから2年間会うこともなかった妻の聡美を尋ねしばし事件のことを忘れるが、テレビに出演した直後に田宮恵子が行方不明になった連絡を受けると現場に戻っていく。 中園に指示をした上司・津島から「透明な友人」の正体を聞き出そうと廃ビルに連れて行くがそこに現れた目取真渉に捕らえられてしまう。そこに目取真渉の命を狙う共和会の襲撃者があらわれ銃撃戦になるが目取真渉と大河内は生き残り津島は撃ち殺される。共通の敵「透明な友人」を捕らえるために協力する目取真渉と大河内。田宮恵子は犯罪被害者家族の集いの代表・神足充三郎が「透明な友人」だと気がついたが、逆に神足が住職を務める寺の要塞のような共同墓地に監禁されていた。神足こそが人望の厚い保護司としてかつては少年院時代の中条の教護を勤め、警察の情報を掴んでいる「透明な友人」だったのだ。犯罪被害者家族の集いで偶然中条を目にした神足は、中条に触発されて二人を殺害し、その跡は中条や渋沢を操っていたのだ。 神足こそ犯人だと神足の寺にたどり着いた大河内たちだったが目取真渉は神足の部下に撃たれて負傷したため、大河内一人で共同墓地に向かうが神足に撃たれそうになる。それを救ってくれたのが瀕死の目取真渉で、彼は神足を殺したことを大河内に確認すると息を引き取り、田宮は助け出される。自分のアパートで待っていたのは聡美だった。 「深淵を覗き込む時その深淵もこちらを見つめているのだ(ゲーテ) 鏑木蓮 東京ダモイ 1947年。極寒シベリアの捕虜収容所(ラーゲリ)で、日本刀のようなもので一刀両断にされた鴻山中尉の死体が発見された。ロシアの軍隊によって捜査されたが、凶器はどこにも見つからなかった。 それから60年たった2005年。高津耕介という一人暮らしの老人が、句集を出したいと自費出版専門の出版社に連絡してきた。担当になった槙野は、高津を綾部(京都)の山奥のログハウスに訪ね、部数は少なくても宣伝に力を注いでほしいという要望を聞く。書きかけの原稿を読んだ槙野は、俳句とともに綴られているシベリアの捕虜収容所での悲惨な日々に興味を覚える。やがて原稿が完成したと言う知らせに再び高津を訪ねるが、そこには、火急な用事で出かけなければならなくなったという置手紙と、切り抜かれた新聞が残されていた。後にそれが、終戦後にロシアからの引き上げ船が辿り着いた舞鶴港で、ロシア人女性が水死体で発見された記事だったことを知る。槙野は、舞鶴の刑事から、高津が来てロシア人の死体を見て号泣していたことを知らされるが、そのまま消息を絶ってしまう。ロシア人女性はマリアという捕虜収容所の看護婦で、鴻山秀樹(鴻山中尉の孫)によって日ロ交流というかたちで招待されていた。その鴻山もまた消息を絶ち、後に死体で発見される。 槙野と上司の晶子は残された原稿を何度も読み返し、高津が、捕虜収容所時代に俳句仲間だった5人の中の一人が犯人だと知り、それを本人に諭すために句集「中尉の一首」を出版しようとしていたと推理する。 捕虜収容所で鴻山中尉を殺害したのは5人の中でリーダー的な存在だった川崎で、彼は鴻山が物資の横流しをしていたこと、マリアと深い関係になっていたことから、ゲートルを日本刀のように凍らせて殺害していたことが明かされる。川崎は、マリアが中尉殺しの犯人を鴻山の家族に知らせるために日本にやってきたことを知り、これを殺害し、次に高津も殺していたのだった。 川崎は復員後、薬剤師を経て有名な老人ホームの事務長になっていた時の人で、名前も富岡と変えて鴻山秀樹の日ロ交流に資金援助をしていた。高津は、同じ出版社から富岡が本を出していたため、必ず目にすると思って槙野に広告に力を入れてくれと注文をつけていたのだ。富岡の老人ホームの菜園から旧日本軍の骨壷(人間地雷)の破片が見つかる。それは、高津の体の中に入っていた破片だった。ダモイは帰郷という意味。 神山祐右 カタコンベ 新潟のマイコミ平で大規模な鍾乳洞が発見され、関東のケイビング(洞窟探検)クラブを中心に調査を行うことになった。先に入洞し事故にあったケイパーが洞窟の中で撮影した写真の中に、ヤマイヌの頭骨があったことから、鍾乳洞の中に絶滅したはずのニホンオオカミが生息している可能性も高まる。 T大学大学院生である水無月弥生は、研究指導助教授である古生物学者の柳原史郎の誘いで調査に参加することを決意する。雨の中、弥生や柳原たち5人の第1アタック班は、地崩れの危険性が高まる中で洞窟の調査を強行するが、竪穴へ下りる途中に崖崩れが発生し、5人は洞窟の底まで落下してしまう。 5年前、マイコミ平に隣接するヒスイ鍾乳洞の洞窟で潜水中にスキューバーの先輩だった弥生の父親を見殺しにしてしまった(水中でパニック状態になった東馬に自分のタンクを加えさせて助けてくれたのが弥生の父でそのまま行方不明)ことを悔やみ続けていた東馬亮は、単独でヒスイ鍾乳洞からのルートで弥生たちの救出に向かう。 竪穴が水没するまでのリミットは5時間。途中濁流に飲まれ装備の多くを失いながらも、東馬は弥生たちを見つけたが、溢れる水と寒さ、そして怪我と獰猛な犬の襲撃に悪戦苦闘する。 途中で見つけた2体の白骨死体(他殺)から、この鍾乳洞に10年前に入った人間がいたことを知る。そのころ捜索隊の本部に刑事が現われ、遭難したアタック隊の中に拳銃を不法所持した男がいることが知らされる。その男は霧崎で、洞窟内で発見された白骨死体が表沙汰になるのを何としても阻止したい助教授の柳原に白骨死体の2人を殺害したことを認めさせ、敵をうつ目的でアタック隊に参加したのだった。白骨死体は、霧崎の姉とその友人だった。追い詰められた柳原は、弥生を人質に東馬と霧崎の自由を奪うが、格闘の末東馬にナイフで刺されると観念してピストルで頭を打ち抜いて自殺する。 東馬の捨て身の判断で水没寸前にヘリで救出される弥生と霧園。覚悟を決めて最後に残った東馬は、洞窟の中で襲ってきた犬に身構えるが、その犬(ニホンオオカミだと思われえいたのは、霧崎の姉が連れて行った犬だった)に誘われるようについていくと、空洞の壁によりかかって座る白骨死体を見つける。それはかつて自分を助けてくれた弥生の父親のものだった。水中で命を落としたのではなく、ここまで生き延びていたのだ。その死体に生きることへの執念を見い出した東馬は、とっさに、仲間から入洞前にビーコンを手渡されていたことを思い出し、自分の居場所を知らせるためにスイッチを入れる。 北一策 達磨文書 アジア思想史研究の巨魁といわれた老教授・南洋一が病死し、南が遺したチベット語と中国語で書かれた遺書が、孫娘の陽子から南の愛弟子だった明州大学教授・橘玄紀に渡される。「達磨大師の三条文書を秘密のうちに探し出し、解読せよ」。そこで青の宝が見つかるだろうという、それは謎めいたメッセージだった。 達磨大師は、禅宗の開祖として知られているが、実は秘密結社「青幇」の初代であったという。そして南は日本の青幇23代の一人で、橘は24代である。青幇は厳しい掟を持ち決して自分が青幇であることは公言してはならないのだ。橘は師の遺志を継いで密かに解読を進めていたが、陽子が同じ明州大学に通う恋人の藤原秀太郎に達磨文書のことを語ったことからこれが公になり、達磨文書の争奪戦が始まる。 青幇に反目する古の組織(中国の大物・黄耀邦の指令を受けて大使館の葉群傑が暗躍)の動きを察し、青幇である蘇州酒家の陳大善、与党の大物政治・野田、そして橘の3人はこれに罠にかけようとするが、野田は、葉群傑が送り込んだ美貌のニュースキャスター・高柳に殺され、その高柳も何者かに毒殺される。 橘は南の遺したメモを頼りに、陳の店で働く林強雲とともに伊勢原の大山阿夫利神社にある倶利伽羅堂で黒土(墨)堂を探し当てるが、林強雲はそこに先回りしていたのが自分の実の父・葉群傑とわかると、葉と刺し違えて死ぬ。達磨文書の眠る堂に火を放つ林。 同じ頃、秀太郎と大山阿夫利神社に向かっていたヤクザの幹部・吉澤は、葉が送り込んだベトナムのナイフ使いに襲撃されるが、吉澤は死ぬ間際にナイフ使いから陽子を救い出す。深手を負う陽子。 多くの犠牲をはらった争奪戦のあと、橘は自分の携帯に林強雲から達磨文書を写したと思われる写真が送られていたのを見つける。「第一に友を裏切り密告してはならない、第二にカネを誤魔化し搾取してはならない、第三に女性を奪ってはならない」。それは、青幇に入会するのときの誓いの言葉でもあり、テキ屋の掟「タレコムナ、バヒルナ、バシタトルナ。」にも通じるものがあった。 やがて秀太郎は陳たちの申し出を受け、青幇に入ることを決める。南の遺した言葉、青の宝とは秀太郎のことだったのかも知れない。 *秀太郎は5年前にマカオで変死した青幇でアジアの怪人・竹本隼人の実子だった。林強雲も竹本隼人の隠し子と見られていたが、実の父は葉群傑だった。葉群傑はそのことを死の間際に林強雲から知らされる。 北重人 蒼火 旗本の生まれながら道を誤り今は血縁とも断絶している周之介は、知人の商家から頼まれて辻斬りの捜査を引き受ける。下手人は商人だけでなく辻芸の者までを手にかけていた。目撃者が見たという下手人の背後で燃える蒼い火。蒼火は人を斬った者に宿る鬼気なのか。自らも斬殺の経験のある周之介は、男の狂気を己に重ね、自分が囮となるべく商人に扮して飛び込んでいく。 やがて、早川藩の家来がお茶屋遊びの金欲しさに架空の商談を持ち掛け、商人から金を受け取った後、舟の上で、または舟着場に降りた直後に惨殺していたことが明らかになる。手をかけたのは首切り役人・浅右衛門の一門だった松田新兵衛ということを突き止めた周之介だったが、新兵衛は周之介に怪我を負わせて江戸市中に逃げ込んでしまう。周之介だけでなく早川藩も刺客を放つが、追い詰めたと思った今一歩のところで逃げられてしまう。挙句に、周之介は、思いを寄せる市弥(殺されて死んだ親友の妹)を人質に取られ一人呼び出されることに。瀕死の深手を負いながらかつて新兵衛の師だった男の言葉をたよりに新兵衛を破ることができた周之介。戸板に乗せられて医者に向かう途中新之助に殺されていたと思っていた市弥の声を周之介は聞いた。 樹林伸 ビット・トレーダー 矢部恭一が東葉鉄道の脱線事故で小学校に通う息子を失ってからすでに4年がたつ。妻と半分に分けた慰謝料1500万をやけくそ気味に株に投資しそれが大当たりしてからは、表向きは外車のディーラーだが、裏ではデイトレードで1日に数千万から億の金を動かすという二重生活を送っている。デイトレードのために借りたマンションには恋人を住まわせ最新式のポルシェを乗り回している。しかし、日々大金を儲けながらも、心は絶望の淵をさまよっていた。逃げ場をエステに求める妻と、不良に染まっていく中学生の娘・英香。 そんなある日、矢部の秘密(二重生活)を握ったことで矢部に資金を運用させていた藤木に誘われて、秘密クラブ「ナイト・サザビーズ」に連れて行かれた矢野は、そこで後輩の女子社員・三島桜がオークションにかけられているのを見る。彼女を救うために500万で競り落とす矢部。オークションが終わり三島を無事家に帰してほっとしていると、ナカムラと名乗る男が声をかけてきた。一部上場の自分が経営する会社が来週の火曜日に倒産することになるから空売りをして儲けてほしい。その代わり倒産後に儲けの中から5000万を戻してくれ、という提案だった。考えた末、話に乗ることに決めた矢部は、資金をかき集めてその会社、JRAの株を空売りするが、倒産する予定だったJRAは99インベストメントに買収されることが発表されると、株価は暴騰してしまう。たまたま英香が家出をしたという連絡を受けて走り回っていたため、ナカムラ(多加木竜介)からの緊急の電話を受けられなかった矢部は、買い戻すタイミングも逸してしまう。このまま株価が上がり続けると確実に矢部は破産する。 仕方なく、以前、藤木を介して知り合いになった経済誌の記者を名乗る男・御堂不二夫に相談する。99インベストメントの鹿島九十九とは顔見知りだという御堂は、矢部を連れて、マスコミから逃れて軽井沢の秘密の別荘に潜んでいた九十九に会いに行く。九十九はかつて東葉鉄道の株を空売りして得た資金で99インベストメントを立ち上げ、今では日本有数のファンドに成長させていた。電鉄の事故で息子をなくしたという矢部の話に、明らかな動揺を見せる九十九。何者かの指示で九十九がJRAの買収に乗り出したことを直感する御堂。 九十九を強請ってJRAを買収させたのは宅間という元カメラマンで、たまたま東葉鉄道の事故のときに九十九がマンホールの蓋をレールから持ち上げていたところを撮っていたのだ。 宅間を殺害するために宅間の家に忍び込む九十九。しかし宅間があやしいと張り込んでいた御堂と矢部に取り押さえられた九十九は、すべてを白状する。息子の敵が九十九であることを知り、がむしゃらに殴り続ける矢部。御堂の妻も東葉鉄道の株の暴落で息子と無理心中を企て、息子は命が助かったものの植物人間になっていたのだ。 翌日、東葉鉄道の脱線事故が鹿島九十九によるものだというニュースが流れると株価は猛烈に下落しストップ安に。矢部は破産の危機を脱することができた。しかし、こんどは英香が「ナイト・サザビーズ」のオークションにかけられるという連絡を受ける。知らせてきたのは、英香をオークションにかけて金を手に入れようとしたホストの坂本だったが、英香の弟の事故のこと、そして持ち歩いていたバックの中に家族4人の楽しそうな写真ばかりが入っているのを見て、気が変わったのだった。英香を3000万でたすけだす矢部。それは息子の慰謝料と同じ額だった。 転勤願いを出し、地方でもう一度家族をやり直すことを決意する矢部。 清野かほり 石鹸オペラ 利夏は歌舞伎町のソープ「ブルーフィッシュ」のNo2だ。売り上げは抜群なのに百人町の古い木造アパートに住み、ハーフの遊び人慎二がいる。利夏の客には、臓器売買を営み海外に逃亡してしまったヤクザの神谷、リカちゃん人形に入れ込むオタクの沢口など変わり者も多い。そんなある日、リカは病院でHIV陽性の結果を告げられる。自分が何をすべきか考え始めたリカの出した答えは、自分がHIVをうつしてしまった可能性のある、童貞喪失の高校生の秀人を捜しあて、検査を受けてもらうことだった。 ようやく秀人が立ち寄ると言うペットショップで秀人を見つけ出した利夏と慎二は、正直に事情を話して検査を受けさせる。1週間後に出た結果はポジティブ。実は、秀人こそが、子供の頃に大ケガをしたときに受けた伯父からの輸血でHIVに感染していたこと、それを利夏に伝えるかどうか悩んでいたことを告発する。今は、自分と伯父のHIVを治すため一日でも早く医者になるために大検を目指しているのだと言う。今は、自分の再検査の結果を待つ利夏であるが、ポジティブだったとしてもネガティブだったとしても、自分を見捨てずにいてくれるという慎二の気持ちがうれしい。 桐生裕狩 夏の滴 ある田舎の小学校に通う藤山真介は、車椅子生活を送っている徳田芳照、河合みゆ、桃山ヨハネという、本が好きな仲間たちとの楽しい学校生活を共送っていたが、父親が関わった町おこしイベント「伝統工芸博覧会」の失敗がもとで、突然桃山ヨハネは転校していってしまう。 そんな、夏休み直前の真介たちのクラスで突然流行りはじめたのが「植物占い」。八重垣といういじめられっ子の女子生徒が「伝統工芸博覧会」の会場にいた男からもらったという220種類もの分類があるその占いに生徒たちは熱中するが、生徒のひとりが「植物占い」の通りに怪我をしてしまい、そのまま姿を見せなくなってしまう。 夏休みに入り真介は、徳田と河合と3人で、転校してしまった桃山ヨハネに会うために東京へ向かう。途中3人は、真介たちのクラスを取材して「とっきーと3組のなかまたち」という番組を制作したことのある知り合いのレポーター井上と出会う。 3人は東京に着き、桃山の家を訪ねるが、そこにヨハネは生活していなかった。家族のよそよそしさに不審を抱いた3人は、地下室に忍び込み、そこでヨハネの肉かもしれないものが貯蔵されている容器を見つけてしまう。 東京から帰った真介の前に現れる等々力という男。彼は、八重垣に「植物占い」を渡した男であり、後にレポーターの井上の兄だったということがわかる。 やがて明らかになる断頭人の系譜、「ウシゴメコー」の謎。不老不死の薬をつくるために近親相姦までして子供を育てる大人たち。そしてついに親子キャンプの日、「人形に宿った物魂の部分。破壊された空洞に宿った憎しみが復讐をはじめる。」徳田は足が治り、真介は足を失う。復讐を誓う真介。 桐野夏生 顔に降りかかる雨 村野ミロ。38歳、離婚歴有り。新宿二丁目で父・善三の後を継いで探偵事務所を開いている。ミロの親友でノンフィクションライターの宇佐川耀子が失踪した事件で、彼女に1億円を預けていたという成瀬という男がミロを訪ねてくる。ミロが耀子匿っているのではないかと疑いつつも二人は協力して耀子の行方を追う。次第に成瀬に惹かれていくミロ。 二人は、1億円を盗んだのが耀子の弟子・小林かおりと、「暗黒夜会」プロデューサー・藤村であることを突き止め金を取り戻すが、事件の鍵を握る藤村は追跡の途中海に落ちて死んでしまう。 「暗黒夜会」の主催者・川添の死体の近くにあった写真から、耀子はすでに死んでいることがわかり、事件はすべて藤村の企てと落着したと思われた。しかし真相は、耀子が、ネオナチ幹部殺しの犯人・山崎と成瀬の関係をつかんでしまったことから、山崎と成瀬が共謀して耀子を自宅の浴槽で殺し水死体写真を撮っていたのだった。 真相にたどり着けたのは、耀子が身の危険を感じて隠していたフロッピーからだった。成瀬は出国間際の成田で、ミロの前で逮捕される。 桐野夏生 天使に見捨てられた夜 ミロのもとに、フェミニズム系の出版社の経営者・渡辺房江から、一色リナというAV女優がビデオ撮影中に暴行を受けた可能性があるので証人として探してほしいと依頼される。父と親しかった弁護士・多和田を介した依頼でもあり断りきれなかったミロは、捜査に乗り出す。 協力者は、隣の部屋に住むホモのトモさんとレンタルビデオ店長・青木。利害が対立するのにもかかわらず、問題のビデオを監督した矢城に惹かれ関係をもってしまうミロ。 同じ頃、元人気バンドの富永が殺された。棺桶に収められた丸い土の塊が入ったキャンディの小瓶。それは、ビデオに写ったリナの部屋にあったものと同じだった。それが「雨の化石」と言われるもので、仙台で10年程前にブームになっていたことを突き止めたミロは仙台に向かう。 リナは、「雨の化石」の研究をしていた教師の里子・岩崎雪江で、実の母は東京で家政婦をしていたときリナを出産していたことがわかる。しかしリナは自分がその家政婦の子ではなく、当時中学生だったそこの娘と富永との子であることを知らされる。その娘は、渡辺房江に資金援助していた有名な料理評論であり、ミロの亡夫とも親しかった牧子だった。事実が公になることを恐れた牧子は、富永を殺し、渡辺までも殺害する。リナの入院する病院でミロは牧子を問い詰める。静かに海に身投げする牧子。 桐野夏生 水の眠り 灰の夢 昭和38年の東京。週刊ダンロンの記者・村善こと村野善三は、世の中を騒がしていた爆弾魔「草加次郎」の爆破現場に遭遇し、トップ屋魂で草加次郎の取材に駆け回る毎日。 兄に頼まれ、甥の卓也を有名作家を父に持つデザイナー・坂出俊彦のもとから連れ出したまではいいが、卓也と一緒に連れ帰り家に泊めた女子高生・佐藤多喜子が隅田川で死体で発見されたことから殺人の疑いがかかってしまう。危うく拘留されるところを、同僚の敏腕記者・後藤の関係から、右翼の大物のコネで釈放され借りを作ることに。これが後に、国東会の調査屋を始める原因となる。 当時、後藤は高名な日本画家・大竹の娘でイラストレ−ターの早重を妊娠させており、このことをスクープされるのを村野が防いでいたという経緯があった。 死んだ少女を追い、草加次郎を追い、トップ屋仲間の後藤らと謎を解いていく村善。多喜子が「人形遊び」のために坂出俊彦に呼び出された女の一人だったことを突き止める渦中で、囮を買って出た後藤は、組織的に女を供給していたヤクザに殺されてしまう。早重と私生児の娘ミロを残して。 坂出俊彦は多喜子以外の女学生を殺した犯人で、多喜子を殺したのは実の兄の仁だった。仁こそ「草加次郎」ではないかと嫌疑がかかるが、指紋が違うことから父親の方ではと思われた矢先に、自宅もろとも焼け死んでしまう。 桐野夏生 ローズガーデン 4つの短編集。 ミロの最初の夫・河合博夫が、ミロとの高校時代の出会いを回想しつつ、現状の閉塞感に思いをはせる。博夫の屈折した感情と、ミロの義父を含む三人のバランス関係(=「ローズガーデン」)。 ミロの住むマンションに充満する悪霊ならぬ悪意(=「漂う魂」)。 歌舞伎町の真ん中で、美貌の中国人ホステスと、さえない日本人のツーショットをふと目にし、気になるミロ。その時の男が、そのホステスの本心を聞いて欲しいと、ミロに仕事として依頼する。切なくも意外な結末(=「一人にしないで」)。 事故死した専門学校生の娘(22歳)が、SMクラブの経営権を2500万円で購入していた。それを知った父は、妻には知らせずに、娘のアパートから、その痕跡を消して欲しいとミロに依頼する(=「愛のトンネル」)。 桐野夏生 ダーク ミロがその出所を心の支えとしていた成瀬は、4年も前に獄中で自殺していた。そのことを父・善三はなぜ黙っていたのか。責めるミロの前で発作を起した父はミロに薬を取り上げられ死んでしまう。残された盲目の内妻・久恵はミロに復讐するために小樽を引き払い上京する。 隣人で親友だったトモさん(友部秋彦)から金を借り、父の盟友・鄭からも逃れ、光州事件の生き残り徐鎮浩から偽造パスポートを手に入れたミロは、朴美愛となって韓国に渡る。ミロを追う借金を踏み倒された友部と久恵によって、徐鎮浩はミロの身代わりとして撃たれ下半身不随となってしまう。 今度は友部と久恵を追うことになったミロは、腕のいい日本人のマッサージ師アケミが久恵だとつきとめ、山岸というビジネスマンから情報を得ようとするが、友部の差し金で誘われた料亭で山岸に犯されてしまう。薬がさめたミロはその場で山岸を殺害し、友部を脅迫して久恵に濡れ衣をきせようと工作する。 大阪に逃れたミロと徐鎮浩だが、居場所を裏切った商売仲間の木村につきとめられると、二人を殺し警察に捕まってしまう。 単身、拳銃を少女に売るために東京に向かうミロ。拳銃を受け渡した後、ミロは切迫流産しそうになるが、二人の老婆に助けられる。 鄭の提案により一旦は生まれた子ハルオを山岸にかえすことにするが、背後に久恵の影を感じると、密かに、二人で沖縄に向かい、「ダークエンジェル」という名の店で働くことも決めた。 鯨統一郎 北京原人の日 銀座の小さな雑誌社への就職が決まり出勤する途中の文無しカメラマン・山本達也の目の前に、突然、軍服を着た老人が落下してきた。その男のポケットから、1941年に忽然と消えたままだった北京原人の化石が見つかったことから、米国ロックフォード財団は、残りの骨の発見に2億円の懸賞金を出すと発表する。 スクープと賞金を手に入れるため、知り合ったばかりの先輩記者・天堂さゆりとともに、化石探しにのめりこむ達也。手がかりは、偶然落下現場から持ち帰ることになった老人の手帖と、そこに記された支那派遣軍九九九部隊13人の男たちの名前。その中には、後に国鉄総裁となる下山の名もあったが、この部隊のことは日本軍の正史から抹消されていた。部隊の生き残りの男たちを探し出し事実の核心に近づきつつあった達也だが、元九九九部隊の鏡老人を殺害したという濡れ衣を着せられ指名手配されてしまう。 北京原人の骨を協和医科大学から持ち出したのは九九九部隊の河須崎だった。九九九部隊は、アメリカにニセ情報を流すための暗号部隊だったが、河須崎だけは三重スパイとして真実をアメリカに伝えていたのだ。その通信に使っていた箱に、北京原人の骨が入れられることになったため、アメリカに情報を流していた証拠を隠滅するためにこの箱を北京原人の骨と一緒にマレーシアのコタ・バル(山下将軍の財宝伝説のある)に埋めていたのだ。 死んだ鏡老人から届いた手紙に記された暗号と手帖に残された地図からコタ・バルの場所を突き止め、現地に向かう達也とさゆり。そこで二人を待ち受けていた河須崎はピストルを達也に向けるが、そのまま老衰で絶命してしまう。日本から達也を追って追いかけてきた刑事たちに北京原人のありかを問われ、海に捨てたらしいと告げる達也。たった一人の男の裏切りで日本が戦争に負けたという事実はどうしても明かしたくなかった。 *銀座の交差点に落下してきた老人は、部隊の真相を明らかにするための覚悟の自殺だった。それに協力してビルの上のクレーンから落下させたのはは鏡だった。 熊谷達也 漂泊の牙 宮城県北西部の山村で「オオカミを見た」という老人があらわれた。その後まもなく、近くに住む主婦(城島靖子)の死体が見つかった。明らかに獣に食い殺されている。絶滅したはずのオオカミの仕業なのか。野生動物の追跡にかけては人間離れした能力を持つ動物行動学者の城島郁夫は、妻・靖子の命を奪った獣の正体をつきとめるため、無謀にも酷寒の山中へ踏み込んでいく。 その城島を取材する、有能さを妬まれて地方局へ左遷されていたTVディレクターの丹野恭子。次第に彼女は、城島の強さにひかれていく。やがて新たな犠牲者が出る。警察に追われていた麻薬の売人の西村だった。事件性を感じた堀越刑事は、最後に西村と会っていた沢田満男を追う。その直後、沢田の育ての親喜一も獣に食い殺された死体で見つかった。 城島、恭子、堀越の三人は、幻の獣を追って命がけの捜索を始め、格闘の末、城島の妻と、西村、喜一を襲った二匹の獣を仕留めるが、それはオオカミと猟犬の混血だった。西村と喜一は、沢田に殺された後に証拠隠しのために襲われていたこともわかる。ニホンオオカミがまだ生存していると確信した城嶋は、誰にも告げず再び山に入り、3頭のニホンオオカミの群れを発見する。3頭を追ううちに江戸時代の探屈坑跡にオオカミの住みかを発見し、20頭近くのニホンオオカミを発見するが、沢田に見つかり殺されかかる。沢田は、金のためにオオカミを飼育し最初はシェパード、次にレトリバ−と交配させていたのだ。同じ頃堀越刑事は、城島と沢田が兄弟であること、二人が「日の出学園」に通っていたことをつかむ。 城島の家を訪ねた堀越は、城島宛に綴られた「日の出学園」の園長鈴木源次郎の遺書めいた手紙を見つけ開ける。そこには、サンカの末裔である鈴木と喜一の兄弟たちが密かにオオカミを育ててきたこと、殺人事件の共犯者として警察ともみ合っているうちに鈴木源次郎のもう一人の兄弟が殺されたため、その子供を一人は喜一の子として、一人は孤児として「日の出学園」で育ててきたこと、自分たちの神であるオオカミをそっとしておいてほしいとことが綴られてあった。 鈴木は、村田銃をかかえて山に入り沢田を追うが、見つけ出した沢田に城島と兄弟であることを明かすと、沢田は鈴木を撃ち殺し、山に向かって発砲した。表層雪崩を引き起こすために。死ぬために全身で雪崩を受け止める沢田。ニホンオオカミのことは発表されることはなかった。 熊谷達也 ウエンカムイの爪 趣味で動物写真を撮っている吉本憲司は北海道の撮影旅行中に大きな羆に襲われかけるが、突然あらわれた謎の女性に助けられる。その女性が熊をなだめたように見えた。会社を辞め友人の雑誌編集長からテレメトリ−法という発信器をつかった動物の生態・行動圏調査についての取材を頼まれ北海道に向かった吉本は、そこで謎の女性と再会する。彼女こそテレメトリー方を実践する北海道大学農学部の講師・小山田玲子だった。 羆がドラム缶の罠にはまったという知らせを受けて玲子と吉本、そして猟友会の柿崎が向かうが三人の目の前で、麻酔が切れた羆(金毛の熊「カムイ」)が突然、テレビクルーたちを襲う。とっさに撃った柿崎の弾があたり手負いとなった羆は山に逃れる。吉本は玲子から、今回のカムイと、かつて吉本を襲った羆は兄弟で、ともに玲子が10年前まで育てていたこと、玲子の祖父はアイヌ人で猟師だったこと、柿崎はその弟子だったことを知らされる。三人は手負いとなったカムイを追って再び原野へ。アイヌの言葉では、真の悪神を「ウエンカムイ」という。カムイはウエンカムイになったのか。カムイの発信する電波を感知しながら追うが、突然襲ってきて柿崎を突き飛ばす。大怪我を追いながらも銃でカムイを仕留める柿崎。 一刻も早く柿崎を病院へ連れて行くため救援を呼びに一人幹線道路に向かう吉本。そこに突然、かつて吉本を襲った羆が現れ吉本に向かってくる。対決をする決心をする吉本であったが突然銃声がして羆が倒れる。吉本が羆と出会ったことを遠くから見ていた玲子が追いかけてきたのだった。 熊谷達也 相克の森 『第十二回マタギの集いIN 阿仁』は、「今の時代、どうしてクマを食べる必要性があるのでしょうか」という編集者である佐藤美佐子の発言で会場の空気が張り詰めた。失笑や揶揄の呟きとともに居心地の悪い沈黙が会場に満ち、会はお開きとなった。佐藤美佐子とマタギの滝沢昭典、そして、動物写真家の吉本賢司が出会うきっかけとなった会である。吉本の「山は半分殺してちょうどいい」という言葉をきっかけに、美佐子は、マタギ取材に乗り出すことになった。 仕事上の伴侶でもあった恋人の裏切りに遭い、タウン誌の編集長という立場を捨て、都会の出版社での条件の良い仕事も断り、美佐子は、カメラマンの吉本とマタギである滝沢の協力を得て全存在をかけてマタギ取材に向かう。クマが人里に現れ、人間を襲うという報道が続く昨今、東北の森に何が起こっているのだろうかという疑問とともに。 盛岡で開催された『ツキノワグマを考える会』の講師として招かれた宗教学者山岸哲夫の「はじめにありきなのは、『共生』ではなく『共死』なのです」「…互いに殺し合うのが生き物の本質なのです。死を見つめるという部分が抜け落ちた議論は、なんの意味もない。他者を殺す覚悟と、自己が殺される覚悟。このふたつの覚悟がはじめにあっての共生の思想であれば、私にも頷ける」と言う言葉。自然保護や環境問題などと大上段に構える前に、自分の死というものを、また、自分の生を支えるために死んでいる生き物の存在を感じてみる必要があるのではないかということか。 春を待って美佐子は、滝沢たちが行うクマの「巻き狩り」に同伴することになった。巻き狩りの途中、美佐子は、森の中で迷ってしまう。底知れぬ深い森の中で、あきらめかけた美佐子に吉本への想いが溢れ出して止まらなくなる。その思いが、なんとしても生き延びたいという美佐子の意志に転じた。森の中を一人さまよう美佐子の元にツキノワグマの子どもが現れる。母親を失った子グマは、美佐子に甘える。この子を逃がしてやっても餓死するだけだ。それならば、いっそのこと、殺してあげたほうがよいのではないかとの思いが一瞬よぎり首を絞める手に力が入るが、救助に来たことを知らせる突然の銃声に我に返ったように力を解く。 子グマを抱いたまま、滝沢たちに助けられることとなった美佐子。マタギをすてて、離れていった妻の実家へ向かう滝沢。 *取材の途中で、美佐子とマタギの滝沢の曾祖父が松橋富治だったという存在が明らかになる。邂逅の森は、松橋富治が主人公。『ウエンカムイの爪』で吉田を助けた小山田は、吉田は同じマンションで暮らしている。 *美佐子の祖父は富治が夜這いして孕ませた片岡。 熊谷達也 邂逅の森 秋田県の寒村でマタギに成長した富治だが、地主の娘文枝を身ごもらせたことで地主の怒りを買い、村を逐われ阿仁鉱山で採鉱夫として働かされることになる。 新入りに対するいやがらせもあったが3年目に面倒をみてくれていた親分衆の金次から山形の大島鉱山行きをすすめられる。大島鉱山ではさっそく兄分として、鉱山では厄介者の小太郎という見習の面倒を見ることになる。兄分を兄分とも思わない態度の小太郎だが、富治が熊をしとめる度胸と技術に驚き、すっかり富治に心酔してしまう。しかし、鉱山を襲った大雪崩に小太郎は命からがら救出されたものの山を下りてしまう。ぜひ八久和村にきてくださいと言い残して。 工夫の仕事が手につかなくなった富治はマタギに戻る決意を固め、といって生まれ育った村には帰れず、小太郎の住む村へ仕留めた熊を手土産に赴く。富治が村に住むことを許されたのは、誰とでも交わる娼婦あがりの小太郎の姉イクを妻にするという条件をのんだからだった。以来富治は、村の狩猟組の頭領として猟を指揮することになった。 年月は流れ過分な嫁入り道具をもたせ一人娘を嫁がせた富治に、隣町の宿で待つという文枝から便りが届く。イクには告げずに出かけてみると、家出した息子の幸之助が富治に会いたがっていると告げられる。家に帰るとイクの姿は無かった。イクは幸之助といっしょに富治の両親を訪ね無沙汰を詫びお金まで手渡すと、文枝と息子の出現に身を引こうとしていたのだった。 妻・イクの決意に打たれた富治はイクを探し出すと、自らの行く末をも問い直すために神の魂が宿るとされる巨大熊との闘いに臨む。小太郎が巨大熊に襲われて怪我を負ったことで山を降りる仲間を見送り一人残る富治。 巨大熊との激しい格闘の末、ぼろぼろになった肉体を引きずりながら山を下り、薄れゆく意識の中で里の佇まいを目にする。導いてくれたのは仕留めた巨大熊の影だった。 熊谷達也 氷結の森 かつて日露戦争に従軍した秋田県阿仁の元マタギの柴田矢一郎は、狙撃兵として戦果をあげたものの二度と銃は手にしまいと心に誓い郷里に帰る。しかし矢一郎が出征している間に、わずか1ヶ月しか結婚生活のなかった妻シズは幼馴染との間に子供までもうけていた。矢一郎への申し訳ない気持ちからシズと幼馴染は心中を遂げる。銃も故郷も捨て、死に場所を求めるように樺太の鰊場、伐採現場とを彷徨する矢一郎。その矢一郎を姉の仇と狙うシズの弟・辰治。 矢一郎が郷里を離れて10年目。雪深い森で辰治に待ち伏せされていた矢一郎は散弾銃を浴びるが、危機一髪、親交のある先住民族ニブヒの族長ラムジーンに救われる。しかし、その後、ラムジーンの17歳の娘タイグークがジャコ(流れの鰊漁師)に拉致されたと知ると、矢一郎は単身、連れ去った一味を追ってサハリンから凍結した間宮海峡を犬橇で横断しロシアのニコライエフスク(尼港)に潜入する。ラムジーンに請われて矢一郎は1度だけタイグークの望みをかなえるかたちで体の関係をもっていた。 尼港にたどり着いた矢一郎は、中国人街の顔役・孫老人の店で働いていたタイグークを探し出し身請けしようとする。尼港には、かつて殺されかけていた矢一郎を助けてくれた、矢一郎を慕う香代(食堂の女主人)もいた。ロシア革命から2年。日本人居留民450人と、保護する日本陸海軍350人が、迫り来るパルチザンと一触即発の状況にある尼港で、タイグークを、日本人居留民を救うために、矢一郎は二度と殺人機械にはならぬという誓いを棄てて銃を手にする。 一度は、尼港から連れ出したタイグークを守るためパルチザンに協力し、孫老人のもとにタイグークをあずけた後は、香代を守るためにパルチザンと戦う。しかし、尼港の日本人はすべて殺害される。尼港事件(1920)だ。孫の用心棒の谷口善助。パルチザンを裏切ってまで矢一郎を見逃してくれる(空砲で処刑)ウラジミル。「日本人の生き残りは皆無。そう歴史に残ることになってもいいのかね」という孫に、「自分を日本人だと考えることはもうできませんから」と答えて、タイグークとともに矢一郎は、氷の大地の奥深くに消えていった。 熊谷独 エルミタージュの鼠 日露トレーディングモスクワ所長の秋山純二は、富豪シチューキン家末裔の老婆から、ロシアに没収されたシチューキン家の美術品を取り戻す依頼を受ける。その美術品の多くが展示されているサントペテルブルグのエルミタージュ美術館へ下見に行った秋山は、副館長のキリューヒンから所蔵するマティスの大作「ダンス」と「音楽」を買い取らないかと打診を受ける。本社社長・三原修造とともに買取交渉を開始し2点を約50億円という価格で買い取る契約をし絵画を手に入れるが、それは精密な偽作だった。 本物は、エルミタージュ美術館に展示されており、副館長のキリューヒンという男も偽者だった。三原は部下のロゾルフスキーと共に深夜のエルミタージュに忍び込んで、所蔵されている数十点の名画を盗み出す。ロシアは、名画が盗まれたことは公表せず、その後東京で行われた展示会には、偽作を送り込んできた。こちらが本物だと言わんばかりに。その展示会に、シチューキン家末裔の老婆が乗り込んできたが、それは秋山たちが会った老婆ではなかった。 黒武洋 そして粛清の扉を 娘の亜季を暴走族によるひき逃げによって殺された高校教師の亜矢子。彼女の高校は異常なほど荒れ果てていた。しかし卒業式の前日、教室に入った亜矢子にいつもの気弱さはなかった。「おまえたちは人質だ」「卒業はさせない」と宣言すると、反抗した生徒2人をサバイバル・ナイフで殺害したのを手始めに、手にしたマカロフでさらに2人を射殺。騒ぎを聞きつけて教室に飛び込んだ同僚教師も女生徒を傷つけた罪で射殺する。 生徒たちの罪状を読み上げては「緊急措置」を施してゆく亜矢子。学校の通報で駆けつけた警察は接近を試みるが、亜矢子が事前に設置した監視カメラで近づくこともできない。亜矢子は生徒1人につき、身代金2000万円を要求する。動揺する父兄たち。後手にまわる捜査陣。娘の仇である暴走族をTV中継で指名手配し用意させた車に乗せると身代金ともども爆破してしまう。そして教室に潜入した捜査の指揮をとる刑事弦間。釈放された1人を除いて29人の生徒すべて殺されたとき亜矢子は弦間に眉間を打ち抜かれる。 しかしこれは計画に組み込まれていた。弦間は生徒のなかにいた娘の仇を殺すことができたし、最後に亜矢子が殺したのは亜季の父親の子だった。武器の提供も武術の指導は弦間が行っていたのだった。 小林信彦 イエスタデイ・ワンス・モア 1989年、桐島夏夫18歳。1歳の時に、両親が自動車事故で死んだ後、伯母の多佳子にひきとられ育てられた。その伯母が亡くなり遺産として3億2千万が入ると知らされたが、1週間後、新たな遺言書が見つかり何も貰えなくなってしまった。全財産を吉田という名の男に譲るというのだ。父が30年前に土地をだましとられていなければ、ぜいたくな毎日を送っていられたのに。 かつて伯母と共に過ごした両国橋のマンションの一室に行き、残されていた壊れたロッキング・チェアに腰かけて眠りに就いた夏夫が目覚めると、そこは1959年だった。そこで若き日の伯母に逢うが夏夫は逃げ出すしかなかった。しかもその日は父が土地をだましとられた日で、何とか止めようとしたが無駄だった。訳がわからずも、偶然知り合った放送作家吉田に80年代にテレビで見たギャグのネタを提供したことから瞬く間に売れっ子放送作家へと登り詰める夏夫。自分を慕う多佳子に名前を聞かれ吉田と答える夏夫。 半年後、夏夫の前にタイム・パトロールが現われる。このままでは、未来を変えてしまいかねないからだという。30年後に帰る事をすすめられる夏夫。遺産も遺言書の不備で貰えることになったという。だが、夏夫はすぐには帰らないことにした。理由の一つは、6年半後に日本にやってくるビートルズをリアル・タイムで観たいためだった。 近藤史恵 サクリファイス 白石誓(チカ)はチーム・オッジという関西のロードレースチームに所属している。高校時代は陸上部で活躍しインターハイで1位になったこともあったが、走れば走るだけ勝つことが重荷になり苦痛になっていた。そんなとき、たまたまテレビでツール・ド・フランスを見てから、必ずしも自分が1位にならなくてもいいというロードレスの魅力にとりつかれていく。陸上での大学推薦を断ってロードレースに強い大学を選んだ白石は、卒業するとにすぐにオッジと契約を結んだ。 チームのエースは石尾豪。勝つことへの強い執念をもち、チームメイトを使い捨ててでも勝ちにこだわる選手だと言われている。その石尾のライバルと目されているのが、白石と同期の新人・伊庭和実だ。スプリットを得意とするが反面山岳コースには弱く、山岳は白石の方が速い。その伊庭と白石が、新人でありながら日本最大のロードレース、ツール・ド・ジャポンにメンバーとして選ばれることになった。 ツール・ド・ジャポンは5日間かけて行われる。レース1日目、はやくも伊庭が4位という好成績で入賞すると、3日目の南信州では、戦略通りにレースが進んでいたはずだったのに、あれよあれよという間に白石が躍り出て1位でゴールしてしまう。チームメートから祝福される白石。 このツール・ド・ジャポンには、ヨーロッパの強豪チーム・サントス・カンタンの選手が日本人をスカウトするため参加しているという。いつかはヨーロッパで走りたいという夢を持っている白石としてはぜひアピールしたいところだが、まずは、自分を犠牲にしてもエースの石尾さんを勝たせなくてはいけない。 そして5日目の出走間際、チームメイトの篠崎から、3年前にレース中に袴田という選手が石尾の斜行が原因でクラッシュし半身不随になったこと、袴田は今でも事故でなく故意だったと石尾を恨んでいることを聞かされる。 その日のレース終盤、石尾と白石の飛び出しに誰もついてこれず二人はゴールを目指して独走していた。しかしそこでアクシデントが起きる。石尾のバイクがパンクしたのだ。白石は迷った。総合1位も射程内の自分のことを考えればこのまま走り続けるべきだが、アシスタントとして働くなら石尾のタイヤ交換を待ち石尾をサポートして自分たちを追い越していく先頭集団にエースの石尾を戻すべきなのだ。そして白石はアシストである道を選択する。結果は、石尾の総合1位、白石の総合8位。それでも白石は満足だった。 このツール・ド・ジャポン1位という実績をかかげて、オッジはベルギーで開催されるリエージュ・ルクセンブルグに出場する。 レースの前日、忘れようとしても忘れることのできない女性・香乃が訪ねて来る。東北でのインターハイに自分を応援にくる鈍行の旅の途中で同級生の高崎と恋におち、自分を裏切ることになった女性。 ホテルのロビーで再会した香乃の美しさは変わっていなかった。ベルギーには週刊誌の記者として取材に来ているという。その香乃から、ツール・ド・ジャポン5日目のレースの前に、石尾が(自分の)タイヤの空気を抜いていたのを見た人がいることを知らされる。意外なことに香乃は、石尾に事故にあわされたという袴田のことも知っていた。香乃はその袴田と来ていたのだ。初日のレースのあと、お土産にワインを持ってきた香乃は、袴田のことが好きだと告白する。 その夜、香乃からもらったワインをどうしようかと思っているところを同室の伊庭にみつかってしまう。翌日がレースなのにも関わらず、白石の前でひとり飲みはじめる伊庭。 レース2日目、逃げ出して独走する4人集団のなかにいた白石と伊庭の無線に、突然、「戻って来い」という監督の声が飛び込んでくる。レースを途中で棄権するときはひとつの理由しかない。その予感は的中する。下りのアスファルトの上に大量の血を流して体を不自然に投げ出している石尾。それが大変なクラッシュ事故にあったことは一目でわかった。即死だった。 石尾の葬式の後、白石は、石尾が袴田を非難していた話を先輩の赤木から聞く。禁じられている自己輸血をしていた袴田に、「自らの勝利を汚すことはアシストたちの犠牲も汚すことだ」と叱りつけていたという。 そして葬式から2週間後、石尾が事故にあった日に、袴田と仲のよかった篠塚が選手のボトルを用意するチームバスで珍しくしゃべっていたという話を聞いた白石は、事故現場から記念に持ってきていてそのままの、スーツケースに入っていた石尾のボトルを製薬会社のラボで働く同級生に調べてもらう。ボトルの飲料からはエフェドリンが検出される。白石の追及に、袴田に頼まれてエフェドリン入りのボトルを石尾に渡したことを認める篠崎。袴田はドーピングをさせることで石尾の選手生命を絶とうとしたのだ。そして石尾はレース中にそのことを観客席にいた袴田から聞かされ、チームをリタイヤさせるために下り坂で前輪をわざとロックさせてクラッシュしたのだ。リタイヤすればドーピングの検査を受けなくてすむからだ。 何日かして、サントス・カンタンのマネージャーからスカウトを受ける白石。なぜ自分なのかと言う質問に、ツール・ド・ジャポン5日目のアシストに徹した献身的な走りだと答えるマネージャー。その瞬間白石は悟る。石尾はわざとパンクして自分にスカウトの注目を集めようとしていたのではなかったのかと。それならば、レース前に自分のタイヤの空気を抜いていたことも納得がいく。あれほど勝つことへ強い執念を持っていた男が。 やがて白石は、石尾がレース中にボトルの水を飲んでいなかったことに気がつく。それなのになぜ石尾が死ななければならなかったのか。袴田にを訪ね疑問をなげつける白石に、石尾のボトルにエフェドリンを入れたことのほかに、白石に渡したワインにもエフェドリンが入っていて同室の伊庭も飲んだかもしれないと石尾に告げていたことを白状する。二人を助けるために石尾は全速力で走り前輪をロックさせたのだ。 一年半後、サントス・カンタンで活躍した白石は、憧れのフランスのチームで走ることが決まっている。 今野敏 レッド 環境庁の外郭団体である「CEC研」に出向させられた元マル暴の刑事・相馬春は仕事への情熱を失った日々を送っていたが、ある日所長から山形県の戸峰村の湖沼調査を命じられる。調査には陸上自衛隊の斎木が同行するという。所長は調査したという事実が欲しいだけだ、と妙なことを言った。蛇姫沼には蛇姫のたたりがあるため地元の住民は誰も近づかなかったが、調査の結果、多量の放射能が検出された。何者かが放射性物質をここに放置したのだ。 やがて、旧ソ連からアメリカに持ち込もうとしたレッドマーキュリーを、政権がクリントンに変わったためCIAが戸峰村にこの村出身の代議士の提案で極秘に埋めていたことが判明する。CIAから抹殺されそうになる相馬、斉木、沼の近くに住む謎のアメリカ人、新聞記者の4人だが、無事逃げ出し、クリントンの指示によって、レッドマーキュリーは移送される。 今野敏 果断 警察庁長官官房の総務課長だった竜崎伸也は息子の不祥事により大森署の署長に左遷となる。東大法学部卒のキャリアで、頑なまでに合理性を追求する姿勢はここでも貫かれ、慣習にとらわれない竜崎ならではの流儀で署長という職務をまっとうしようとする。そんな時、品川駅前の消費者金融で強盗事件が発生し、逃亡した犯人たちを確保すべくキンパイ(緊急配備)が引かれる。 同じころ管内の小料理屋「磯菊」で喧嘩との一報が入り、竜崎は署員を向かわせようとするが、地域課長にキンパイが優先だと言われ、キンパイが解けたら確認に行かせることにする。ところがこの「磯菊」の一件は、品川駅前の消費者金強盗事件とつながっていた。逃げ延びた犯人の1人・瀬島睦利がこの小料理屋の源田夫婦を人質にとって立てこもってしまったのだ。 銃を外に向けて発砲し威嚇する犯人。発射された銃弾から銃はベレッタと特定される。赴任早々の新署長のもと指揮系統が混乱する現場。指揮をSIT(捜査一課特殊班)の下平係長に執らせていた竜崎だったが、進展しない事態に人質の消耗を考えて、後から合流したSATの石渡小隊長に突入の許可を与える。 銃撃の末、人質は解放されるが、犯人はSATのサブマシンガンによって射殺される。事件は解決したが、犯人の銃に弾が残っていなかったことが東日新聞にスクープされ、竜崎のことをよく思わない第2方面の管理官・野間崎の注進もあり、突入の妥当性を巡って警察庁の主任監察官・小田切の監察対象となってしまう。誰が情報をリークしたのか。 やがて、SAT突入直後に署内でも態度の悪い戸高刑事が東日新聞の記者・堀木と親しげに話していたことが耳にはいる。問いただす竜崎。しかし旧知の東日新聞の福本社会部長に確認したところ記事にしたのは堀木でないということがわかると竜崎は戸高に謝る。犯人がもっと遠くに逃げられたはずなのになぜ「磯菊」に立てこもったのか。瀬島と源田夫婦は顔見知りでなかったか、という疑問を竜崎にぶつける戸高。竜崎は戸高に単独での捜査を要請する。 やがて、瀬島のベレッタとSATのサブマシンガンが同じ実弾を使っていたため見過ごされていたが、瀬島の死体の弾道検査をした結果、瀬島はSATでなく源田に撃たれていたことが明らかになる。瀬島のからだに硝煙反応のなかったことも裏づけとなった。SITの下平、SATの石渡、幼馴染で世渡り上手の警視庁刑事部長・伊丹、副署長の貝沼らの力を借りて、強盗事件を仕組んだのは源田で、高輪の消費者金融には恨みがある源田が瀬島を唆して犯行に及ばしていたことが明らかになる。瀬島は源田夫妻に排除されたのだ。 事件は解決し、妻が緊急入院した警察病院に検査の結果を聞きにいく竜崎。結果は胃潰瘍ということで、癌かもしれないと心配していた竜崎は少し安心する。 *東大に行ってアニメに関わる仕事をしたいという息子に戸惑いながら、薦められたのDVD(「風の谷のナウシカ」)を見て感動してしまう竜崎。 |
酒見賢一
後宮小説 1607年、素乾国の腹英帝が崩御したことにより新政府は宮女の募集をおこなった。銀河は緒陀地方の募集責任者である宦官・真野に連れられ、宮女候補生として都に旅立つことに。好奇心旺盛な銀河は、宮殿で女大学が開かれることが楽しみだった。同室には、高い家柄の人物と思われる玉遥樹(タミューン)、銀河とはケンカばかりしている貴族の娘・世沙明(セシャーミン)、無口だが頼りになる地方出身の江葉(コウヨウ)がいた。 女大学で性技術の実技指導を担当している菊凶は後家でまだ若い琴皇太后と通じ、自分たちの息子・平菊を皇帝にしようと画策し、皇太后の継子である新帝・双槐樹(コリューン=玉遥樹の弟)を亡き者にしようとする。宦官たちの間にも権力闘争があり、双槐樹のまわりは絶えず不穏な空気に包まれていた。 やがて後宮の教育期間が終わり、銀河は、指導教官・角先生と双槐樹の希望で正妃の座に就くことになる。 しかし、突如として起こった幻影達の乱により、銀河の運命は大きく変わっていく。幻影達は、道楽で始めた自警組織の頭から山北州都司侍郎へと大きく出世していたが、その身分にも退屈を覚えるようになると、義兄・渾沌の提案で素乾国に挙兵することに。すべては渾沌の思いつきなのだが、運も味方につけ、反乱軍は銀河のいる都へと勝ち進んでいった。その無謀な反乱は、この乱を宮廷の権力争いの内紛に利用しようとした菊凶や琴皇太后一派さえも破滅させる大反乱へと変貌していく。 正規軍が無力化し幻影達が後宮に迫りくる中、銀河は宮女を集めて軍隊を作る。隊長は江葉、武器は大砲だ。後宮を助けるために自ら幻影達のもとに投降していた双槐樹を助け出しに行った銀河は、馬小屋で双槐樹と結ばれる。双槐樹は自害。銀河は混沌と画策して後宮から幻影達軍を撤退させるが、素乾国は幻影達のものになってしまう。 しかし幻影達が2年で失脚すると、新帝の息子をもうけた銀河は、江葉の里で、息子を皇帝(後の乾朝の太祖神武帝黒耀樹)に育てあげると、旅に出る。西洋に渡ったという説もある。江葉とともに。 桜庭一樹 赤朽葉家の伝説 第一部「最後の神話の時代」 戦後間もない取県西部の山間の村・紅緑村。山を流浪する民に置き去りにされた女児・万葉は、親切な若夫婦に育てられ、弟や妹たちの面倒を見ながら暮らしていた。勉強が苦手で字も読めなかったが、山の民の末裔である万葉はときおり未来を視ることができた。 当時の紅緑村には2つの大きな家があった。上の赤こと赤朽葉家は、昔からある旧家で製鉄業を生業とし、下の黒こと黒菱家は軍事国家の恩恵を受けた造船で財を成していた。 万葉はある日、たまたま道端で出会ったまんまると太った恵比寿さまのような女性から将来嫁に来てほしいと言われる。それが赤朽葉家の大奥様・タツだった。数年後その話は現実のものとなり、万葉は赤朽葉家の跡取り息子・曜司のもとに嫁ぐことになる。捨て子だった万葉を、赤朽葉家の人々は疎みもしないで受け入れ、彼女に世継ぎの期待を寄せる。 やがて子を授かった万葉は、長男・泪を産むことになるが、出産の最中に万葉は、泪が若くして世を去ることを予知してしまう。その後万葉は、長女の毛鞠を生み、鞄、孤独というタツが付けた奇妙な名を持つ子を産んで育てていく。 そんなある日、万葉は夫の父親・康幸の死を予知してしまう。このときは、早くから事業を曜司の引き継がせることで、オイルショックの時代を無事に乗り切ることができた。しかし万葉は知っていた。夫がそう遠くない日に首を跳ね飛ばされて死ぬことを。 また、子供のころ空を飛ぶところを見た隻眼の男が製鉄所の職工頭・穂積豊寿であることを知ると、常々目には気をつけるよう注意していたが、溶鉱炉の事故で予知したとおり片目を失ってしまう。 何の助けにもならなかった予知能力であるが、それでも底知れない力を持った存在として、万葉は赤朽葉を支えていくことになる。 第二部 「巨と虚の時代」 万葉の長女・毛毬は丙午の生まれということもあり気性が激しく、中学一年の夏には「アイアンエンジェル」という伝説の暴走族を結成する。親友・穂積蝶子(チョーコ)を族のマスコットにして、またたくまに山陰一帯を傘下におさめ族長としてたばねていく毛毬。 同じころ父親の妾・真砂が死ぬと、赤朽葉家はその娘・百夜を引き取ることになるが、毛毬にはこの百夜の姿がまったく見えなかった。憧れていた義姉の毛毬に無視されることで、毛毬の男たちを次々と寝取っていく百夜。 やがて、族を引退して進学校にすすんでいった蝶子が同級生たちに売春させていることを知った毛毬は、蝶子を呼び出して意見するが聞き入れられず決別してしまう。その後、売春組織は摘発され、蝶子は退学となり広島の少年院へ送られるが、そこで自殺してしまう。自分の青春時代の象徴である蝶子を失ったショックから暴走族を降りた毛毬は、ひたすら家に籠もって毎日を過ごしていた。 そんなある日、漫画雑誌の編集者・蘇峰が蝶子をたずねてくる。毛毬の応募した作品に可能性を感じた蘇峰は、自分のこれまでの体験をもとに漫画を描くことをすすめる。それが、毛毬を超売れっ子漫画家に上り詰めさせ、12年も続く連載となった「あいあん天使!」だった。 やがて、長男の泪が万葉の予知したとおり山で死ぬと、跡取りを必要とした赤朽葉家は毛毬に夫を迎えることになる。赤朽葉製鉄で働く有望な青年の中からタツが選んだのは、真面目な働きぶりが曜司からも買われていた美夫だった。このころ連載に追われる毛毬は、取材などの対応をするために1度だけ町であったことのあるある自分に瓜二つのフィリピーナ・アイラを影武者として雇い入れる。 やがて毛毬は子どもを宿るが、その年の秋、タツがひっそりと息を引き取る。生まれた子は、瞳子(トーコ)と名づけられた。それからしばらくして、曜司が鉄道事故であっけなく死んでしまう。万葉が予知したとおりの死に方だった。その後、宿敵ともいえる百夜も死に、12年間の連載を書き終えた毛毬は、「チョーコがきたから、わたし、もう行くヨ?」と瞳子に告げて仮眠部屋に入ったとたん息を引き取る。このとき残された瞳子はわずか9歳だった。 第三部「殺人者」 母・毛毬が死ぬと、瞳子は祖母・万葉の手で育てられたが、その万葉も瞳子が20歳を過ぎたころ死んでしまう。 「わしはむかし、人を一人、殺したんよ」という謎の言葉を残して。少なからずショックを受けた瞳子は、かつて甲子園の英雄だったユタカとともに、祖母が誰の死に関わっていたのか、祖母に関する記憶を持つ人々を訪ねて真相を探ろうとする。 何年も赤朽葉家の食客となっている破産した黒菱家の跡取り・みどりからは、40年も前に飛び込み自殺をしたシベリア帰りのみどりの兄のことを、バーで出会った泪と親しかった三城という男からは、泪が死んだ事故の様子を、居候している蘇峰と父親の美夫には、死んだのは毛毬でなくて影武者のアイラの方じゃなかったがという疑問を投げかけ一笑に付される。アイラはフィリピンで立派に事業を成功させていた。 やがて、百夜が無理心中に失敗して一人で死んだときに毛毬に残していた「いっしょに死にます」という文面が、その6年前に溶鉱炉の日を落とす日にいなくなった豊寿が万葉に残した置手紙の文面と同じだったことに気づいた瞳子は、万葉は字が読めなかったため、百夜の遺書を美夫が読み上げるまで、豊寿は遠くへ出かけたものと思っていたことを知る。字が読めていれば、豊寿の死を止められていたかもしれないと悔やんだ万葉は、それで「人を一人、殺した」と思い込んでいたのだ。 夢の中で万葉と会い、昔、空を飛んでいたという豊寿は、実は火の消えた溶鉱炉に飛び込んでいた姿だったことを悟る。 やがて溶鉱炉が取り壊される日、身元のわからない白骨死体が見つかる。父親にそっと、豊寿という人の遺体かもしれないと伝える瞳子。赤朽葉家本家の娘も少しは千里眼かもしれないと噂が立ち、瞳子はまんざらでもない様子である。 佐々木譲 エトロフ発緊急電 昭和16年、日米開戦前夜。日本海軍の不穏な動きを探るため、米国海軍情報部は一人の男を日本へ潜入させようとしていた。その名は、ケニーこと斉藤賢一郎。スペイン戦線に義勇軍として参加した日系二世である。一方、エトロフ島には、漂着したロシア人船員を父に持つ岡谷ゆきがいた。5年前に島から家出同然に抜け出したゆきは、妻子ある男に捨てられ仕事も解雇されて故郷に戻ってきた。今は死んだ叔父の後を継いで駅逓の女主人として切り盛りしている。村人たちは冷たい視線で彼女を見たが、下働きを任されているクリル人の宣造だけは姉のように慕っていた。 短い夏を迎えたエトロフ島。ゆきの前に海軍中尉の浜崎が現れる。浜崎は強引にゆきを口説くがゆきは相手にしない。一方、東京に潜入した斉藤は、日本軍に恨みを持つ、南京大虐殺で恋人を失った宣教師スレンセンと日本人を憎んでいた朝鮮人スパイ金森という二人の協力者に出会う。折しも海軍では、北太平洋航路による真珠湾奇襲作戦が採択され、その集結地にエトロフ島の単冠(ヒトカップ)湾が決定していた。金森とともに軍令部勤務の中尉山脇書記官の家に忍び込んだ斉藤は、この機密情報を入手する。しかし憲兵隊は執拗に斉藤たちの周囲を探り始めるのだった。斉藤は海軍の動向を探るためエトロフ島を目指す。しかし、彼を守るために金森とスレンセンは壮絶な死を遂げることに。 列車を乗り継ぎ、行く先を擬装しながらエトロフ島へ向かう斉藤。それを憲兵軍曹の磯田が執拗に追う。辛くもエトロフ島に潜入した斉藤は、体力を消耗し倒れたところを宣造に助けられる。宣造は彼を、ゆきのいる駅逓に連れて行く。ゆきは斉藤をたこ部屋から逃げてきた北朝鮮人と思いこみ、斉藤も「金森」と名乗った。介抱するうち、ゆきには彼を思う気持ちが芽生えてゆく。単冠湾の住民たちの前に、突然、日本海軍連合艦隊が次々と姿を見せ始めた。その日から斉藤は、夜ごと缶詰工場に隠しておいた発信機をひそかに作動し、暗号を米軍情報部へ打電する。艦隊出撃時の打電が最終任務だ。 次第に愛し合うようになっていたゆきと斉藤。斉藤は正体を偽る自分を恥じ、任務終了後はゆきと脱出することを考え始める。数日後、連合艦隊が真珠湾に向けて動き出した。斉藤は決死の覚悟で最後の打電に向かう。ついに斉藤の正体に気付いた浜崎と磯田が缶詰工場へと駆けつけた時、そこには、拳銃を手にしたゆきがいて、発信機を撃つ。最後の打電は送られたのか。磯田に撃たれ斉藤は死ぬ。戦後、エトロフはロシア領となり日本に引き上げるゆき。斉藤の忘れ形見の息子とともに。 佐々木譲 ベルリン飛行指令 1964年ホンダが世界F1グランプリにデビューした日、戦時中、零式戦闘機の開発に関わった経験を持つホンダチームのマネージャー・浅野は、元ドイツ空軍軍曹の老人から一枚の写真を見せられた。ゼロ戦がベルリンに到着した日に撮影された写真だという。しかし、ゼロ戦がドイツへ飛んだという記録は残っていない。ところが、たまたま別ルートから大戦前イラクでゼロ戦を見たとの情報を得た浅野は、地道に調査をはじめる。そしてその作業は、60年代のF1を取材していたある作家に引き継がれた。 時は1940年、日米開戦に向け日本はドイツ、イタリアとの三国同盟に踏み切る。この頃ドイツ空軍はイギリスの戦闘機スピットファイアに悩まされ、早急に高性能の戦闘機の開発と生産の必要に迫られていた。ドイツは三国同盟を盾に、日本海軍で極秘に開発された高性能の零式戦闘機をドイツでライセンス生産すべく、2機の機体をベルリンに移送してほしいと要求する。この要求に海軍省副官・大貫大佐と海軍省書記官・山脇順三は空路の確保、各国政府との交渉、飛行士の選定に奔走する。 飛行ルートは、ロシアルートを避け、インド、イラク上空を通過する西へ西への空路に決まったが、二千キロごとに給油機地の確保が必要だった。中継基地は、横須賀、高雄、ハノイ、ダッカ北方のシラジガンジ、インド西部ラジャスタン州のカマ二パル、イランバンダルアバス北方の日本の石油会社が管理する基地、バグダッド北東のイラク陸軍基地、トルコ、そしてイタリアに設けられた。飛行士に選ばれたのは日本海軍佐官の父と米国人の母を持つ安藤啓一大尉とその相棒・乾恭平海軍一空曹だった。 長期にわたる飛行訓練、整備を終え、1940年11月、極秘空輸計画・コードネーム「朱鷺」は飛び立った。しかし秘密の一部は事前に漏れており、英国空軍と遭遇することもあったが、2機はどうにかイラク陸軍基地までたどり着くことができた。しかしここで、イラク独立をねらうフセイン大佐の陰謀に巻き込まれ英国軍基地を攻撃せざるをえないことになり、戦闘で乾軍曹を死なせてしまう。 それでも12月初旬、安藤大尉はベルリンに到着、盛大な歓迎を受ける。山脇から、安藤大尉がベルリンに到着したことを知らされる妹の真理子。しかし結局ゼロ戦は、ドイツ軍に採用されることはなかった。 佐々木譲 警官の血 第一部 清二 昭和23年。戦後の混乱の中、妻・多津と生まれてくる子を養うために警官になった安城清二は、警察学校(練習所)を出ると上野警察署に配属になる。 その年の11月、不忍池の近くで清二も顔見知りだった男娼・ミドリの死体が発見される。浮浪者たちから先生と呼ばれていた原田圭介は、ミドリが警察のスパイだったことで殺害されたのかもしれないと清二に告げる。 その5年後、今度は谷中墓地で活動家と思われる国鉄職員・田川克三(16歳の美少年)が殺害される。犯人は挙げられないまま、二つの事件の捜査は打ち切られていたが、清二には何か引っかかるものがあった。 やがて清二は、警察学校で同期だった黒田勝利に重傷を負わせたまま管内に潜伏していたチンピラ・五十嵐を逮捕するという手柄をたてたことで、晴れて天王寺駐在所勤務になる。 昭和32年。駐在所の警官として充実した日々を過ごしていた清二だったが、隣接する天王寺五重塔が火事になった日、顔見知りの老婆から田川と親しく話していた刑事らしい男が墓地にいることを知らされると、持ち場を離れて男を追いかけたまま行方不明になってしまう。数日後、跨線橋から転落死した清二の轢死体が発見される。持ち場を離れたことが問題となり、清二の死は殉職扱いにならなかった。 第二部 民雄 清二の死から10数年後。長男の民雄は、父親の警察学校時代の同期生3人・窪田勝利、香取茂一、早瀬勇三の援助もあって無事、高校を卒業することができた。 尊敬する父の跡をついで警察官になることを決意した民雄は警察学校に入学するが、卒業をひかえたある日、公安部一課長・笠井警視から呼び出され、警視庁在籍のまま北海道大学へ進学するように要請される。北大での任務は北大過激派への潜入捜査だった。共産同赤軍派の北大支部長・吉本信也と気の弱い同期の宮野俊樹とともに佐藤訪米阻止のために東京へ向かうことになる民雄。大菩薩峠での軍事訓練の様子を密偵し50名近い活動家を逮捕させた民雄だったが、スパイとして周囲を欺くことに耐えられなくなり、不安神経症になり警察病院の精神科に通うことになる。 追い詰められた自分の不安定な精神を支えてくれていた軽井沢の警察療養所で働く堀米順子に結婚を申し込む民雄。しかし結婚後も民雄の不安神経症は改善されず妻の順子に手を上げることしばしばだった。 そんなある日、警察病院で偶然黒田と出会い、父・清二が死んだ理由が、上野での未解決の二つの事件に関連しているのではないかと告げられる。詳しい話のできないまま、2ヵ月後、黒田は肝臓がんで死んでしまう。 やがて、下谷警察署にいる香取の根回しもあって、昭和61年、民雄は36歳のとき天王寺駐在所勤務になると、父が残した10冊の手帳を読み返しながら、黒田から聞いた、迷宮入りになった二つの事件を洗いなおすことになる。 その昔、父親と親しかった原田圭介を殺害したことで服役し、今度は発砲殺人事件犯として指名手配になった赤柴孝志の手配書が回ってきた日、地元の写真館の二代目・永田が、天王寺の五重塔が火事になったときの古い写真を持ってくる。そこにいるはずのない男の姿を見つけ慄然とする民雄は、真実を知るためにその男に会いにいくことになる。 その夜、精神状態が異様に高揚していた民雄は、非番ではあったが何かに突き動かされるように無謀にも赤柴が人質をとった現場に飛び込んでいく。自分を代わりに人質にしろと叫びながら。至近から赤柴に撃ち殺される民雄。殉職警官として二階級特進する。 第三部 和也 組合活動家だった民雄の弟・正紀の援助を受けて大学を卒業した民雄の長男・和也は、正紀の期待を裏切って警察官への道を歩むことになる。警察学校を卒業して最初に配置されたのは目黒警察署だった。 そこで、交通事故にあった少年の応急処置をした和也は、警察学校で和也たちを訓練した永見由香から処置の対応をほめるられる。それがきっかけとなり、和也と由香は付き合い始めることになる。 卒業配置の8カ月が過ぎ再び警察学校で初任補修研修を受けていた和也は、本庁警務部の畑山人事一課長から呼び出され、捜査四課の捜査員・加賀谷仁警部の素行を密かに探るよう命じられる。 「ひとの価値は羽振りで決まるって信じてる連中が相手なんだ、警察官がなめられたらお終いだ」という加賀谷は、贅沢なスーツを着こなし、金を惜しみなく使って、暴力団事務所に追込みをかけ、協力者をあやつっていた。その加賀谷に気に入られた和也は、加賀谷の相棒として捜査を手伝っていたが、ある日、加賀谷の車の中に由香のピアスを見つけてしまう。 加賀谷が覚醒剤取引のための覚醒剤を所持していることを掴んだ和也は、畑山とともに加賀谷の逮捕に向かう。ガレージから出てきた加賀谷の車の助手席には予想した通り由香の姿があった。加賀谷の、「お前、自分の父親が模範警官だったと信じていないか」という言葉が気になった和也は、父親の死の謎を調べ始める。 父が死んだ日に父に見せた写真だといって写真館の永田に渡された写真の中に、早瀬勇三の姿を見つけた和也は、父が死んだ日に会いに行ったのは早瀬勇三だったと確信する。ICレコーダーを隠し持って老人ホームで暮らす早瀬勇三に会いに行く和也。 和也の追及に、あっさりとミドリと田川殺しを認めた早瀬は、戦争でずたずたになった精神が殺させたんだと嘯く。そして、祖父を突き落としたことも自白する。それらの事実を知った父・民雄は、早瀬を殺人者だと罵ったという。しかし、お前も殺人者ではないのかと、民雄が学生時代に関係を持った、宮野俊樹の恋人・守谷久美子に民雄の子供ができたが親子で無理心中していること、家族に虐待を繰り返していた男が殺害された事件では畳職人の恩田に嫌疑がかからないように民雄が証拠を隠滅していた事実をつきつけると、民雄は言葉を失ったという。とくに守谷久美子との間に子供ができていたことは相当ショックだったようだ。その夜、自暴自棄になって現場に飛び込んでいった父・民雄の気持ちが痛いほどわかる和也。 その後、異例の早さで捜査二課の係長になっていた和也は、経済事件の捜査の暴走から警務部人事課から内偵をされることになる。自分を追及する人事課の田辺警部補に秘書室長の早瀬勇作を呼び出させた和也は、初対面の勇作に、勇作の父・勇三とのやり取りを録ったICレコーダーの内容を交換条件に、警務部から手を引かせる。「おれをこんなふうに使えるのはこれが最後だ」という勇作。 何ヶ月も準備してきた容疑者逮捕の日、和也のホイッスルの音が高らかに鳴り響く。それは祖父の遺品のホイッスルだった。 笹本稜平 時の渚 35年前に、生まれたばかりの息子を見ず知らずの女性に託して失踪した元ヤクザの松浦。その後事業に成功したが末期がんで余命幾ばくもなく、今はホスピス暮らし。死ぬ前に息子の消息が知りたいと探偵・茜沢に話を持ちかける。茜沢はそのとき発生していた女子高生殺人事件を旧友の刑事・真田と追ううちに、かつて財産目当てに親を殺害し今は芸能プロの社長になっていた男・駒井を逮捕する。この駒井という男は、親殺しの逃走中に茜沢の妻と子をひき殺した男でもあった。 取り寄せた戸籍から、偶然駒井が、松浦老人の捜していた息子である可能性が強まるが、それは事情があって息子を託した女性が資産家の妻と戸籍を交換していたことがわかる。その女性は、今は札幌で絵の講師として成功している息子と住んでいることがわかり、親子の対面となる。 同じころ、茜沢の父が病死するが、残された書置きから、自分が父の子ではなく、生まれた病院で取り違えられていたこと、本当の父親が妻子を殺した駒井であることを知り愕然とする茜沢。「おれがその秘密を飲み込んで天国に持っていってやる」と死んでいく松浦。 笹本稜平 フォックスストーン 檜垣耀二の傭兵時代の親友でジャズピアニストでもあったダグ・ショーニングが、公演中先の東京で薬物の過剰摂取で死んだ。経営していた危機管理コンサルタント会社を倒産させた檜垣は、事件の真相を追う宿命を感じ、ルポライターの芦名とアメリカに渡る。 やがて、バナルア共和国の独立を宣言したことで政府軍に追われアフリカに亡命するジョージ・ビムカ大佐と行動をともにしたしたダグの父ボブと母親が、ダグを残して飛行機事故で死んでしまったこと。それから5年後の1974年、伝説のケープフォックスとなってボブが蘇っていたことを知る。ボブは、プナングア村で見つけた光る石(ジルコニア)からダイアモンドの鉱脈の存在を匂わせ、シンジケートのディボットと契約。実業家としても成功していった。 一方、成長したダグは1987年、傭兵派遣会社CACの代表スタンに派遣されアフリカで戦うことに。この時スタンの秘書のミランダ曹長と親交をもつ。1988年7月、ボブはカルト牧師のモイーズを唆しプナングアの村民を光る石を持って集めさせ、隣村のオカンボの村民に虐殺させた。このとき奇跡的にダグとは腹違いのマーサとジャンニの兄弟、ダグと一緒にモイーズの教会にいた従兄弟のニーナ、ボブと一緒にいた長男のエリスは無事だった。 その後、ボブの軍隊は、オカンボの人間も虐殺し土地を手に入れた。2002年10月ビムカはアンフォナを解放し記者会見をひらくが、ここで1988年のプナングアの虐殺がビムカの仕業だと証言するモイーズのビデオが流される。ビムカを追っていた檜垣は、1カ月前に爆死したはずのボブが、政権をボブの腹心に譲るようビムカに問い詰めているのを見る。初めて見るボブは、檜垣に協力していた元グリーンベレーの、NYスタテン島署刑事・オコネルその人だった。囚われていたミランダの機転で銃を手に入れた檜垣はボブを殺すが、自分も腹に銃弾を受けてしまう。 塩見鮮一郎 井戸の骸骨 70歳を目前にした軍平は、出戻り娘・コスモに久が原駅の屋敷の建て替えを提案されるが気乗りがしない。だが、離婚の慰謝料で資金を半分出すという娘に押し切られ、渋々承諾した軍平の脳裏に、母親・宮子と宮子を妾にした今潟善次、そして善次と宮子の子・俊介と4人で暮らした終戦直後の思い出がよみがえってくる。 当時、久が原の屋敷には近づくことをきつく禁じられていた井戸があった。やがてその井戸に、本妻の元に帰るよう善次をたしなめにきた兄の曾一郎が埋まっていると疑った軍平は、殺したのは善次だと詰め寄り、多摩川に突き落とし溺死させてしまう。賭碁で多大な借金をつくり屋敷を手放すことになっていた善次だったが、死んだことにより借金は棒引きになった。誰も子供の軍平が父親を突き落としたとは思わなかった。 そして現在。家の取り壊し工事が進む中、その古井戸から2体の白骨が発見された。それでもパソコン教室へ行くといっては、密かに19歳のヤンキー娘・芽香利の元へ通う軍平。死体の1体は曾一郎だったが、もう一体は軍平と父親違いの弟・俊介だった。 軍平は、結婚して間もない俊介の妻・珠代に誘惑され俊介の長期海外出張の間に関係を持ってしまい、それを母親の宮子に感づかれると、俊介には宮子がぼけてきたと告げ宮子を施設に遠ざけるとともに、俊介を絞殺し井戸に投げ込んでいたのだ。その後、多摩川で一緒にボートに乗っていて転覆したという偽装工作をし、それ以来俊介は水死したとされ、珠代が病死すると珠代の子・コスモを実の娘として育ててきたのだ。 警察から遺体は空襲で死んだ人たちだったというという知らせが入りほっとするが、善次の本妻の孫だと名乗る男が出現したり、コスモと行動をともにしているという男が誰なのかも気にかかる。 やがて、自分に知らせずに行おうとしていた棟上式に、コスモと離別したはずの負債を抱えたギョーザチェーンの社長・喜多川とコスモがいるのを見た軍平は、コスモから、軍平が芽香利と再婚するのを阻止するために喜多川と別居していたのだと告げられる。やがて、大工の一人が井戸の中で見つけたと持ってきた指輪がコスモが母親の形見にもらった指輪とペアであることから、井戸の中の遺体が自分の父親である俊介だと知る。 数日後、芽香利と暮らすマンションの近くの公園で、コスモにすべてを語る軍平。コスモと別れ近くのお祭りに芽香利とでかけた軍平は、芽香利を連れ戻しにきた不良の兄・悠也にナイフで刺されてしまう。 重松清 流星ワゴン 妻の美代子は不倫、中学受験に失敗した息子の広樹は登校拒否から家庭内暴力、という崩壊した家庭を抱えたままリストラにあった永田一雄。いつものように5万円の小遣い欲しさにガンで余命いくばくもない不仲の父親を見舞いに行った帰り、漠然と死ぬことを考えながら深夜の駅前のベンチに座っていると、目の前にワインレッドのオデッセイが止る。乗っていたのは、5年前に交通事故で死んだ橋本義明と健太(8歳)の親子。「たいせつな場所に」連れて行くと一雄を誘う。ワゴンは時空を遡る。一雄が過ごした人生の大切な岐路、たとえば美代子の過去や広樹の受験の場面を追体験していくために。 最初に行ったのは1年前の新宿。妻が男と歩いているのを見つけても何もできない一雄の前に、一雄の父親(チューサン=「朋輩」)が一雄と同じ38歳の姿であらわれ、妻の後を追わない一雄を腰抜けだとなじる。ラブホテルから出てきた男から美代子がテレクラ通いをしていることを知り愕然とする一雄。 人気のない公園で一雄がみつけた広樹は、受験をする自分をいじめる友達の名前を書いたペットボトルをパチンコで撃っていたが、その中には一雄と美代子の名もあった。息子が受験に失敗することを知っている一雄は、受験なんかしなくていいと言うが、逆に意地になった広樹は受験させてくれと懇願する。 受験の1週間前、湯島天神に行くという美代子に現実とは違って一緒に行こう誘う一雄。その後、美代子がテレクラで知り合った男と会うことを知りつつ、一雄はホテルで、妻を女として愛する。 過去にさかのぼるたびに、一雄は美代子や広樹が躓いてしまったきっかけを知ることになる。しかし、何とかしなければと思いながらも、二人に救いの手を差し伸べられない。追体験のできごとは決して未来を変えられないし、妻にとっても、息子にとっても、記憶にとどめられないからだ。 そして、免許取り立てのドライブで交通事故をおこして死なせてしまった8歳の息子・健太(妻の連れ子)に死を自覚させて、なんとかして成仏させようとする橋本さん。しかし健太は、成仏して生まれ変わることよりも、父親と一緒にいることを選ぶ。 橋本親子が現実の世界にただひとつ残していってくれたのはトラヒゲのゲーム。それは一雄の父親が仲良くなった広樹に買ってあげたものだった。なぜ家にあるのかわからないまま、懐かしそうにトラヒゲのゲームで遊ぶ広樹。 決して未来は変えられないが、それでも死ぬことよりも、「サイテーでサイアクの現実」へ戻ることを決意する一雄。「僕たちはここから始めるしかない」のだと。 重松清 卒業 死をモチーフとした四編。 幸司の一人息子の亮介は難関の私立中学に合格したものの登校拒否を繰り返している。危篤の母を見舞うために田舎に駆けつけた幸司は、妻と亮介は葬式に来れないだろうと、久しぶりに再会した妹のまゆみに話す。そのまゆみは、子どもの頃、所かまわず歌いだすという癖があったため、授業中はいつもマスクをさせられ、このマスクのせいでまゆみの口の周りは赤くただれるようになり、それ以来、学校が嫌いになったという。そんなまゆみに、母は「まゆみの歌(マーチ)」をいつも歌ってあげていた。その歌をはじめて聞く幸司。まゆみの母はしっかりと娘を受け入れていたのだ。幸司も母に学んで亮介とともに歩み始める。亮介のマーチを歌いながら(=『まゆみのマーチ』)。 小学校の教師をしている光一は、ガンに冒され死を直前に控えた元高校教師の父を看取るために家に連れて帰った。厳しさをモットーとしすぎたために、教え子は誰もお見舞いに来ない。核家族の中で、死に直面することがない生徒たちに父を教材に課外授業をする光一。それは父の望みでも会ったが、生徒たちに強烈な衝撃を与える。そんな中で康弘だけが最後まで見舞いに来る。康弘は、誰よりも死について関心を寄せる子どもだった。康弘の父は康弘が四歳のときに死んでいた。言葉を発することない元教師と、父を失った少年の授業。やがて父は死ぬ。出棺のとき、来ないと思っていた教え子の一人が「先生」と声をかける。「あおげば尊し」の合唱が始まり、康弘も一緒に歌っていた(=『あおげば尊し』)。 渡辺の会社に亜弥という中学生が訪ねてくる。学生時代の親友で10年以上前、ビルから飛び降り自殺をしていた伊藤の娘で、父親のことを聞きたいという。亜弥は、父のお墓と題したHPまで開設していた。そのHPに思い出を書き込む渡辺。亜弥からも返事がきていたが、返事がとぎれたこともあり亜弥の両親を訪ねた渡辺は、亜弥がいじめにあって、学校の窓から飛び降りて大怪我をしたことを知る。リストラにあい亜弥どころではないが、伊藤の命日(七夕)に、亜弥を父親が自殺した場所に行こうと誘う。けじめをつけさせるために。もちろん野口夫妻了解のもと。夜空を見つめ亜弥は言う。「身勝手で、弱くて、うまれかわったら、ちゃんとやってよ、おとうさん」と。なぜか自分の家は七夕だけはちゃんとやっていたな、と亜弥は思い出す(=『卒業』)。 作家として注目されだした敬一は、六歳の時に母親をガンで亡くしている。父親は数年後にハルという女性と再婚し一緒に暮らすことになったが、敬一の心の中では母親はひとりしかいない。母親が病院で書き綴った日記(それをこっそり書き写したもの)を、心の糧として生きていた。だからハルの存在は、その母を消してしまうものとして疎ましく思い、40歳になる今まで拒否してきた。ある日、母についてエッセイを書く依頼がくるが、敬一は迷わず幼くして死に別れた母が生きていたと読者を欺くエッセイを書く。義理の弟健太はそれとなく敬一を非難する。妻の和美も、私が死んだお母さんだったら化けて出て無情な息子をひっぱたくと敬一に諭す。健太に呼ばれ、ハルの還暦を祝いに帰った敬一にハルは、「うちが死んでからあんたに上げようと思っていたのじゃけどな」と、一度はハルが破いた母親の日記を字体もそっくりに書き写したものを渡す。その最後には、「追伸 敬一くん わたしも天国に行ってからもずっと敬一くんの母親です。」と書いてあった。敬一から一度も「お母さん」と呼ばれることのなかったハルの最後の願いだった。その寝顔に、はじめて「お母ちゃん」と声をかける敬一(=『追伸』)。 重松清 ナイフ クラスの人気者だった息子の様子がおかしい。「死ね」や「殺せ」が口癖になっている。不審に思った父親がカバンを調べると友達に引きちぎられ落書きされた教科書が入っていた。そしてエスカレートするイジメに気付いていながら何もしてやれない「背の低い」父親は、会社でも小馬鹿にされていた。体の小さいことから息子がいじめられていると知った父は、息子を守ろうと、小さなサバイバルナイフを買ってポケットにしのばせる。しかし、駅にたむろする中学生に向かっていくことはできない。「お父さん、臆病者だから、なにもできないけど、でも、一緒にいてやる」「お父さんのこと、嫌いか?情けないと思うか?でも、お父さん、それしかできないんだ」。(=「ナイフ」) 中学生の好美と大輔の二人の父親は親友で高校球児だったが、好美の父は好美がまだ幼かった頃に交通事故で死んでしまう。荒木大輔の大ファンの父は、たくましい男になってほしいと大輔と名づけたが、ひ弱で自己主張もキチンとできないことからクラスでいじめの標的にされていた。大輔の父は、逃げるな、いじめに負けるな、立ち向かって行けと迫る。はっきりしない息子にしびれを切らした父親は大輔をつれて学校に乗り込んでクラスメイトの前で怒りを爆発させる。その時、大輔の様子が急におかしくなり教室で吐いてしまう。大輔は結局、長野県の中学校に転校することになるが、大輔が旅立つ前夜、好美は大輔とその父が父子の絆を深めるとともに、大輔を励ますためのセレモニーとして、荒木の引退試合を父子で観覧させる手配をする。好美は大輔へのいじめをやめさせることはできなかったけれど、彼女としてやれることの最大限まで実行する勇気とやさしさがあった。(=「キャッチボール日和」) 重松清 トワイライト 「たまがわニュータウン」開発で賑わっていた都立長山西小学校の廃校が決まり、「タイムカプセル開封のお知らせ」が新聞に載る。載せたのは、重い肝臓病を患い、日一日と自分の命の長さを思いながら生きている、転校生としてわずかの間しかいなかった杉山と、養護学校へすすんだ浩次だった。夢を書き綴ったあの頃とは裏腹に、40歳を目前にして厳しい現実と向き合う彼ら。 子どもの頃ガキ大将だったジャイアンこと徹夫と人気があった真理子夫妻は、仕事がうまくいかずアルコールに飲まれては家族を苦しめている徹夫によって家庭崩壊の危機に。真理子にはもう修復する気はない。 優等生だった克也(のび太)はリストラの対象となって不安な日々を送りつつ、それを妻にも言い出せない。 予備校教師で一世を風靡した淳子も、今はあからさまな嫌がらせを受けている。 開封したタイムカプセルからは各自、想い出の品と共に、当時まさに40歳だった担任の白石先生の手紙が入っていた。「40歳になった皆さん、お元気ですか。あなたたちはいま、幸せですか」と。そこには自分が不倫をしていることも正直に綴られていた。その白石先生は、彼らが小学校を卒業するとまもなく、愛人に殺されていた。 自分たちにとって未来の象徴だった「太陽の塔」を、徹夫に暴力をふられた真理子に誘われるままに大阪まで見に行き一夜を明かす克也。克也は真理子を好きだったが、真理子も克也のことが好きだったのだ。 真理子の二人の娘は真理子が最初に逃げ込んだ淳子の家(ホテルケチャ)に逃げ込む。仲のよくなかった真理子の子供を気乗りしないまま預かっていたが、淳子はしだいに娘たちと深く心を通わすようになる。 克也と真理子のことを知った徹夫は、公園でたむろしていた不良にからみ、後から現れた仲間たちに襲われ瀕死の重傷を負う。やっと携帯がつながった淳子は救急車を呼び徹夫は病院に運ばれる。杉山と同じ病院に。 杉山が用意していたタイムカプセルに、思い出の品を入れる5人。10年後に必ず生きて開けろと杉山にいう徹夫。克也は太陽の塔を、真理子は二人の印が押された離婚届を、娘はホテルケチャの鍵を。浩次は、みんなが一緒に揃った絵を。その絵の中では、徹夫と真理子だけが手をつないでいた。 重松清 ビタミンF オヤジ狩りを恐れ帰宅する雅夫は自動販売機をいたずらしている彼らを見るに見かねて注意する。同じマンションに住む岡田さんの息子は逃げ送れ怪我をする。岡田さんに知らせる雅夫。岡田さんにおぶられて帰る二人は心を通わせたように見える。(=「ゲンコツ」) 妻が入院し、修一はしばらく息子と2人で暮らすことになった。ある日、帰宅の遅い息子を心配していると、警察から一本の電話がかかってきた。悪い友達と一緒にいて補導された。父が一枚ずつ買っていた宝くじのことを思い出す。(=「はずれくじ」) 娘は中学2年。彼ができた。心配する父。「逃げ場所にするなよ。思い出を」「知らん顔してあげるのが父親らしいのよ。無関心と知らん顔って言うのはぜったい違うんだから。」(=「パンドラ」) 明るく積極的な子に育ってくれた娘・加奈子は中学2年生。最近の加奈子の話といったら、専ら転校生の"セッちゃん"のこと。何でも・、セッちゃんは生意気でいい子ぶっていると、転校早々にみんなから嫌われてしまったらしい。それは加奈子のことだった。父は身代わり雛を買う。(=「セッちゃん」) 37歳の誕生日、達也は離婚の危機にある妻と幼い子供2人を連れて、なぎさホテルに来ている。17年前のこの日、妻と知り合う前の達也は、別の恋人と泊まっていた。17年の時を経て、その時の恋人から一通の招待状が届いた。妻と対峙する。(=「なぎさホテルにて」) 子供たちが発するどんな小さなサインも見逃さないつもりできた。そして、その自信もあった。そう、確かに2〜3年くらいまでは・・・。娘は、卒業記念の自画像をかけないままでいた。(=「かさぶたまぶた」) 拓己が結婚した年、母は父に一方的に離婚を告げて家を出ていった。10年後、母が一人で暮らしていると人づてに聞いた父は、もう一度一緒に暮らせないか、という驚くべき提案をした。(=「母帰る」) 重松清 疾走 地元有数の進学校に通う兄は家族の自慢だったが、カンニングをして処分を受けてからは、心が壊れていき連続放火犯として捕まる。大工の職を失い行方知れずになる父。酒とギャンブルに溺れる母。古くからの「浜」の人間と「沖(干拓地区)」の人間との対立。「赤犬(放火犯)の弟」としてクラスで「孤立」を深めていたシュウジは、かつて「沖」の教会で出会った、両親が目の前で自殺した「孤高」のエリと同じ中学にあがる。ともに陸上部で活躍したエリだったが、交通事故で走れなくなり叔父夫婦と東京へ越していく。 計画されていたリゾート開発はバブル崩壊とともに頓挫し、シュウジは中学卒業とともに故郷を出て、ひとり東京へ向かう。その途中の大阪で、殺されたチンピラの女・アカネと会っているところを情夫の青陵会幹部・新田に見つかり、お腹の子がシュウジの子ではないかと、家出少女とともに激しい折檻を受ける。人形にさせられ続けることに絶望を感じたシュウジは、耐え切れずに新田を絞殺する。シュウジの代わりに自首するアカネ。警察とやくざから逃れて上京したシュウジは、都下の新聞販売所で住み込みをはじめ、エリとも再会を果たす。そのエリから、叔父による性的虐待の事実を聞き、「自分を殺して欲しい」とナイフを手渡たさたシュウジは、エリの叔父をエリが誘い出したホテルで刺してしまう。 やがてシュウジとともにかつて新田に折檻されていた家出少女の腐乱死体が見つかる。そして二人は故郷に「帰る」。自分の家に火をつけるシュウジ。待ち伏せしていた警官に「疾走」していくシュウジは撃たれて死んでしまう。シュウジはエリと結ばれることはなかった。数年後、神父に育てられていたシュウジの子ども望は、母(アカネ)の出所を待っている。縁側には松葉杖がたてかけてあった。涙のように輝くエリの松葉杖が。 重松清 カシオペアの丘で 1977年10月、北海道の真ん中に位置する北都という町の小学5年生だった、トシ、シュン、ユウ、ミッチョの仲良し4人は、炭鉱を掘ったときにできた名もない丘に登り、打ち上げられたばかりのボイジャー1号と2号を誰が最初に見つけられるか競争していた。結局ボイジャーは見つからなかったが、夜空を見上げながら将来の夢を語り合った4人は、この丘が遊園地になることを夢見て、「カシオペアの丘」という遊園地の名前まで決めていた。 長い年月が過ぎ40歳になった4人は、ある事件をきっかけに「カシオペアの丘」に再び呼び寄せられることになる。東京で小さな女の子が殺され、その女の子の家族が1年前に、今はトシ(敏雄)が園長を努める市営の遊園地「カシオペアの丘」を訪れていたのだ。そのときウサギの着ぐるみを着て女の子を抱っこしたのが、今はトシの奥さんになっているミッチョ(美智子)だった。ミッチョは小学校の先生をしているが、休みの日には、子供のころ事故にあい車椅子の生活をしているトシを助けて遊園地で働いている。そして偶然、その女の子の事件を取材することになったのが、色々な仕事を転々としたあげくにテレビの製作会社に努めるユウ(雄司)だった。「カシオペアの丘」を訪れるユウ。そのユウが取材した「カシオペアの丘」の映像を大学病院の待合室のテレビで見ていたのが、末期癌を宣告されたばかりのシュン(俊介)だった。 シュンは、小学校の6年以来、北都に帰っていない。トシが下半身不随になった事故の原因が自分にがあると思っているからだ。トシの父親は、昔の炭鉱事故で仲間を救出しようとして死んだが、父親を見殺しにしたのが炭鉱の経営者だったシュンの祖父(倉田千太郎)だと責めるトシに、そんな事実を知らないシュンは謝るすべもなく、殴り合いの末、トシは坂道をブレーキもかけずに自転車(ボイジャー3号)駆け下り大事故に遭ってしまう。それ以来二人は会っていなかった。 シュンは「カシオペアの丘」のホームページにメールを打った。「自分は癌になった。ゆるしてほしい」と。やがて4人は30年ぶりに「カシオペアの丘」に集まった。 シュンはシュンを気遣う妻・恵理と小4の息子・哲生を連れて。シュンは倉田という家と縁を切るために婿養子となり普通の会社員として暮らしていた。この旅行にユウは、少女を殺した犯人が妻の不倫相手だったと知りショックを受けていた少女の父親・川原さんを連れてきていた。そしてユウと一緒に取材にきていた人身事故を起こして以来運転が出来なくなったミユ。 シュンは星空の下で、哲生に自分が癌で余命が短いことを告げる。気丈にふるまう哲生。一泊の旅行のつもりが風邪をひいた哲生と、日増しに落ちていく体力で東京にいつ帰れるかわからなくなるシュンの病状から、結局2カ月も北都にとどまることになる。 その間、大学時代にシュンとミッチョが恋人同士だったということを知ったトシは、ミッチョの案内で東京に出て、ミッチョとシュンの思い出の場所を一緒に歩いていく。ミッチョがシュンと結婚していたら癌にならずにすんだかもしれないのにと言う恵理は。哲生は短期の転校をして北都に親友もできた。 北都の町を見下ろす異様な程に巨大な北都観音。かつて千太郎が建てたこの建物に通い、シュンは祖父と向かい合うが、痴呆のすすんだ祖父はもうそれが自分の下を離れていったシュンだとは気がつかない。 多くの人に囲まれて、40歳の誕生日を病室で迎えるシュン。東京に帰ってからしばらくしてシュンは息を引き取る。シュンは最後に自分を許せただろうか。「カシオペアの丘」はやがてショッピングセンターに変わる。 雫井脩介 栄光一途 日本男子柔道81キロ級の二人のエース杉園信司と吉住新ニに持ち上がる薬物汚染疑惑。若き女子コーチ望月篠子は、協会の要請を受け極秘裡に真相究明にあたる。そして同じ頃頻発していた一撃必殺の通り魔事件。やがて、協会の代表・野口とスポーツ事務社長・花塚との陰謀を突き止め、杉園が薬物を使用していたことを突き止める篠子。通り魔の犯人は、篠子が指導しオリンピック代表になった角田詩織だった。詩織は薬物疑惑の真相究明に力を貸してくれていた。篠子を慕って入学したものの、すぐに篠子が留学してしまった不安と、吉住を真似て試合の前の闘争心を高めるために人を襲撃していたのだ。詩織は篠子のアパートで吉住まで刺殺し篠子に襲いかかる。危機一髪、同僚の剣道家真紅に篠子は助けられる。 雫井脩介 火の粉 元裁判官で大学教授でもある梶間勲の隣家に武内という男が引っ越してきた。彼は2年前に梶間が担当した裁判で無罪を言い渡された被告だった。武内と親交のあった一家三人が殺された事件で竹内に容疑がかけられたが、背中に打ちつけられた金属バットの打撲痕は自分では作れないとの判断からだった。勲の老母は寝たきりで介護は勲の妻である尋恵の肩にかかっていた。嫁の雪見も手伝うが幼い子どもを抱えており尋恵は倒れるほどのストレスと過労に押しつぶされそうになっていく。そんな尋恵に武内は優しい言葉で近づく。 介護の助力や気のきいた贈り物ですっかり尋恵は武内に心を許す。その頃から梶間家の周囲に不可解な出来事が起こり始める。老母は食物を詰まらせて窒息死、梶間家の墓に彫られた夫の俊郎も知らない雪見の水子の名、雪見が娘のまどかを虐待しているという通報。そんな折、雪見の前に一家三人殺人で妹を失った池内夫妻が現れる。池内の話から竹内の犯行を疑う雪見。 意を決して雪見は梶間の家に池内を連れて行くが、竹内にすべて否定され雪見も家から追い出されてしまう。ますます竹内に心酔していく俊郎。やがて竹内の弁護をした弁護士が殺される事件があり、池内は次は自分かもしれないと単身竹内家に乗り込むがそのまま行方不明になってしまう。勲は、当時の検察官から竹内の幼馴染をたどり当て、彼が自傷行為の常習者であったことを知る。雪見と勲を残して家族は俊郎の友達の別荘へ行ってしまうが、そこは、竹内の別荘だった。 別荘の近くで死体らしきものを見つけた尋恵と俊郎は逃げようとするが竹内に見つかってしまう。同じ頃、池内の妻から竹内の別荘の場所を聞き出した勲たちは、その別荘こそ尋恵たちが出かけた場所だと知り、あわてて駆けつける。尋恵とまどかは助け出すが俊郎は頭から血を流して倒れている。格闘のすえ勲は、無抵抗な竹内を振り上げた灰皿で殺害してしまう。「死ね」と叫びながら。 裁判が開かれ、殺意があった勲は懲役1年半の判決を受ける。 雫井脩介 虚貌 突然職を解雇されたために雇い主の気良一家を斬殺した四人組。仲間に唆されて犯行に及んだものの主犯格として無期懲役判決を受けた荒勝明は、21年の刑期を終え仮出所してきた。荒勝明をやさしく迎えるボランティアの山田裕二。その直後、四人組のうちの二人、シャブ中になっていた坂井田とヤクザになっていた時山が、残忍な手口で殺される。捜査線上に浮かぶ仮出所してきたばかりの荒勝。 21年前の事件を担当した老刑事・滝中守年は、犯人を挙げることが最後の仕事と考える。滝中の娘でかつてのアイドルタレント朱音。そして朱音のヌード写真でのし上がろうとするカメラマンの湯本弘和。湯本も四人組の一人だったが、少年だったため服役することはなかったのだ。病身の滝中と行動をともにする顔に痣があることで悩んでいる刑事・辻薫平。その辻の顔の悩みを聞くカウンセラーの北見宣之。北見に娘のことを依頼した滝中は、北見から顔の特殊メイクの得意な劇団・清見塾を教えられる。そして、かつて清見塾にいた男こそ、気良家の中で全身大火傷を負いながらも唯一生き残った当時12歳の気良征彦であることを突き止め、やがて征彦こそ山田裕二であり、山田のアパートで棺桶に入れられて殺害された荒をはじめ、坂井田と時山の殺害もを山田の犯行だったことが明らかになる。 最後に征彦は、いい岩があるとアマチュアカメラマンを装って湯本おびき寄せ滝に湯本を突き落とす。朱音は巻き添えになり滝中の目の前で死んでしまう。このとき滝中と行動をともにしていた辻こそが、征彦の変装であり北見でもあった。変装が見破られ、辻たちの目の前で滝に飛び込む征彦。「おまえだけは死ぬなよ」と叫ぶ滝中。征彦の死体はあがらなかった。一ヵ月後病床の滝中は息を引き取った。その死の床には誰かが置いた一輪の菊が残されていた。 雫井脩介 犯人に告ぐ 桜川(ディスカウントショップ経営)の孫・健児が「ワシ」と名乗る犯人に誘拐され、捜査の不手際から健児を殺させてしまう。上司の曽根本部長に責任を取らされたかたちで記者会見に臨んだ神奈川県の警巻島警視は、記者からの執拗な質問や瀕死の状況で出産に臨んでいる娘の容態が気にかかり、記者会見場で逆切れしてしまう。足柄署に左遷された巻島は、巡査部長の津田の支えもあり驚異的な検挙率を上げていった。 6年後、神奈川県警は、手がかりのない連続児童誘拐殺人事件に手をこまねいていた。「バッドマン」と名乗る犯人からの脅迫状がミヤコテレビの女性キャスターの元に届けられたのを最後に犯人の行動も途絶える。キャリアの植草課長(曾根の甥)は打開策として、ミヤコテレビの「ニュースナイトアイズ」を使って犯人に直接呼びかけを行い、犯人の反応を待つという前代未聞の捜査方法“劇場型捜査”を提案する。その特別捜査官として白羽の矢が立てられたのが巻島である。曽根と植草は「一度マスメディアの餌食にされぼろぼろになった巻島を使うのが一番有効」と考えたからだ。長髪と独特の風貌にかつてヤングマンといわれた面影はない。 番組の反響は大きく、「バッドマン」を名乗る犯人からの手紙が届くが、直後にそれが偽物だという真犯人からの手紙が届く。同時に最初の手紙が巻島の自作自演だという批判も上がる。巻島のスタンドプレイに不満をあらわにする幹部のなかで、6年前の事件のときも巻島を慕い協力してくれた部下である本田と津田は協力を惜しまない。そんな時、犯人からの手紙が高速道路の中央分離帯で見つかる。犯人が落としたことを気にして手紙が途絶えていたと推理した巻島は、地区を限定して手紙に残された掌紋をもとに徹底的なローラー作戦に出る。 巻島は、植草がかつての恋人であった「ニュースナイトアイズ」のライバル番組の女性アナウンサー杉村未央子の気を引こうと捜査の情報をリークしていたのではないかという証拠(出所がわかるように細工された偽の映像)をつかむと、偽の逮捕情報を流して植草と杉村の番組に決定的なダメージを与える。その後、最初の偽手紙を書いたのが曽根であることを突き止めた巻島は曽根に迫る。 ローラー作戦の最中、6年前の事件で犯人を間違えるという捜査ミスをしていた小川刑事は、怪我をして掌紋が取れなかった男・浦西がテレカの女性タレントの臙脂色のマフラーをベージュと言ってしまったことから犯人と確信する。犯人の手紙の文面から犯人はベージュの色を勘違いしていたことがわかっていたのだ。 同じ頃、巻島は娘のいずみから息子の一平が誘拐されたことを知らされ犯人の指定した新宿に向かう。その後の指示は6年前と同じだった。山下公園に現れた男は健児の父夕起也だった。巻島に非難の言葉を浴びせ巻島の腹部をナイフで刺す夕起也。血まみれになりながら夕起也に逃げろという巻島。 病室に尋ねてきた夕起也の妻に「ワシ」としてマークしていた男・有賀が最近自殺していたことを告げ、これまでのことを謝罪する。病室に訪ねてきた木田から犯人浦西が逮捕されたこと、そして夕起也が自首したことを知らされる巻島。 雫井脩介 クローズド・ノート 教育大に通う堀井香恵は、引っ越したばかりのマンションの部屋で、前の住人が押入れの中に置き忘れていった一冊のノートを見つける。悪いことと思いながらもノートを読み始める香恵。ノートの持ち主は真野伊吹という小学校の先生のものだった。表紙に「伊吹ノート」と書かれたその日記には、始業式前日から始まる、伊吹先生と四年二組の生徒たちが過ごした日々が綴られていた。 1日に少しずつ読み進むうちに、伊吹先生の子どもたちに対する真剣な姿勢とあたたかい眼差し、そして、学生時代に別れて今また偶然再会した、リュウという恋人に対する切ない思いが痛いほど伝わってくる。 やがて、マンドリンクラブの仲間たちと日々のんびりと大学生活を送っていた香恵にも、好きだと思える人が現れる。香恵のアルバイト先の文房具店「今井文具堂」で万年筆を探していたイラストレータの卵、石飛隆作だった。しかしそのことを一番に知らせたい親友の葉菜はアメリカに留学しており、しかもその葉菜の恋人鹿島からは好きだと告白されてしまう。石飛と鹿島との間で揺れる香恵。 そんなある日、香恵は偶然自分のアパートの部屋を見上げていた石飛を見つける。自分の初めての個展に出展する絵のために、窓から下を見下ろす姿を撮らせてほしいというのだ。石飛の絵のモデルになることを承知する香恵。マンドリンを聞きたいという石飛に香恵は、出征する兵士が自分の家を振り返って残した家族のことを思った曲だと前置きして「ともしび」を弾く。思い切って石飛をマンドリンクラブの演奏会に誘う香恵。 演奏会の日、石飛が現れず失望していた香恵だったが、後から、石渡がコンサートには来ていたことをバイト先の先輩で「今井文具堂」の社長の娘・加奈子から知らされる。目の前で大きな花輪を香恵に渡す鹿島を見て帰ってしまったというのだ。 そうなると気になるのは、いつも石飛の近くにパトロンのように寄り添う大手広告代理店に勤める星美のことだが、「伊吹ノート」で伊吹がしたように手作りのお弁当を石飛に届けることで、香恵は少しずつ石飛との距離を縮めていく。自分と同じように伊吹の恋も実っていくのを読んで幸せな気分になっていた香恵ではあるが、ノートは突然終業式の前日に終わってしまう。 香恵はどうしても伊吹という女性に会いたくなり伊吹が教えていた学校を訪ねるが、そこで知らされたのは、伊吹が終業式の日の朝、トラックに轢かれて死んでいたことだった。ノートに出てきた不登校を克服した君代に会い、ますます無念さを募らせる香恵。 やがて、個展の日。学生時代の石飛の友人たちが石飛のことを「リュウ」と呼んでいるのを聞いているうちに、「リュウ」が「隆」であり石飛「隆作」であることに突然気がつく香恵。個展のために石飛が描いた「ともしび」という題名の絵は、スリに盗まれて捨てられていたのを香恵が直前に探し出していた。 絵に描かれていた伊吹と初めて対面する香恵。「いい絵を描いたな」と、みんなに祝福される石飛。香恵のスピーチの番になり、「これは私の部屋に偶然残されていた、愛する人に向けられた言葉です」と、石飛の誕生日に伊吹が伝えるはずだった言葉を、絵の中の伊吹に背中を押されるように語りはじめる香恵。「ちょっとびっくりした。ありがとう」。そっと香恵に伝える石飛。 *作者の死んだお姉さんが真野伊吹のモデル。(あとがきより) 雫井脩介 ビター・ブラッド 貝塚という名の情報屋がビルから転落死する事件が発生し、S署の刑事になったばかりの佐原夏輝は、先輩の刑事・鷹野とあわてて現場に向かう。そこへ本庁捜査一課の刑事たちも乗り込んでくるが、その中には、かつて夏輝と一緒に暮らしていた父・島尾明村の姿もあった。夏輝は両親の離婚後、母親と妹の3人で暮らしていたが、母親が突然失踪してからは、祖父母に育てられていた。父を嫌っていた夏輝だったが、気がつくと祖父、父と同じ刑事の道へ進んでいたのだ。 やがて捜査本部が設けられ、夏輝はその明村とコンビを組まされることになる。高そうなスーツを身にまとい日焼けした顔に無精ひげが残る明村のことを捜査一課の仲間たちは「ジェントル」と呼んでいた。その明村が最初に夏輝に教えたのは、背広を派手に広げて身分証明書を見せるジャケットプレイだった。自分が息子に嫌われていることも気にかけず夏輝にいろいろ教えたがる明村。夏輝が明村の息子だと知られてからは夏輝は「ジュニア」と呼ばれるようになる。その二人が、貝塚殺しで指名手配されていた城之内を捕らえるという手柄を立てる。手錠をかけたのは夏輝だった。その後、城之内が貝塚殺害を自供したという報告はない。 貝塚の事件から1カ月後、明村の上司である5係の係長・鍵山が何者かに刺殺される。再び捜査本部に召集される夏輝。捜査の指揮は、6係の荒木「アラエモン」係長が執ることになり、夏輝は、情報屋とのトラブルから5係から6係に移されていた小出「コブリン」刑事とコンビを組むことになる。小出の異動の後、5係は鍵山だけが知る「シャドウマン」という謎の男の情報に一本化されていた。 やがて、鍵山が殺害された現場にいた平石順子と名乗る女性から、鍵山が、順子の父が殺人犯という汚名を着せられたまま自殺していた事件を洗い直していたことを知る。その日、順子と喫茶店で別れた鍵山は部下と会と話していたと言うが、誰と会おうとしていたのだろうか。 畳職人だった順子の父親・井川基彦は、友人の連帯保証人になったことから莫大な借金を背負うことになり、妻子とも別れ、貝塚の紹介で不動産業を営む牛岡産業の社長・牛岡定雄の運転手として働いていた。その牛岡が殺害され、牛岡の甥・梁川竹志のカジノがあるビルの隣に新しく計画されていたカジノ店に火炎瓶が投げこまれる事件が起こると、自分がやったという連絡を警察に入れ、井川は自殺してしまう。その後、順子の家には井川から500万の現金が振り込まれる。梁川の事務所に事件のことを詳しく知ろうと単身乗り込んだ夏輝は、そこでS署の生活安全課のデカ長・江渕と対面する。 やがて小出の情報屋でもある相星の協力を得て、貝塚の通っていた男相手のホストクラブの男・光聖を鍵山殺害の実行犯と特定するが、尾行していた相星の目の前で光聖は何者かに突き落とされ死んでしまう。それは、貝塚が墜死したビルだった。相星も光聖を殺した人物に見つけられ襲われる相星。 相星から携帯で連絡を受け現場に駆けつけた夏輝が見たのは、相星の明らかな死体と、血の海に横たわる小出刑事と、銃を持って立つ、鍵山の運転手をしていた稲木「チェイサー」刑事の姿だった。 「小出が相星を撃った」と言いはる稲木の嘘に気付いた夏輝は稲木を拘束しようとするが、そこに現れた江渕によって、逆にビルから突き落とされそうになる。その夏輝を危機一髪救ったのは、足がつってしまった父親の明村でなく、南「タコ」管理官だった。 救急車で運ばれる小出を見送る夏輝に、夏輝を子供のときから知っている古雅「バチュラー」刑事は、貝塚をビルから落としたのは自分だと告白する、。意外なのは明村がそのことに前から感づいていたと思われることだ。その二人に頼まれて夏輝は、以前順子と訪ねたことのある今は秩父の山奥に住む堂進会の元親分・美倉のもとに案内する。 貝塚が刑事を言いなりにするために家族や親しい人たちを殺害しここに埋めさせていたのではという問いに美倉は、昔、そんな話を聞いたことがあるとこたえる。必死の形相で地面を掘り返す古雅と明村。 掘り出された白骨死体の中に、古雅は10年以上前に突然自分の前から姿を消していた女性の遺留品を見つける。有村も必死で探したが、失踪した妻の手がかりは得られなかった。 捜査の途中で親しくなった順子が故郷に帰る日、「また会ってほしい」と順子に告げる夏樹だったが、あなたはいつもそばにいてくれる人じゃないから、私はただ平和な暮らしがしたいのだと断られてしまう。 明村の誕生日に、明村が結婚前にいつも母と待ち合わせていたという場所でおち会う夏樹と明村と妹の忍。忍と明村は夏樹に内緒で何年も前からこうして会っていたのだという。 *「シャドウマン」は、美倉の義理の息子で堂進会の総長だった。美倉は貝塚に嵌められて秩父に隠居させられていた。 *刑事たちのあだ名は捜査一課オタクの先輩刑事・鷹野の紹介。 篠田節子 ゴサインタン 結木輝和は、都市化の続く八王子の豪農の跡取り。40間近だが結婚もできず、決して青年部の若手のように農業に熱意を持っているわけでもない。友人に誘われて、ネパール人と集団お見合いすることになり、母・富美子にすすめられるまま日本的な顔立ちのカルバナ・タミという若い女性と結婚し、中学時代に好きだった尾崎淑子からとって淑子という日本の名をつける。淑子には富美子がつきっきりで言葉や家事を教えるが、なかなか覚えようとせず、挙げ句の果てには出奔・万引きの事件を起こしてしまう。 その後、寝たきりの父が看病疲れの富美子の手で毒殺され、その富美子もまた突然発病したくも膜下で死に、今度はうまくいきつつあった尾崎淑子も交通事故で失ってしまう。その影に、淑子の存在が見え隠れする。そして、富美子の葬儀が行なわれているときに、淑子は最初の神がかりになる。その後は病気を治療したり、失せもの探しをしたりと。それが評判になると、結木家は淑子を教祖と仰ぐ信仰集団の集会所と化していく。 淑子は父母の葬儀で受けとった香典や相続税支払い用の現金その他の結木家の財産を信者にばらまき、夫の輝和には全てを捨てるようにと諭し、結局結木家は崩壊してしまう。最終的には淑子のばらまく金銭だけが目当てでないほんの一握りの熱心な信者を残すのみとなったが、彼らは、かつて結木家が所有していた家屋にしばらく逗留した後、淑子による近在の新興住宅地の山崩れの予言を期に、その山の所有者から土地を譲り受け、小屋を建て、農産物の生産や養鶏、林業などの事業を始める。 それなりに軌道に乗ったかに見えた彼らであったが、淑子は再び出奔、日本に滞在した期間のすべての記憶を失い、ネパールに帰国する。輝和はこれを追い、淑子の出生地である「神の住むところ」=「神の座」を意味する「ゴサインタン(別名「家畜は死に絶え、麦も枯れる地」)」の「シシャパンマ」と呼ばれる山の麓の村で淑子と再会する。自分のことは思い出してくれそうもないが、輝和はこの地で淑子と暮らそうと決心する。 柴田よしき 聖なる黒夜 東日本連合会長春日組の大幹部・韮崎誠一が、高層ホテルのバスルームで殺害された。凶器はメス。現場へ駆けつけた捜査一課の警部・麻生龍太郎の目の前に、10年前自らの手で逮捕した山内練が現れた。気弱な大学院生だった山内は韮崎の片腕としてイースト興業社長になっていた。山内は、服役中囚人たちに女として扱われ世間にでても韮崎に拾われるまでは落ちていくしかなかった。その原因が麻生にあると恨む山内は麻生に絡み付き翻弄する。 バレンタインの夜、小田急線路で韮崎が拾ってきた山内を預かる金村皐月(ジャズクラブ経営・麻生の旧知)、野添奈美(女医)、皆川幸子(もとアイドル)。麻生と山内の関係に嫉妬する捜査四課の麻生の大学剣道部の先輩・笈川警部。 山内の残したビデオから、妻・玲子の駆け落ちにも山内が絡んでいたことを知る麻生。麻生が心休まるのは小料理屋の女主人・槇といるときだけ。 やがて犯人として、韮崎に焼き殺された小さな組の若頭の娘・神田陽子と、自分の娘を轢き殺したのは韮崎と狙う望月路子名が挙がったが、もう一人、一人息子を覚醒剤中毒の男に刃物で殺され、ハワイで春日組に対立する神崎組ナンバー3の植田陽介と関係のあった女の存在が浮かび上がる。それが、槙だった。 春日泰三と植田陽介との会合の後、植田の女として韮崎に献上された槙が韮崎を殺害したのだった。槙は、息子の墓の前で麻生に逮捕され、山内は、神田陽子と望月路子とともに山内が呼び出した倉庫で逮捕される。 柴田よしき フォー・ディア・ライフ 新宿2丁目のボロビルで、無認可の私設保育園「にこにこ園」の園長をしている元本庁のマル暴刑事の花咲慎一郎。しかし、親たちは水商売がほとんどで、園は慢性的な資金不足。それを補うために、花咲は城島探偵事務所から紹介されるヤクザがらみの探偵仕事も請け負っている。百々井組にとらわれているゾク崩れの弟・鴨瀬仁志を救い出して欲しいという姉からの依頼に、何とか救出して大阪に送り返したものの、今度は家出した女子中学生・白尾ゆうき(花咲が刑事時代に取調室で締め上げた白尾真紀の娘)を探してほしいと頼まれる。 今度は、送り返したはずの仁志が危険を顧みずに東京に現れ、花咲を「実の父親」だと言い張り姿を消す。調べてみると仁志の死んだ母親と花咲は高校の同級だった。しかし心当たりはない。そんなときに園児が麻疹にかかり、あわてて保険医資格を取り消された野添診療所の女医・野添奈美のもとへ。そこで、眠れないからと睡眠薬をもらいにきた死んだ韮崎のあとを継いだ山内と会う。奈美は韮崎の女だった。 花咲は弁護士だった妻と5年前に別れたあと、奈美のほかに南仏家庭料理を出すレストランの店主・佐々里理沙との関係を続けている。仁志をメールで呼び出してもらうが、花咲の目の前で何者かに連れ去られてしまう。連れ出したのは仁志が最初にいた組の角田だったが、角田も何者かに殺されてしまう。その死体の近くには縛り上げられた仁志の姿が。現場に残されていた外車のキーから、大手不動産会社の二代目社長である白尾ゆうきの父親と愛人関係にある人気イラストレーターの伊達を疑う花咲。ゆうきは伊達に惹かれていたが父親と伊達の関係を知って家出していたのだ。 伊達の家に忍び込んだ花咲は仁志のパソコンを発見する。帰ってきた伊達は拳銃を突きつけながら、宝物だと言う絵をパソコンから消してしまう。花咲に、角田を殺したこと、ゆうきの父との関係を突き詰められると自殺しようとするが危機一髪助け出す。仁志がファンだった有名漫画家に、彼女が有名になるきっかけになる絵を送っていたのは伊達だったことが語られる。 志水辰夫 行きずりの街 12年前の女生徒とのスキャンダルから都内の名門校を追われた波多野は、退職後、郷里で塾の講師をしていたが、教え子の広瀬ゆかりがが音信不通になったことから、家族に頼まれて上京する。さっそく、ゆかりの住んでいたマンションを訪ねると、マンションを張っていた男たちから暴行を受ける。これは手を出すなという警告なのか。学園を支配していた理事長の妻は軽井沢の別荘で不審な死を遂げており、その後を受けてたった理事長の金子に実権はなく、代議士をバックに持ち、東亞建設を率いる池辺グループが権力を握ろうとしていた。 ところが、金子理事長が経理部長として雇い入れた角田という男が、経理の不正の証拠となる書類と、理事長の妻の死にともなう証拠写真を種に池辺をを強請り始めた。ゆかりはその角田と恋に落ちた結果、角田を追う池辺グループにねらわれていたのだ。そして理事長や角田が出入りする小さなバー。そのバーを経営する女性こそ波多野の別れた妻雅子だった。 残されたわずかな証拠と雅子の協力でようやくゆかりの保護に成功する波多野。角田の用意した証拠の書類を警察に届け、ゆかりと雅子を連れて故郷に帰ろうとするが、ゆかりと角田はそれをかぎつけた池辺グループに拘束され、書類も奪い返されてしまう。しかしそのオリジナルを発見した私は、それを武器に彼らを追いつめ、ゆかりを救出する。池辺は失脚し、波多野はもう一度雅子と壊れた夫婦関係を再構築しようと考えている。 朱川湊 花まんま 60年代から80年代の大阪の下町を舞台にした短編集。 ユキオは、小学2年の春から4年の夏まで父の事業の失敗で東京を離れ、大阪の下町の文化住宅で暮らしていた。そこで出会ったチュンジとチェンホという朝鮮人の兄弟。特にユキオよりひとつ下の体の弱いチェンホとは、ユキオの持っていた怪獣の玩具や本を通じて仲良くなるが、チェンホはあっけなく死んでしまう。やがて長屋で起きる怪異現象。トカビ(朝鮮のお化け・いたずらばかりする小鬼)となってユキオの前に現れたチェンホだが、夜中に二人だけでリモコン戦車で遊んだあとはもう現れなくなった(=「トカビの夜」)。 世津子は小学4年生の7月、近所の高架下で怪しげな男から、ずっと昔の魔法使いが作ったという妖精生物を買う。飼っている家に幸せを運ぶのだという。クラゲのように見えるその生き物は思春期にさしかかった世津子の淫靡な感覚を刺激する力を持っていた。世津子は父の工務店で働く大介さんに惹かれるが、母がその男と駆け落ちしてしまうと、世津子私はその妖精生物を切り刻んでドブ川に捨ててしまう。世津子には今、3人の子どもがいるが、ときどきあの生き物のことを思い出す(=「妖精生物」)。 アキラは、30過ぎでぶらぶらしている遊び人のツトムおっちゃんにかわいがられていた。ところがおっちゃんは歩道橋の階段から落ちてあっけなく死んでしまう。その葬式の日、焼場の前で霊柩車が止まってしまう。おっちゃんは未練があるのだろうか。「人生はタコヤキやで」と言っていたおっちゃんは、3人の愛人(串が)揃いやっと成仏する(=「摩訶不思議」)。 俊樹は3歳離れた妹のフミ子をどんな時でも守ってやるのが兄のつとめだと思ってきた。父が事故で死に、母子家庭となってからはなおさらだ。ところがフミ子の様子が4歳ごろからおかしくなった。自分には彦根という場所で、繁田喜代美という名で別の家族といっしょに暮らしていた記憶があるという。しかも喜代美は21歳のとき通り魔に刺し殺されたのだと言う。7歳になったフミ子の頼みで2人は母に内緒で彦根に向かう。そこには実際に死んだ喜代美の父親が存在し、娘が死んだときにうどんを食べていた自分が許せないと、娘が死んでからは飲み物以外摂らないためにガリガリに痩せ、見るも痛ましかった。見かねたフミ子は、「花まんま=花で作ったお弁当」を喜代美の父親に渡すよう俊樹に頼む。それを見た父親は、喜代美が子供の頃作っていたのと同じ作り方の「花まんま」を見て、死んだ喜代美が生き返ったと喜ぶ。が、俊樹はフミ子にはりっぱな家族がいるからと、名前も住所も告げず立ち去る。フミ子が21歳になるまでは喜代美と同じように死んでしまうのかと心配だったが、明日、22歳になったフミ子は結婚する(=「花まんま」)。 言霊の力で生きているものを殺す呪文をとなえて、臨終に苦しむ人を楽にする、安楽死のような技を代々受け継いでいる「送りん婆」。みさこも、父母が勤める小さな運送屋の社長のお母さんで「送りん婆」の老女から、小学3年生のとき助手として手伝うようになってから、跡を継ぐよう期待される。結局後は継がなかったものの、その言葉を聞いただけで死んでしまうという「送り言葉」の書かれた紙はまだ捨ててはいない(=「送りん婆」)。 ミチオは蔑まれる家に生まれた。小さい頃から差別され、仲の良かった友達のマサヒロも離れていく。あてもなく毎日さまよっていたミチオは小学2年の秋、大阪市営のM霊園でミワと名のる当時人気を集めていた髪の長い女性歌手にそっくりの女の人に会う。ミチオが、故郷で病気と戦っているミワさんの弟に似ているのだという。ミチオは毎週一度その霊園でミワさんと話したり遊んだりするのがたったひとつの楽しみだったが、墓地に突然あらわれた冬を越す蝶(リュウキュウアサギマダラ)を見て弟が死んだことを悟ったミワは、ミチオの前からいなくなる。その後ミチオは、女郎屋にいるミワを見かけた。マサヒロとは大人になった今でも親友である。(=「蝶」)。 *パルナスのケーキの話 首藤瓜於 脳男 愛宕市で起きた連続爆破事件犯のアジトが突き止められ、巨漢の茶屋警部と捜査員たちは犯人・緑川の逮捕に向かうが、そこで緑川と若い男が格闘している場面に出くわす。茶屋は2人を逮捕しようとするが、緑川には逃げられてしまう。緑川と争っていた男は逮捕されるが、鈴木一郎という名前と29歳で小さな新聞社を経営していたということ以外、過去の記憶をまったく持っていなかった。 半年後、公判中に弁護側からの要求により精神鑑定が認められ、アメリカから帰国したばかりの精神科医・鷲谷真梨子が鑑定を行うことになった。鈴木に強く興味を惹かれた真梨子は、鈴木を2歳から14歳まで診ていた精神科の医師・藍澤を捜し当て、彼が幼少期に重篤な自閉症になり通常の情緒障害(サバン症候群の一種)のみでなく感情そのものがないこと。その反面、並外れた暗記力を持ちコンピュータ同様に認識できる能力を持っていたことを知る。その後、鈴木は両親が交通事故でなくなったために15歳で大富豪の祖父・入陶(いりす)倫行に引き取られることになる。そこで鈴木一郎=入陶大威は、入陶倫行の雇った登山家・伊能の訓練を受けるが、入陶邸が火災になり倫行は死亡、大威は全身火傷を負う。身寄りのなくなった鈴木は倫行の親友・氷室に引き取られるが、この氷室邸で生活を始めた直後、鈴木は屋敷に侵入した強盗(入陶邸を襲ったと同一人物)を突き落として殺害してしまう。その瞬間突然、「頭の中で物と意味が一致」し、自分が何者かわかるとともに生まれて始めて口が利けるようになる。 以後大威は鈴木と名を変えて一人で世の中を渡っていたのだ。茶屋警部も鈴木の過去を追って行くいくうちに、ここ3年間の内に愛宕市で発生した大物の悪党が3人殺されている事件にも、鈴木が関係しているのではないか、緑川の連続爆破事件もそれに関係しているのではないかと確信する。緑川の連続爆破事件は愉快犯だから予測できないと言う茶屋に鈴木は、「ヨハネの黙示録」にそって標的が決められていたから先回りできたと言う。そんなとき、半年前にアジとで鈴木に耳を引きちぎられながらも逃げ延びた緑川は、復讐のため愛宕医療センターに爆弾を仕掛け、職員、患者らを人質に取り一郎をおびき寄せようとする。現場に行かせてくれと言う鈴木に茶屋は逃亡を恐れたが、真梨子の勧めもあって同意することに。医療センターでは次々に起こる爆発にパニック状態になったが、鈴木の助言で爆弾がエアシューターを使って現場に届けられていることに気づき、中継所でぐるぐる巻きにされ、時限爆弾を取り付けられた真梨子の小児科の患者・玲子を発見、救出する。 鈴木は、「自分は緑川を知っている」と言って群集の中からパソコンを叩いている男を指摘、逮捕させる。その隙に鈴木は、病院にいた妊婦を人質に救急用ヘリコプターで脱出してしまう。10日後、真梨子の前に現われる鈴木。氷室邸で人を殺すことで手に入れた自我を失いたくないから、悪人を見つけ出して殺害していたのではないかと詰め寄る真梨子。立ち去る鈴木。 小路幸也 東京バンドワゴン 明治時代から続く下町古書店「東京バンドワゴン」。最近はカフェも併設して、朝から常連さんがやってくる。切り盛りするのは3代目店主、堀田勘一を筆頭とする親子4世帯。「文化文明に関する些事諸問題なら如何なる事でも万事解決」 を家訓として、身の回りで起こる様々なことをみんなで解決する下町人情に溢れた1年間のお話。語り手は、2年前に死んだ堀田勘一の妻・サチ。 近所に住む小学一年生の女の子、美奈子ちゃんは毎朝、百科事典を抱えてやってきて、こっそり「東京バンドワゴン」の書棚に置いていき、帰りに引き上げていく。それとなく問いただすと、マンションの自動ドアが美奈子ちゃんの重さでは開かないのでランドセルに入れて通るのだという。そうしないと管理人のオジサンに抱っこされて自動ドアを開けてもらうことになるからだと。そのオジサンというのは、勘一の長男で伝説的なロッカー・我南人がマンションの管理会社に紹介した元ホームレスのケンさんだった。行きつけの小料理屋にケンさんを呼びつけて問い詰める我南人にケンさんは、自分は20年前に事業が失敗してから家を出ていたがふとしたことからこの町で自分の娘をみかけた。今さらとても名乗れない。せめて、その娘、孫の美奈子ちゃんを抱いてみたいとマンションの管理人の仕事を世話してもらったのだと言う。我南人は、マンションの屋上でロックコンサートを開いてケンさんを知ってもらおうと仕組む。事情を察した美奈子ちゃんの父親が我南人に会いに来る。一方、小学校6年生の花陽は、未婚の母である藍子(我南人の長女)と親子喧嘩をして家を出てしまった。きっかけは、学校のお父さん達の集まりだった。藍子に思いを寄せる外人のマードックさんにお父さんになってほしい花陽(=「春、百科辞典はなぜ消える」) ある日「東京バンドワゴン」に牧原みすずと名乗る女性が訪ねてきて、我南人の三男で旅行代理店勤務する青のお嫁さんに来たという。いつもなら知らん顔の青も、今回は面倒を見てやってくれという。生き生きと家の仕事を手伝う彼女であったが、彼女は藍子が恋をした大学教授・槇野春雄(花陽の父)の娘だった。たまたま青のお姉さんが、3週間前に死んだ父親がかつて愛した女性だったということを聞かされたみすず(槇野すずみ)は、どんな女性か会いにきたという。昔すずみの父からもらったと言う本(春雄の初めての著書・春雄から妻への感謝のメッセージが記されている)をすずみに見せる藍子。そんな折、紺(我南人の次男)の嫁・亜美の母親が入院したと言う。結婚を反対されて嫁に来た亜美は、以来行き来をしていない。何を思ったか金色に染めた髪を短い黒髪にしてダークスーツに身をまとった我南人が、これから皆で亜美の実家に頭下げに行くぞと声をかける。そこへ、亜美の父親があらわれて、両家は和解していく(=「夏、お嫁さんはなぜ泣くの」)。 岐阜の小さい温泉宿から、旅館を廃業するので、家にある書籍を処分したいと「東京バンドワゴン」に連絡が入った。「水禰(みずね)旅館」という、その旅館に出かけ、書籍の値付けをした紺であったが、翌朝気づくと、旅館には本も人の気配もまったくなくなっていた。一方、「東京バンドワゴン」では、隣町の老人ホームに入所した昔馴染みの勇造さんがやってきた。勘一に頼んでそろえてもらった、ホームの読書コーナーの本を一冊持ったまま、ひとりの老女が姿を消したという。老女はその自殺した女流作家の一冊を読んで堀田家との縁のある神社の木の上に思い出のブローチを見つけにきたのだった。翌日「東京バンドワゴン」の店先に100小口の段ボール箱が届く。紺が「水禰(みずね)旅館」で見た本だったが、それは先代がネズミ(古本泥棒)の被害にあった本だった。そこにはお詫びの文がそえられていた(=「秋、犬とネズミとブローチと」)。 すずみと青の結婚式が迫った12月のある日。病院嫌いの勘一が風邪で寝込み、式までに治るか心配された。式を執り行う馴染みの神社の神主、康円さんも、なにやら「東京バンドワゴン」の先代が本に書き記した「家訓」をひきあいに、日取りの変更を仄めかす。一方、その康円さんに、浮気の疑惑が持ち上がる。しかし、康円さんが会っていたのは高校時代の彼女で今は国民的な女優・池沢百合枝を抱える事務所の社長で、池沢百合枝の映画ロケを康円さんの神社でしたいという。池沢百合枝が青の母親だということを最近父から聞かされていた藍子は、青の産みの母親を結婚式に呼ぶべきだと説得。願いがかなってロケという名目で青の結婚式に参列する百合枝。「おい、藍子、どうせなら美人を一番前にしろよ。我南人の隣に池沢さんに座ってもらえ。その方が華があっていいってもんだ」という勘一の言葉で、たった一枚だけ、両親と青の結婚記念写真が撮られる。百合枝が自分の母親だと言うことを青は知らない(=「冬、愛こそすべて」)。 白石一郎 海狼伝 海と船に憧れを抱いて対馬の曲浦で育った笛太郎は、母の希望で、朝鮮で名を馳せて帰国した大叔父・宣略将軍(李伏竜)のもとを訪ねる。 海賊として復活した将軍の配下となった笛太郎は、薩摩の舟に乗っていて捕えられた、南宋出身の奴隷で武芸の腕の立つ三郎と親しくなる。三郎を慕う将軍の養女・麗花。 笛太郎と三郎はやがて航海中に、村上水軍の海賊に捕まり仲間の雷三郎とともに捕らわれてしまう。しかし、笛太郎が村上海賊の船大将だった人見孫七郎の息子であることがわかると、今度は村上武吉の客分・能島小金吾の手下となる。 商才はあるが、自分の船を持たない小金吾は、自分の船を持ち、明国との商売を行うことを夢見ていた。やがて毛利家と織田信長の対決が決定的になったのを機に、小金吾はうまく立ち回り念願の船・銭丸を手に入れる。 仕入れた品々を朝鮮に売りにいくために、笛太郎のつてで宣略将軍から図書(許可証)を譲り受けようと佐須奈浦(対馬)に向かうが、逆に通行料を1割取られ退散することに。 やがて、商いで富を得た小金吾は、助けた敵方の船大工・小矢太に、南蛮船・黄金丸を作らせる。宣略将軍の蓄えた富を略奪するために佐須奈浦に向かう小金吾、笛太郎、三郎。途中、曲浦の母に、大山祀神社の巫女である三の乙女・晴(毛利元就に滅ぼされた陶晴賢の娘。笛太郎の祖父は最後まで陶晴賢に仕え戦死)と、玉琴(三郎の幼馴染)をあずける。 ジャンクに乗る宣略将軍を破り麗花も逃走するが、小金吾は投石器の石塊にあたり命を落とす。代わりに船大将となって沖縄・明を目指す笛太郎と三郎。 父親かもしれない明の海賊・馬格芝(人見孫七郎)のことが気にかかる。 白石一郎 海王伝 能島小金吾を失った黄金丸は、笛太郎を新たな頭として明国との貿易に乗り出すが、海流の流れが読めず明国とは逆の、紀州熊野沖を漂流していた。 同じように筏船が流されて漂流していた龍神牛之助を助け出した笛太郎たちは、牛之助の話から、ようやく自分たちのいる位置を知ることができた。動物の言葉を理解する牛之助は、知らない言葉の習得が早く、航海では、通訳として役立った。 途中で立ち寄った沖縄で、明国との貿易がいかに困難であるか知ることになる笛太郎一行。 日本の海賊・楊天生の部下にならなかったことで、馬志善(馬格芝=マゴーチと同じく林鳳の配下であった)の部下に待ち伏せされた笛太郎は、逆にこれを倒し、今度はシャムへと梶を取る。 シャムで世話になった後藤田左門に頼まれ、ビルマに追われたアユタヤの皇太子をマゴーチが治めるバンコクに送り届けることになるが、そこは、まさに村上水軍の基地そのもののつくりであった。その帰途、黄金丸を自分のものにしようと謀るマゴーチの一人息子・馬剣英に襲われるが、逆に笛太郎は剣英を捕らえ斬り殺す。 後藤田左門のもとに宿敵・馬志善を倒したマゴーチから、剣英を殺害した笛太郎の身柄をよこせという知らせが来る。それでも、小金吾の遺言どおり明に渡ろうとする笛太郎は、途中、マゴーチの待ち伏せに合う。大船団を相手に苦戦しながらも、孤軍奮闘しマゴーチを追い詰め捕まえる笛太郎。 船上で笛太郎に謁見したマゴーチに、自分が母・そでとマゴーチの間の子であることを名乗り、親子の対面を果たすが、マゴーチはまったく覚えていない様子。かつてマゴーチの片腕だった男は、彼の悲惨な過去がそうさせたのだと笛太郎に伝える。 そのとき、マゴーチは突然、隠し持った剣で笛太郎に斬りかかる。身を投げ出して笛太郎を守った牛之助は、マゴーチの剣で命を落とすことに。泣き叫ぶシャムの奴隷プラヤー。 この混乱に乗じてマゴーチは船から飛び降り、行方をくらましてしまう。 白石一文 不自由な心 大手機械会社の広報課に勤務する野島はパーティで、自分が不倫中の土方恵理が知り合いの広告代理店の部長渡辺と結婚するという話を耳にし動揺する。渡辺と対峙する野島。渡辺は妻子を捨てて恵理に結婚を申し込み承諾されたのだという。野島が仙台支店の支店長という異例の抜擢を告げられた日、恵理は風邪による貧血で病院に担ぎ込まれる。恵理を見舞う、野島と渡辺。自分に妻を捨てることができるだろうか。「会社辞めて一緒に仙台へ行くか」という野島。(=「天気雨」)。 不況に襲われ、リストラの波が押し寄せる事務機器会社に勤める坂本。製品を垂れ流す仕事自体に疑問を持ち続けつつも、会社に貢献しているという自負をもち、まじめに仕事を勤める坂本のもとを、「長いあいだお世話になりました。もう帰りません。」と書置きをして妻・由利子が出て行った。5年前、自分の部下だった妻に頼まれて手切れ金まで渡して別れさせたカメラマンとアメリカに旅立つのだという。看病していた末期の癌に侵された父親が死んだとき、新潟への転勤という明らかな左遷をけって、元の上司が細々と、しかし、しっかりと立ち上げた会社に頼んでみようと考えている。「卵の夢を見た人は、どこかに自分を心から愛してくれる人がいるんです」という5年前の由利子の言葉。(=「卵の夢」)。 大木邦男は九州への出張の折、かつて不倫していた同期入社の女性・金親(結婚してお腹には子供がいる)と会い、明け方まで飲んだ。金親との不倫は、妻のもとをさる決意までしたところで、息子が心臓の手術をすることになり断念。「どんなに愛し合っていても一緒になれない恋もある」とあきらめていた。翌日、東京へ向かう飛行機が車輪の故障で胴体着陸するという機内放送が入り、妻ではなく金親に最後かもしれない電話をする。「今度こそ君を迎えに行く」と約束する大木。直後、ニュースを見た金親が目にしたものは着陸に失敗し炎上する飛行機だった(=「夢の空」)。 三枝は、ヒット商品のミネラルウォーター「北上山系のおいしい水」を統括する営業課長。順風満帆に見える三枝を癌という病魔が襲う。しかも余命半年という。三枝は会社を辞め、病院にもいかず、家族に別れを告げ、都内の一流ホテルに住み旅をする。最後に、もう会わないと決めていた最愛の人・仁美のもとを尋ね、苗字の変わっていたその郵便受けにお金を入れると、ホテルの近くのいつも見ていたビルから飛び降りる。仁美のおかげで北上山系の水にめぐり合い、以来付き合いは続いていたが、妻の自殺未遂により別れることにしたのだった(=「水の年輪」)。 大手企業の総務部に勤務する江川一郎は、妹から夫が同僚の女性と不倫を続けていることを告げられる。その夫とは、江川が紹介した同じ会社の後輩社員だった。怒りに捉えられた江川だったが、彼自身もかつては結婚後に複数の女性と関係を持ち、そのひとつが原因で妻は今も大きな障害(交通事故で半身不随)を背負い続けていた。社会の体裁を気にして我慢をする生き方、周りの目など構わないので好きなように生きる生き方。そんな、相対する生き方が流れ、副社長の病死を境に縁故入社してきた女性社員・みゆきとの進行中の不倫。その後、吹っ切れたように甲斐甲斐しく妻の看病をする江川の姿があった。(=「不自由な心」)。 白石一文 一瞬の光 日本を代表する財閥系大企業の人事課長に38歳の若さで就任した橋田浩介は、部下の竹井に連れられて入った南青山のダイニングバーで、偶然、その日の午前中に面接試験をした短大生中平香折を見かける。彼女は不採用にしていたが、カウンターでカクテルをつくる彼女には面接の時には感じなかった強い目の光があった。そのバーを出た浩介が歩いていると、駐車場から女性の悲鳴が聞こえた。駆けつけてみると、それは店のマスターに迫られて怯えている香折だった。浩介は力で香折を救い出すと、マスターが待ち伏せをしている恐れもあると香折を自分の家に泊める。翌日、会社で香折の履歴書を見た浩介は、香折の父親が大手証券会社の常務であることを知る。なぜ深夜までバーで働く必要があるのか。コネでどんな会社でも入れるのに、と浩介は不思議に思った。 翌日、お礼を言いにきた香折に問いただすと、自分が小さいときから母親と兄から様々な虐待を受けていたことを聞かされる。高校に入ったころやっと虐待の事実を知った父親が、家を出た方がよいとアパートを捜してくれたが、兄に見つかってからは転々としていた。過去の恐怖に怯える香折をほっておけないと感じた浩介は合鍵を渡し、カウンセリングを受けさせたりと親身になる。 そんな浩介には、藤山瑠衣という半年前から付き合っている恋人がいた。社長の扇谷の姪でまさに才色兼備を絵に描いたような女性。浩介に強く惹かれている。しかし、浩介は香折のことが心配でしょうがない。一方浩介の会社では、扇谷社長体制が10年続き、会社の全権力は扇谷一派が握っていた。扇谷一派とは、扇谷社長を筆頭に酒井筆頭副社長、駿河経営企画室長、そして人事課長の浩介であった。この一派を快く思わないのが、宇佐美副社長、内山人事部長たちだった。そこへ、インドネシアのスラバヤ沖海底油田開発の利権をめぐる入札に絡んだ贈収賄の噂が浮上し、扇谷一派は窮地に陥る。浩介も駿河とともに国会議員たちに政治資金を運んでいたのだ。しかし、宇佐美側が手に入れた扇谷メモの数字と実際の金額には2億の隔たりがあった。ほぼ宇佐美派が実権を掌握しつつあるとき、浩介は内山からこっそり呼ばれ、その2億が、駿河夫人から扇谷の愛人佐和が経営する高級料亭に流れていたことを聞きく。 扇谷が駿河に責任をとらせようとして工作したのだと確信した浩介はそのことを駿河に知らせるが、その日、駿河は自殺してしまう。佐和の姪百合のお腹に子供をのこしたまま。父親と思って信頼してきた扇谷の裏切りを知った浩介は、会長におさまった扇谷にナイフをつきつけ駿河の写真に土下座をさせあやまらせると、辞表を扇谷に叩きつけて会社を後にする。 竹井の告発から香折の存在は瑠衣の知るところとなるが、なんら後ろめたいことのない浩介は、香折の彼柳原もまじえて対面することになった。香折が肺炎になったときは、3人で面倒を見ていた。会社を辞めた浩介であるが、議員秘書から知らないうちに多額の口止め料が振り込まれており生活に不自由はしなかった。瑠衣と初めて伊東へ旅行する前の日、香折が突然訪ねてきて私の最高のカクテルだといってワインをお湯と蜂蜜でわったものをつくってくれた。怖くて眠れないときに飲んでいたという。「いつかこれを誰かと一緒に幸せな気持ちで飲める日がくればいいなって。それまでは絶対負けないで生きなきゃって。」「瑠衣さんをだいじにするんだよ」そういって香折は帰っていった。 瑠衣と一緒にいても、旅行中に何度か香折のことを思いだした。虫の知らせか旅行を切り上げて帰って何度か電話してみたが香折はつかまらなかった。香折のアパートに行ってみると扉には香折を罵る落書きが。やっと柳原と連絡が取れて、香折が兄に頭を殴られて重体だと告げられる。病院に駆けつける浩介。それから2ヶ月。香折の意識はまだ戻らないが、ずっと病院に泊り込んで話しかけている。もう絶対に香折を離すことはないだろう。 「瑠衣と共に歩けば長く静かな幸福が手にできただろう。互いに慰め安らぐあたたかな家庭があったのだろう。だが香折との間には一瞬一瞬のかけがえのなさがあった。たとえ香折が私にとって安らぎでなかったとしても、私の人生に豊かさを与えなかったとしても、香折と共にいるその瞬間瞬間に、私は生の実感を掴むことができる。」 白石一文 私という運命について 情報機器メーカーに女性総合職第1号として入社して7年目の冬木亜紀は、出欠の返事を出しそびれている会社の後輩・大坪亜理沙の結婚披露宴の招待状があった。亜理沙の相手の康は亜紀の付き合っていた男で、亜紀は、彼の母親・佐智子にとても気に入られていたのだ。招待状が届いてしばらくして、亜紀は康から、結婚式に来ないで欲しいと頼まれる。亜紀のことを気に入っていた佐智子が結婚式で亜紀に会ったら、どうなるかわからないからだという。話をを聞きながら亜紀は、康のプロポーズを断ったのは間違いだったのではなかったかと悔悟の気持ちを抱く。 そんな折り、実家の母・孝子から、弟の雅人が、結婚したい相手を連れてくるから年始に帰ってこいというのだ。正月に会った、雅人の婚約者・加藤沙織は感じのいい明るい女性だった。ただ、結婚するふたりがお互いに謝ってばかりいるのは、母の孝子にはちょっと気に入らないようだった。 亜理沙と康の結婚式当日。披露宴に出席しようとした亜紀だが、披露宴の行われるホテルのラウンジで、康と別れた後に佐智子から送られてきた、いままで読んでいなかった手紙をはじめて読み、なぜ、いままで手紙を読まなかったのか、深く後悔する。何もかもが手遅れだったのだ。その後、可愛がられていた上司に引っ張られ、福岡に転勤となった亜紀。 新しい恋人、インダストリアルデザイナーである純平、同じマンションに住む中学二年生の明日香、明日香の許嫁であるという高校生の達哉と出会う亜紀。そうした人々との出会いのなかで、生きることや、仕事、恋愛について深く考える亜紀。しかし、純平が酒酔い運転で明日香に怪我を追わせてしまってから亜紀の人生は、大きく変わっていく。 弟夫婦の抱える重大な問題。弟を慕う会社の後輩・円谷まどかの努力と生き様。あるいは壊れかけた弟雅人を受け入れてくれた餃子屋を営むまどかの兄夫婦。そして40にして康との結婚・出産を経験する亜紀。康は新潟地震に遭い息子の顔を見ることなく命を落とす。 白川道 天国への階段 青年実業家・柏木圭一は関連企業数社を束ね、次期総選挙にも出馬を請われるほどの成功者である。だが彼はその成功にも心が満たされることはなかった。圭一は20数年前の、父親の牧場が詐欺同様に騙し取られ父親が自殺し、恋人の亜木子までも奪われた、北海道浦河町絵笛でのできごとの復讐を考え続けていた。 出馬は、かつての恋人・亜木子の夫である達也(国会議員)への対抗であった。 亜木子の娘・未央に、動物の写真集の出版を口実に近づいたのも、苦境に立たされた達也の事業を助ける政略結婚(未央の)を妨害するためだった。 しかし、北海道で亜木子と再会し、逢瀬を重ねるうちに彼女の本心を知り、未央が圭一の娘であることを知らされると、復讐の機運はさめていく。 そして、圭一のもうひとつの過去。すでに時効となった強盗殺人事件で、圭一の罪までかぶり服役した及川は、妻の加代子が死の間際に明かした、息子の一馬が及川の子でなく、加代子のバーで働いていた英子と圭一の子だったという事実に我を忘れて圭一を訪ねていく。とっさに及川を殺害してしまう圭一。 父親と思っていた及川が残した遺書から真相を知った一馬は、復讐のため圭一の会社に運転手としてもぐりこみ、圭一を苦境に立たせるが、最後には圭一の側に立ち、事件を追っていた桑田警部の追及をかわす。 腹心の中条に会社と育英資金のことを引き継いで、旅立ったアメリカで客死する圭一。そのあとを追うために、未央にすべての真実を記した遺書をのこしてアメリカに立つ亜紀子。今度こそ天国の階段を一緒にのぼるために。 不知火京介 マッチメイク プロレス界のスターで国会議員でもあるダリウス佐々木が試合中にリングの上で死亡した。死因は蛇毒。しばらくして、毒の付着したカッターナイフが発見されるが、それは佐々木自身が試合中に履いていたパンツのポケットから出てきた。試合中に佐々木が、自分で自分の額に傷をつけ血を流すために、使っていたナイフだった。自殺か、他殺か。その答えにすら確信が持てないまま、最強を夢見てプロレス団体に入門した18歳の新米レスラー山田聡は事件の真相を探り始める。 各種の演出のほどこされたエンタテイメントとしてのプロレスに戸惑いながら。最強だがワケあって万年前座レスラーの丹下さん、愛想がよく、でもどこか得体の知れない経理向けの同期本庄(実は佐々木の子で丹下の弟)。やがて、聡を後継者として特訓していた丹下も240キロのバーベルを首に落し死んでいた。覆面レスラーとしてニューヨークマットに送り込まれるのを嫌がっていた武田が犯人だった。聡は丹下と同じプレス台で武田に殺されそうになるが危機一髪助け出され武田は国道をポルシェで疾走中に大型トラックに巻き込まれて死ぬ。 新堂冬樹 忘れ雪 両親に死なれた孤独から快活に振舞う少女深雪は、学校の帰りに公園で脚に怪我をした子犬を拾う。途方にくれる深雪を救ったのは偶然通りかかった獣医を目指す高校生・桜木だった。以来、仔犬のクロスと桜木の帰りを待って公園で会う幸せな日々が続いたが、突然深雪は京都の叔父に引き取られることになり桜木と別れることになった。「7年後の3月15日(2人が出会った日)あなたはその指輪を持って私に結婚を申し込むの」という幼い約束をして。 8年後、桜木は彼を慕う看護士の静香と中里と3人で父の跡を継いで桜木動物病院で働いていた。ある日公園の近くで突然車から飛び出して桜木に飛びついてくる犬がいた。犬を追いかけてきた深雪は桜木だと気づくが桜木はすっかり忘れていた。深雪に胸の高まりを感じる桜木。クロスはガラスを踏んでいて桜木病院に入院することになる。深雪は自分のことを思い出してくれるよう仕向けるが桜木が気づくことはなかった。 深雪はクロスが助からなかった失意もありフランスに留学してしまう。深雪のマンションに残された1枚の絵と手紙からすべてを知る桜木。8年前と同じ気持ちだったら1年後の同じ日公園に来てという文面に今度こそと誓う。 しかしその日は突然の患者の対応で公園に駆けつけたときは深雪の姿はなかった。急患は静香の策略だった。そして、消えた深雪をかくまっていたのは、桜木の高校時代からの親友で与党幹事長の息子・鳴海だった。深雪を車ではねてしまった父の秘書・笹川が目撃者の南(深雪のかつての婚約者)を殺したことを知り深雪を守ろうとしたのだった。 笹川の手下に暴行を受け瀕死の体で公園に駆けつける桜木。深雪は交通事故で失明していた。一緒に生きていくことを誓う桜木。鳴海の迎えで病院へ向かおうとしたとき、深雪を狙う静香に刺され桜木はあっけなく死んでしまう。 5年後、鳴海の尽力でアメリカで眼の手術をし、奇跡的に目が見えるようになった深雪は、今は桜木の弟満とともに桜木医院で働いている。 新堂冬樹 鬼子 評判になったデビュー作の「黒い花」以来さっぱり売れない恋愛小説作家風間令也こと袴田勇二は、マンションの管理人をしている。息子の浩は、祖母の民子が死んでから突然非行に走り父の袴田にも暴力をふるうようになったが、原因はわからない。行きつけの喫茶店主・橋口の紹介でカウンセラーを紹介されるが進展はない。 そんなとき娘の詩織が浩の友達にレイプされ、それが原因で自殺してしまう。新任の編集者・芝野からは、浩のことをテーマに「鬼子」という小説に書けと勧められる。浩は友達の隆と隣に住む石綿を殴り殺してしまい、警察から逃げている。橋口の勧めで、浩を暴力団の口利きでまぐろ漁船に乗せ事故に見せかけて殺させることを決心する袴田。金は「鬼子」を書く条件で芝野からの400万をあてた。 暴力団員を浩に受け渡すために呼び出すが、そのとき浩から「俺が出て行ったらこれを読んでくれ」と手紙を受け取る。袴田は心因性健忘だった。 実は「黒い花」を書いたのは母の民子で、袴田は民子と関係を持っていた。しかし浩と民子の関係を疑った袴田は、30年ぶりに民子と関係をもつが、妻の君江に見られてしまう。出刃包丁を持って民子に突進する君江。それを止める浩。出刃包丁を奪う袴田。そこまでで袴田の記憶は途切れていたのだ。石綿の犬を殺したのも、石綿に最後の一撃を加えたのも袴田だった。 真実をすべて「鬼子」に記した袴田は完成とともに睡眠薬自殺を図る。「鬼子」はベストセラーとなり、橋口を買収してまで仕掛けた芝野は注目の人となる。しかし橋口から芝野のもとに現れた浩の手にはナイフが握られていた。 新堂冬樹 カリスマ 神郷宝仙は、250人以上の出家信者と1900人の在家信者を抱える新興宗教「神の郷」の教祖。中学受験の子供のいる家庭と、病人のいる家庭をターゲットに信者獲得に力を入れている。一方、城山信康は小さな旅行会社の店長で、看分不相応な美しい妻麗子と息子利治と暮らしている。息子の中学受験のため、麗子は啓発塾(実は「神の郷」)の主催する解脱会に参加する。そこで、麗子は洗脳され、城山家は崩壊の危機に陥る。 しかし城山は、なじみの古本屋主人三蔵からカルトからの脱会活動をしているカウンセラーグループ「覚醒会」を紹介してもらい、麗子を救出し2週間をかけて洗脳をとくことに成功する。「覚醒会」のリーダー武石は、マスコミで「神の郷」を徹底的に糾弾することで教団を崩壊へと追い込んでいた。しかし麗子は信康とともに宝仙の部下に連れ去られてしまう。 神郷宝仙は十歳の時、誰もが羨むような美しく優しかった母佐和子を失っていた。彼女は「太陽の家」に入信し、最後は髪を振り乱し般若のような形相で「メシア」と叫びながら、宝仙の目の前で夫を殺害し自決していた。その佐和子に麗子は生き写しだった。宝仙はなんとしてでも麗子を手に入れる必要があったのだ。 教団本部に乗り込む武石と三蔵。信康に宝仙を殺せと包丁を渡す三蔵。しかし麗子には、宝仙の洗脳を解くためには信康ではなく三蔵をメシアと崇めるよう洗脳されていた。三蔵こそ宝仙一家を崩壊させた「太陽の家」の教組だった。大立ち回りの末、宝仙、麗子、武石、三蔵は、瀬野(武石の命で「神の郷」に(うだつの上がらない)幹部としてもぐりこんでいた男)によりガソリンをまかれ焼死してしまう。 たった一人生き残った信康は退院した後、麗子の母校で麗子に良く似た生徒を刺し殺してしまう。 新堂冬樹 無間地獄 桐生保は大久保に事務所を構える暴力団・富樫組の若頭である。合法的な金貸しであるサラ金や街金の下に位置する闇金を支配し、自らのシノギとしている。桐生は借金から逃げ出した人間を徹底的に追いこむ。客が自殺しようと、金だけは取り返す。富樫組の手下さえも、己の踏み台にしか考えていない、金に執着した男である。 一方、玉城慎二はエステティックサロン・ソフィー社のキャッチセールスマンである。女を籠絡する術に巧みで、何人もの女をキャッチし、トップセールスとなっている。女を踏み台にして、豪勢な暮らしをしている彼も、金に執着した男である。ソフィー社の社長・羽田正一の競馬による借金の情報を手に入れた桐生は、ソフィー社の玉城をターゲットにして、2,356万円を支払わせる計画を立てる 。 玉城は女たらしのろくでなしだが、実際に闇金から金を借りたわけではないのに。逃げるろくでなし・玉城と、追う人でなし・桐生。金に執着して生きてきた二人の運命は。 新堂冬樹 底なし沼 完済した債務者の借用書を闇金の同業者から手に入れて債券の二重取りをする会社を経営する蔵王金光。事務所を構えず、メルセデスのRVワゴンを事務所として、凶暴な堂本と元役者の優男金子という2人の部下を従えて、無理やり債権者から金を脅し取る。そんな恐れられている蔵王の父は、蔵王が少年の頃に借金に追われて首を括っていた。 ある日蔵王は、愛人の怜夏が働くキャバクラで、羽振りのいい結婚紹介所社長・日野健一郎と怜夏を巡ってトラブルになる。日野は、東証一部上場の商社に勤めていたが部下の連帯保証人になったことから闇金に追われすべてを失った手痛い過去がある。その後、日野が元債務者であり3500万の借金を完済していたことを知った蔵王は日野から1億を巻き上げる計画をねる。しかし金を取り立てにいった日野のそばにいたのは蔵王をこの世界に導いた恩人とも言える超武闘派集団・雨竜組の若頭・市ノ瀬だった。市ノ瀬の組が日野の結婚相談所の「ケツ持ち」だったのだ。 プライドを傷つけられた蔵王は市ノ瀬と対決することを決意する。蔵王の手口は巧妙だったが、密告するスパイ(日野が送り込んだ棚橋=堂本の子分)に邪魔され形勢は逆転。その後も、仁義なき暴力、色仕掛けの謀略、裏切り、内部分裂とエスカレートしていく。抗争の末、勝ち残ったのは、不穏な動きのある雨竜組の様子を探るために本部から送られていた金子(伝説の「風狼」)だった。 真保裕一 奇跡の人 相馬克己は31歳。8年前に交通事故で脳死判定をされかかりながらも一命を取り留め、病院では「奇跡の人」と呼ばれている。事故以前の記憶を全く無くしてしまった彼だが、杖を支えに歩くことと、12〜3歳の知能を持つまでには回復した。母が死に、退院した彼は一人で暮らし始め、仕事をはじめる。写真も、記録も意図的に残されていない中高生時代。昔の自分の友人は、自分の事を心配してくれているのではないか。 今住んでいる宮崎には昔から住んでいるわけではないと知った彼は、住民票を調べ、カルテを調べて、「交通事故」は東京で起きたことを知る。そして、彼は東京へ「自分」を探しに行く。やがて克己は、当時聡子というガールフレンドがいて、彼女に手を出した男を半殺しにしてしまったこと、逃げる途中老人をはねたことを知る。宮崎に帰る日、聡子を待つ克己は、つきまとうなと言う聡子の夫を殴り、聡子にも手を上げてしまう。逃げる途中チンピラにからまれるがこのときチンピラの投げたライターの火で火事になってしまう。逃げ遅れた子供を助け出すが、8年前と同じ瀕死の状態で病院にかつぎこまれることに。8年前の事件に責任を感じている聡子は、今度は自分が母として看病することを誓う。 真保裕一 誘拐の果実 1983年、小料理屋を任されていた工藤和江の1才になる息子・巧が誘拐されるが、すぐに近くの公園で保護される。和江は、刑事から聞かれても決して父親の名を明かず、被害届けさえ出さず引っ越してしまう。 それから19年後、宝寿会病院院長・辻倉政国の17才の娘・恵美が誘拐される。犯人は、宝寿会病に入院中の、贈収賄事件で起訴されているバッカスグループ会長・永渕孝治の命を要求する。永渕の入院はマスコミと警察の目をごまかすためと世間では騒がれ、それが原因で恵美は家族と距離をおきはじめていた。恵美の父、辻倉良彰は、医師として恵美の父親として悩みぬいた末、警察の協力を得ながら、永渕が死んだとマスコミに流すことを決める。やがて開放され保護される恵美。 その3日後、今度は神奈川でもう一つの誘拐事件が発生する。誘拐されたのは大学生の工藤巧。犯人の要求はバッカスの株式7千万円分だった。工藤巧のために株式を提供することを決定する永渕。しかし犯人は受け渡し場所には現れず、人質救出の美談の人として永渕=バッカス株は上がり続けた。 東京と神奈川で発生した二つの誘拐事件に関連性はあるのか。見えない犯人に翻弄される、警視庁の桑沢刑事と神奈川県警の加賀美刑事。 事件は、工藤巧と辻倉恵美の狂言だった。巧は、誘拐事件によって自分の父親が永渕であることを確認すると、認知訴訟を起す(遺産相続は放棄)。恵美は、自分がわかくさ寮の一人の少年を救えなかったという負い目から誘拐事件を起こし、高騰した株の売買益をわかくさ寮に寄付した。 宝寿会病院が永渕というスポンサーを得た裏には、永渕の知らない、妻による和江を夫から引き離すという陰謀があったことも明らかにされる。 誘拐事件から8年後、永渕は死に、遺産の5分の1が、永渕の設立した「つばさ基金」に寄付された。永渕へのほんとうの脅迫状は、自分が相続する分を設立した基金に寄付しろというものだった。 巧は小児科の医師になり、現在は恵美と結婚しロスで暮らしている。 真保裕一 最愛 小児科の勤務医・押村悟郎に、警視庁の刑事から連絡が入った。18年間音信のなかった姉・千賀子が、意識不明の重体で病院に運び込まれたというのだ。突然のことに動揺しつつも姉の運び込まれた病院に向かった押村は、姉が頭に銃弾を受け火事による火傷を負っていること、その火事は千賀子がガソリンを撒き放火した疑いがあることを聞く。しかもその事務所は暴力団が絡む闇金業者だった。 混乱する押村に追い討ちをかけるように刑事は、千賀子が前日に婚姻届を提出しており、夫の伊吹には妻殺しで服役していた過去があることを告げる。やがて放火事件の犯人として、芝中という男が警察に出頭してきて、千賀子を撃ったことも認め、彼女がたまたまその場にいただけだと供述したため千賀子の容疑は晴れる。しかし押村は、姉の夫である伊吹が姿を見せないことに不審を感じる。姉はなぜ闇金にいたのか。 両親を突然の交通事故で亡くし、叔父と叔母にそれぞれ預けられることになった押村と千賀子。恵まれた環境の中で叔父夫婦に引き取られた押村と、叔母夫婦に引き取られ疎まれながらの生活を余儀なくされていた千賀子。押村は、千賀子のアパートに残されていた千賀子宛ての数少ない年賀状を頼りに、知り合いと思われる人を訪ね、18年の空白を埋めようとする。やがて押村は、千賀子が伊吹とその家族のために風俗に勤めてまでお金を作っていたことを知る。自分の知りえたことを、伊吹の携帯に逐一メッセージを残していく押村。 伊吹が病院に見舞いにこないのは、伊吹が芝中に頼まれて強盗放火殺人事件の手助けをしていたためだと知った押村は、自首をすすめるために伊吹と千賀子が最初に出会ったという秋葉原の献血ルームで会おうとするが、本所署生活安全課の刑事・小田切に取り押さえられてしまう。非番なのに小田切が追いかけていたのは、小田切には千賀子にふられた過去があり、伊吹を許せなかったからだということがわかる。なぜ姉は、こんな人生を送らなければならなかったか。その一端は押村にもあった。 18年前、姉から従兄弟に犯されたと告白された日、高校生だった押村は姉と関係を持ち妊娠させてしまったのだ。伊吹の裁判が終わるまで病院を去ることを恋人でもある院長の娘に告げる押村。姉との関係をすべて明らかにして。その日、病院から持ってきた薬を注射して押村は姉をそっと安楽死させる。 |
高嶋哲夫
イントゥルーダー 日本を代表するコンピューターメーカー・東洋電子工業を大学の先輩の大森と二人で造り上げてきた副社長兼研究開発部長である羽嶋浩司。会社の命運を賭けたスーパーコンピューターの発表を前にしたある時、妻と一人娘と暮らす彼のもとに、25年前に別れて音信不通となっていたかつての恋人・松永奈津子から突然の電話が入る。「あなたの息子が重体です」。羽嶋自身、自分に息子がいることなど全く知らなかった。 病院に駆けつける羽嶋。息子の松永慎司は、深夜新宿の繁華街で轢き逃によって意識不明の重体だという。新進コンピューターソフトメーカー・ユニックスで才能を発揮していた彼は、自分の父親が羽嶋と言うことを知っており、それを誇りに思っていたという。病院に警視庁捜査四課の名取警部補と藤田刑事が現れ、慎司の遺留品から覚醒剤が発見されたことから、覚醒剤の売人をしていたのではないかと詰め寄られる。息子のことを知りたい、そして彼に何があったのかを突き止めたいという思いから、慎司の部屋で手がかりを探していた浩司は、理英子という慎司の恋人を名乗る女性と出会う。 慎治が撮った1枚のポラロイド写真を持って、慎司が休みを取って訪れていたという日本海沿いの日の出町にいくと、そこは原子力発電所建設に揺れる町だった。たまたま入った食堂で反対派のカメラマン・結城と出会う羽嶋。その東京への帰り道、ダンプに急に幅寄せされ羽嶋は負傷する。 2度目に日の出町を訪れたときに奈津子から電話が入り、慎司が息を引き取ったことを聞く。数日後、羽嶋のコンピュータに慎司からメールが届く。原子力施設の耐震性に問題があることを指摘するデータだった。そのことを理恵子に伝え会社を出た直後、羽嶋は何者かに身柄を拘束される。そこには拉致された理恵子が。理恵子の命と引き換えに慎司からのメールを破棄させられる羽嶋。しかし恵理子は彼らに金を握らされて、羽嶋の動きを連絡させられていたのだ。それを見抜く羽嶋。 息子が命と引き換えに残した貴重なデータを失ったことから、自暴自棄になり暴力団にからまれ暴行を受けるが、それを助けたのは心配で後をつけてきていた理恵子だった。理恵子に手伝ってもらいながら、慎司の部屋に残された破壊されたパソコンのフロッピーから断片情報を探し出して再現して行く羽嶋。慎司は、関東電力のコンピューターにハッキングして知り得た原子力発電所の情報(地盤調査データが改竄されている事)を結城に渡そうとしていたことをつきとめ、息子に代わって結城に渡そうとするが、結城こそが原子力発電所が雇い入れた男だった。慎司に覚せい剤をうち、路上に放り出したのも結城だった。そして、関東電力の進藤に情報を伝えていたのは社長の大森だった。 進藤に真相を公表すると会いに行った日、羽嶋は街中で何者かに刺される。 高嶋哲夫 M8 大学の地震研究センターに勤務する阪神淡路大震災で被災し家族を失ったポストドクターの瀬戸口は、駿河湾沖で発生している群発地震と独自に開発したシミュレーションの結果から、東京直下型の地震の発生を予知する。シミュレーションの確度をあげるために瀬戸口は、世間から雲隠れしていた、阪神淡路大震災の発生を予知しながら公表するタイミングを逸し家族と教え子を失った元大学教授の遠山を探し出し、自分のシミュレーションを見せ、その結果、3日以内にマグニュチュード8の東京直下地震が起きることが判明する。 ともに阪神で被災した二人の同級生、兵庫県選出の代議士秘書の亜希子と自衛隊の施設大隊の幹部松浦に相談する瀬戸口。亜希子の紹介で、代議士に働きかけるが、東海沖地震に注力されていてなかなか受け入れられない。そこで瀬戸口は、民間団体で地震予知に取り組む長谷川のHPなど多くの掲示板に東京直下地震が3日以内に発生することを書き込む。それによって東京は大混乱になる。瀬戸口と遠山は都知事にも会い直訴する。何の権威もない若者の訴えを聞き、都知事は「全ての責任は俺が持つ」と、消防庁、警視庁、都庁の全職員に非常召集をかけ、都内全域に演習・警戒宣言を出す。ついにM8の直下地震が起きた。 地下鉄や東京湾アクアラインでは被害が続発。アクアラインで炎上するタンクローリー、構内で立ち往生する地下鉄、炎上する江東区豊洲の石油タンク。火災旋風も起きている。消火作業に当たる消防庁のヘリ。中野区では防火帯を作るために、自衛隊と消防庁で協力して家屋の取り壊しも始まっている。死者1万人弱、焼失住宅は36万棟、経済損失は44兆円。しかし瀬戸口の警告により被害は最小限度におさえることができた。それぞれの責任を果たし再会する3人。遠山は地震判定委員長になる。 高野和明 13階段 三上純一は、自分に因縁をつけてきた男・佐村恭介を突き飛ばした傷害致死事件で2年間の刑を終え松山刑務所を出所した。親元に戻った三上は被害者の遺族への賠償のために両親が払った犠牲に初めて気づいて愕然とする。そんなとき何かと目をかけてくれていた刑務官の南郷正二が訪ねてきて、樹原亮という死刑囚の冤罪を晴らすために協力してほしいという。依頼人は弁護士の杉浦。その杉浦もある篤志家に頼まれ、それが誰かは秘密だという。 樹原の事件は三上にも縁がある千葉県中湊郡で10年前に起きていた。樹原の保護士だった元中学校長・宇津木夫妻が惨殺され、現場の近くでバイク事故を起こした意識不明の樹原亮が発見された。そして樹原は、事故で頭を打ったせいで、事件当時の記憶が全くなくなっており、そのため改悛の情を示すことができず死刑判決へとつながってしまったのだ。死刑の期限が迫る中、樹原の脳裏に甦ったのは、必死の思いで階段を上がっている光景だった。その階段が、移転したために廃墟となった増願寺跡地の階段だということをつきとめた南郷と三上は、地中に埋められた印鑑と殺害に使った斧を見つけるが、その斧に三上の指紋がついていたことから三上に容疑がかかってしまう。さらに、この殺害の日に三上が中湊にいたことも犯行を裏付けることとなった。 10年前のこの日、三上は女友達の木下友里と中湊の祭りに来ていていたが友里は佐村に強姦され三上の服役中に自殺未遂を起こしていた。樹原側の証人台にたった光陽ホテルのオーナー安藤紀夫こそが、財力面から杉浦に依頼した篤志家と考え、三上を助けるために安藤とともに増願寺に向かう南郷だが、その安藤こそが宇津木夫妻を殺害した犯人だったのだ。安藤には若い頃に殺人の前科があり、それをネタに宇津木から強請られていたことによる犯行だった。南郷は襲ってきた安藤と争っているうちに安藤を絞め殺してしまう。 同じ頃、三上は再び増願寺の跡地に入り、仏像の胎内から宇津木の預金通帳を発見する。そこには安藤紀夫からの巨額な入金があり、三上は安藤が犯人だと気づく。南郷に知らせようとする三上だが、そこに潜んでいた佐原の父親・光男が現れ散弾銃で三上を殺害しようとする。斧に指紋をつけたのは光男で、線香をあげにきた三上の指紋を採取し三次元造形装置で復元し斧に付着させていたのだった。そして樹原の冤罪を晴らすことを依頼し報酬を用意したのも光男だった。目的は、真犯人を三上に仕立て上げ、極刑に処することだった。皮肉にもその依頼に使った金は、三上の父親が佐原光男に渡した賠償金から出ていたのだ。 竹田ティエン 沈むさかな かつて水泳のオリンピック強化選手だった男・矢野が満員電車の中で心筋梗塞を起こして急死した。スイミングスクールの生徒たちに健康飲料の人体実験をしていたというスキャンダルに巻き込まれていた矢先だった。そんな噂から逃れるように、矢野の息子で高校生の和泉はカズと偽って遠く離れた海岸近くの中華料理店でバイトをしていた。そんなカズの前に、かつて矢野からコーチを受けていたライフセーバーの英介が訪ねてくる。 矢野の死には何か裏があるという英介は、矢野と同じスクールにいた田邑が、海岸近くのクラブの支配になっていることを告げる。真相を突き止めるためにそのクラブで働くことになるカズ。CP(カリスマプロデューサー)のすすめもあり、カズスクーバーの資格を取ることにする。そんなとき英介がスクーバーの難所とされるD地点で水死体となって発見される。矢野を知るフリーの記者・佐久間と、自分の姉の自殺がクラブで斡旋している人工中絶にあると疑うハコ。カズはこの二人を味方にして調査をすすめ、胎盤を軍事目的でアメリカに売買していること、受け渡し場所が英介の死んだD地点であることをを突き止める。スクーバーのコーチ布施とその仲間に、問題のD地点で殺されかかるカズだが、格闘の末3人を置き捨ててクラブにたどり着くと、佐久間とハコとともにCPに真相を迫る。そこに仲間を背負った布施が現われるが、ハコの機転で駆けつけた救急車に連れて行かれる。 カズが本当は女性であることを暴露するCP。3人に危害を加えた参考人として警察に連れて行かれるカズ。口をつむぐ基地の軍人たち。 それからしばらくして一人のサーファーの前で、少女の連れた犬が砂に埋もれた人骨を掻きだす。 多島斗志之 症例A 若い女性患者の自殺の責任を問われて前の病院を辞め、妻とも離婚した精神科医・榊は、新設のR病院に赴任する。そこで亜左美という十七歳の少女を担当することになるが、彼女の前担当医の沢村は、病院の屋上から墜死していた。 沢村の診断では、亜左美は精神分裂病ということになっていたが、榊は境界例という可能性を棄てきれない。また臨床心理士の広瀬由起は、亜左美が解離性同一性障害(多重人格)ではないかという疑いを抱いている。精神分裂病の「分裂」が患者の内界と外界の分裂を意味するのに対し、多重人格は患者の人格それ自体が分裂する。 亜左美の治療法をめぐって榊と対立していた由起は、覚悟を決めて榊を自分の師である岐木戸医師に会わせ自分が多重人格患者であることを告白する。 同じ頃、国立博物館の学芸部員・江馬瑤子は、死んだ父親に宛てられた古い手紙から、博物館所蔵の重要文化財である青銅の狛犬が贋作ではないかと疑いはじめ、金工室長の岸田とともに私的な調査を開始する。死んだ父に手紙を書いた人物五十嵐がR病院に入院していることを突き止め会いに行くが、面会は拒否される。しかし榊は瑶子に頼まれ、五十嵐の回顧録を手に入れる。 そこには、戦時中国立博物館の美術品が疎開されたが散逸することを恐れて複製を作ったこと。しかし本物の美術品は家屋とともに焼失し偽物が本物として残ったこと、焼失したとされる美術品を売りさばいて上司の真柴が財をなしたことが記されていた。 病院長に問い詰めると、R医院の理事長・真柴は、五十嵐の面倒を見るために病院を設立したこと、真柴は五十嵐の息子を養子にしていたこと、その娘が亜佐美であることをが明らかになる。 そして、電気ショックにより出てきた亜佐美の多人格の証言から、沢村が五十嵐の回顧録を手に入れようと忍び込もうとして墜死していたことを知る。 建倉圭介 デッドライン サンフランシスコ生まれの日系二世、ミノル・タガワはカリフォルニア大学で電気工学を専攻していたが、日本とアメリカの戦争が激しくなると強制収容所に入れられ両親と妹は人質交換船で日本に帰ってしまう。ミノルは日系人部隊に入り欧州戦線に従事するが、一人の少年を誤射してしまったことから銃を撃つことができなくなり、遂には負傷し、片目を失明してしまう。 ペンシルベニア大学に編入後、旧友の推薦とエッカートの引きにより世界初の電子式汎用計算機「エニアック」の開発プロジェクトに入るミノル。日系人としての偏見を受けながらも、彼は研究に没頭し、「エニアック」の性能は確実にアップしていくが、プロジェクト顧問である数学者フォン・ノイマンとの会話、さらにニューメキシコ州ロスアラモスでオペレーターをしていた大学時代の旧友エリザベスの話から、ロスアラモスで原子爆弾が開発されていること、そしてその標的が日本であることを知ってしまう。ロシアのスパイに設計図を盗むよう唆されていた同僚のマイケルがミノルの目の前で殺害される事件が起き、ミノルは窃盗と殺人の罪を着せられ、ロスアラモスに潜入する。そこでマイケルを殺したロシア人スパイを見つけると拷問を咥え、彼がサンタフェの酒場で働く日系混血のダンサー・エリイを使ってトニーという研究員から情報を聞き出そうとしていたことを聞き出す。 エリイに、日本に一緒に連れて行くことと引き換えにトニーをおびき出させるミノル。拉致したトニーから原子爆弾の投下が間近なことを聞き出すと、エリイとともに日本へ向かう。ミノルは降伏を政府にすすめるために、エリイは義理の両親と夫に連れ去られたわが子・トオルを取り戻すために。原子爆弾の存在が日本に漏れることを恐れたアメリカは、彼らを捕まえるべく特殊追跡チームを派遣した。1人はロスアラモス研究所の保安部員でミノルの顔を知るミラー。2人目は強制収容所でミノルたちを監視していたロバート。ミノルの両親たちが日本に帰ることになった原因は妹のケイがこのロバートに強姦されたことにあった。3人目が日系人部隊でのミノルの戦友でありながらミノルの臆病のせいで戦友を亡くしたと恨んでいるケント・ホソカワの3人。 サンタフェからデンバーを経由してオグデンに向かう列車ではエリイの店のお客と乗り合わせてしまう。後にこれがミラーに知れ逃亡ルートが絞られる。またこの男と一緒にいた男・スミス大尉にはシアトルに留まると嘘をついていたがシアトルからアラスカに向かう船に乗リ合わせてしまったため見咎められアラスカで追跡されることに。しかし、オグデンからシアトルへ向かう列車では入隊間近の4人組に絡まれたのを、インディアンの血を引く兄弟に助けられ、アラスカではミノルの伯父が隔離されている収容所の仲間から教わったイヌイットのタカブックからアリューシャン列島のバルダー島に置いてある漁船を借り受けることができた。バルダー島に着き船を進水しようとしたとき急遽特殊追跡グループに加わったスミス大尉とロバートに襲われるが、エリイを人質に取ったロバートを射殺する。その後ミラーとホソカワの追跡をかわし樺太に上陸しソ連兵を避けてようやく日本領にたどり着く。 しかし、引き出された少尉の前で原子爆弾の恐ろしさを語るが、降伏を進言したためにアメリカ側のスパイだと拘束されてしまう。大泊本部に連行された二人は連日の執拗な拷問を受けるが、ミノルを監視していた学徒出陣ながら指揮官としてよりも一兵卒を選んだ原山上等兵の手助けもあり、病院を抜け出すことに成功する。ホソカワの追跡を振り切り自分たちを匿ってくれた旧アヌイ人の吉田の船で稚内に送り届けてもらうミノルとエリイ。函館から青森へ向かう船の中でまたもやホソカワに襲われるが逆にホソカワは海に落ちてしまう。救命用の浮き輪を暗い海に投げ出すミノル。 両親と妹が暮らす盛岡の実家にたどり着いたミノルは、原子爆弾の脅威を進言するために、地元の名士の紹介状を持って米内海軍大臣に近いとされる多田中将の屋敷を訪ねるが、代わりに話を聞こうという武官に連れ出され殺されそうになる。危機一髪それを救ったのはホソカワだった。ホソカワは捨て身の覚悟で米内の屋敷に入り高村閣下と呼ばれる男をミノルと対面させることに成功する。帝国ホテルの会議室でミノルは原子爆弾のこと、開発中の「エニアック」について暗記していた回路図を書いて説明し一同の驚嘆を集めるが、後から現れた米内大臣は、「このことをいえばかえって和平が遅れるというのがぼくの考えです」とこたえる。 先に広島に着いていたケイとエリイと合流し一緒にトオルを見つけ出したミノルは、原爆の投下が近いとすぐに3人を盛岡に帰らせた後、トオルに「いつか」特殊爆弾が落とされると言っていたという逓信局無線局の白井という男を探し出しそれが五日と聞き出す。広島市民向けに警報が出されることが決まり路面電車に乗ろうとしたとき上空のB29から黒い物体が投下された。 時は流れて2005年8月5日。スミソニアン博物館に展示された「エニアック」の前に車椅子の老婆と初老の二人の男がたたずんでいた。エリイとトオル、そしてミノルとの間に生まれたアキラだった。トオルとアキラはエンジニアとして日本のコンピュータの発展に多大な貢献をしてきた。ここで三人は「エニアック」のプロジェクトでミノルと同僚だったケリー・オニールと出会う。「ミノルとよく喧嘩した方ですね」というエリイ。IBMのセールスマンとして日本支社にもいたケリーは、なぜあの時期すでにアメリカのコンピュータに対抗する機械が開発されたのかわかった気がした。ホソカワはアメリカに帰った後20年間この家族にお金を送りつづけた。 司城志郎 ゲノム・ハザード イラストレーターとして充実した日々を送っていた鳥山敏治は、結婚して初めての誕生日を、妻の美由紀と自宅で祝うことを約束して家を出た。 しかしその日は、電車に物を忘れしたり、知らない人に突然呼び止められたりと、いつもと何かが違っていた。不安な気持ちのまま帰宅してみると、居間の照明は消え、代わりに床には17本のキャンドルが規則正しく並べられ灯っていた。不審に思った鳥山が部屋のなかを探すと、そこには妻の死体があった。 呆然としているところに美由紀から電話がかかってくる。鳥山が遅かったから実家に来ているという。どうみても死体は妻のものである。混乱する鳥山に追い打ちをかけるように二人の刑事が訪ねてくる。死体を隠さなければとあわてるが、居間にあったはずの妻の死体は忽然と消えていた。 そこへ、「彼らは警察の人間ではない。あなたを誘拐するのが目的だ。」という謎の人物からの密告電話。鳥山は二人の目を盗んで逃亡するが、途中で妻の実家に電話しているところを電話ボックスごと銃撃される。 危機一髪脱出してタクシーをひろって美由紀の実家を訪ねるが、そこには妻の旧姓とは別の表札がかけられていた。混乱する鳥山。そんな鳥山を、偶然出会ったルポライターの千明が手助けする。 やがて鳥山は偽刑事の二人から、自分が鳥山ではなく遺伝子工学を研究する高梨という名の研究者であることを知らされる。1年前、高梨の勤務する研究所の所長が交通事故で鳥山を轢いてしまった。所長は瀕死の鳥山を研究室に隠そうとしたが、物音を聞きつけて駆けつけてきた高梨ともみあっているうちに、鳥山の血液を経由して、実験中のレトロウイルス株とともに鳥山の記憶が高梨に移ってしまっていたというのだ。 鳥沢=高梨が見た死体は、高梨のかつての妻・裕子のものだった。その日、裕子は行方不明になっていた高梨が記憶喪失になって暮らしていることを興信所の男から知らされ、美由紀を訪ねていたのだ。 鳥山=高梨を狙っていたのは、アルツハイマーを引き起こすスリーパーのレトロウイルスACVについての研究成果を手に入れようとしていた、アメリカの巨大医療メーカーだった。 徐々に鳥山の記憶は薄れ高梨の記憶を取り戻していくが、その過程で人格破壊が起こるかもしれないという危険があったため、研究員全員で取り組むことに。 観覧車で美由紀に裕子のことを問いただす鳥山=高梨。美由紀は、突然自分の前に現れて夫を返してという裕子を殺してしまったことを白状する。死体を始末したのはコピーライターの伊吹だという。 突然意識を失って病院で目覚めた高梨は、アルツハイマーの危機は脱したが、1年間の記憶を全くなくしていた。1年間の間に起こったことを高梨に語りはじめる千明。この物語自体が高梨の一人称で書かれたルポという設定。 *17本のキャンドルは、記憶喪失になった夫を気づかせようとした裕子がつくったベンゼン環の配列だった。 天童荒太 家族狩り 子供の家庭内暴力に苦しむ家族が、残忍極まりない方法で虐殺された。第一発見者は隣家の高校教師巣藤浚介。1ヵ月後、今度は浚介の生徒の家族が似たような惨殺死体で発見される。 警察は、子供が親を殺して自殺したとの結論を出すが、かつて凄腕の刑事でありながら9年前に息子を自殺に追い込んでから所轄でくすぶっていた馬見原は、子供が親をこんなふうには殺せないという信念のもと、ひとり捜査を続ける。しかし馬見原は、妻の入院中、子供への虐待を訴える主婦・綾女を助け夫・油井を刑務所に送るが、綾女と関係ができてしまう。 やがて浚介は、女生徒・芳沢亜衣との関係を疑われ学校を去るが、亜衣の家庭も壊れていく。彼女を救いたいと願う心理療養士の遊子、心理相談ラインの主宰者・巣藤とシロアリ駆除業者の大野夫妻。この夫妻こそ、「家を土台から崩していく」シロアリ駆除を利用して2つの一家虐殺を企てたのだ。 彼らは芳沢家にも乗り込み、亜衣の目の前で「ほんとうに娘を愛していたといえるのか」と両親を拷問する。そこに巣藤と遊子が現れると、大野夫妻は亜衣を車で連れ去る。 後部座席の亜衣に首をしめられた大野は車ごと海に飛び込む。救出される亜衣。 同じ日、芳沢家に向かう途中だった馬見原は油井に襲われ瀕死の重傷を負うが最後には油井を殺害する。 綾女は息子と田舎へ去り、馬見原は妻の佐和子とリハビリに励む。断絶のあった娘の真弓とも和解。ただし、大野夫妻の遺体はまだあがらない。 堂場瞬一 8年 ニューヨーク3番目のメジャーリーグ球団として誕生したフリーバーズのオーナーは、日本の大手コンピューター・ソフト会社「ジャパン・ソフト」の社長西山大典。監督は日系3世、ゼネラルマネージャーも日本の元プロ野球選手。しかし開幕以来負け数を積み重ねていた。そんなチームに、かつてソウル、とバルセロナでその実力を発揮した藤原雄大が3Aから上がってきた。 藤原はバルセロナの決勝で、誕生したばかりの娘が仮死状態になったという知らせを受けたショックからメッタ打にされてからは、娘と妻のためプロ野球への道も断り、社会人野球のコーチとなる道を選んでいた。それが、8年間の看病もむなしく、娘がその短い生涯を閉じたことで、大リーグに挑戦する決心がついたのだ。藤原にメジャーリーグでプレーするべきだと語ったのは、かつてのバルセロナで藤原を打ち込んだヘルナンデスだった。ヘルナンデスには、ソウルでも完璧なホームランを打たれている。 しかし、メジャーリーグにあがって待ちに待って対戦したヘルナンデスには、かつての勢いはなかった。今季限りで引退するのだという。ヘルナンデスを訪ね引退するなという藤原。 やがてフリーバーズは、キャッチングのトラウマも克服した常盤というキャッチャーと、無名の新人ショートの加入により勝率5割に手が届くまでになった。 オーナー西山の横暴に、真の野球ファンの副社長は脱税を国税局にリークし西山を失脚させる。 最後の試合、フェルナンデスを抑える藤原。フェルナンデスはHIVのキャリアであることを公表し、HIVに負けずに野球を続けることを公表する。 鳥井加南子 天女の末裔 昭和35年10月、岐阜県王御滝郡神守地区で村の行者・斉蔵が腹部を刺され、崖下に突き落とされて死んだ。現場には、巫女(「イチミコサマ」)を勤める若い女・高森房枝がいたが、何も語らず、房枝の犯行とされ15年の刑を受ける。穢を許されない彼女が妊娠して出産していたことで、村人たちから非難されていたが、父親が誰かは最後まで口を閉ざしていた。 その生まれたばかりの娘を、シャーマニズムの研究でたびたび村を訪れていた東西大学の学生の中垣内純也は自分の娘(衣通絵=いとえ)として育てる覚悟をする。それから23年後、衣通絵の同級生で東西大学の大学院に通う石田から、父親の純也が残した卒業論文の一部を見せられ、出生の秘密とのつながりを仄めかされる。意を決して父親に問いただす衣通絵だったが、深入りするなとたしなめられてしまう。 彼女に協力的だった石井もまた態度を豹変させ、過去の秘密の根深さを思い知らされる。その1カ月後、23年前に殺された斉蔵の息子・新蔵が王御滝山参りの行の最中に谷に落ちて死んだ。裏に何かあると考えた父は現場にかけつけるが、解決したと言う電話をしてきた日に、ホテルで首つり自殺(他殺)をしてしまう。 衣通絵と石田は地元の刑事の協力を得て調査を続ける内に、房枝は、純也とともにシャーマニズムの研究をしていた大学生の兼見に犯され衣通絵を生んだこと、斉蔵にせめられたためこれを兼見が刺し殺したらしいことがわかる。兼見は罪を房枝に着せ、娘を中垣内にまかせ、自分は教授としての地位を得ていたが、純也から真実を聞いた新蔵にゆすられたため、新蔵を殺したのだ。新蔵が谷に落ちたのは、水を入れるひょうたんに兼見が毒を入れていたためだった。 房枝は、高野美枝子と名を変え、有力者の庇護を受け、美容師として成功していたが、中垣内が殺されたことを知ると、兼見を殺害して心中をはかろうとする。しかし、偶然のガス爆発に救われ、房枝は亡くなってしまうが、兼見は軽傷で生き延びる。石田や衣通絵に問いつめられても白を切りとおしていた兼見だが、もうコレまでと思い、とっさに窓から飛び降りて自殺する。 すべてが解決し家に帰った石田の元に、房江からの手紙が届く。すべての事実が記された後、衣通絵をよろしくお願いしますということばがあった。房江は一度だけ自分の美容室で、友人の結婚式のために上京した衣通絵と話をしていた。それが母親だとは、衣通絵は知らなかった。 |
中嶋博行 検察捜査 司法試験に合格し検察官になった人間の多くが、過酷な勤務条件ゆえ弁護士に転向していくという。こうした慢性的な検察官不足を打開しようと、司法部長・森本は、司法修習生相手に特別プロジェクトを組むが、その成果は芳しくない。その報告会から戻った横浜地検の若き女性検事、岩崎紀美子は早速上司の佐伯主任検事から殺人事件の捜査を命じられる。 被害者は、日弁連の会長選挙にも打って出ようかという大物、内閣法制審議会委員である西垣弁護士。横浜の自宅で秘書官・北沢によって発見されたが、死体には無惨な拷問が加えられた形跡があった。 岩崎はコンビを組む検察事務官の伊藤とともに、西垣弁護士が過去に関わった事件を調べるうちに、ある不動産取引に関して依頼者から訴えられていたという事実を知る。自殺した経営者の妻に西垣を訴える裁判を持ちかけたのは、西垣の後継者とされる宮嶋を支持する弁護士だった。 西垣が殺されたのは弁護士派閥によるものだとして、岩崎と神奈川県警の刑事・郡司は調査をすすめるが、北沢が死ぬ直前に岩崎に送ったフロッピーを見た岩崎は、北沢の殺害に検察庁が関わっていたのではと直感する。 西垣は検察庁の改革を図っており、その改革文を公表する会議の日に殺されていた。その改革は検察庁トップには都合が悪い内容(検察官公判専従論)で、その改革を発言させないために殺されたのだった。西垣と北沢を殺害した犯人は、司法部長・森本の部下が雇った、以前岩崎も取り調べたことのある人間だった。岩崎もこの男に自宅を襲われ負傷するが危機一髪、伊藤に救出される。 永瀬隼介 閃光 ラーメン屋の店主葛木勝が玉川上水で殺された。定年間際でくすぶっていた警視庁捜査一課の滝口政利は葛木の名を聞くと無理やり捜査陣に加わっていく。相棒となった所轄の巡査部長・片桐慎次郎は滝口の強引さに反発するが、それは彼が首謀者を殺させてしまった34年前の三億円事件のかたをつけるためだと知り、危険を承知で滝口の側に立って警察組織と対峙しようとする。 葛木は三億円事件の重要参考人の一人だったが、なぜか犯人単独説を取っていた警察上層部によって、首謀者の疑いが強かった緒方純(父親は警察官)の自殺によって蓋がされたのだ。しかし、警察がこの事件に蓋をしたのは、事件の黒幕の学生運動家で、現在は横浜でクラブ経営をしている真山恭子が検察庁キャリアの妾腹だったことだと知る。 やがて、葛木を殺したのが三億円事件の共犯だった結城だと判明する。葛木はラーメン店が倒産寸前で金のために事件のことをマスコミに売ろうとしたことで結城に殺されたのだが、その結城も、同じく共犯でヤクザになっていた金子に匿まわれていたとき何者かに銃殺されてしまう。その金子も、事件の共犯で現在はレストランチェーンの社長になっている吉岡も、見えない敵からの逃がれている途中で銃で撃たれて死んでしまう。その後恭子も殺されるが、滝口は先手をこされるのは、警察が3人を殺したのではないかという疑いをもつ。 しかし、情報を交換していたジャーナリストの宮本が目の前から消えたことで、興信所に彼の調査を依頼すると、宮本の実父が事件当時輸送車に乗っていた私服ガードマンで、その後自殺した辰巳史郎であることを知る。 宮本こそが、かつての三億円事件の犯人たちに復讐をしていたのだ。緒方純の父耕三は、葛木の事件の後、身を隠してホームレスになっていたが、宮本が吉岡を殺そうとして逡巡している間に宮本を抱え上げ水量の増した隅田川に身を投げてしまう。このとき生き延びた吉岡も留置場で首をつって死んでしまう。死人にくちなし。三億円は使われることなく焼かれたという。 永田俊也 落語娘 明治の末、たまたま通りがかりに見た火事場跡の光景に心を打たれた噺家の芝川春太郎は、これを噺に書くために部屋に籠もり、魔物に執り憑かれたように筆を動かす。翌朝、起きてこない師匠を呼びにきた弟子たちが見たのは、息絶えた芝川春太郎の姿と、書き上げられたばかりの「緋扇長屋」だった。この台本を持ち出した弟子は死に、演じるものは祟られると敬遠されていたが、昭和になって竹花亭幸助という噺家が挑む。しかし演じている最中(幕間)に急死してしまってからは、現代まで封印されたままだった。 長村香須美は、子供のころ叔父に連れられた池袋の寄席で三松家柿紅の「景清」に出会ったのが落語界に飛び込むきっかけで、大学を卒業して意気揚々と柿紅の門を叩き弟子入り試験を受けるが、最後に自分より明らかに劣る男に負けてしまう。たまたまその場に居合わせた、柿紅とは兄弟子筋にあたるエグ味の強い新作を売り物としている三々亭平佐に拾われて住み込みの弟子になるが、妻子を交通事故で亡くした平佐の家は荒れ果てており、家事に追われて稽古をつけてくれるどころでない。だから、5年たっても未だに前座のまま。さらに平佐は3ケ月前の舌禍事件で表舞台には出られず、香須美に無心する始末。 そんな香須美のもとに大学時代の落研の後輩で、今はスポーツ新聞記者の清水が訪ねてきて、平佐師匠が封印された「緋扇長屋」を40年ぶりに復活させようとしていることを告げる。夫と同じことになるから台本を渡さないという幸助の未亡人だったが、平佐は頼み込んで、その夜幸助の家に泊まりこんで台本を読み続けることに。次第に台本の魔力に引き込まれていく平佐だったが、直前に手洗いに起きた香須美によって現実に呼び戻される。 やがて問題の日がきて、多くのマスコミと客の前で「緋扇長屋」を無事演じきる平佐。会場に来ていた柿紅から、稽古にきていいよといわれ喜びを隠せない香須美。 何日かして平佐は香須美に、幸助の家で憑き物が自分をとらえようとしたときに香須美に声をかけられたおかげで呪縛から解けたが、台本の最後の1枚は読まずに小さくたたみ懐紙で包んで夜具の下に押し込んだこと、だから最後の下げは平佐のオリジナルで芝川春太郎がどんな下げをしていたのかわからないままだと告げる。台本の最後の1枚は厠へ行くという幸助の未亡人に懐紙と一緒に渡したのだという。平佐としては、結果的に幸助の未亡人は、これで夫の仇をうつことができたのではないかと思っている。 中野順一 セカンドサイト キャバクラ「クラレンス」で働くタクトは、新人のキャスト花梨に惹かれていく。彼女には不思議な予知能力があった。クラレンスのNo1のエリカから頼まれて、タクトはエリカをストーカーしていた大倉(クラレスの客)を袋叩きにするが、その数日後にエリカは殺されてしまう。警察の取調べを受けるタクト。 殺された大倉は、中国マフィアの手下で夢丸(ドラッグ)の売人だった。行方をくらます大倉。エリカが、「クラレス」のキャストたちに夢丸を捌いていたことを知ったタクトは、大倉がエリカにに奪われた商売道具の携帯電話を取り戻そうとして殺したのではないかと考える。 その数日後、花梨が何物かに連れ去られてしまう。中国マフィアの店に花梨が拉致されていることを付き止めたタクトは、単身乗り込むが銃で胸を撃たれてしまう。タクトを助けるために飛び込んできたのは「クラレス」の常連客の鈴木、実は夢丸のルートを追う麻薬取締官だった。病室で目覚めたタクトは、花梨にもらったジッポーのライターが弾よけになっていたことを知る。鈴木はタクトに、「タクトは正義感が強いからトラブルに巻き込まれたら助けてやってください」と、花梨から頼まれていたことを話す。エリカを殺したのは、タクトと仲のいい同僚で、中国マフィアと対立する暴力組織・五城会と繋がりのある安部だった。大倉の携帯は安部が持っていた。かつてタクトと付き合っていたミルクを薬漬けにしたのも安部だった。 拉致された時に自白剤を打たれたため入院していた梨花が退院する日、病院に迎えに行ったタクトに仲間のアキラから、クラブのピアノ弾きが突然倒れてしまったが誰か知らないかと携帯が入る。携帯の内容を知っているように微笑む花梨。そういえば、梨花と出会ってすぐのころ、「ピアノ練習しといた方がいいですよ」と言われたことを思い出す。両親とも音楽家だった影響でピアノの英才教育を受けたタクトは将来を嘱望されていたが、高校時代にケンカしたことがもとで指に違和感が残り、それ以来、一切ピアノを弾いていなかったのだ。でも、今、弾きたいという衝動がタクトの胸の奥から奔流となって沸き上がってきた。 中路啓太 裏切り涼山 織田信長から播磨攻めを任された豊臣秀吉は三木城を攻め倦んでいた。城内では織田方につこうとする主君・別所長治と、毛利方に味方しようという叔父・山城守の間で対立があったが、結局、別所は毛利方につくことになった。 秀吉の参謀・竹中半兵衛は、武力ではなくあくまで調略によって無血開城させるべきだと進言し、浅井を裏切って織田に内通した男・忍壁彦七郎に白羽の矢を立てる。彦七郎は、必死になって主君のために働く人々を、主君がいいように使った挙句に無駄死にさせようとしていることが許せなかったのだ。しかし彦七郎の妻子は夫の裏切に絶望して自害し、彦七郎も今は出家し涼山と名乗っていた。その涼山を、城内にいると思われる織田方の武将に近づけ、混乱に乗じて開城にこぎつけようというのが竹中半兵衛の考えだった。固辞していた涼山だったが、妻とともに自害したと思っていた娘・紫野が三木城に生きていると半兵衛から聞いたことで、三木城に入る決心する。そのお目付け役として同道することになったのが、毛利に滅ぼされた尼子十勇士の一人・寺本生死之介だった。 二人は僧侶として城に侵入することに成功はしたものの、城には涼山と同じく浅井家に仕えていた武将・赤尾左馬介が、降魔丸と名乗って山城守の参謀となっていた。下肢が不自由なため二人の家来に戸板に乗せられて移動していたが、浅井家を滅ぼした織田信長への怨みは激しく織田家に敵対するよう別所家に取り入っていたのだった。 やがて謀反人として志村という旧臣が捕らえられ処刑されてしまう。これで城内の織田方による隆起はなくなり、調略は失敗してしまう。別所長治への拝謁を許された二人は、長治と刺し違える覚悟をして臨むが、対面した長治の子・七郎丸が、白拍子となった涼山の娘・紫野の子だとわかり、涼山はなんとしてでもこの城を開く決意をする。 毛利勢からの兵糧搬入作戦でも秀吉軍との対峙も辞さずに大活躍をした涼山は、領民たちからも一層慕われるようになる。 やがて長治は涼山に、謀反人は志村でなく自分であったこと、病死した紫野から「私の父は主家に民を保つ力はなくなったと見切り敵に寝返りましたが、私は、父は正しいことをしたと思っております」と和議を勧められていたことを明かす。重臣たちを集めた長治は、降伏し自分たちの死をもって家来や領民たちを救えるよう秀吉に嘆願すると告げ、涼山を使者にして送り出す。 しかし涼山の留守中に降魔丸は死之介を捕らえ、死之介と通じていた、降魔丸の家来で女忍者の楓の鼻を切り落とすと脅かし、死之介が尼子十勇士の一人であることと涼山の本当の目的を吐かしてしまう。拷問の末、床下牢に入れられる死之介と楓。やがて涼山が戻り、長治兄弟と山城守の切腹の日時が伝えられるが、突如山城守は、「臣を助けるために主が死ぬなどありえぬこと」と徹底抗戦を宣言すると、涼山を捕らえて床下牢に閉じ込めてしまう。この山城守の動きに、家来たちの反感は徐々に大きくなり、山城守は襲ってきた家来たちに殺され、降魔丸も涼山に殺されることになる。 長治の元に駆けつけた涼山が目にしたのは、長治兄弟とその妻子の自害した死体であった。一足違いだったかと観念したが、幸いにして七郎丸だけは生き残っていた。裏切り者の俺を殺せという死之介に、「よくぞ裏切った。もし裏切らず楓の耳鼻が削がれることになっていたら俺はお前を許してはおらぬ」と諭す涼山。 涼山は仕官をすすめにきた秀吉の使者を振り切って、七郎丸を抱いて馬を疾駆させて去っていった。 鳴海章 ナイト・ダンサー 貨物室のドアが完全に密閉されないままにアメリカに飛び立ってしまったM航ジャンボ機には、アルミ合金だけを溶かす特殊細菌・NC90Y菌が潜かに積まれていた。飛び立ってすぐに発生したエンジン・トラブルのショックで、NC90Y菌の容器が壊れ機内へと浸食を始める。次々とエンジンが停止し、流出したNC90Y菌で油圧系統は溶けだす。飛行困難に陥ったジャンボ機は、日本へ引き返すことに。 日本にNC90Y菌を独占されることを憂慮したアメリカ大統領キャサリンは、海軍戦闘機トムキャットにジャンボ機の撃墜を命じる。トムキャットの発射したミサイルは、緊急発進した航空自衛隊イーグルの迎撃ミサイルによって阻止され、トムキャットは撃墜される。キャサリンは、ただちに原子力船からのミサイル攻撃を命令するが、これはアメリカの動きを知った日本首相がホットラインを通じてキャサリンを説得、自分たちが始末をつけると手を引かせる。しかしキャサリンは、NSN(米国国家安全保障庁)長官の反対を押し切って、ジャンボ機撃墜のためナイト・ダンサーの発進を命令する。 キャサリンが強硬な手段をとるのは、半年前にテロで幼い息子を失っていたからだ。ナイト・ダンサーだったのは陸上自衛隊遠藤ニ尉で、彼の陸上自衛隊機イーグルは、僚機のイーグルとの空中戦に勝ち、ジャンボ機にミサイルを発射してソ連に逃れる。しかし、撃破されたのはジャンボ機を誘導し滑走路から外れて乗員が退避した早期警戒機グラマンE2Cだった。ジャンボ機救出のため出動していたアパッチの鷹尾剛毅が、とっさの判断でナイト・ダンサーから発射されたミサイルを誤誘導させE2Cに命中させたのだった。鷹尾は、スペースシャトル用に作られた全長9キロの滑走路に、50メートルおきに照明塔を投下し、帰還不可能と思われたジャンボ機を無事着陸させる。このジャンボ機には副操縦士として弟の翔太郎、そしてNC90Y菌を持ち込んだN化学の研究所長の秘書として元恋人の佐和子が乗り込んでいた。 乗客がほとんど退散した後、ホットラインの密約に従い、ジャンボ機はNSN(米国国家安全保障庁)のメニブリッジスの密名命をおびたスチュワーデスの神埼祥子によって爆破される。脱出するまで充分な時間があるはずだった爆薬は、リモコンのスイッチを押すのと同時に爆発。祥子と残っていた機長は爆死する。 E2Cにミサイルが着弾したときの爆風を浴びて墜落していたアパッチから出てくる鷹尾。鷹尾にかけよる佐和子。 ソ連に向かっていたナイト・ダンサーは、2機の自衛隊機ファントムに追われて撃墜される。メニブリッジスに命令をしたのは、日本首相だったが、遠藤も祥子も自分たちが首相の子供であることは知らずに死んでいった。すべてが終わった後、イスラエルにNC90Y菌の技術を売り渡そうとする男がいた。その背景には、2人の子供を失ってまで国際社会の中で日本を優位に立たせようとしていた首相がいた。 西加奈子 さくら 主人公の薫は長谷川家の次男。美少年で幼稚園から高校まで誰からも愛されていたスーパースターの兄・一と、小さい時からやんちゃだったがその美しさからいつも注目されていた妹のミキに挟まれ、二人のはつらつとした毎日といっしょに楽しい日々を送っていた。それが突然、兄・一の交通事故で一変してしまう。一は下半身不髄になり人に怖がられるくらいの損傷を顔に受けてしまう。しかし家族は、一を励まし勇気づける。その中心にいたのは老犬・サクラの存在だった。しかし兄は、サクラと散歩に出かけた公園で首を括って自殺してしまう。 父は突然家からいなくなり、美しかった母は過食と飲酒に溺れ、兄に危険な恋心を抱いていたミキはただぼうっとして毎日を過ごしていた。一が死んだあとミキは、転校していった兄の恋人からの手紙をポストから真っ先に取り出し赤いランドセルに隠していたことを泣きながら白状する。初めて妹を殴りつける薫。そのランドセルは父と一緒に消えていた。 3年後の年末、実家を離れ東京の大学に入っていた薫は、年末年始を一緒に過ごしたいとせがむ恋人を置き去りにして、何かに突き動かされるように実家に帰った。そこには母がいて、妹のミキがいて、サクラがいて、久しぶりに家に帰ってきて小さくなっている父がいた。家族で年末の餃子をつくり墓参りに行く。大晦日、サクラがぐったりとしているのを見つけた家族は病院を捜してさ迷う。失踪してから自分が通った道を塗り潰していた(長距離トラックの管制官をしていた)父の日本地図は真っ黒だった。とくに長谷川家の近くは一番濃かった。 無事だったサクラ。薫は思い出す。車椅子の上で、事故で変形した顔をさらにくしゃくしゃにしながら、「打たれへん」と言った兄の言葉を。神様はときどきビーンボールを放る、と。自分にはそれが打てないと。 *フェラ−リと呼ばれた浮浪者がミキを見て覚醒する話。ミキと大人になって性転換して男になる同級生の話。お父さんを慕っているオカマの同級生と長谷川家の家族との信頼し合っている話。時間的に隔絶したエピソードをいくつも積み重ねつつ、全てが薫というひとつの物語へ収斂されていく。*サクラという名は、もらってきたときに尻尾に桜の花びらをつけていたのでミキが名づけた名前だが、ほんとは違う花だった。 貫井徳郎 転生 有名な作家を母に持つ大学生の和泉は、ようやくドナーがみつかり心臓の移植手術を受けるが、手術後に突然食べ物の嗜好が変わったり、絵がうまくなったり、「恵梨子」という見知らぬ女性の夢を見るようになったり、不可解なできごとに直面する。 心臓とともにドナーの記憶まで移植されてしまったのか。和泉は、ジャーナリストの紙谷や朗話者の小学生・雅明、友達の如月の協力で、禁止されているドナーの家族と接触しようと試みる。 やがて、和泉が手術を受けた直前に交通事故で死んだ女性・橋本奈央子の遺族を探し出しすが、夢で見た恵梨子とは違っていた。その後、夢の中で恵梨子と出かけた美術館の個展に出かけ、芳名帳から恵梨子が実在すると確信すると、夢で知った恵梨子の好きなケーキを持って会いに行く。 最初は会うことを拒まれたが、二度目に訪れた恵梨子の家で、これまでの体験した経緯を話すと、恵梨子は、自分の恋人・一哉が自分をストーカーしていた暴漢に襲われ和泉の手術の2日前に死んでいたことを告げる。和泉が引き継いだ記憶は、一哉のものだったのだ。一哉のことを聞き出そうと家族を訪ねるが、検事である一哉の父は、息子がドナーであったことをかたくなに否定する。 橋本奈央子の家族が、和泉を一哉に近づけないためのダミーだったことを知り、背景に大きな陰謀を感じる和泉だったが、これ以上深入りするなと何者かに再三にわたり警告される。 紙谷の情報により、レシピエント(臓器を移植される人)の順序を決めるゴッド・コミッティーの存在を知り、一哉の父がメンバーだとつきとめた和泉と恵梨子だが、二人は逆に脅迫されてしまう。和泉の心臓のDNAと恵梨子の持っている一哉の遺髪によって心臓移植は証明できるが、それを公表しない代わりに、自分たちの安全を保障させろと要求する和泉と恵梨子。自分の息子の記憶が生きていることもあり条件をのむ一哉の父。二人は新しい人生を踏み出す。一哉の記憶ではない、和泉の感情として。 貫井徳郎 慟哭 娘を失うという深い喪失感と大きな傷をかかえ職を放棄して彷徨する松本と、警察内ではエリートコースをひた走る佐伯警視。 佐伯は妻の父親が警視庁長官ということから、さまざまな妬みや中傷を浴びながらも、孤独に峻烈なまでな厳しさで自己と他者を律して行動してきた。私生活においては、家庭とは全く疎遠になり、妻とは別居状態、娘からは憎まれてさえいて、愛人宅から通うという生活だ。 一方の松本は、心の傷を癒すため、新興宗教「白光の宇宙教団」に救いを求めて、しまいには黒魔術を駆使して娘を蘇らせようとし、代わりになる少女を次々と殺していく。そして二人はこの、連続幼女誘拐殺人という事件を交差して行く。妻とも不仲になり、愛人からも見放され、自分を唯一支えていると思い込んでいた娘さえも、自ら陣頭指揮をしていた事件に巻き込まれ死なせてしまう。しかも、妻から娘が誘拐されたかもしれないというメッセージを無視し、捜査一課長としての体面を取り繕うために初動捜査を遅らせてしまう。 一方、松本は身代わりになる新たな少女を見つけ近づこうとしていたが。そのとき、松本は、佐伯の部下から声をかけられる。「もうおやめなさい、佐伯さん」と。佐伯の旧姓は松本。娘の死後警察をやめ妻と離婚してからは松本と名乗っていた。 貫井徳郎 プリズム 生徒から人気のある小学校の女性教師山浦が自宅で死体となって発見された。他殺か事故死か。頭部に残されたアンティーク時計による衝撃痕。山浦は殴られて殺されたのか。なにか事故に巻き込まれてしまったのか。いずれにしても、部屋の窓ガラスは切られており、外部からの侵入があったことに間違いはない。いつ、誰が彼女の部屋へ入ったのか。その時、彼女は生きていたのか。部屋から発見されたチョコレートには睡眠薬が入っていた。これと事件との関連は。 小説は四章構成になっており、各章で語り手は変化する。前の章で浮かび上がった容疑者が次の章の主人公となるのだ。 第一章は死んだ山浦のクラスの男子生徒・小宮山真司の視点で書かれ、チョコレートを送ったとされる男性教師を陥れようと元恋人の教師・桜井が殺人を仕組んだと推理する。 第二章ではその桜井が、死んだ日に山浦と会っていた元恋人・山崎こそが犯人と推理し詰め寄る。 第三章ではその山崎が、同じ医師仲間(山浦の妹のフィアンセ)から手に入れた山浦の日記から、犯人は彼女の不倫相手で同じ病院に勤める医師小宮山だと突き止める。 第四章でその小宮山は、山浦の生徒である子供たち(息子真司の女友達山口)の犯行の可能性に気づく。犯人が特定されぬまま、そこで小説は終わる。プリズムとは「様々な光を乱舞させる」もの。 貫井徳郎 修羅の終わり @「桜」と呼ばれる裏の公安として諜報活動の訓練を終えた警視庁公安の青年刑事・久我は、法と秩序の維持という使命感に燃え、連続交番爆破事件で国家体制に挑戦する「夜叉の爪」の温床である日本青年同盟に、高校生の斎藤をスパイに仕上げ送り込む。しかし、手段を選ばぬ先輩刑事・藤倉の指令で斎藤の姉までスパイに仕立ててしまう。斎藤がスパイであることが仲間に知れ殺されてしまうや、藤倉を襲い「蛆虫としての生」を与える(性器を切断)。家にたどり着いた久我を待っていたのは。 A池袋の警察署に勤務する悪徳刑事の鷲尾は、秘密売春組織の捜査の途中で売春婦を逮捕し拷問にかけるが、組織ぐるみの罠(鷲尾による被疑者強姦)にはめられ免職に。白木の接近により、警察への復讐に燃え、都心に時限爆弾を仕掛ける。 B歌舞伎町の路上で目覚めた時から記憶を失い自分の名前も思い出せない青年。たまたま知り合った智恵子に助けられながら自分探しを始めるが、売春をしていた智恵子は客に殺されてしまう。小織という奇妙な少女が現れ、前世で青年は斎藤拓也と呼ばれ小織と恋人同士だったと告げる。姉と交際していた山瀬によって、自分の名が真木で、姉が警官に犯され、それを苦に自殺していたこと、姉の仇が久我であることがわかり、久我を襲う。久我が藤倉に命じられるままに芝浦の空き倉庫で犯した女が俊吾の自殺した姉であった。 *物語はこの3人の人物をそれぞれに視点として同時進行をする。@とBは1971年。Aは1992年。 貫井徳郎 さよならの代わりに マチュア劇団「うさぎの眼」の劇団員・白井和希の目の前に突然、謎の少女・萩村祐里が現れる。 なぜか劇団のことをよく知る祐里は和希に、劇団の看板女優・圭織の部屋を見張ってほしいと頼むが、和希が目を離した隙に圭織は何者かにナイフで刺殺されてしまう。 やがて圭織の愛人だった劇団主宰者の新條が容疑者として逮捕されるが、和希は祐里が何らかのかたちで事件に関係していると考える。 なかなか真実を告げない祐里であったが、やがて自分が未来からやってきたこと、自分が新條の孫であること、犯罪者の孫として幸せな人生を送っていないことを和希に告げる。 二人は協力して真犯人の手がかりを探そうとしていたが、核心に近づきつつあったとき何者かに襲われ、和希を救おうとした祐里は刺されてしまう。和希の前から突然姿を消してしまう祐里。 何日かして戻ってきた祐里は、新條の付き人・名倉が犯人だということを突き止めていた。名倉も圭織と関係をもっており、ナイフに新條の指紋を残すため、傘に見せかけて新條にナイフを握らせていたのだ。 そのことを名倉に白状させ、会話をMDに録音していたことを話すと、名倉は自らバイクで壁に突っ込んで自殺してしまう。しかし、証拠になるはずのMDも、転んだときに割れていた。真実はどうであれ、未来からやってきた者が歴史を変えることは不可能なのだ。 祐里は過去に何回かタイムスリップをしていてそのたびに時代は何ヶ月かずつ遡るのだという。そこで、未来に起こる出来事をインターネット上のファイルに保存してその度に見ていたのだ。 不幸な歴史は変えたほうがいいと言う和希に祐里は、「変わってほしくないことがひとつだけあったんだ。あたしの変わりに誰かが・・・和希クンが死んだりするのは、どうしてもいやだった。そこだけは、絶対に変えたくなかったんだよ」。祐里は最後のタイムスリップで、和希を守って真犯人に刺されて死んでしまう。 「さよなら、とは言わないよ。だってこれで和希クンとはお別れじゃないから。あたしは一度自分の時代に戻ってから、また過去に行く。和希クンに会いに行く。そのときはわざと躓いた振りをして、腕にしがみついてあげるからね」「何だよ・・・、あれも演技だったのか」。 祐里はさよならの代わりに「またね」といった。和希は彼女にいつかまた会えると信じている。 貫井徳郎 迷宮遡行 真面目に10年間勤めた不動産会社をクビになった迫水は、親友の警官・後東と書置きを残して家を出ていった妻・絢子の行方を追いはじめる。身寄りのない絢子の過去を唯一知る歌舞伎町のバーテン新井をたずねるが、新井は何かに脅えているようで、話をした翌日に姿を消してしまう。迫水の前に暴力団関係者らしき男たちの影がちらつき始め、手を引くよう執拗に迫る。数日後、新井の死体が発見される。 絢子によく似た女・秋絵が、渡辺組組長を狙撃した佐久間の妹・育子の行方を追っていたという情報をつかんだ迫水は、疎遠になっていた警視庁マル暴の兄に相談する。やがて、育子の潜伏先を探し当てた迫水は育子の口から、渡辺組と対立する神和会に自分の恋人が関わっていたこと。そのことから渡辺組の人間にレイプされたこと。そのために兄が渡辺組に復讐したことを聞かされる。 迫水の前に突然あらわれた新井の妹だという女・麗子から覚醒剤を預かることになるが、麗子は神和会のヤクザにつかまる。覚醒剤とひきかえに麗子を助け出そうと後藤と向かうが、逆に拉致されてしまう。これは麗子の自作自演だった。危機一髪乗り込んできた警察に、神和会と台湾マフィアは一網打尽となるが、このとき親友の後東は殺されてしまう。すべてが渡辺組の仕組んだことと知った迫水は、サラ金から借りた金で情報屋から後東の敵である青島の居所を突き止め、殺してしまう。青島の電子手帳に記された住所からから、渡辺組に匿われていた秋絵を助け出すが、彼女から、渡辺組長に恨みのある絢子が襲撃事件に関わっていると思って秋絵は育子を訪ねたことを知る。秋絵の話から麗子が絢子のことで嘘をついていたことに気づいた迫水は、麗子を訪ね問い詰めるが、そこに絢子が現れたる。 絢子は渡辺組長の娘で、ただ一人渡辺組長と同じ特殊な血液型だったため呼び出されていたのだ。「絢ちゃんさえいなくならなければ後東は死ぬことは無かった」という迫水に、「佑ちゃん。あたしを捜してくれてありがとう。あたしと一緒に暮らしてくれてありがとう。」そういって隣の部屋に消えていった。テーブルの上の青島から奪った拳銃は消えていた。隣の部屋から銃声が聞こえても、迫水は立ち上がれない。 貫井徳郎 追憶のかけら 大学で国文学を教える講師の松嶋は、自分の不実から愛想を尽かして実家に帰っていた妻・咲都子を交通事故で亡くし、娘は自分に批判的な義父母に預けている。義父は師であり国文学の権威。そんな松嶋は、50年以上前に自殺した作家・佐脇依彦の残した手記をある人物から手渡される。佐脇の自殺の謎を突き止めてくれれば松嶋が手記を学会に発表してもいいという。論文が認められれば子供も再び引き取れるとの思いで松嶋は手記を読み始める。 時代は終戦の直後。佐脇依彦はひょんなことから井口という妻子を亡くし戦争で目を負傷した復員兵と出会う。井口は死に際に、妻以外に愛した女性・春子とその子供の行方を追ってほしいと佐脇に懇願する。佐脇は遺志を継ぎ、春子を追いかけまわしていたカストリ雑誌を発行する加原の線から、友人の長谷川、近所の大野の協力を得て春子を見つけ出すのだが、しばらくして脅迫とも言える手紙とともに、佐脇や長谷川・大野までもが何者かに暴行される。しまいには佐脇が心を惹かれていたお手伝いの扶実さんまで、何者かに犯され、その結果、子供を宿してしまう。心血を注いで書き上げた作品も盗まれ、他人の名前で発表されるに至っては、佐脇に残されたのは自殺しかなかった。 手記を読み終えた松嶋は日記に出てくる長谷川を訪ねあて、手記の裏づけをとると学会誌に発表した。しかし、それを読んだ義父の麻生は、手記が偽物だと言い切る。誰かが故意に細部を書き直しているのだという。長谷川から、50年前に佐脇や自分を襲ったのは春子の兄で、今は実業家として成功している竹頼であることを告げられる松嶋。そして竹頼の孫の志水こそ、咲都子が松嶋と結婚する前に付き合っていた男で、咲都子は志水を振って松嶋を選んだ経緯がある。過去と現在との事件が交錯して、松嶋は他者の悪意に巻き込まれていく。 春子は、アメリカ兵との結婚話が加原があらわれたことで破談にされたことで狂死しており、兄の竹頼は春子の居場所を教えたのが佐脇たちだと恨んでいたこともわかる。また、麻生の母こそが扶美さんだという、井口の子だと名乗る男の言葉に一時は咲都子の陰謀だとも疑ってしまうが。しかし結局は、竹頼から扶美に生ませた子がいることを聞いた竹頼の娘永美子が、その息子を訪ね彼から手記を10万円で買取り、それを自分の息子・志水から咲都子を奪い取った松嶋を失脚させる材料に使ったものだった。志水はこの件に一切関与しておらず、最後にお詫びにと本物の手記を松嶋に手渡しに来る。咲都子が松嶋に残した手紙が見つけられる。 貫井徳郎 空白の叫び ごく普通の家庭に育った中学生の久藤美也は、将棋が強いことから学校一のワル・増田の後ろ盾を得ていじめられる側から一転していじめる側にまわり、暴力的な振る舞いは生徒からも教師からも恐れられるようになる。そんな彼の前にあらわれたのが理想にもえる新米教師・柏木理穂だった。久藤は、理穂への嫌悪感から彼女を無理やり犯すが、その後は理穂に誘われ逢瀬を重ねることに。しかし、自分への見合い話を持ち出してまで久藤の関心を引こうとする理穂が疎ましくなり、久藤はとっさに絞め殺してしまう。 医者である父親をもち何不自由なく育ってきた有名中学に通う美少年の葛城拓馬。趣味はガンプラの製作。4人目の義母とも気が合い義母の友人たちともうまくつきあっている。そんな葛城の気持ちを曇らせるのは葛城家の使用人・宗像の一人息子で動作の鈍い英介の存在だった。目の前で自分のガンプラを壊してしまった英介をゴルフクラブでたたき殺してしまう葛城。 祖母と叔母の3人で暮らす家族思いの優しい中学生・神原尚彦は、祖母の突然の死を境に、遺産を巡ってそれまで家に寄り付かなかった母と叔母の争いに巻き込まれていく。一銭も神原の母に遺産を渡さないという叔母。その叔母には丹波という恋人ができ、叔母は引き止めておくために貢ぐようになるが、丹波こそ、叔母から遺産を引き出すために神原の母が手配した男だった。それを知った叔母は自殺未遂をおこし、神原は叔母のために母親が眠る家に忍び込んで火をつけて焼き殺す。 この3人が同じ少年院に収容され、厳しい日課、体罰と陰湿ないじめが公然と行われる過酷な世界のなかで不思議な連帯感を持つようになる。独房入りを繰り返し孤立していく久藤、女として扱われ自滅して行く葛城、他人に媚び他人を利用することで生き延びようとする神原。10ケ月後、3人は少年院を出る。 実家に戻った久藤は新聞配達の仕事につくが、過去を知る誰かわからない人間の嫌がらせにより、辞めざるを得なくなる。 葛城は父親が用意したマンションに一人で暮らし、英語学校に通い彩という女性と付き合い始めるが、自立したいという彩は葛城の忠告も聞かずマルチ商法にはまっていく。彩の背景に見え隠れする瀬田という男の影。 神原も、叔母のマンションの近くのアパートで一人暮らしを始める。性懲りもなく叔母はまだ丹波と付き合っているという。その丹波に、叔母は神原に残されていた遺産まで貢いだ挙句に捨てられる。許しを請う叔母を口汚く罵った日、叔母は自殺してしまう。天涯孤独になった神原だが、米山に紹介された英里と関係を持ったことが幼馴染の佳津根の知るところとなってしまう。居場所を見つけられず次第に追い詰められていく3人。 そんなとき、幼馴染の水嶋から銀行を襲う計画を持ちかけられた久藤は、葛城と神原、そして神原が少年院で世話になったと言う米山と黒沢に声をかけて計画を実行に移すことになる。銀行に爆弾を仕掛け銀行にいる人間を人質にして、水嶋の父親が支店長をしている隣の銀行から2億円強奪するという計画だった。計画はうまくいき金を手に入れたが、犯行は工藤たちに恨みを持つ何者かに知られることになる。逆に脅迫される3人。 そんな中、仲間はずれにされた米山と黒沢に襲われて分け前を横取りされた神原は、二人を追いかけようとして車に轢かれて命を落とす。 葛城は、彩の背後にいた瀬田と名乗る男が自分に恨みを抱いているのは、瀬田が自分の父親の子供で、兄弟でありながら葛城とは対象的な不遇な人生を歩いてきたことが許せなかったからだと知る。真実を聞くために父親に会いに行く葛城。父親の口から、神原の母親はかつての宗像の妻で、自分が手を付けた女をその子供とともに屋敷内で暮らすために神原の母親を追い出して宗像と一緒に住まわせていたことを知る。葛城と英介も義理の兄弟だったのだ。 久藤は、中学時代に自分の後ろ盾になってくれた増田から、理穂の父親に頼まれて久藤が更正する妨害をしていたことを打ち明けられる。理穂の父親に謝りに行く久藤。少年院で久藤を虐待していた教官の柴田も理穂の父親の指示で動いていたことを知る。警察に自首をする久藤。葛城が神原の墓を訪れると、そこには幼馴染の佳津根の姿があった。 沼田まほかる 九月が永遠に続けば 年前に突然、精神病院の院長である夫の安西雄一朗から離婚させられた水沢佐知子は、通い始めた自動車学校で犀田勉という若い教官と出会い恋に落ちていく。犀田が、元夫・雄一郎の再婚相手・亜沙実の連れ子・冬子の交際相手と知りながら。2人の関係が始まった9月最後の日から6週間後、佐知子の一人息子・文彦が、同じマンションに住む同級生の服部ナズナを家まで送り終え、佐知子に頼まれてゴミを出しに行ったあと、突然、行方不明になってしまう。 翌日、佐知子は文彦の部屋でポルノ雑誌を見つける。そのうちの1冊は、表紙も内容も暴力で痛めつけられた女の苦痛の表情に充ちていた。その拘束された女を見て、元夫・雄一郎の再婚相手・亜沙実のことを思わずにいられない佐知子。亜沙美は20年前、兄の弓男とともに男たちに拉致され頭から黒い袋をかぶせらたまま何日も暴行を受けていた。その数年後には引っ越した先でも複数の男に襲われ今度は妊娠してしまう。日増しに精神が病んでいく亜沙実を連れた弓男がたどり着いたのが安西病院だった。自慰とも自傷ともつかない激しい行為を繰り返す亜沙美。それを必死で助けようとする雄一朗。そのとき亜沙実が生んだのが冬子だった。 警察に失踪届を出して帰宅した佐知子は、犀田がホームに転落して死んだことを新聞記事から知る。ナズナからカンザキミチコという同級生が文彦を校門で待つ長い髪の女の子を見ていたとこと聞くと、その子が冬子だと直感し彼女の学校を訪ねる。初めて会う冬子は、佐知子と犀田の関係を知っていた。文彦のことを問いただすと「血のつながった兄弟がそんな関係ではない」と言い走り去る。 文彦の失踪から4日後、雄一朗から冬子が帰っていないと連絡が入る。ナズナの父・正雄とともに犀田のルームメイトの音山を訪ねが、冬子は、佐知子のマンションで待っていた。 冬子の口から、かつて兄である文彦と親しく会っていたこと、佐知子と犀田との関係を文彦に告げていたこと、亜沙実が頭に黒い四角い布を被せられ荒々しく父親と交わる姿を見たことを聞く佐和子。文彦は、父親の一面を知り、母親の不実を知ったことで家を出たのではないかと考える。翌日、犀田を突き落としたのは自分だと思い悩んだ冬子は大量の薬を飲んで自殺を図る。 佐知子は病院の事務長・大迫から亜沙美の実家を聞き出し向かうが、そこに雄一郎から、冬子が死んだという連絡がはいる。弓男から亜沙美の居場所を聞き出し、ようやく出会えた亜沙美に冬子の死を伝えると、亜沙美はその場に倒れてしまう。佐知子が亜沙美を抱きかかえているところに帰ってきたのは、予想もしない文彦だった。すすり泣く亜沙美を抱きしめる文彦。文彦から、ゴミを捨てに出て戻ろうとしたときに、亜沙美から渡されていた携帯電話が鳴り二人でタクシーで逃げたことを告げられる。文彦は亜沙美に、「冬子を超えた冬子」を見て惹かれたのだという。 そして冬子も雄一郎に似ている文彦に惹かれていた。冬子の密葬の日、雄一郎と佐知子と文彦の3人は冬子の遺品の中に「これを飲めば眠ったまま死ねる。おまえのようなみだらな娘は死ぬべきだ」と角ばった字で書かれたメモを見つる。翌日、学校でカンザキミチコを問い詰めると、自分が文彦を慕っていたこと、冬子に睡眠薬を送ったのも犀田の背中を押したのも自分であることを認める。 亜沙美は冬子の死後、目を開いたまま眠ったような状態になってしまっていた。学校の帰りに病院に寄り亜沙美のそばにいる文彦。きっと亜沙美はああなることを望んでいたのかもしれないと佐知子に告げる雄一郎。 野沢尚 破線のマリス 首都テレビの看板番組「9-10」で「事件検証」コーナーを持つ遠藤瑶子。離婚し、子供は別れた夫が引き取っている。あるとき郵政省の春名という男から、吉村弁護士が飛び降り自殺した事件は、殺人かも知れないとの情報が入った。永和学園がBSチャンネルを確保しようと郵政省審議官に実弾で食い込もうとしていることを吉村が嗅ぎつけていたこと。その吉村をつけていた男がいてその人物をテープに収めたとことを告げる。瑶子はとびつき、テープに映っている男が犯人と思わせるよう工夫して流した。 男は郵政省の麻生という男だったが、放送後に警察に呼ばれ、やがて地方支社に飛ばされ、妻も里に帰ってしまっていた。名誉毀損で訴えることは断念したが、「人生を棒にふった」ことで麻生は執拗に瑶子を追い回す。瑶子の日常生活を撮ったテープや、謝れ、謝れ、と書いたファックスが送られるなど、瑶子の神経は次第にすり減らされていく。息子の誕生日に用意していたグローブを持っていくが、別れた夫から「これ以上会わないで欲しい」と言われる。意を決した瑶子は麻生のアパートに忍び込み、その生活ぶりをビデオに納め麻生と対決するが、その顔に死に行く男の陰を認め恐怖を感じる。 そんなとき春名の名刺を持つ顔を潰された男の死体が発見された。警察に呼ばれた麻生は、殺害のあった夜「瑶子の部屋を覗いていた。」と証言し物議をかもす。麻生を問い詰めにいく瑶子だが、無理に関係をせまられたことで麻生を下水溝につき落として死なせてしまう。 茫然自失の体で自宅に戻る瑶子。何日か後、犯行の一部始終を映したテープが局宛に送られてくる。逮捕される瑶子。警察の現場検証のとき、自分をビデオで撮り続ける人物を見つける。息子の淳だった。最初から瑶子をビデオで撮っていたのは息子の淳だったのだ。 野沢尚 深紅 秋葉奏子は小学校6年生のときに両親と幼い二人の弟を殺された。いずれもハンマーでめった打ちにされており、家の中は血の海だった。現場で茫然自失になっていた犯人の都築は、奏子の父由紀彦に頼まれ秋葉の義父の借金穴埋めのために連帯保証人にされ多額の借金を背負っていた。その金は都築の死んだ妻が妻自身にかけていたものだった。この事件のとき、奏子だけが修学旅行に行っていて無事だった。 以来奏子は自分の心の中に隠れ家を作り、表に出してはいけない感情を蓄積させるようにして生きてきた。知らせを聞いて修学旅行先の信州から東京に戻るまでの4時間をリアルタイムで追体験する「4時間の発作」は、大学生になった今もまだ消えることはない。 そんなとき、都築に死刑判決が言い渡されたという知らせを受ける。かつて奏子に取材をしたことのある椎名のルポから、都築の娘・未歩も自分と同じ傷を負っていると確信した奏子は、現場に立ち会った当時の巡査から娘の住所を聞きだし、素性を明かさずに未歩の働くショットバー「アイスストーム」に通う。 やがて、自分が殺人犯の娘であることを奏子に告白する未歩。恨みは継承しつつもどこかで繋がる被害者の娘と加害者の娘。 未歩が夫に殴られて子供を流産させてしまったことを知ると、奏子は、夫を殺害することをほのめかす。しかし、綿密にたてた計画も、奏子の「4時間の発作」により狂っていく。この発作によって、なんとか計画を阻止しようとする奏子。しかし未歩は夫を金槌で打った後だった。夫は命を取り留めるが、犯人はいまだ捕まらないままだという。離婚届を出して実家の宇都宮に帰る未歩。 法月綸太郎 生首に聞け 大病から復帰した前衛彫刻家の川島伊作が長年の沈黙を破って取り組んでいた作品は、かつて妻をモデルにして作った作品「母子像」の続編ともいえる石膏像で、愛娘の江知佳をモデルにしていた。だが完成直後、川島は急死してしまう。葬儀の日、何者かによって石膏像が切断され、首が持ち去られた。 江知佳の身を案じた叔父の川島敦志は、旧知の綸太郎に事件の調査を依頼する。敦志は、江知佳の元恋人でストーカーのように江知佳の周囲をうかがうカメラマンの堂本のことも気になっていた。 江知佳の母・律子は、16年前に幼い江知佳を置き去りにして歯科医師の各務と再婚していたが、各務の前妻は律子の実の妹で、同じ頃、ロスで自殺していた。さらに、伊作と敦志の長年にわたる不仲など、複雑な家庭事情が明らかになる。 そんな折、伊作の追悼展が開かれる美術館に、江知佳の生首が入った宅配便が送られてきた。 江知佳は石膏像の目が開いていたことから、型を自分の母親の死体から取ったことに気づき、16年前に死んだのは律子の妹ではなく律子自身でなかったかと各務夫妻を問いただしていた。16年前、各務夫妻は、律子が「義弟」と不倫をしていたと伊作に告げ口をし、伊作を共犯者にしてしまったのだ。伊作は「義弟」は敦志だと思っていたため敦志と不仲になっていたが、病床で各務が律子とムリヤリ関係をもっていたという真実を知り、告発のつもりで「母子像」の制作にあたっていたのだ。 石膏像の首を切断し持ち歩いていたのは江知佳と堂本で、各務は堂本に嫌疑がかかるよう真実を知る江知佳を殺していたのだった。 |
花木新
B29の行方 金英興産の社長・金森英二郎の孫が誘拐され身代金要求の電話があった。金の受け渡し場所をいろいろ変更した末に、犯人は自転車に乗って金を運んできた社長を襲い、一億円の金を奪って逃走する。子供は無事に帰ってきたが、遊軍記者の橋本は、この事件が後10日近くで時効が成立する15年前に秩父で発生した誘拐事件の模倣であることに気がつき、朴訥な宮脇刑事と共同で捜査を開始する。 秩父の事件は、名家である橋本家の長男・正次郎の新妻が滝沢という男と浮気の最中に愛児が拐されたもので、たまたま来合わせていた親戚の鈴木秀二が自転車で同じように金を運び、奪い取られていたものだった。このときの愛児は殺されて埋められていた。 やがて、二つの事件の関係者が相次いで殺される。喫茶店「銀嶺」のオーナーになっていた滝沢が暴行を受けて殺害され、次に、自分の店「クラブ多絵」の資金繰りに困って金森英二郎に援助してもらっていた妙子が無理心中に見せかけて殺される。妙子は、英二郎が15年前に身代金を自転車で運んだ秀二であることに気がついていたのだ。15年前の事件は、橋本の妾腹だった秀二が橋本家の財産をねらって友人の猿渡光男と起こしたもので、その後、猿渡は身代金を独り占めした秀二から手ひどい仕打ちを受けたため、浮浪者を殺しその男になりすますことによって生き延びてきたのだ。金森英二郎の孫が誘拐された事件の犯人は猿渡で、滝沢と組んで金森に復讐し、あわせて金を盗ろうとして起こしたものだった。 戦争中、秀二(英二郎)、宮脇、そしてサルこと猿渡光男の三人の少年は、墜落したB29を追って山の中に分け入り、脱走兵と妙子の母親の情事を見たことがあったが、最後に宮脇刑事、記者の橋本、猿渡と金森は、このときの脱走兵がかくまわれていた洞窟内で対決する。相打ちとなって命を落とす猿渡と金森。「銀嶺」で働く、事件を通して親しくなった文子に横浜にカレー屋を開こうと誘う宮脇。 花村満月 ゴッド・ブレイス物語 19歳のブルースシンガー・朝子は、バンドのマネージャー原田に騙されて、メンバーのヨシタケ、カワサキ、その息子の健、朝子の始めての男イシガミを師と仰ぐタツミと、ギャラ無しで京都のクラブで働くことになる。やっと手に入れたクルマのキーを取られたばかりか、朝子はボーカルとしてではなく、ホステスとして雇われる。クラブのオーナーであるカタクラにひかれていく朝子、健との母子のような感傷。カワサキとヨシタクと朝子の三角関係。1カ月後京都の野音のステージに出場することを決める。トリバンドの妨害にあいながらも、それぞれの熱い思いを胸に、伝説に残る演奏をする。 *ゴッド・ブレスを健のいた施設のリトアニア生まれの老修道女がゴド・プレイスとなまったことから。 花村満月 重金属青年団 大学の文学部に籍を置く21歳のクラブホステスのタカミは、作家崩れでヤク中のブンガクさんを、場末のライブスポット「ヘヴィ・メタル・カフェ」につれてくる。元自衛官の右翼、元ヤクザのヤー、高校中退のバイク狂のバンク、オッサン、ベース、ベースの恋人クリア。彼らの挑発を受けるブンガクさん。北海道へ行くというブンガクさんのために、売人に処女をささげてまでしてクスリを調達するタカミ。旅の間もクスリにおぼれていくブンガクさん。ブンガクさんにクスリを打たれたバイクがタカミを襲うにいたり、かつてヤク中だったオッサンは、昆布漁の番屋にみなを連れて行きブンガクさんを縛り上げる。ヤクを克服したブンガクさんと仲間たちは、それぞれの夢を胸に、東京に帰っていく。 花村満月 ルシファー 天才ギタリストとして名を馳せた桜町の店「ルシファー」に、ジャズシンガー律子の娘、映子があらわれる。当時のバンマスで律子を知る松川から、律子が桜町を売春婦のれい子から奪うために自ら覚せい剤をうって気を引こうとして中毒になったこと、それを止めさせようと桜町も覚せい剤を打ち、律子は治ったが桜街は深みにはまり、いざこざから左腕を切られた上に相手を殺したことを知る。桜町が刑務所で知り合った竜友会の幹部市原とその弟分の曾賀。ゴッド・ブレイスのステージに飛び入りし、朝子に気に入られる映子。曾賀に惹かれ愛し合う映子だが、曾賀は刑務所のなか。朝子のレコーディングに参加したことから桜町と関係を持つ朝子。健にはげまされ「歌手」になることを夢見てシカゴに渡る健と映子。健は、映子には曾賀が必要であることを知っている。 花村満月 ブルース シカゴ帰りの伝説のブルースギタリストで、今は寿町の飯場暮らしの村上。彼のためなら平気で人を殺すホモでヤクザの幹部・徳山。偶然入った店でギターを弾くことになった村上に惹かれ、自分のブルースバンドに入れようとする綾。徳山、村上、綾の三角関係。綾を慕うギタリストのサチオに通報され麻薬所持の疑いで逮捕される村上。釈放された村上は、綾からサチオが失踪したことを知ると、弟分の崔と、サチオの仇をとるためにタンカーに乗り込み徳山を亡き者にする。村上はバンドの生活に戻らず、白いビニール袋をスーツケースに入れ、旅に出る。 帚木蓬生 国銅 長門の国で兄とともに苦役につかされていたが兄を事故で失うことで天涯孤独になった国人。兄の墓にかよううちに、兄と親しかったという行基の弟子の一人・景信と知り合い、文字や薬草の知識を教えてもらう。勤勉な国人は、これらを覚えることで、充実した日々を送るとともに、仲間のねたみはあったものの現場の長からも重宝がられるようになる。 息が合っていた耳の聞こえない黒虫を事故で失ってしばらくして、薬草がもとで招かれた釜屋頭の家で、娘の絹女と出会いひかれる。しかし、国人は、14人の仲間と共に大仏を作る人足として都へ登ることになってしまう。別れの日、絹女に守りを手渡される国人。2カ月あまりの過酷な旅を終え京に辿り着いた国人は、大仏の鋳型に銅を流し込む作業につく。 休みの日は若草山で薬草を取ることにしていたが、そこで出会った山賊に頼まれ、目を患う妹・日狭女のためにに薬草を煎じる。薬草を代えても見たが、効果はあらわれず、国人が訪ねる10日前に死んでいた。二人で大仏を見ていた場所には新しい墓標が建っていた。国人は字衛士からも一目置かれ、褒美にもらった書物、そして石臼は宝物になった。 やがて銅の大仏には金箔が塗られ、周囲を大仏殿で覆われることで、民衆から隠され権力の象徴となっていく。それに失望した国人に、ある僧が語りかける。「そなたたちも仏だ」と。 課役が終わった国人は親しくなった逆という男と3人の同郷達と都をあとにするが、病気や暴漢に襲われ死んでしまい、14人中、奈良登りに戻ってこれたのは国人だけだった。 絹女は1年前に死に、謙信も半年前に死んでいた。彫り上げた石像の脇に14人の碑文を彫っていたときの墜落死だった。碑文を彫りあげる決心をする国人。 帚木蓬生 逃亡 北京憲兵教習隊を主席で卒業し、香港で諜報活動を行っていた守田征二軍曹。彼が憲兵になろうとしたのは、「人間と家畜との間にもうひとつ生きものがいる」と豪語して、中国人に対し虐殺の限りを尽くす軍隊に嫌気がさしたためであった。祖国日本のため中国人の密偵数人を使って諜報活動を行っていた守田軍曹は、英国の諜報組織を追いつめた時、中国人二人と英国人二人を拷問で殺してしまう。 日本が敗戦となり重慶政府軍に投降する直前、彼は過去の自分のすべてを捨てて逃亡する。中国人密偵の妹に助けられ、香港の日本人収容所に潜り混んだ守田は、最後の引揚げ船で祖国の土を踏むことに。福岡の妻と子供のもとへ帰ったものの、既に東京・重慶・香港などで戦犯に対する裁判が始まっており、守田の名も占領軍が示した戦犯リストに載っていた。ついに守田のもとを警官が訪ねてくるが、とっさの判断で逃亡する守田。守田囲い保護する、香港で一緒に働いた憲兵仲間。 1年も過ぎたある秋、千葉県房総に潜んでいた守田は、妻が秘密に送ってくれた毛皮のオーバーを質に入れたことから土地の警察の取り調べをうける。盗人呼ばわりする警察に怒り、自分の過去を白状する。「なぜ、私はあなたに囚われねばならないのか。あなたも天皇の赤子として戦ったのではないのか。占領軍は私をなぜ戦犯にするのか」。何よりも自分自信の誇りを取り戻すために、逃亡生活は終わることになる。 葉室麟 銀漢の賦 月ケ瀬藩6万5千石の家老・松浦将監は、開鑿事業をすすめることによって藩の財政立て直しに貢献したばかりか、文人としての名声も、遠く江戸まで馳せていた。しかし彼は病に冒され、藩医からは長くて1年だと言われていた。将監は、幼馴染でありながら絶縁状態になっていた下級士の日下部源五に、自分の老い先が長くないことを密かに告げる。 将監は20年前、藩を牛耳っていた父母の仇でもある家老・九鬼夕斎を失脚させる過程で、将監と源五とは幼馴染だった百姓の十蔵を、一揆の首謀者として断罪していた。それを源五は許せなかったのだ。その将監も今は病に蝕まれ、幕閣に名を連ねたいがために国替えをすすめる藩主に意見をしたことから、藩主側の人間から命を狙われていた。 そして、運命とは皮肉なもので、その上意討ちの追手に源五が選ばれることになってしまう。出世願望の強い娘婿に促され、将監の屋敷に出向く源五。しかし源五はそこで将監を脱藩させることを決意し、山奥の温泉場で将監を討ち取ると欺き、将監の一行とともに国境の温泉場へ向かう。しかし真相を知った、将監を父親の仇と狙う鷲津清右衛門に馬返し観音堂で待ち伏せされてしまう。一旦はその場を源五に託して国境を越えようとした将監であったが、「わしに二度も友を見捨てさせるな」と、引き返し、二人で追っ手を打ち破る。 無事江戸にたどり着き松平定信に面会した将監の具申によって国替えは白紙に戻され、推進派は一掃される。使命を成し遂げた将監はまもなく病死。座敷牢に囚われていた源吾は解放され、今は望みどおりにかつて九鬼夕斎の別邸であった鷹島屋敷の留守番役になっている。十蔵の忘れ形見である娘、蕗とともに。 原ォ 私が殺した少女 バイオリンの稽古に行く途中の少女・真壁清香が誘拐される。作家である清香の父・真壁脩の依頼で身代金の受渡しを請負う沢崎であるが、何者かに金を奪われ沢崎に共犯の疑いがかけられる。 少女の伯父であり、清香の兄・慶彦の実父である、音大教授・甲斐の依頼で再び真相の究明に乗り出した矢先、少女は解体予定の老人ホームの下水溝で発見される。 清香の葬儀が終わった後、誘拐事件が偽装であると確信した沢崎は真壁家を訪問する。清香は慶彦によって階段から突き落され怪我を負うが、甲斐から預かった慶彦を悪者にするわけには行かずに、架空の誘拐劇をでっち上げていたことが明らかになる。筋書きを考えたのは、真壁脩のゴーストライター・清瀬だった。しかも、清香を殺害し遺棄したのは、清香がバイオリンを弾けない怪我を負ったことに悲観した母親の恭子だった。 坂東真砂子 山妣 明治末期の雪深い越後の山村に、山神への奉納芝居の指南のため、東京から借金を抱えた一座の座長扇水と看板女形の涼之助が招かれる。二人を招いた地主の家の嫁・てるは、いつしか涼之助に惹かれ密通を重ねる。奉納芝居の日、村人の女形がけがをし代わりに舞台に立つことになった涼之助は、突然芝居を止めて舞台を飛び出していってしまう。てるから一緒に村を出たいと誘われるが、それを拒むと、村の人たちに涼之助がふたなりであることをばらしてしまう。 村の人たちに追われて山へ逃げ込んだ涼之助は、そこで山姥に遭遇するが、なんと山姥は自分の母親・いさであった。女郎であったいさは、楼閣の女主人が隠してためていた金を盗み出し、掘大工の文助と山へ逃げるが、文助は、身ごもったいさを置いて逃げ去ってしまう。いさは凍えて死にそうなところを渡りマタギの重太郎に助けられる。いさは無事女の子を産み、二人は山で夫婦のように暮らしていたが、マタギである重太郎は里に家族があり、戻らなくてはならないという。しかし、いさが自分の子を身ごもったことを知ると里に帰ることをあきらめる。クマ撃ちに出かけた重太郎を、追いかけていったいさは雪の上で子を出産する。しかし、生まれた子を取り上げた重太郎は、こんな化け物が生まれるのは山神様の祟りだと、子を連れ、山を降り、イサの前から姿を消してしまう。その子どもは、巡業に来ていた扇水に預けられることに。涼之助である。 村をあげての熊撃ちの日、妻てるの前で扇水を殺した鍵蔵は、家から飛び出していったてると誤って奉公人の妙の姉でごぜの琴を撃ち殺してしまう。姉のことが気になって山に入っていた妙は、姉の死骸を見て、山姥の仕業と勘違いし熊撃ちに来ていた村人たちに知らせに行く。その少し前、25年ぶりにいさと対面していた文助は、いさの住処でてると出会い、二人が親子であること、てるが自分の子どもかもしれないことを知る。文助は、てるに鉱山の道案内をさせるが、鉱脈を探し当てた直後、熊に襲われ崖から落ちて命を落とす。その熊に追われているてる見つけた熊撃ちにきていた鍵蔵は、てるを撃とうとして熊を撃ってしまう。 喜ぶてるに鍵蔵はいとおしさを感じるが、息を吹き返した熊に再びてるが襲われそうになると、今度は誤っててるを撃ち殺してしまう。その後、鍵蔵も熊に食い殺され、妙を追ってきた涼之助も熊に襲われるが、重太郎の形見である金の銃弾で熊を撃ち殺す。母親のいさをおいて里に下りることを決心する涼太郎。 坂東真砂子 曼荼羅道 医薬品関係会社の研究所をリストラされて故郷の富山に帰った野根沢麻史と妻の静佳。彼らが住むことになった家は、戦後、富山の薬売りだった祖父の蓮太郎と、その蓮太郎を追ってマレー半島から息子の勇を連れてやってきたサヤが住んだ家だった。蓮太郎には妻がいたことから、野根沢家から厄介者扱いされたサヤだったが、麻史はサヤの家で蓮太郎からマレーでの話を聞くことが好きだった。 蓮太郎が死ぬと、サヤは行方知れずになっていた。その家で住むことになった麻史は、昭和22年と記された蓮太郎の売掛帳を見つける。帳面には、聞きなれない曼荼羅道というところに住む人々の名が記されていた。 兄たちから曼荼羅道の家々を訪問することを勧められて出発した麻史は、途中で車の後輪がはまって身動きできなくなったために廃墟となった集落で眠りにつくが、麻史が目覚めたのは戦争直後の曼荼羅道だった。 一方、昭和22年を生きる蓮太郎は、新規のお客さんを開拓するために曼荼羅道にある復員兵が開拓した村を訪れるるが、誤解が元で復員兵に追われ逃げ出すことに。そこで道に迷った麻史と出会うが、蓮太郎はそれが孫になる麻史だということは分からない。出会ったのもつかの間、今度は野人の一段に襲われ麻史は身ぐるみ剥がされる。 奇怪な薬師参りの一行と行動をともにする麻文と蓮太郎。麻史は不思議な少女と双頭の犬とともに富山平野が一面の廃墟と化した幻想の未来に直面する。立山山麓が、熱帯マレーのような原色の混沌に包まれる。 同じころ、静佳もまた、若いころのサヤのまぼろしを見る。そこへ、サヤの子の勇が死んだサヤの遺骨を死者の木の近くに撒かせてくれと突然やってくる。その夜、勇と関係を持つ静佳。それを見つめる現実の世の中に帰ってきた麻史。 東直己 流れる砂 組織暴力団を取材中に罠にはまり解雇された元大手地方新聞の社会部記者・畝原。現在は札幌で探偵をしている。そんな彼に、あるマンション管理人から市役所に勤める住人の男性・森英司の調査依頼が入る。森の部屋に女性の出入りが多いことからいかがわしい商売をしているのではないかというのだ。森の父親・英次は元高校の校長で地域の名士でもある。やがて、調査の過程で売春だけでなく公金の横領も浮かび上がってきた。警察に通報する前に会わせろと言う・英次の願いを聞いて対面さると、英次は息子・英司を刺し自分も自殺してしまう。 いったん事件は終わったかに見えたが、生活保護を受けながら贅沢な暮らしをしている本村康子夫妻の娘・薫が行方不明になっている事件にも森が関わっているのではないかと、かつて世話になったテレビ局の近野から調査を依頼される。そんな矢先、森の事件を調べていた男が焼死する。さらに近野も、山奥で死体となって発見される。その近くには行方不明になっていた薫の死体が。 森英次の名刺の住所を訪ねると、そこは新興宗教COLの道場となっていて追い返される。本村が保険金の受取人になって死んだ人のリストを近野と不倫関係にあったと噂されていた女性から入手していたこと、いずれも保険会社で担当した女性の名が三森房子という外交員だったことをつきとめる畝原。本村を尾行していくと、ある休眠財団に行き当たった。 事件の核心に近づくにつれ畝原の周りにも魔の手が及び、娘・冴香と娘の護衛をしていた探偵仲間の横山の息子・貴が警官を装った二人組みに誘拐されてしまう。その誘拐犯の一人が近野の部下の若菜だと突き止めた畝原たちは若菜を拉致し二人を救い出す。その若菜をおとりにCOLに揺さぶりをかけ一気に事件は解決に向かう。外交員の三森房子は本村康子で、三森財団の理事としてCOLとつながりを持ち、死体として発見された薫は信者が身代わりになったもので、薫は新興宗教の施設にかくまわれていた。犯罪の温床だったCOLは解体され、三森房子たちも逮捕される。 東野圭吾 放課後 私立清華女子高等学校に勤務する数学教師の前島は洋弓部の顧問をしている。ある日の放課後、前島と洋弓部のキャプテン・杉田恵子(ケイ)は、敷地内にある男性更衣室で生徒指導の教師・村橋の青酸中毒による死体を発見する。男性用更衣室には芯張り棒がかませてあり、隣接する女性更衣室とは壁と天井の間を潜り抜けることはせきるものの、外側から鍵がかかっている完全な密室だった。鍵は用務員が管理しておりバレー部顧問の女性教師以外には渡していない。 事件を担当する大谷刑事は村橋の女性関係について気になっていた。それは、死体のポケットに避妊具が入っていたからだ。前島の耳に、英語教師・麻生と村橋が連れ込み旅館の近くを歩いていたという噂が入ってくる。その麻生については校長の栗原から、自分の息子の嫁にと考えているので男関係について近辺を確かめてくれと頼まれていた。やがて、喫煙を村橋に発見されたことで謹慎処分が明けたばかりの高原陽子に疑いがかかる。高原は、前島に一緒に信州にいこうと誘ったのを無視されてから前島に反感を抱いていた。 やがて、学園創設以来の才媛との風評ある剣道部のキャプテン・北条雅美が、密室の謎を解いたと名乗り出る。彼女は合鍵ではなく錠前が二つあったという仮説を立て、親友である高原のアリバイも実証する。大谷も錠前が二つあった可能性には気づいていた。進展がないままに第二の殺人事件が起こる。体育祭の仮想大会で酔っ払ったピエロの仮装をする予定だった前島は、生徒を驚かそうという体育教師・陸上部の顧問・竹井の申し出を受けてホームレスの役と交換することになったが、その竹井がが本番の仮装大会で一升瓶の酒を飲んだ瞬間、崩れるよう倒れ死んでしまう。これも青酸中毒だった。それまで、突然校舎の窓から花瓶が落とされるなど危機にさらされるような出来事を何度も経験した前島は、自分が狙われた犯罪と確信し、不安な毎日を送る。 やがて合宿中に洋弓部の1年生・宮坂が練習に出なかったことを思い出した前島は、養護の教師に確認し宮坂が手首を切って自殺をはかっていたことを知る。そして、自分が部長の杉田に渡したはずのマスッコットの矢を違う生徒がもっていたことを見て、芯張りが二つあり1つは自分の渡したマスコットの矢であったのではと思い当たる。犯人は、少なくともその一人は杉田だと確信する前島。 前島は、県大会を勝ち進み全国大会への出場が決まった杉田をマンツーマンの練習に誘う。「教えて欲しいことがあるんだ」と前置きし、「怖くなかったのか、人を殺すのは」と切り出す。合宿の日、宮坂は自慰をしていたところを村橋と竹井に覗かれたことから死のうとしたのだ。二人がいるかぎり自分は生きていけないという宮坂に、杉田は、二人を排除するしかないと決意したという。北条を間違った推理に導かせたのも、竹井に前島と役を交換するように声をかけたのも杉田だった。 知りたくなかったあまりにもつらい現実に、酔いつぶれてマンションの近くの公園にいた前島は、車でやってきた男に突然刺される。男は妻の勤めるスーパーの店主だった。そして車の中には妻の裕美子が。自分なりの長い放課後のはじまりだった。 東野圭吾 宿命 電気器機メーカーの元社長である瓜生直明が病死し、その四十九日の法要の翌日、現社長の須貝正清が殺害された。日課のジョギング中に、須貝家の墓のある寺の墓地で、瓜生直明の遺品である毒の塗ってあるボウガンの矢を背中に受けて死んでいたのだった。 捜査本部が置かれた島津警察署の巡査部長・和倉勇作は、瓜生直明の息子で統和医科大助手の晃彦を容疑者としてあつかう。晃彦は小学校から高校まで勇作と同級であり、勇作が唯一勝てなかった相手で、同じ医師への道を志すが警察官の父が倒れたため恋人・美佐子とも別れ警察官になっていたのだ。そして瓜生家では、晃彦の妻となったそのかつての恋人美佐子と出会うことになる。捜査の過程で、勇作が幼い頃あこがれていたサナエさんが死んだレンガ病院の写真を入手すると、勇作の父の残した捜査メモなどから、事件が過去のサナエさんの事件とにつながりがあることを確信するとともに、事件の根底に、かつて秘密裏に行われた人体実験の悲劇があったことを知る。人体実験の当事者である瓜生はその行いを恥じ、一方の須貝はその悲劇をまた繰り返そうとしていたのだ。サナエさんも人体実験の被害者であり、須貝派に拉致されそうになって窓から飛び降りて死んだのだった。 須貝正清殺害の犯人は最後の瓜生派の専務・村山で、犯行計画に気づいた晃彦がボウガンンを毒のあるものに代えていたのだった。犯行を認めた晃彦は、勇作と自分がサナエの産んだ双子の兄弟だったことを告げる。この事実を早くに知った晃彦は、自分の「宿命」を感じ生きてきたのだ。最後に勇作は聞く。「それでどちらが早く生まれたのだ」。晃彦は答える。「それはお前の方だ」と。何事にも晃彦に一歩遅れをとった勇作だったがこの世に生を受けたのは勇作に方が一歩早かった。 東野圭吾 悪意 児童文学作家としては駆け出しの元中学校教師・野々口修は、旧知の売れっ子作家・日高の家を辞した数時間後、再び日高から呼び出されるが、日高家は真っ暗で人のいる様子がない。翌日から夫とカナダへ出かけるために一足先にホテルへ行っていた日高の妻を呼び出し日高家に入るが、そこで野々口が見つけたのは日高の絞殺死体だった。 知らせを受けた警察から刑事が到着するが、そのひとりは野々口の中学教師時代の同僚で、教師を辞職して警察官になった加賀刑事だった。物語は野々口の手記と加賀刑事の捜査手記と平行して進んでいく。 殺される前に会っていた、日高の小説のモデルを巡って、自分の兄の名誉が傷つけられたと訴訟と賠償について交渉中であった藤尾という女性にも嫌疑がかかるが、加賀は日高殺しの犯人が野々口であることをつきとめる。動機も明白だった。7年前、交通事故死した日高の元妻・初美と野々口の不倫が日高にばれたことで、野々口は日高を殺そうとするが、失敗し、野々口は逆に脅かされて日高のゴーストライターさせられていたのだ。 しかし加賀は、日高が殺された原因は、野々口が中学時代に藤尾の兄と少女を暴行したことが公になるのを恐れての犯行だったことを突きとめる。 東野圭吾 幻夜 雅也は工場の資金繰りに悩んで首を吊った父親の通夜の翌朝、阪神淡路大震災に遭遇する。工場のがれきの中で父の借金の借用書を持っている叔父俊郎を発見した雅也は俊郎の頭の上に石を振り下ろして命を奪い、懐から借用書を抜き去る。その一部始終を見ていた新海美冬。美冬は両親のもとをたまたま訪れていたが二人とも死んだという。雅也の犯罪に口をつぐみ一緒に東京へ行こうと誘う美冬。 阪神淡路大震災からわずか2カ月後に起こった地下鉄サリン事件の衝撃が収まらない中、銀座の宝飾店「華屋」で異臭事件が発生する。この事件は美冬たち従業員へのストーカー行為と関連性があると疑われ上司が失脚するが、これは美冬が上司の宝石デザインを自分のものにするために仕組んだことだった。その後カリスマ美容師を発掘し美容院の経営に乗り出し成功した美冬は、手に入れたデザインをもとに雅也が加工した指輪を利用して「華屋」の社長夫人の座を射止めるまでになる。雅也には工場近くの定食屋の娘というぴったりした女性が現れるが、雅也は美冬と結ばれることを信じて美冬に協力していく。 やがて、美冬は自分の過去に近づこうとする曽我を排除するために、雅也に曽我が叔父の俊郎殺しを元に雅也を強請ろうとしていると脅し殺させる。警視庁の刑事加藤も美冬に疑惑を感じて彼女の通学した学校関係者をたどり、別人だと確信する。 美冬を疑う義姉と一緒に行動をともにするうちに疑念が噴出してきた雅也は、美冬を殺すため自分で作った模造拳銃で「華屋」主催のミレミアム船上パーティーに向かうが、加藤の妨害に遭い格闘のすえ加藤を撃ち殺す。銃の前に自分の体をおいて。 東野圭吾 さまよう刃 花火大会の夜、長峰はなかなか帰ってこない一人娘の絵摩を待っていた。同じ頃中井誠はアツヤとカイジの命令で父の車を運転していた。浴衣姿で一人で歩いている少女に目をつけたアツヤとカイジはクロロホルムを嗅がせて車に引きづり込んだが、車を返せという父からの電話で中井は自宅へ帰る。数日後、長峰の元に刑事が来た。荒川に浮かんでいた死体を確認してくれと言うのだ。それは、娘の無惨な姿だった。悶絶する長峰の元に、ある密告電話が入った。「絵摩さんはトモザキアツヤとスガノカイジの二人に殺されました」。その電話はアツヤの住所と合鍵の場所も教えていた。 長峰はそのマンションに向かい、部屋に忍び込みアツヤにレイプされた絵摩の映像を見つける。絵摩はレイプ後、覚醒剤の大量摂取で死んだのだ。マンションに帰ってきたアツヤを、近くにあった包丁で刺し殺す長峰。何回も何回も、泣きながら刺した。死ぬ間際、相棒のカイジが長野のペンションに逃げていると聞き出した長峰は、カイジの行方を追うために長野に向かう。自分が逮捕されることに抵抗はなかった長嶺は、警察に思いのたけをぶつけた手紙を送る。ニュースでも報道され、世間と警察を大きく揺るがすことになった。 長峰が潜むことになったペンションでは、子供を事故で死なせた負い目をもつオーナー・和佳子にかくまわれる。長嶺の執念が実りカイジが潜む廃業したペンションを捜しあてるが、和佳子の父親の密告により警察が待機していて復讐をとげることはできなかった。長嶺の受けた謎の密告から、上野駅構内で誠がカイジに呼び出されたたことを知ると、長嶺は和佳子をおいて1人上野駅に向かう。カイジを見つけ引き金に手をかけようとした直前、追いかけてきた和佳子に声をかけられ、撃ち損じ、逆に張り込んでいた織部刑事に撃たれ死んでしまう。 長峰に誠からの密告を伝えていたのは、かつて自分の息子を事故で失い、少年リンチ事件の被害者の両親に事件の内容を報告していた久塚班長(織部の上司)だったことが明かされる。久塚は辞職する。誰も久塚の行動を責めることはできない。 東野圭吾 殺人の門 歯科医の裕福な家庭に生まれた田島和幸。祖母の介護には家政婦のトミがついていた。小学5年の時、祖母が死ぬが、「毒殺された」という噂が近所や学校に流れると田島家は崩壊していく。母は町を出て行き、父は女性トラブルから男に刺された後遺症で廃業する。田島は級友の修から「賭け五目並べ」に誘われいつも巻き上げられていたが倉持と「賭け五目並べ」の男ガンさんがぐるだったことは後に知る。 その後も、倉持が差出人とわかる不幸の手紙が届いたり、田島がつかの間の安息に浸かっていると彼が現れては足を引っ張り、どん底に落とそうとする。高校時代にバイトで知り合った彼女は倉持の子供ができ自殺。マルチ商法に荷担したことでは職を追われ、金商法のセールスの片棒を担がされると倒産直前に退社。田島たちにやさしかった、金商法の被害者である一人暮らしの老婆も自殺。倉持は田島の名前で契約を取り付け着服し、その金を被害者の牧場老人に渡していた。これは牧場の隣に住む由希子を手に入れんがためだった。由希子には田島も惹かれていた。結婚間近の倉持と由希子が家具屋で働く田島の前に現れ、また付き合いが始まり、田島は由希子の友達美晴を紹介され結婚する。浪費家の美晴に手を焼く中、倉持と美晴に仕組まれた浮気を理由に離婚させられてしまう。美晴は倉持の女だった。 借金を返すため請われて倉持の証券コンサルタントの金庫番になるが、バブルの崩壊とともに倒産。田島の目の前で倉持は被害者に刺される。二度と意識は戻らないという。1カ月後見舞いにきた見覚えのある男はガンさんだった。倉持は、子供のころから境遇の違いに田島に嫉妬していたという。後日、ガンさんの事務所を訪ねた田島はトミと出会う。トミはガンさんとは20年来の仲であり、「毒殺」の噂は倉持によって広げられたことを知る。一家の崩壊が倉持の仕組んだことと知った田島は病室に向かい、倉持の首を閉め殺そうとする。俺は殺人の門を超えただろうか。 東野圭吾 トキオ 宮本拓実の一人息子時生は、母親がキャリアである遺伝性の難病で死を迎えようとしていた。拓実は妻に、20年以上も前に時生と出会っていたことを語る。時空を超えて、父親である自分に会いに来たのだと言う。 1979年の浅草花やしき。何の仕事をやっても続かない拓実の前に、トキオと名乗る青年が現れる。トキオは拓実とともに、失踪した拓実の恋人でスナックで働く千鶴の行方を追いかけることになったが、追いかけながら、しきりに拓実を老舗和菓子屋の主人である実の母・東條須美子に会いに行かせようとする。千鶴を追って大阪に行く途中名古屋に寄り、いやがる拓実を病床の須美子に引きあわせる。大切にしていた瓜塚夢作男の手書きのマンガ「空飛ぶ教室」を拓実に手渡す須美子。 やがて、千鶴がヤクザのイシハラ組に人質として捕らえられていることがわかる。イシハラ組は千鶴と一緒に逃げていた密輸品を横領したオカベとの交換を迫ってきたが、拓実は、千鶴の親友・竹美たちが組織した暴走族の力を借りて、千鶴を救い出す。 質屋に売ってしまった瓜塚のマンガ゙本の記憶をたよりに、拓実はトキオが連れていった須美子の母親(麻岡)の住む家を突きとめる。両足が不自由だった瓜塚夢作男の読者であった須美子は彼に惹かれるが、火事で逃げ遅れて瓜塚は死んでしまう。炎の中で須美子が瓜塚から手渡されたのが「空飛ぶ教室」だった。そして瓜塚夢作男(本名・柿沢巧)が拓実の父親だったことが明かされる。 病死した須美子の葬儀に長距離バスで向かう途中、日本坂トンネルの手前でトキオは一人、バイクで先に行ってしまう。先に行った将来拓実の妻になる麗子の車を止め事故に遭遇させないために。それが、拓実がトキオを見た最後だった。 しばらくして、2ヶ月前に打ち上げられた水死体が一旦行方不明になり再び同じ場所で見つかるというニュースが新聞にのった。トキオの受け売りで未来の通信の話を持ち込み、新会社に迎えられる拓実。 そして今、拓実は死んでゆく時生に声を限りに叫ぶ。 「トキオ、花やしきで待ってるぞ」と。 東野圭吾 白夜行 昭和40年代。大阪の廃屋のビルで質屋の主人・桐原が胸を刺されて死んだ。発見者はここを遊び場にしていた小学生。桐原の息子・亮司である。当日の桐原の足取りを追っていた刑事・笹垣は、直前に桐原が100万円の定期預金を引き出していたことを掴む。しかし死体にその金はなかった。桐原の年齢に釣り合わない派手な妻、一癖有りそうな店長の松浦。やがて、桐原の客の中から、西本文代に疑いの目がむけられる。小学生の娘・雪穂と貧しい暮らしをしていた彼女は桐原の愛人ではないかというのがその理由だ。しかしアリバイが認められ、代わりにその文代の勤めるうどん屋にしばしば顔を見せていた寺崎という男が容疑者としてマークされる。しかし彼は交通事故で死亡、文代も自宅のアパートでガス自殺をはかったことで事件は迷宮入りになる。 雪穂は母の死の後、裕福な親戚の養女となり、大学のダンス部で知り合った東西電装株式会社のエリート社員と結婚し、離婚後は自分で高級ブティックを経営して大成功させ、大金持ちの後妻に納まっていた。 そんな表街道を進む雪穂とは逆に亮司は、高校生時代に売春あっせんまがいのことをし、海賊版パソコンソフトで荒稼ぎをし、人をだまし、殺し、金を稼ぐ裏街道を歩いてきた。 美しく品のある雪穂は男性を操りながら自分の才を発揮していき、亮司もその特異な才能を生かしつつ、しかし徐々に世間の表舞台から姿を隠すようになる。 しかし、順風満帆のように見えた雪穂の人生もその過去の一旦がほころび始めると、笹垣により約15年前の事件の真相が少しずつ明らかになっていく。 雪穂を守るために少女趣味の父を殺害したのも、母と浮気していた松浦を殺したのも小学生の亮司だった。雪穂の高級ブティック大阪支店のオープン日に張り込む笹垣。ビラ配りしていたサンタクロースこそ亮司と見抜き追い詰めるが、亮司は飛び降りて死んでしまう。鋏で胸を突いて。 東野圭吾 使命と魂のリミット 帝都大学病院で、心臓外科の権威である西園医師の元で勤務する研修医・氷室夕紀。彼女には、どうしても確かめたい事実があった。十年前、夕紀の父は心配ないと言われていた動脈瘤の手術で命を落としていたが、そのとき執刀したのが西園医師で、彼は今、夕紀の母・百合恵との再婚を考えている。手術の失敗は故意なのではないかという疑いを拭い去れない夕紀。 そんなある日、アリマ自動車の島原社長が父と同じ病気で手術を受けることになり、西園は手術の助手を夕紀に頼む。しかし、手術を前にして病院に対する脅迫状が発見される。過去の医療ミスを公表しなければ病院を破壊すると脅迫状には書かれてあった。脅迫状を送りつけたのは看護師の望に近づいて島原社長の手術のことを聞きだそうとしていた、アリマ自動車の欠陥で恋人を死なせた男・穣治だった。捜査を行う刑事の七尾から、夕紀の父親が不良少年をパトカーで追跡し死なせていた過去と、その少年が、西園の長男だったことを知り、ますます西園に疑いの目を向けていく夕紀。病院への脅迫が続く中、島原の手術は行われることとなる。しかし手術中、穣治の操作により突然の停電が起き、予備電源も使えないまま、懐中電灯で照らしながらの手術になる。 「ICUにいる私の患者さんまで死なさないで」という望の呼びかけに、停電を解除する穣治。 困難のなか無事手術を終えた夕紀に西園は、夕紀の父は西園の息子のことを承知で手術を依頼し、西園も決して手を抜かなかった事実を告げる。今回の手術は、それを証明した手術でもあった。 東野圭吾 赤い指 会社員の前原昭雄は妻の八重子から「早く帰って来て欲しい」という電話を受け家に急ぐ。昭雄は父親が死んだあと家族で実家に移っていたが、痴呆が出始めた義母・政恵を八重子は疎んじ、夫の自分を疎んじ、引きこもりの中学生の一人息子・直巳を溺愛していた。家に着いた昭雄が目にしたのは、芝生の上に横たわる幼い少女の死体だった。首には閉められた跡があり、直巳が手を下したのだという。直巳に自首させるという昭雄に、八重子は息子を守るために死体を近くの公園に捨ててきてほしいという。 翌日、公園で死体が発見され、警視庁捜査一課の松宮脩平が担当になる。松宮の相方は所轄の辣腕刑事・加賀恭一郎。末期がんで入院している加賀の父親・隆正を恩人と慕う松宮は時間ができると見舞いに行くが、恭一郎は一度も来ない。隆正の楽しみといえば、看護婦とさす将棋だけ。捜査をすすめる加賀は、遺体に芝が付着していたことから近隣の聞き込みをしていたが、前原の家に特別な違和感をもつ。顔を出さない一人息子、突然現われて昭雄が死体を運んだときに使った白い手袋を見せる痴呆の祖母・政恵。指には口紅の赤い色が。ここ2日ばかり政恵に会わせてもらえないという近くに住む政恵の娘・晴美の言葉も気にかかる。 そんな加賀たちに、前原昭雄からぜひ話したいことがあると連絡が入る。前原家を訪ねた二人に昭雄は、少女を絞め殺したのは政恵だと話す。少女と人形を取り合っていて殺してしまったのだと。それでも、直巳のアリバイを必要以上に問いただす加賀。これが、最後は「家族で解決させなければならない」と松宮に言っていた加賀のやりかたなのか。加賀に言われ、刑務所に一緒に持っていってほしいと政恵が大切にしていたアルバムを持ってくる晴美。そこには少年時代の昭雄と政恵の写真が。そして、政恵がいつも使っていた杖に昭雄が子供の頃に贈った名札を見つけたとき、ついに昭雄は耐えられなくなり、殺害が直巳のによるものだと告白する。 加賀は、死体の首を絞めた跡に口紅が付いていなかったことか ら政恵が犯人でないことは最初から見抜いていた。そして政恵が家族に罪を認めさせようと、手袋や口紅のついた指を加賀に見せていたことも。政恵はボケてはいなかったのだ。自分の世界に逃げるためにボケた振りをしていたのだった。 伯父・隆正の臨終に立ち会う松宮。隆正が息を引き取った直後に病室にあらわれる加賀。隆正は別れた妻を一人さびしく死なせてしまった負い目から、恭一郎には生きているうちは来るなと言ってあったのだ。約束を守った加賀。そして隆正とよく将棋をさしていた看護婦から、自分は恭一郎からメールで教えてもらって将棋をさしていたこと、そのことに隆正もうすうす感づいていたことを聞く。 東野圭吾 夜明けの街で 日本橋にある照明関係の会社に勤める渡部は、友人たちと繰り出した夜のバッティングセンターで偶然、渡部の会社に派遣社員として働きはじめていた仲西秋葉を見かける。ひたむきにボールに向かっていく秋葉に強く惹かれるものを感じた渡部は、幾たびか逢瀬を重ねていくうちに、ついに一線を越えてしまう。 秋葉は複雑な家庭事情を抱えていた。両親は離婚し、その後母親は自殺。15年前には、父親の愛人だった女性・本条麗子が秋葉の実家で何者かに殺されるという事件も起きている。事件があったとき、家に秋葉しかいなかったことから、秋葉が犯人ではないかという疑いがかけられていたという。犯罪者かもしれない女性と不倫の恋に堕ちてしまった渡部の心は揺れ動く。 秋葉が姉を殺した犯人だと疑わない本条麗子の妹・釘宮真紀子や、内部犯行説をまげない芦原刑事につきまとわれながらも、秋葉と渡部は、秋葉の父親と死んだ母親の妹・浜崎妙子と4人で横浜の実家で時効の時を迎えることに。午前零時、時効が成立すると秋葉は初めて告白する。麗子は殺されたのではなく覚悟の自殺だったことを。麗子が残した遺書から秋葉は、麗子が秋葉の父親と妙子の不倫のカムフラージュ役だったことを知ったショックから自殺したことを知っていたのだ。遺書を公開できればどれだけ楽になっていたか。 15年ぶりに知る真実に打ちひしがれたかたちの父親と妙子をおいて屋敷を後にした秋葉と渡部。もう会わないという秋葉。「あなたが早まって離婚するのが一番怖かった。あなたの家庭を壊したくはなかった。それだけは防ぎたかった。あたしが積極的になれば、きっとあなたは考え込む。そう思った。あたし、あなたの性格はわかっているつもりよ」。 その夜、家に帰った渡部は、クローゼットの中につぶされた卵でつくったサンタクロースの残骸を見つける。渡部が愛人と会うことを知りながら気づかぬふりをして自分が丹念に作ったサンタを一つ一つ潰していく妻の姿が目に浮かぶ。 樋口京輔 フラッシュ・オーバー 東新高速の群馬-新潟県境にある世界最長の谷川トンネルで、核燃料輸送トラック8台を先導する県警パトカーが、横転したタンクローリーに衝突、さらに数台の玉突き事故になる。タンクローリーからは水に反応すると有毒なガスを発生する化学薬品ステアリン酸クロライドが漏れ、火災が発生。先導パトカーに乗っていた県警高速隊長の河合は負傷した部下笹崎の救助と消火にあたるが、事態は悪化するばかり。河合が避難坑へ脱出しようとしたその時、いきなり現れた人間が機関銃を乱射した。一人脱出する河合。 一方、火災事故の連絡を受け、大崎消防署からは黒沢を中隊長とする消防隊が向かっていた。現場は白煙と炎に包まれ、非常電話の回線も途切れた。事態を冷静に判断し対応しようとする交通管制官の大木。テロの危険性を探知して対応する警視庁公安部の高倉。東亜テレビだけに届いた怪文書をもとにリークしようと現場で待機していたキャスター松山愛理とスタッフ。まもなく『光の旅団』を名乗るグループから犯行声明が。日本海の公海上に金塊を用意しろというもの。黒沢はかつて原子力施設の事故で部下を失うがそれを糾弾したのが松山愛理だった。黒沢はここでも部下を失ったが、河合を助けだすことだけはできた。前線を埋め尽くす機動隊、自衛隊員。映像を追うテレビ・クルー。核燃料輸送トラック8台のうちの1台が逃走し追いかけるがダミーだった。 テロリストは、原発で黒沢も遭遇した事故で片足を失い後に死んだ男の二人の息子たちで、一人は河合の部下の笹崎、もう一人はタンクローリーの運転手だった。ウランは飲んでも大丈夫という「ウラヌス君ビデオ」への反発から、盗んだプルトニウムを湖に投げ入れるのが犯行の目的だった。河合に撃たれながらもテレビクルーの前で容器は湖に投げ込まれ、二人は爆死する。怪文書を出したのもこの二人だった。松山たちは偽の情報で利用されていたが、このプルトニウムがはじめからダミーということを公安は知っていた。 広川純 一応の推定 定年を間近に控えた保険調査事務所の調査員・村越は、前年の12月24日に起きた東海道線膳所駅ホームで発生した人身事故を担当することになる。死んだのは原田勇治という60歳の男性で、ホームから落ちたところを通過した電車に撥ねられたらしい。原田には多額の傷害保険がかけられており、自殺の疑いも拭いきれない。生命保険なら契約後1年以上たてば保険金は支払われるが、傷害保険は自殺の場合保険金は支払われないからだ。保険調査の依頼元であるグローバル損保の主査・竹内と調査に乗り出した村越は、原田が、の孫娘の臓器移植のために5千万が必要であったこと、原田の工場が倒産し銀行の抵当になっていた家を失ったこと、事故の4日前に予約を入れた旅館を事故の前日にキャンセルしていたことなどを知る。 自殺と決めつける竹内と、あくまで客観的に事件を見ようとする村越。膳所駅の助役から、事故を目撃した人物がいるという情報を得、警察に残された名刺から、宮大工の家永という人物にたどり着く。しかしその家永は目撃者ではなく、目撃者として警察に自分の名刺を渡したのは家永を破産に追い込んだ不動産ブローカー・豊原であることがわかる。しかし、その豊原も、恨みを持つ地元の商店主に殺害されていた。 様々な状況を照らし合わせて、「一応の推定」という報告をする村越。しかし、妻との定年記念の旅行に出かける日、原田が孫娘にプレゼントした人形が変形していたことに思いあたり、原田に人形を売った店の店員から、原田が人形を持ったまま店先で自転車に乗った子供にぶつけられ転倒し頭を打っていたこと、その子供の父親(医師)の話から、原田の脳に外因性の血栓ができており、頭痛や吐き気、意識障害を起こしやすくなっていることを知る。一足先に着いていた妻と合流した旅先から、ファックスで新事実を報告する村瀬。 *「一応の推定」=自殺そのものを直接かつ完全に立証することが困難な場合、典型的な自殺の情況が立証されればそれで足りること、すなわち、その証明が、一応確からしいという程度のものでは足りないが、自殺でないとする全ての疑いを排除するものである必要はなく、明白で納得の得られるものであればそれで足りる 深町秋生 果てしなき渇き 元刑事の藤島康弘は、自分の妻の不倫相手だった男に暴力をふるったことで免職となり、今は警備会社の警備員をしている。妻とは離婚をし、娘の加奈子も妻が引き取っていた。ある嵐の夜、コンビニで凄惨な殺人事件が起こる。第一発見者は藤島だった。 その夜、元妻の桐子が藤島に電話をかけてくる。娘が行方不明だと言うのだ。加奈子の通学鞄から覚醒剤を見つけた藤島は、警察の力でなく自力で加奈子を捜そうとする。成績優秀で一流大学を目指して勉学に励んでいたはずの加奈子にいったい何が起こっていたのか。 しかし友達から聞かされる娘の実態は、藤島の記憶にある娘のものとはかけ離れたものだった。その女友達の一人が何者かに殺害され、藤島自身も幾たびか襲わる。怒りの衝動をおさえられず鬼畜とかした藤島は、自らに覚醒剤を打ち、刑事時代に押収した武器をカローラに積んで加奈子の行方をがむしゃらに追いかける。 並行して語られる、加奈子の中学時代の同級生・瀬岡尚人の独白。瀬岡は野球部を辞めたことでいじめにあっていたが、加奈子に助けられたことから次第に心酔していく。加奈子の死んだ恋人・緒方もいじめに遭って自殺していたのだ。その加奈子に誘われるまま、石丸組傘下の不良グループ「アポカリプス」の集会に参加する瀬岡。しかしここで瀬岡は、加奈子に嵌められて趙という実業家に犯されることになってしまう。加奈子への復讐に燃える瀬岡は「アポカリプス」の仲間から聞き出した加奈子の居場所に向かうが、加奈子の仲間に撃たれてしまう。これら一連のできごとは3年前のことだった。 藤島はやがて、加奈子が友人の女生たちに覚醒剤を与えて売春をさせ、それを写真を撮っていたことを突き止める。写真をばら撒いたのは、趙への復讐でもあった。写真には、趙のほかに地元の有力者や警察関係者も写っていたため、趙は必死で加奈子の行方を追っていた。コンビニで殺された男は写真を撮っていた男だった。 石丸組の花咲の協力を得て、「アポカリプス」の棟方を尋問した藤島は、加奈子が父親(藤原)に犯された過去から、同年代の男に復習するために趙を利用していたことを聞き愕然とする。すっかり記憶の底に押しとどめていた娘との関係が自明のものとなり自分を失う藤原。やがて趙を拉致した藤原は、情け容赦なくショットガンで撃ちぬく。 その後、藤島は花咲の紹介で殺人をシノギとする組に入ったが、独自に加奈仔の行方を追い、ついに加奈子を殺害したのが、自分の娘を加奈子によって売春させられていた加奈子の担任の女教師・東だったことを突き止める。東が加奈子を埋めたという山林に、シャベルを持って立つ藤島。 福井晴敏 亡国のイージス 防衛庁情報局(ダイス)の指示で戦域ミサイル防衛構想(TMD)の下にイージス化した護衛艦「いそかぜ」に海士として乗り組んだ父親殺しの過去をもつ工作員如月行。その艦は息子の死が国家の陰謀によるものだと知ったことで北朝鮮の工作員ヨンファと手を組んだ艦長宮津により密かに掌握されつつあった。 宮津はすべての陰謀を公開しなければ米軍から強奪した驚異的な殺傷能力のあるGUSOH搭載のミサイルが東京を襲うと日本政府を脅迫する。 専任伍長仙石は行を国家の反逆者として追いつめるが艦長こそがそうであると知った彼は捨て身の覚悟で行を救い出しともに艦を救うためにたった2人で戦いに挑む。 行たちの働きで計画を断たれたヨンファは遂にGUSHOを使うが米国の陰謀で偽物だった。しかし艦は舵が破壊されており東京沿岸に激突する。宮津はヨンファに撃たれた致命傷を負いながら行を避難させてから艦を自爆させて東京を救う。命からがら救出された仙石。 傷も癒えた頃死んだと思っていた行と再会する。彼は菊政克美という名の新進画家になっていた。その名は彼が救えなかった同僚の名だった。 福井晴敏 6 ステイン 存在を秘匿された市ケ谷の防衛庁情報局の関係者が絡む6の短編。 ヤメイチ(市ヶ谷退職者)の中里は、中堅ゼネコンの中間管理職として疲れた日々を送る。ある日出張に向かう電車の中で1人の「北」の元工作員に襲われ攻撃を受ける。同じ電車に乗っていた負傷した小学生を背負い、熱い心を取り戻し「いまできる最善のこと」を尽くす(=「いまできる最善のこと」)。 元防衛庁情報局が、九州の片田舎にある旅館の女将・牧野久江に保険のために預けたといわれる、旧KGBの遺産「スーツケース」を回収することになった防衛庁情報局の堤。しかし久江は「スーツケース」の在り処を話そうとはせず、頑なな態度をとりつづけるが、堤が庭先で久江の後挿し(櫛)を拾ったことから久江は「待ちぼうけ」の半生を語り「スーツケース」のありかを教える(=「畳算」)。 入局以来、事務一辺倒だった高藤は、はじめて北と内通する男女のウォッチ任務につくことになった。パートナーは19歳の女性工作員・サクラ。一見、無邪気なサクラの横顔に暗い影を見た高藤だったが、対象は襲撃され殺される。それは予定の行動だった。自分の人生と仲直りするサクラ(=「サクラ」)。 妻や母として埋もれてしまう日々にむなしさをおぼえ、情報局に復帰した由美子。任務を終え、夫と子供のいる自宅へ帰った直後、中国系マフィア・ユイ確保の報を受け、ふたたび現場へ。そこで対面したユイに「母親は家へ帰れ」と言われる(=「媽媽」)。 60歳をとうに過ぎた椛山の前に元刑事の韮沢が姿を現し、かつて「断ち切りのタメ」といわれた椛山の「腕」を見込んで仕事があるという。渋りながらも引き受けた仕事は首尾よく運んだかに見えたが、急転直下。思わぬ事態に巻き込まれる。ユイの母と由美子は、コンピュータデータを抜き取り、元CIAのスパイでユイの父親に復讐する(=「断ち切る」)。 須賀と木村が対象者Aの直近防衛のバックアップ任務中、突然通信途絶状態になる。二人はAの自宅へ駆けつけるが、そこには須賀の友人の死が絡む10年来の因縁者、松宮がいた。松宮を狙うのは市ヶ谷伝説の人物、「920」らしいとの情報が入り、戦慄と驚愕、逆転の連続の一夜が始まる。「920」は存在せず、松宮に背信の罪を暴露させることだった。木村は如月行だった(=「920を待ちながら」)。 福井晴敏 ローズダストOP 2006年秋、若杉直純率いるネット財閥「アクトグループ」の役員水月総一郎、烏丸誠二、服部謙介を狙った連続爆破テロが発生。公安警察は「ローズダスト」と名乗る5人のテロリスト、入江一功、 山辺俊作、 真野留美、倉下充、勝良義和の犯行と断定する。彼らは厳しい訓練を生き残った防衛庁情報局「ダイス」のメンバーとして、4年前に「オペレーションLP(レディ・プリンス)」という、仲間の堀部三佳を北朝鮮高官の孫娘にしたてて北朝鮮にスパイとして送り込む計画をすすめていたが、三佳の正体が知られそうになったため、作戦の痕跡を消そうとするダイスから自らの安全を守るために、北朝鮮連絡員の伝手を頼って国外脱出する。しかし、三佳は脱出する途中でダイスに殺されてしまう。大切な仲間を失い、強力なテロリストへと変貌した5人。殺害された水月たち3人は、いずれも入江たちを裏切った「オペレーションLP」の関係者だったのだ。 彼らテロリストに対抗するためにダイスが選んだのが、入江の親友で「オペレーションLP」でただ一人生き残った丹原朋希三等陸曹だった。彼が他のメンバーから残されたのは、堀部三佳に対して仲間以上の感情を抱いていたからだ。そしてもう一人が、警視庁公安部四課の「公安(ハム)の脂身」並河次郎警部補。彼は、9年前の密告者の争奪が原因で、当時の外事部長で現在はチヨダの校長と呼ばれる情報担当管理官千束賢佑と対立し、閑職に甘んじていた。警察と防衛庁を結ぶラインとして、二人はコンビを組まされる。入江たちと深い因縁を持ち、独断専行しがちな丹原と、そんな事情を知らない並河。親子ほども年の違う二人だが、ぶつかり合いながら、互いの理解を深めていく。そして、足並みの揃わない警察、防衛庁、政府をあざ笑うかのように、ローズダストは次々と日本に刃を向ける。 恐怖に踊らされ、静かに狂っていく日本。やがて入江たちの居所をつかんだ丹原たちは、テレビ局主催のイベントでにぎわうお台場で壮絶な銃撃戦を繰り広げる。屋上からヘリに逃げ遅れた勝良を射殺する丹原。しかしお台場テロと呼ばれたこの事件は、単なる序章だった。彼らは、烏丸から手に入れた三液混合超高性能爆弾TRexで臨海副都心を消滅させることを宣言する。手始めに、彼らは「憎むべきは親米保守、正すべきは国家としてのありかた」という信念に一時は賛同していたローズダストの影のスポンサーであり、今はアメリカをオミットした対テロ閣僚会議の中心人物、独裁者の道へ踏み出し始めた若杉を殺害する。ここに、ローズダストに自分を襲わせテロに対して日本を強い国にするという若杉の計画は消滅した。 ダイスの手によって捕らえられ、テロが過激な宗教集団神泉教の仕業として幕引きされるための道具としてクスリを打たれていた丹原を救い出した並河と丹原の上司、羽住。三人はお台場へ向かう。青海の共同溝、有明の清掃工場での爆発。しかしその後の何発かは、消防訓練所から強奪したコブラに乗り込んだ丹原と羽住に阻止される。清掃工場で並河と対決し目の前でTRexが無力化された後自決する山辺、コブラに乗る丹原に銃弾を浴びせられて死ぬ真野、銃撃戦の傷が元で死ぬ倉下。残るは入江一人。アクトグループ本社ビルに大量のTRexとこもる入江と対決する丹原。ナイフで刺し違えるが、TRexを銃で無力化したと同時に、自衛隊の発射したミサイルがビルを直撃。入江に生き延びろと言われて瀕死の状態で上の階へすすむ丹原を救い出す羽住のコブラ。崩れたビル。液状化した地盤から上がる泡、ローズダスト。 *ローズダスト=新潟の海岸で波の花を見て、入江は綿埃だといい、丹原は薔薇だといい、三佳はローズダストと名付けた。 藤原伊織 シリウスの道 東邦広告京橋第十二局五部副部長辰村祐介。有能な女性上司立花部長のもと、銀行を辞め中途入社してきた社内で知る者は限られている現役大臣の息子・戸塚を部下とする。そんなある日、辰村のもとに大東電機から18億の競合プレの仕事が転がり込む。大東電機は銀座六営のメインスポンサーだったが京橋の辰村の部署を指名してきた。仕事の内容は新たに参入するネット証券のプロモーション。ネット株に豊富な知識を持つ元証券会社勤務の派遣社員平野由佳を採用し優秀な内勤スタッフを収集しプレに臨む辰村。 そんなある日、大東電機の常務で前会長の息子・半沢が辰村の前に現われた。彼の妻明子の過去をネタにした脅迫状が届いたという。売れっ子のタレントであった明子は、半沢からの求婚を受ける際、自分の過去を半沢に話していた。25年前の大阪。明子は、辰村の父親の絵画教室で辰村と勝哉といつも一緒だったが、ある日明子から酒を飲み家族に暴力をふるう父親に犯されたことを聞くと、明子に知られないように明子の父親墓地に呼び出して転落事故死させる。それは祐介と勝哉だけの秘密だった。 脅迫状を見せながら、仕事を利用して辰村を調べさせた非礼をわびる半沢。辰村も、25年ぶりに再会した明子も勝哉が犯人とは信じられない。大東電機の下請け会社を調べるよう助言する辰村。しかし、部下の平野から見せられた上野にいたという似顔絵画きの絵と糸巻き車から、勝哉の行方を探し出し、脅迫状を送っていたのが勝哉だったことを知る。 25年ぶりに再会した勝哉は「シリウス」という小さな不動産屋を経営していたが、大東電気の下請けで勝哉の会社に便宜を図っていた「山村産業」の社長で、25年前の事故を目撃した山村と共謀して脅迫状を送っていたのだった。その勝哉も、辰村が訪ねてきた翌日山村を包丁で刺し警察に自首する。 プレの前日、プレゼンテーターとして辰村が指名していた戸塚の父親が不正資金の供与で逮捕される。辰村の上司立花との不倫を中傷した告発メール流されるなど、逆風を乗り越えてプレに臨むが、会長から逮捕された父親のことで質問があると戸塚はそれを拒絶。会長以外は東邦広告を評価したが、会長一人の意地を張った反対により、18億円の仕事は競合にとられてしまう。しかしそこには負けたという悲壮感はない。 船戸与一 かくも短き眠り ルーマニア革命から5年後。ドイツの法律事務所の調査員となった元傭兵で日本人の私は、老婦人が遺した600万マルクのたった一人の相続人であるルーマニアの青年探しを依頼され、単独チャウシェスク政権崩壊後の首都・ブカレストに入った。その地はかつての傭兵時代にチャウシェスク政権を崩壊させるための工作を行っていた場所であった。 しかし捜査をすすめていくうちに、かつて工作員としての自分を作り上げた上司・ビッグフォードと、4年前に突然私の前から姿を消していた恋人・クラウディアの影が見え隠れする。そして私とビッグフォードが何かたくらんでいるのではと付きまとうルーマニアの保安局員。鍵をにぎるチャウシェスクの私設殺人部隊「ドラキュラの息子たち」。事件から手を引けというクラウディアからの電話。自分に関わる人間たちの多くの死。やっと突き止めた相続人の青年は「ドラキュラの息子たち」と呼ばれる残忍な殺人集団に属していた。 平和によって精神の均衡を保てなくなったビッグフォードは300人近い「ドラキュラの息子たち」を組織してイリネスク政権打倒を始めとしたヨーロッパ全体にわたる革命を企てており、私も手を貸しそうになるが、チャウシェスクの残党の男を敵と狙い私と行動を共にしていた女性が敵を殺したあとビッグフォードの目の前で「ドラキュラの息子たち」に殺されてしまったのを見て思いとどまる。自分たちの追っ手が迫っていることを悟ったビッグフォードは「ドラキュラの息子たち」に檄をとばすが裏切りにより殺されてしまう。その混乱の中クラウディアと相続人を連れて逃げようとするがクラウディアは死ぬためにアジトに残り、相続人をおいてルーマニアを離れる。 船戸与一 蝦夷地別件 18世紀後半、シャクシャインの蜂起(1669年)を破った松前藩が蝦夷の南部を支配し、アイヌは飛騨屋との独占的な排他貿易により日々苦しめられていた。密かに蜂起の計画を建てる厚岸を治めるイトコイは。ロシアの関心を極東にそらせようとポーランド貴族団のマホウスキは、クナシリの脇長人ツキノエにラッコの毛皮と引換えに鉄砲三百丁を渡し、アイヌを虐待する松前藩の和人を襲わせることを考える。 同じ頃、松平定信の隠密として蝦夷を幕府直轄にしようとする浪人・葛西政信らの策略で、鉄砲も届かないままツキノエの息子セツハヤフは、父親を猟にたたせた隙に和人との戦いを起こす。このとき蝦夷には、寡婦ハスマイラとともに療養所設立に励む臨済宗の洗元と日和見の天台宗の清澄の二人の僧がいた。セツハヤフの戦いはクナシリでは成果をあげるが、日梨などではイトコイやミントレらの不参加によって失敗し、やむなく松前藩からの降伏を呑むことになってしまう。 蝦夷に向かった新井田孫三郎の率いる松前藩は、幕府への立場から多数のアイヌを処刑する。 4年後、ツキノエの孫ハルナフリは、葛西政信と行動をともにしたゴスカルリと復讐を誓い、イコトイの母オツケや、父・セツハヤフを処刑した松前平角や孫三郎を次々と殺害する。最後に江戸に向かい剣の師であった政信と立ち会うが相打ちになる。ハルナフリの初恋の人、政信の妻になったキララの目の前で。 誉田哲也 ストロベリーナイト 葛飾区の民家の近くで、青いビニールシートで梱包された金原という男の死体が発見される。事件を担当することになったノンキャリアながら2年前に警部補への昇進を果たしたエリート刑事・姫川玲子(29歳)は、死体の腹が割かれていたことから、水元公園の内溜に投げ込むつもりだったのではないかと推理する。姫川の指示で内溜を浚うと、新たな男(滑川)の死体が見つかり、連続殺人死体遺棄事件へと発展する。この内溜では、1カ月前に、過去に犯罪歴がある深沢という男がネグレリア菌により病死していたこともわかる。姫川は、この深沢が死んだために、金原の死体は放置されたままになったのではないかと考える。 やがて、金原と滑川の二人には、毎月第二日曜日に行方がわからなくなるという共通点があることがわかる。金原の死体発見から数日後、今度は戸田競艇場で、同じようにビニールシートで梱包された9体の死体が発見された。そして、捜査の過程で、殺害された滑川の友人・田代が語った「ストロベリーナイト」というHPの存在。このサイトでは公開殺人をウェブ上で公開し、次回の招待者を募っているという。事件の核心に近づいたかと思われた矢先、部下で巡査あがりの大塚が何者かに殺されてしまう。大塚は個人的なネタ元の辰巳から「ストロベリーナイト」に関するインターネットの板に書き込みをしていた男の名を知らされていたのだが。大塚が死んだ後は、公安上がりの勝俣警部補が辰巳と接触をもち、警察の内部情報を流してつくった裏金200万を払って主催者の名を聞き出していた。 同じ頃姫川は警察官僚の息子である部下の北見と組んで公開殺人が行われそうな場所を捜査していたが、北見に連れられて侵入した建物の中で、突如、戸田から葛飾に犯行現場が移動したことと、北見の転属署が重なることに思い当たる。それを指摘したことで北見に拘束されてしまう姫川。そこに姫川を殺害するために呼び出された、黒い革のつなぎを着た公開殺人での殺人者「エフ」が現れる。それは、深沢の妹で精神病院に通う由香里だった。しかし由香里は姫川を殺せという北見の命令に反抗したことで姫川の目の前で北見に撃たれてしまうが、そのとき、現場に勝俣と井岡が踏み込んでくる。瀕死の由香里に助け出される姫川。北見は取り押さえられ、姫川と由香里は病院へ運ばれる。 意識がなくなりかけているのに、生きたくないと点滴をはずそうとする由香里に、同情の気持ちを抑えられない姫川。姫川は女子高生のときレイプされた過去をもつが、その事件を担当していて殉職した女性刑事・佐田の日記を読み、また裁判を通して自分を応援してくれた警察と言う組織に打たれ刑事になることと、死んで2階級特進した佐田と同じ警部補となることを目指してきた。姫川は、自分の思考が犯罪者と近すぎるから危険だと言う、部下の勝俣の言葉が気になる。 |
三浦明博 滅びのモノクローム
骨董市で掘り出し物の釣用リールと柳行李を手に入れた、広告代理店仙台支社に勤める日下。売ったのは月森旅館を起した立志伝中の人物、月森進之助の孫娘・花。国会議員の伊波謙吾と離婚し今は大学に通っている。柳行李に入っていた古いフィルムに昔の釣風景が映っていたことから日下は、ちょうど関わっていた政治団体のCMに、そのフィルムを使うことにする。しかし、進之助を取材していた週刊誌記者・苫米が殺され、フィルムを修復していた大西は行方不明になる。 修復したフィルムには、混血の少年を殺す憲兵の姿が断片的ではあるが映っていたが、その憲兵は伊波謙吾の祖父・謙一郎だった。政治集会の場で謙一郎を糾弾する日下。日下は謙一郎の妾腹の辰巳に命を狙われ、花が代わりに刺されてしまう。伊波謙一郎・謙吾には正式に捜査のメスが入れられることになり、大西も解放された。しかし、もう一本、釣用リールにもフィルムが入っていた。そこには、混血の少年の父親を殺害する、進之助の姿が映っていた。 三浦しをん 月魚 古書店『無窮堂』の若き当主真志喜のもとに幼なじみで同業者の瀬名垣から買い付けの話が持ち込まれた。瀬名垣の父親は「せどり屋」とよばれる古書界の嫌われ者だったが、その才能を見抜いた真志喜の祖父に目をかけられたことで、幼い二人は兄弟のように育ったのだが、かつて真志喜の父親が処分していた古本の中から瀬名垣が稀代の名品を見つけてしまったことから、真志喜の父は絶望し失踪してしまっていたのだ。 密かな罪の意識をずっと共有してきた二人は、山間の旧家に書籍を買い取りに出かけるが、売り払いたいという未亡人と図書館に寄付しろという親戚たちの間でもめた挙げ句、地元の古書店と異例の査定比べをすることになる。そこに偶然あらわれたのが真志喜の父親だった。ふたたび罪に直面することになる二人。決して折り合いのつかない真志喜の父親との確執。結局競りに勝つことができ二人は東京へもどる。少年の日に見た裏庭の鯉は罪の色。その魚は瀬名垣の罪を飲み込んで、鮮やかな煌めきを見せる。真志喜と瀬名垣の高校時代を、真志喜に憧れる教師の目から見た短編「水に沈んだ私の村」も収録。 三浦しをん 風が強く吹いている 寛政大学4年・清瀬灰二(ハイジ)は、銭湯からの帰り道、万引きして逃げる男の完璧ともいえる走りに目を奪われ、自転車で追跡する。男の名は蔵原走(かける)。4月から寛政大学に入学することが決まっているという。将来を嘱望されながら高校時代に監督を殴ったことで陸上競技から遠ざかっていた走を、ハイジは自分が住んでいる家賃3万円のボロアパート・竹青荘に住まわせることにする。 竹青荘の住人はハイジのほかに、いつも明るい双子の「ジョージ」と「ジョータ」、5年生で超ヘビースモーカーの「ニコチャン」、司法試験に合格し漫然とクラブ通いをしている「ユキ」、丁寧な日本語を話す国費留学生の黒人「ムサ」、クイズ王こと雑学が得意の「キング」、僻地の山奥出身の「神童」、華やかな顔立ちながら無類の漫画マニアの「王子」がいた。 走の歓迎会でハイジはいきなり、この10人で箱根駅伝への挑戦を宣言する。陸上経験者はハイジと走と、かろうじてニコチャンだけ。トレーニングは翌日から始まるという。 最初は乗り気ではなかった竹青荘の住人たちだが、甘言と強迫とを繰り返すハイジのペースに徐々にはまっていく。記録や大会なんかに関係ないところで一人で走っていこうと思っていた走も、ハイジと仲間たちとの不思議な連帯のなかで走ることの楽しみを取り戻していく。そんな素人だらけの10人だったが、記録会をクリアーし、その後の予選会では、走は3位、ハイジは4位という好成績を残して箱根駅伝への出場を決める。 わずか10人で無名の大学が出場を決めたことからマスコミも注目する。世間に自分たちのことが知れ渡ることで、10人それぞれの立場も揺れ動く。 そして、いよいよ箱根駅伝がはじまる。第1区の走者・王子は、予想通り選手たちが牽制しあいスローペースだったため終盤まで集団についていき20位を確保。第2区のムサはペースを乱されるが13位に順位を上げてゴール。第3区のジョータもジョージのことなど考えながら漫然と走っていたものの11位でゴール。ジョージはタスキを受け取る時に八百屋の娘で同じ大学に通う葉菜子が双子を好きらしいとジョータから聞き、走りながらも葉菜子のことが気になってしょうがない。結局双子は実力を発揮できないまま10位で第5区の神童にタスキを渡す。風邪で熱のある神童は付き添いのユキから、辛かったら棄権しろといって送り出されるが、芦ノ湖まで這ってでも行くと決意する。その神童の走りを見て走は、個人的な走るという行為とは違う、自分になかった強さを感じる。崩れ落ちるようにゴールインする神童。結局トップとは約12分差の18位に順位を落としたため復路は一斉のスタートということになった。 翌日の第6区。剣道経験者で重心の低いユキは、急な下りでも軽快に飛す。沿道に自分が避けていた母と再婚相手の父たちを見かけ胸が熱くなるユキ。区間賞に2秒届かなかったが16位でタスキを第7区のニコチャンに渡す。経験者のニコチャンは頑なにペースを守り15位と健闘。第8区は東体大の榊も走る。走者のキングは榊の挑発に乗ってしまいオーバーペースで走ってしまうが、監督の指示で冷静になり16位で第9区の走にタスキを渡すことができた。走は同じく9区を走る優勝候補の六道大のエース・藤岡から自分が区間新記録を狙うと宣言されていたが、レース終盤、ランナーズハイとも違う未知のゾーンに入り区間新記録を出し12位に。第10区、最終走者のハイジは、10キロ地点から痛み止めを打っていた脚が痛み出していたが、将来陸上ができなくなってもシード校の10位以内に入りたいと精神力だけで走り切る。レースは終わり最終計測の結果、寛政大は10位に入りシード権を手に入れる。 4年後、ハイジは実業団でコーチをし、走は卒業後、寛政大のチームに入った。 三咲光郎 群蝶の空 昭和14年、大阪の泉南保険に勤務する沖宮忠雄は、契約先の大手船会社・大蔵商船で、専務の神坂と面会する。神坂は晩鐘という俳号をもつ高浜虚子門下の保守的な俳人であり、最近の自由俳句に批判的だった。晩鐘に吟行に誘われた忠雄は、神坂の妻であり著名な女流俳人・神坂ひさ女と出会う。ひさ女は別れた美術教師の夫の元に子供を残しておリ、忠雄に頼んで密かにその子の様子を見に行く。 一方、忠雄の妻は慣れない大阪暮らしに疲れて実家の東京に帰ってしまい、ひさ女と忠雄の間は急速に接近する。神坂は保険会社の統合を目指して泉南保険を切り捨てる計画を進めるとともに、ひさ女の自由律俳句への接近と、忠雄との密会を阻止する目的もありひさ女に探偵・秋山をつけ、特高警察に俳句結社「京大俳句」の捜査を仕向ける。忠雄を裏切って神坂の側に付く上司の今川。忠雄とひさ女は能登半島まで逃げおおせたものの、忠雄は警察に捕まり、ひさ女は海岸で消息を絶つ。 水原秀策 サウスポー・キラー 一流大学を出てプロ入り二年目のローテーション投手の沢村航は自宅マンションの前で何者かに襲われる。「約束は守るもんだろう」という謎の言葉を残して去って行く暴漢。 集団主義、精神主義を嫌い、「走り込み・投げ込み」を信奉するコーチを無視して、理論的な筋力トレーニングでフィジカルを鍛える彼が、旧弊な体質が色濃く残るチーム内で浮きまくるのは、当然のこと。トレードの危機に立たされている先輩投手、投手コーチの島谷。敵意をむき出しにする人間も少なくない。 チームの先輩で同じく左投手三浦の150勝達成記念パーティで再び暴行事件に巻き込まれる沢村だが、同席していた女優黒坂美鈴や三浦に発見され事なきを得る。 しかし事件後に球団首脳やマスコミ関係者あてに、「Baseball judge」なる人物から「沢村は暴力団と関係し、八百長をしている」という告発文が送られてくる。スキャンダルを徹底的に嫌う球団副社長の強い意向もあり、二軍に落とされた沢村は、ことの真相を自ら探る決意をする。超ベテラン女性記者や、黒坂美鈴、警察キャリアとなった大学の同期生たちの協力を得て、次第に事件の核心に迫っていく。やがて彼の無実を支持するマスコミも現れ、一軍に復帰すると、疑惑を晴らすべく立ち上がる。左投手ばかりがトレードされているという事実。暴行事件の被害者で、選手生命を失った左投手の存在も浮かんでくる。 やがて、トレードされた7人の左投手たちがみな同じ、元警官・高木に嵌められてスキャンダルを作らされていたことを知る。サウスポー・キラーの正体は、地位の安定のためにライバルを蹴落とそうとした三浦だった。三浦も高木にゆすられていたのだ。黒坂美鈴は高木の仲間でなく、沢村を助けようとしていたことを知る。高木は整形をして海外へ高飛びする。 光原百合 十八の夏 浪人生の三浦信也が蘇芳紅美子と出会ったのは、ジョギングの途中、春風に飛ばされた彼女のスケッチ画拾ったことがきっかけだった。紅美子はフリーのデザイナー。絵を拾った時の傷の消毒に連れて行かれた彼女のアパートに空きがあるのを知った信也は、お産で姉が実家に帰ってきている間の受験勉強用に借りることにする。朝顔の鉢に、それぞれ四人の名前をつけて育てる紅美子。 熱を出して寝込んでしまえば看病するし、酒やカラオケにも朝までつきあう。信也はすっかり紅美子のペースに巻き込まれていた。それが心地よかった。しかし、実は二人は偶然知り合ったのではなかったのだ。紅美子は妻子ある編集者に惚れ、そして破れた。その復讐(殺すこと)のターゲットを、一番先に咲いた鉢の人に決めていたのだ。「お父さん」は不倫相手、「お母さん」はその妻、「僕」はその息子、「私」は紅美子本人だという。 そんなとき、父が蘇芳紅美子と言う人と浮気しているのではと言い出したのは姉だった。紅美子は復讐のためにアパートを借りていたのだ。紅美子の口から真相を聞きだしたとき、信也は味の濃いミルクティーに入れられた睡眠薬のせいで朦朧としていたが、目が醒めると一鉢の朝顔の蔓が根元から折られていた。そばには、「この鉢は「私」だったの。この朝顔を折ったことで自分を殺す代わりにするよ。あんなにしつこく死んじゃいけないって言われちゃね。」という置き手紙があった。 *他に、妻を亡くした書店員が別の書店を経営する女性と知り合い恋に落ち八歳の息子にどう知らせるかに悩む「ささやかな奇跡」の金木犀、劇団員の兄が弟の恩師の娘(実は妻だった)に恋をする「兄貴の純情」のヘリオトロープ、夾竹桃の毒性が殺人事件に悪用される「イノセント・デイズ」を収録。 道尾秀介 シャドウ 母親を癌でなくした小学5年生の我茂凰介。大学病院に勤務する父・洋一郎との生活が始まったが、久しぶりに登校した運動会の日、今度は幼馴染の水城亜紀の母親・恵が、夫・徹の勤める医科大学の研究棟屋上から投身自殺してしまう。凰介の母と恵は同級生だった。 自宅に残された遺書には、夫への恨みが記されていた。凰介の父・洋一郎と徹もまた同級生だったこともあり、洋一郎は正気を失いつつある徹の家を訪ねるが、目を離したすきに亜紀は交通事故に遭って病院に運ばれてしまう。幸い骨折だけですんだが、凰介の父・洋一郎の様子も次第におかしくなっていった。徹は恵の浮気を疑いつづけていたことを洋一郎に語り、凰介は亜紀から何者かにレイプされた過去を告白される。 洋一郎が、亜紀の母の不倫相手であり、亜紀をレイプした犯人であり、亜紀の母を自殺を装って殺害した犯人である可能性も浮かび上がる。 やがて、洋一郎が大学病院に勤務しているのは清掃員としてであり、洋一郎と徹の恩師・田坂教授から精神分裂症のカウンセリングを受けていたことが明かされる。真相は、恵は浮気をしておらず、疑いの元になっていたゴミ箱に残されていた精液は田坂教授のもので、彼が亜紀をレイプしたときのものだったのだ。母親に田坂とのことを話すと恵は二人で死ぬしかないと研究棟の屋上から飛び降りるが、直前に田坂だけを生かしておきたくないと思った亜紀は、とっさに金網にしがみつき一人だけ助かる。二人を結んでいた紐(運動会のハチマキ)を切る亜紀。納得して「夜鷹」のように地上に落ちていく恵。先の交通事故はこのときの怪我を徹に悟られないようにするための亜紀の自作自演だった。 母親が身投自殺した場所で、自分が田坂にレイプされたことを凰介に語る亜紀。そこに突然現れた田坂教授。亜紀は飛び出して突き落とそうとするが一緒に引きずられてしまう。凰介は助けようとするが、最後に田坂を突き落としたのはそこに潜んでいた洋一郎だった。病床の妻を手篭めにした田坂教授に復讐しようと誘い出していたのだった。 皆川博子 死の泉 第二次大戦下のドイツ。SS最高指導者ヒムラーの発案により、各地にレーベンスボルン「生命の泉」なる施設が設けられ、各地から集められた女に子供を作らせ、養子を望むSSの家庭に引き取らせていた。空襲で身寄りの亡くなった、オーストリア片田舎に住むマルガレーテは、ドイツ人ギュンターの私生児を身ごもったため、ミュンヘン郊外のレーベンスボルン(ホーホラント産院)に看護婦として入所するが、そこで施設の責任者でであるSSの医師クラウス・ヴェッセルマンに気に入られ求婚される。 クラウスに何の愛情も感じなかったものの、子供・ミハエルと自分の将来を考えマルガレーテ はクラウスと結婚する。クラウスは音楽に造詣が深く、とくに声楽へのこだわりは深かったため、美しい声の2人の少年、5歳のエーリヒと10歳のフランツを養子にするためにも結婚は必要だった。レーベンスボルンは、産院のみでなくポーランドからさらってきた金髪の子供たちを再教育し、ドイツへ帰化させる施設でもあった。 マルガレーテは夫の庇護のもと何不自由ない暮らしができるようになり、つかの間の幸せが続く。しかし、激化する戦火の中、永遠の命を信じ、古い肉体に新しい肉体を結合させる奇矯な実験を繰り返すクラウスの狂気はマルガレータを脅かす。やがて家族は戦局の悪化とともにオーバーザルツブルグの古城に引っ越すが、ベルリンに攻め入りヒトラーを倒した連合軍は古城にも侵攻してきた。そんな混乱の中、クラウスはエーリヒにカストラートにするため去勢手術を施し、フランツはマルガレーテを救うためマルガレーテがツゴイネルであることで強請っていた女中のモニカを刺殺し、手術後の瀕死のエーリヒを助けようと奔走する。離れ離れになる家族。 置き去りにされるフランツ、エーリッヒ。マルガレーテは逃げ込んだ地下の坑道で、体を繋がれた双生児の少女レナ(レーベンスボルンの施設で薬で大人の女性のように成長させられて妊娠したが死産)とアリツェを発見しショックを受ける。精神を病んでいくマルガレーテ。(以上第1部) 14年後、大道芸人をしながら、フランツとエーリッヒは、アメリカに亡命していたクラウスが戻ったことを知り、復讐を誓う。一方クラウスは、かつてのマルガリーテの恋人ギュンター(ミハエルの父)を、オーバーザルツブルグのギュンターの古城を買い入れることを口実に呼び寄せ、飼っているドーベルマンに襲わせて自分の言いなりにしようとする。(以上第2部)。 雪解け間近に、オーバーザルツブルグの古城に向かうクラウス一家(マルガレータ、ミハエル、クラウス)とギュンター、それにアメリカ政府のお目付け役のスミスと、クラウスがかつてレーベンスボルンの看護婦にうませたゲルトの6人。地下を通る地底湖につながる坑道で、クラウスを襲うフランツとエーリッヒ。エーリッヒたちを阻止しようとするゲルトが所属していた極右の集団。(以上第3部) 1968年、作家の野上晶は訪れたレーベンスボルンで一冊の小説本を手にする。作者はギュンター・フォン・フュルステンベルグ。しかし、野上の前に作者だと名乗ってあらわれた人物は、紛れもなく坑道で死んだはずのクラウス・ヴェッセルマンだった。野上は、第2部以降のエーリヒはミハエルだったことを知る。また、野上の見た老婦人・マルガレーテの服の裾から出ていた第二の足は誰のものかと考える。死んだはずのレナとアリツェが、実は酒場に居たリロとその連れだったことも語られる。 宮本輝 流転の海 築きあげた財産も友人も部下もすべて戦争で失った松坂熊吾。郷里伊予一本松の疎開先から一望焼け野原の大阪に帰ってくると、自分の土地が闇商人たちに占拠されていた。闇市を取りしきる若いヤクザと勝負し土地を取り戻すが、後から「あのヤクザは四人も殺した奴や」と教えられる。 灘の仮住居では、妻・房江が一ヶ月も早い出産をしていた。50歳にしてはじめての子供・伸仁を授かる熊吾。後日、熊吾は元番頭の井草と共に、神戸で自動車部品の商売を始めた海老原太一の祝いに訪れるが、かつて小僧だった海老原のなれなれしい言葉に熊吾は激怒してしまう。 やがて熊吾の商売も軌道に乗り始めるが、その裏で糸を引く海老原の策謀、そして対決。時を同じくして復員兵の辻堂が働きたいと訪れてきた。熊吾は、辻堂と運送屋の丸尾千代麿という二人の力を借り手商売を続ける。熊吾に想いを寄せていた芸者千代鶴との再会、美貌の没落貴族の娘・亜矢子との出会。海老原との対決も次第に拡大していく。 それでも闘志を燃やし、ようやく勝ちが見えてきたころ、熊吾は忠実な部下と信じていた辻堂が亜矢子に溺れて背任とも言える行動をしていたことを知る。そして房江や息子・伸仁の相次ぐ大病などにより、いざ絶頂という寸前で店をたたみ田舎に引きこもることにする。 宮本輝 地の星―流転の海 2 熊吾が松阪商会をたたんで田舎の南宇和に帰ってきて2年後、大きくなった伸仁と川で魚を捕れるほど元気になった房江と静かな生活をおくる熊吾だったが、そこで思わぬ人物に出会ってしまう。今ではやくざとなった「上和道(わうどう)の伊佐男」だった。伊佐男は、子供の頃に熊吾ととった相撲が原因で足が不自由になったと恨んでいた。熊吾と伊佐男との因縁の対決を軸に、父祖の地のもたらす血の騒ぎ、人間の縁の不思議。天敵の伊佐夫は猟銃で頭を撃って自殺し、中村音吉がビルマから帰還し自転車屋を始めた。県会議員をめざした茂十は病で逝った。最後に、復興しつつある大阪に戻ろうと決意する。 宮本輝 血脈の火―流転の海 3 再び大阪へ戻った松坂熊吾の一家は、雀荘や中華料理店を始めとして精力的に次々と事業を興し成功していく。虚弱体質でありながらもたくましく育つ無邪気な小学生・伸仁。しかし、義母の失踪による妻・房江の心労、さらに洞爺丸台風の一撃で、新しいプロパンガス代理業も、消防用ホース修繕用接着剤事業も撤退。追い討ちをかけるように、熊吾は糖尿病と診断される。 熊吾は手を広げた事業を辞め、自宅兼店舗で、中華料理屋ときんつば焼売りに専念する。そして自宅近くで発生した船の火事。熊吾は伸仁を助けるために必死になって火の手のあがる船に走り出すが、伸仁はなんとか難を逃れていて無事だった。 宮本輝 天の夜曲―流転の海 4 熊吾の「平華楼」の中華弁当が食中毒を起こし営業停止になってしまう。中古車部品業をはじめようという高瀬勇次の誘いで家族で高松に移り住むことになった熊吾一家。河内善助の告別式で大阪に帰ったおり、エアブローカーの久保敏松を丸尾千代麿から紹介されたことで、熊吾は、関西中古車連合会設立のために単身大阪で奮闘することになる。 観音寺のケンの子を身ごもった百合の面倒を高松で見ることを引き受ける熊吾。伸仁とサイクリングの途中水をもらいに立ち寄った家の娘が破傷風の疑いがあるからと指摘し助ける。 偶然再会した踊り子西条あけみは熊吾の前で顔に火傷を負う。責任の一端が自分にもあると感じ「関の孫六」を因縁の海老原太一に買ってもらい治療費に当てる熊吾。長崎にいい医者がいると聞くとあけみに同行し関係を持つ。やがて、関西中古車連合会の金を久保に持ち逃げされてしまう。あけみに手切れ金だと、かつて熊吾が用立てした金を受け取る。久保は熱海で逮捕される。金は賭け将棋に参加するために使い果たされていた。 伸仁だけを高松において房江と大阪に帰り事業に本腰を入れようと決意する。商人宿で過す別れの夜、傷ついた一家を鈴の如き音曲が包み込む。流転の海 盛田隆二 ストリート・チルドレン 一六九九年下諏訪に住む十九歳の@三次は組頭の女房を孕ませたことから開宿したばかりの内藤新宿に逃げ込む。親切な飛脚の口利きで鍛冶屋に奉公の口を得たが、二ヵ月後に十三歳のアヤを略奪したことで深川の長屋に身を潜め日雇いで二人の食い扶持を稼ぐことになった。 やがてA吉三が生まれ、三次も若衆として日増しに男気を磨いていった。病弱のアヤが死ぬと、幼い吉三を連れて新宿に舞い戻り、吉三を煮売屋に小僧として働かせ自分は酒に溺れていった。器量のよかった吉三が男から寵愛を受けていたことも三次が酒に溺れる原因となり、三次は三十九歳で死んだ。棒手振の職を得た吉三は三十二歳のとき七歳のB宗一郎を養子にとる。宗一郎は二十三歳のとき、街道筋の縄のれん、和泉屋の十六歳の一人娘沢を妻に迎えそこの主人におさまったが、沢が惹かれていたのは吉三であり、やがて二人の関係は沢の母多加の知るところとなり、吉三は、沢と多加との関係を続けえることになったが、沢が吉三の子C雪を産むと、多加は気がふれて首をつってしまう。 そのころになり、宗一郎は沢と吉三の関係に気づいたが今さらと思い黙っていた。二年後、二人目の子供が生まれ吉三は三次と名づけ、五十歳で生涯を閉じた。その三次も十歳のとき神隠しにあうが、実は吉三の子供ではないかと疑う宗一郎により殺されていたのだ。十二歳の雪は弟の行方不明に衝撃をうけ唖になった。失意のうちに沢は死に、宗一郎と雪だけの暮らしが始まる。和泉屋は雪に淫らなことをさせている、と評判になつたころ、宗一郎と雪は関係を持つ。唖の治った雪は店に出入りしていた半留とも関係を持ち、形ばかりの祝言をあげるが、その腹の中には宗一郎の子がいた。宗一郎は、雪に子を孕ませるとその数日後に息を引き取る。 雪の子D結が六歳になったとき雪は和泉屋を追われ、深川にたどり着く。二十七歳で年季の明けた結が雪を訪ねると、母はいまだに春をひさいでいることを知り驚く。結は三十九歳で房ニ郎という浪人者に恋をし、E鳥雅という子を産む。六年後、母親の雪と再会し新宿に戻って三人で暮らすことになるが、結と雪を相次いでなくした鳥雅は、十歳で天涯孤独となる。歌舞伎役者に拾われ、人気役者として大人になった鳥雅は、おのうという女を孕ませF久太郎をもうける。おのうの父平蔵から教えを受けた竹細工職人としての腕があった久太郎は十九歳で伊与という娘を嫁にもらうが、伊予は子どもの頃から鳥雅に憧れていた。 伊与は間もなくG源太という子を産むがそれは鳥雅の種だった。 十八歳になった源太は百姓の娘幾代を嫁にとりH幸兵衛という子を得るが、それも鳥雅の子供だった。十九歳になった幸兵衛は台湾に出兵し広島に復員すると、その地で働き口をみつけ四十五歳のとき呉服問屋の末娘喜和と結婚し三年後にI鉄男という子を得る。二十二歳で出兵した鉄男は敗戦後ルソン島から復員してくるが、両親と兄弟はすべて原爆により死んでいた。(西条)鉄男は、浮浪者の晃と看護婦のかおりを仲間に誘い、博覧会のために新宿の地図をつくると欺いて多額の金を集めるが、何者かに襲われ鉄男は命を落とす。 晃とかおりは広島へ逃げ、かおりは鉄男の子Jひろみを産む。一九六七年、広島から家出してきたひろみは、母が働いていたという新宿に流れ着く。自分を保護した若い津島潔という警官と暮らすようになり子供ができるが、堕せという津島ともめ発砲騒ぎと放火の疑いがかかる。裁判の結果、無罪となり引取りに来ていたかおりと広島に帰る。新宿でカメラマンとして侘しい暮らしをしていた晃もひろみになけなしの金を渡した。ひろみの子供はK鉄男と名づけられた。広島で、自分の面倒を見てくれていた男が母親と関係があうことを知った鉄男は、家を飛び出して東京に出てくる。様々な職を転々とし、二十二歳のとき新宿のキャバレーで働いていた和代という女と結婚しL諒太をもうけるが、警察に追われることになってからのこの四年間は実家に帰ったままである。 今はフィリピン人のアイミーとつきあっており、お腹には鉄男の子がいる。かおりが死んだ一年後、ひろみは鉄男を捜しに新宿にでてくる。ひろみは、晃から鉄男の話しを聞き、関係を持つ。鉄男は、不倫をしていた三上というサラリーマンを強請って300万という金を手にすると、自分の仲間が取立てをしている津島潔のアパートに行きだまって金を渡す。アイミーと高飛びを決めていた鉄男は、パスポートを返してもらいに黒田に会いに行くが拒否されたので刺してしまう。アイミーのアパートで再会する鉄男とひろみ。ひろみは、アイミーに鉄男のことを頼む。 盛田隆二 夜の果てまで 二年前の秋からつきあっていた一学年上の女性から突然の別れ話をされた春、俊介はラーメン屋で、ひそかに「Mさん」と呼んでいる彼女と遭遇した。彼女は、俊介がバイトをしている北大近くのコンビニに、いつも土曜日の夜11時過ぎにやってきては、必ずチョコレートの「M&M」をひとつだけ万引きしていくのだった。彼女の名前は涌井裕里子。俊介より一回りも年上だった。ラーメン屋の店主である裕里子の夫は、毎週土曜日に精神を患う元の妻のもとへ通う。裕里子は顔見知りになった俊介に、義理の息子・正太の家庭教師を頼む。なぜか、不良ぶる正太は正直な俊介と馬が合った。そして裕里子と俊介は恋に落ちる。 しかし二人の関係が裕里子の夫に発覚しアパートに踏み込まれると、二人は東京に逃げることにする。アパートを借り、仕事を探す二人。俊介は難関を突破して内定の決まった新聞社をどうするかを悩み、裕里子は自分と関わらない方がいいといいながら、俊介との暮らしに幸せを感じている。しかし、裕里子がスナックで働くことを内心嫌がっていた俊介は、裕里子に秘密で高収入のスリの手伝いをするようになる。しかし、俊介をスカウトした工藤が警察につかまり、二人で騒いだあくる日、裕里子は家を出て行く。裕里子が実家に帰ったことを知る俊介は実家に押しかけるが追い返される。 鹿児島の実家に引きこもりデートクラブで働く毎日の俊介に正太から電話がかかってきた。実の母親と裕里子と一緒に暮らすことになったのだという。暗に、裕里子のお腹に子供がいることを知らせる正太。裕里子は、実家から札幌に帰っていたのだ。そして堕したと思っていた子供が生きている。今度こそ裕里子と、そしてお腹の中の子供とともに生きていくことを決める俊介。 盛田隆二 ありふれた魔法 二つ年上の元銀行員の妻を持ち、三人の子供の父親である44歳の銀行員・秋野智之はある日、入行4年目の部下・森村茜に頼まれ、顧客への謝罪に同行したことをきっかけに、一緒に食事をするようになる。その後、茜が同僚男性からストーカーされて苦しんでいたのを助けたことを機に急速に二人の仲は接近していく。智之の娘が高校生とつき合っていることを相談された茜は、娘が参加しているミクシィへのアクセス方法を教える。茜に誘われて初めて行った競馬場で思わぬ大金が転がり込むと、それを軍資金に「水曜会」と称し、毎週水曜日に一緒に食事をすることになる。茜の前でだけ、妻や友人にも見せられない弱い部分もさらけ出せ、一緒にいることに安心感を覚える智之は、妻や子供を大切に思いつつも、ついに一線を越えてしまう。 しかもそのたった一度の現場を、智之に融資を断られたことを恨みに持つ中小企業の社長・幕田に押さえられてしまう。やがて、幕田が興信所に撮らせた写真が自宅にFAXで届き逆上する妻。その日は、息子が大怪我をして病院に担ぎこまれた日でもあった。具合が悪くなった茜をホテルで介抱しただけだと白を切りとおす智之。幕田に脅迫され口止めの融資として自腹で200万用立てるが、再び脅迫されると上司の支店長に、茜とのことと、幕田から脅迫されたことを明かす。茜とのことは公にはならなかったものの、秋野は地方への左遷を告げられる。単身赴任では家族がバラバラになると辞表を出す智之。 今は、更年期障害を迎えた妻を支えつつ、銀行時代に世話をした小さな会社の共同経営者として忙しい日々を送っている。そんな智之のもとを、茜が訪ねてくる。不倫現場のFAXが届いてすぐに妻が茜を訪ねてきたこと、最初は智之との関係を否定していた茜だが、智之にプレゼントされたのと同じ香水を智之の妻が使っていたことを知り、二人の関係を認めてしまったことを告げる。茜は、かつての婚約者が予定より早く日本に戻ってくるのを機に結婚するつもりだという。 *「ありふれた魔法」という題名は、スピッツの「ロビンソン」という曲の中の一節から「同じセリフ 同じ時 思わず口にするような ありふれた魔法で つくりあげたよ」から。 薬丸岳 天使のナイフ 大宮で外資のコーヒーチェーン「ブロードカフェ」を経営する桧山は、4年前に妻の祥子を当時中学生だった三人組の少年によって殺されていた。毎朝、保育所に娘の愛美を預けてから店に向かう日々が続いていたある日、祥子の事件を担当した刑事が、近くの公園で祥子を襲った沢村和也が殺害されたと訪ねてくる。祥子の事件後に少年法のあまりの不平等さに「国家が罰を与えないなら自分で犯人を殺してやりたい」と言ったことから桧山に嫌疑がかかったのだ。 沢村の恋人だったユリから八木の居場所を知らされて池袋に向かった帰りの駅で、人身事故を目の当たりにした桧山は、被害にあったのが丸山で、誰かに突き飛ばされたと言ったことから、また嫌疑をうける。 家で祥子の遺品を見ていた桧山は、群馬県吾妻郡の小柴という人から祥子に宛てられた手紙が気になり訪ねるが、そこで、祥子が小さい頃、目の前で小柴の娘・悦子が少年に乱暴され殺されていたことを知る。捕まった少年の首のところにはアザがあった。 八木から面白いものを見せてやるという電話を受けた桧山は、待ち合わせ場所を決めるが、愛美が急にひきつけを起こしたために病院に駆けつけている間に、八木は何者かに殺されてしまう。 翌日、差出人不明のビデオが送られてくる。少年3人(八木・丸山・沢村)が幼児の下半身を裸にしてナイフを立てているところが写っていた。丸山にビデオのことを問い詰めると、祥子を殺さなければビデオを警察に渡すと脅されていたからと、桧山に謝る。 祥子の親友だったみゆきからは、中学の頃、少年グループに強要されテレクラで男を呼び出したこと、その男ともみ合っているうちに、持っていたナイフで刺殺してしまったという妻の過去を知る。男は滝沢という高校教諭だった。滝沢の家をたずねた桧山は、滝沢の娘が重い病気になり、家を抵当に入れたが足りず、ボランテアやコシバエツコ名義の1千万の寄付により渡米し、手術は成功し、今は健康になっているという話を聞く。 「ブロードカフェ」に帰ると、桧山の留守に愛美とみゆきを人質にして丸山がビデオを返せと立てこもっていた。加担していたのは丸山の同級生でアルバイトの仁科歩美だった。歩美は殺された滝沢の娘で、ビデオを撮って三人を脅迫していたのだった。沢村も八木も丸山に殺害されたのだった。人身事故は自作自演。歩美は最後に丸山を裏切り愛美を助けるが、丸山に刺される。丸山は桧山との格闘のすえ逮捕される。 祥子が生前引き出していた500万円はコシバエツコ(小柴悦子)名で滝沢の妻に渡っていたことはわかったが、残りの500万円は、少年の更正を力説する少年法擁護派の弁護士の相沢こそが悦子を殺した少年だと、首のアザから知った祥子が相沢を脅迫して払わせたのだ。しかし相沢は、祥子を排除するために仁科歩美に手紙を出していた。父を殺した人間が幸せに暮らしていると住所や写真を添えて。 柳原慧 パーフェクト・プラン 代理母をして生計をたてている、かつての美貌は見る影もない小田桐良江は、自分が出産した三輪俊成が母親の三咲から虐待されているところを目撃し、発作的に連れ帰ってしまう。良江のかつての愛人でキャバクラの店員をしている田代幸司と、その兄貴分であるアングラカジノの店長・赤星サトル、元相場師の張龍生。良江を助けるために結成された急造チーム「Enigma」は、俊成を一旦は三輪の家へ帰したものの再び連れ出すと、俊成の父親が投資顧問会社の経営者であることを利用し、代理母を斡旋している産婦人科の有賀からの情報をもとに三輪俊成の父と共謀してES細胞関連の株価を吊り上げ5億という配当金を金を手に入れる 最初の誘拐事件から虐待の事実を感じて三輪家を見張っていた女刑事の鈴木。成功したかに見えた計画は、Joshuaと名乗るハッカーの出現により、思わぬ方向へ転がり始める。すべての動きはJoshuaに筒抜けだったばかりか、操作されていたのだ。 良江は、俊成を返さず田代とともに良江の故郷佐渡へ逃げようとする。Joshuaのコンピュータに入り込んでコンタクトをとりつつ良江を追う鈴木刑事。そして「Enigma」の仲間たち。良江は生家を突き止められるが、そこで良江は産気づく。その混乱の中に現れた三咲が持っていたりんごが、Joshuaの遠隔操作で爆発し三咲と龍生は即死。しかし、俊成の描いた似顔絵と良江の記憶力から人相と自転車の登録番号がわかりJoshuaは逮捕される。JoshuaはES細胞関連の株で失敗したことでEnigmaに恨みを持っていた。 山田太一 異人たちとの夏 妻と離婚し仕事場に使っていたマンションの1室で暮らし始めた48歳のシナリオライター原田。幹線に面してほとんどの部屋が事務所に使われているというマンションだが「静かすぎる」と感じるようになる。原田の他にマンションに住んでいるのは、3階に住む藤野桂(ケイ)という女性のみ。よく仕事で組んでいたプロデューサーの間宮と元妻の関係のことで人嫌いのような状態になっていた原田は、自分の誕生日にふと思いついて浅草へと向かう。偶然入った浅草園芸ホールで出会ったのは、亡くなった父親そっくりの男。そして彼の家へ連れられて行くと、そこには亡くなった母親そっくりの女性がいた。 目の前の夫婦が12歳の頃に交通事故で死んだ自分の両親であるはずないと思いつつも、原田は強く惹かれていく。両親に酷似しているにすぎないと思っていた2人は、紛れもなく両親だった。死んでしまっているはずの人たちだが、生きている人間と同じように確かな温もりを持っている。しかし、二人に会うごとに目に見えて衰弱していく原田。お互いの傷をなめ合うように惹かれあっていたケイは、もう二人には会わないでと言うが。意を決して最後に会った時、思い出にと入ったすき焼き屋で原田の目の前で二人は徐々に消えていく。すべてをケイに打ち明ける原田だったが、原田を心配して訪ねてきた間宮から、ケイも自殺で死んだ女の幽霊だと聞かされる。 ケイは、を道連れにしようとしていたのだ。原田に向かってくるケイ。一瞬、死んだ人たちに連れていかれてしまってもいいとも思う原田。倒れた原田はそのまま入院する。入院中、間宮は原田の別れた妻と息子と引越しをおえていた。間宮と元妻の結婚を許す原田。二人して浅草へ向かう。「さようなら、父よ母よケイよ。どうもありがとう」。 山田宗樹 嫌われ松子の一生 東京で生活している大学生・川尻笙は、上京してきた父から、30年前に家を飛び出した伯母・川尻松子の存在と、松子が最近東京で殺害されたことを聞かされる。父に頼まれて松子が住んでアパートに出向き、部屋の後始末をする笙とガールフレンドの渡辺明日香は、松子がどのような生活をしていたかに興味を持つ。警察が松子殺しの犯人として追いかけていた元殺人犯で今は出所して教会で働いている松子の教え子・龍洋一と出会い、松子が歩んできた壮絶な人生を知ることになる。 1970年。九州福岡の中学校の国語教師・川尻松子は、修学旅行の下見で田所校長に襲われそうになるが危ないところで切り抜ける。しかし修学旅行で盗難事件が起き、教え子の龍洋一を庇うと逆に松子は犯人扱いされ、松子を邪魔に思った田所によって辞職させられてしまう。病弱な妹・久美を可愛がる父親をはじめ、弟・紀夫ら家族への反感もあって松子は家を飛び出てしまう。 福岡にたどり着いた松子は、太宰治を信奉する稼ぎのない文学青年・八女川徹也に惹かれ同棲する。松子に、トルコで働くよう迫るなど、どうしようもない男だったが、あっけなく徹也は自殺してしまう。徹也の死後、徹也の同人誌の仲間だった岡野と不倫関係になるが、岡野の妻に知られて破局。やがて、「白夜」というトルコ風呂で雪乃という源氏名で働くようになった松子は、齋藤スミ子という先輩と赤木マネージャーの支えもあって一番の売れっ子になる。しかし、経営者が変わったことで赤来は故郷の北海道に帰り、松子も客の小野寺保に誘われるままに雄琴を目指す。 雄琴で働く松子は赤木から、齋藤スミ子が覚せい剤中毒の男と付き合って、殺されたことを知る。松子自身覚醒剤をやっていたが、スミ子の死を聞いて、ちゃんとして生きようとするが、小野寺は京都に愛人を囲っていたばかりか、松子の金を使い込んでいた。怒った松子は発作的に小野寺を刺し殺す。東京に逃げた松子は、太宰治の死んだ玉川上水で自殺しようとしたが、死に切れず理髪店を営む島津賢治に助けられ生活をともにする。結婚の約束までするが、雄琴から追ってきた刑事に逮捕される。 懲役8年の刑を受けた松子は、刑務所で東めぐみという女性と知り合う。島津の役に立ちたいと模範囚となって美容師の資格を得るが、仮出所の引受人を、弟の紀夫ばかりか島津にも断られ、自暴自棄になって発作的に脱走を企てる。仮釈放が伸ばされてしまう松子。出所後、東京にもどった松子は、美容師の腕を活かして、凄腕の美容師・内田あかねの美容室「あかね」で働くことに。そこで、アダルト係芸能会社を切り盛りしている東めぐみと再会。さらに、ヤクザとなっていた龍洋一とも再会し、龍と同棲を始める。松子は、龍が覚醒剤の売人となっていたことを知り辞めさせようとするが、組から追われ、やむなく2人は警察に逮捕されて刑務所に逃げ込む。 先に出所した松子は府中刑務所のそばの美容室「みたむら」に勤めながら龍洋一の出所を待つが、出所した龍は松子を振り切り福岡に帰ると、田所校長を銃殺して、再び刑務所に収容される。 「みたむら」をやめた松子は自堕落な生活を続けていたが、病院で偶然出会った東から自分の芸能会社の専属美容師として再出発を求められる。一度は断るが、捨てた東の名刺を探しに公園に出かけた松子は、たむろする若者たちから暴行を受け、必死にアパートにたどり着くがやがて息を引き取ることになる。 梁石日 血と骨 古から朝鮮では、子どもの血は母親から、骨は父親から受け継がれるという。一九三〇年頃、大阪の蒲鉾工場で働く金俊平は、その巨漢と凶暴さで極道からも恐れられていた。女郎の八重を身請けした金俊平は彼女に逃げられ、自棄になり、職場もかわる。さらに飲み屋を営む子連れの英姫を凌辱し、強引に結婚する。 敗戦後の混乱の中、食俊平は自らの蒲鉾工場を立ち上げ、大成功した。妾も作るが、半年間の闘病生活を強いられ、工場を閉鎖し、高利貸しに転身する。金俊平は容赦ない取り立てでさらに大金を得るが、それは絶頂にして、奈落への疾走の始まりだった。放蕩の限りを尽くした生活も70を過ぎ脳梗塞で健康を害してからは、それまでの鬱憤を晴らすかのような内縁の後妻の暴走を見かねて、ようやく親戚が呼び寄せた実の息子は、どうしても助けの手を差し伸べることができない。見捨てて立ち去ろうとする息子を引き留めようと、他人に対する丁寧語「チャネ(あんた)、チャネ(あんた)」と呼びかけるその一語に、俊平の一生の苦衷決算が現れる。 梁石日 夜を賭けて 大阪造兵廠は1945年8月14日、B29の猛爆を受けて壊滅した。この巨大な廃墟は10年たっても放置されたままだった。大阪造兵廠跡の対岸の朝鮮人集落は不景気と差別の中、厳しい生活を強いられていた。船を渡して真っ暗闇の中「夜を賭けて」金目のものを手当たり次第に掘り出して運ぶ。班編制をしてグループごとにエネルギッシュに過酷な「仕事」に従事するようになる。日本の警察も取締りをはじめる。彼ら朝鮮人は「アパッチ族」などとよばれ、取締りにも抵抗する。 強制連行で日本へ連れてこられて日本で終戦を迎えた「在日」朝鮮人にとって、本来「解放独立」の日であるべき「終戦」はあらたな苦難の出発点でしかなかった。いかにして、生き抜いてゆくかが日々の闘いだった。その上に「祖国」朝鮮は2つの体制に分裂させられ、「在日」の朝鮮人も2つの流れに分裂せざるを得ないという厳しい状況が加わった。「南」は李承晩政権の悪政で、「北」は金日成将軍発展をとげているという噂の中で、アパッチ族の中からも北朝鮮へ帰還したものも多くあった。しかし、どうやら「北」もそのような「夢の国」でもなさそうだ、ということがわかってくる。 日本の朝鮮人への抑圧は厳しさをまし、都合の悪いものを、大村収容所へと押し込める。大村収容所は「いわゆる犯罪者を収容する刑務所ではなく、韓国から「密航」してきた朝鮮人を一時的に収容している場所」として法外なことが行われた。韓国へ「強制送還」されれば反共の李承晩政権からどんな仕打ちを受けるか。「資本主義も社会主義も関係ない。権力はみな同じや。結局民衆の犠牲の上にあぐらをかいて、自分だけ生き延びることしか考えてないんや」と語らせる。 *「大阪造兵廠」は今では大阪城公園になってその姿を消した。 梁石日 睡魔 趙奉三は事業に失敗して大阪を出奔した後、東京でタクシー運転手の職を得たが、瀕死の重傷を負って失業中。自らの体験を小説にした著書二冊を出版したが、貧苦にあえいでいた。背に腹はかえられず、趙奉三は大阪時代の悪友・李南玉と競馬のノミ屋を二人で始めるが、あえなくパンク。それでも極貧から脱出したい趙奉三は、再び李南玉に健康マット商法に誘われ、友人たちと豊橋で行われる研修会に参加し、のめりこんでいく。猜疑心が人一倍強いのに、いったんマルチ商法にの入りこむとぐんぐんと頭角を現し、周囲の人間を巻き込んで、つかのまの天国と終わりなき地獄にはまっていく趙奉三。愛人の裏切りなどで多大な借金をかかえた奉三は、今度は内部告発の本を書き始める。そして、発行しないことを条件に借金を清算する。 結城五郎 心室細動 国立大学医学部の助教授上原健治は、アレルギーの権威として半年後の教授就任が確実視されていた。そんなある日、20年前に上原が出張勤務をしていた久保木記念病院の婦長谷山智子から、院長の直江康則が20年前の医療過誤事件のことで何者かに脅迫され、急性肺炎で入院後心臓発作で死亡したと告げられる。 20年前上原は、担当した尿管結石のペニシリン禁忌患者・松岡満生に、看護婦の大橋真美から間違えて渡されたペニシリン注射を打って死なせてしまったのだ。正直に家族に打ち明けようとも考えたが、院長の直江から心筋梗塞で死んだことにしようと言われ家族を説得する。直江、上原、大橋、谷山だけの秘密として20年間表に出ることはなかったのに誰が破ったのか。上原は患者で私立探偵の熊井に調査を依頼するとともに、直江の娘でかつては結婚も考えた佳代子に事情を聞き始める。 大橋を姉と慕っていた看護婦の志津子が久保木記念病院に勤め始めていたことも気にかかる。直江は脅迫された上4000万円を脅し取られていたのだ。その後谷山も自転車で走行中交通事故に遭い、病院にかつぎ込まれ夜半突然直江と同じように心臓発作を起こして死んでしまう。谷山の血液からは心臓発作をおこす薬品と睡眠薬が検出された。上原の自宅にも脅迫状が届き、大橋真美名義の口座に5000万円振り込めというが、熊谷の捜査で大橋はすでに10年前に白血病で死んでいたことがわかる。 やがて、20年前の事実を大橋が克明に日記に残しており、それが犯人たちの手に渡ったことがわかる。その日記には松岡の冷たくなった体に、人工呼吸を続けるなどの演技をして1日以上も家族に生きているように見せかけていたことも書かれていた。教授選を控えた上原は5000万円を払う。さらに遺族にも謝罪する。罪を償わせようとしていたのは志津子と松岡の遺児で医師となっていた哲生だった。しかし、脅迫したり金を強請っていたのは哲生ではなく、弁護士事務所に席を置く遊び人の本間だった。 哲生から日記を受け取り上原は教授の座を勝ち取ることができたが、しばらくして本間が満員電車で変死を遂げたニュースを見る。もしやと思い、佳代子の住まいを訪ねた上原と藤井が見たのは佳代子の異臭を放つ自殺死体だった。上原宛の遺書には、直江は脅迫者を殺すための劇薬で自殺したこと、谷山を殺害したのも本間を殺したのも佳代子であったこと、谷山は母の恨み、本間は父の恨みとして父の残していった劇薬で。そして20年前の出来事も詳細に記されていた。捜査のために遺書を渡せという刑事に、ついに遺書を渡してしまう上原。 横山仁 偽りの大地 1930年代初頭、関東軍参謀・石原莞爾と元憲兵大尉・甘粕正彦は満州国建国に向けてさまざまな謀略を張りめぐらせていた。その手先として危険な任務を遂行していたのが、かつて石原の暗殺に失敗し捕らえられていた中国人テロリスト・趙紫勇だった。趙は石原の唱える東亜連盟論、五族協和の思想に共鳴し、日本軍特務機関や藍衣社などが暗躍する大陸で、反共産主義の気運を高めるため、日本陸軍少尉・刈谷正とともに命がけの任務を遂行していた。そんな趙が唯一心を許せるのが、朝鮮人娼婦・金素娘(金子薫)と過ごすときだった。 やがて趙は上海に渡り、満州皇族の血を受け継ぐ川島芳子の力も借り、ようやくトロツキーの右腕といわれたギンズバーグの身柄を確保し、かつての趙のボスである藍衣社の劉海峰と対峙するが、屋敷は中国共産党の呉子文に砲撃され劉海峰もギンズバーグも命を落とす。趙はかつて共産党員だった頃は呉に心酔していたが、呉に裏切られてからはいつか殺そうと狙っていた。趙は屋敷を包囲した呉に殺されかかるが、隙を見て襲いかかり殺害する。 奉天に戻った趙は石橋に、自分の使命が上海で共産党革命を起こすことだったこと、かつて自分が関わった石原の暗殺未遂事件は石原自身が趙を味方につけるために仕組んだのではなかったかと疑問を投げつけるが、石原は否定しなかった。やがて、石原は本国に帰ることになり、満州国は溥儀を迎えた甘粕の天下となる。 趙は、素娘を身請けするための金をこれまでの工作を口外しないという条件と引き換えに甘粕から引き出させようとするが、狡猾な甘粕によって趙は中国人誘拐殺人犯にでっち上げられ逮捕されてしまう。素娘にもう一度会いたい一心で脱獄する趙だったが、甘粕の手先となっていた刈谷に雇われた男たちに素娘は拉致され殺害されてしまう。 素娘の死を知り自暴自棄になっていた趙は、満州という国そのものを転覆させるためには溥儀を暗殺するしかないと、新京を訪れていた川島芳子のホテルに侵入し暗殺の手助けを頼むが、到底受け入れられるものではなかった。単独、宮殿に忍び込んだ趙は、自分が撃ってしまった瀕死の刈谷から素娘が生きていること、趙を待ちわびていることを告げられるが、もはや引き返すことはできなかった。溥儀の執務室にたどり着いたものの、一足違いで溥儀は避難した後であり、趙は駆けつけてきた甘粕に銃殺される。 その頃、大連の駅には趙を待ってひっそりと佇む素娘の姿があった。 横山秀夫 臨場 『終身検視官』『校長』の異名を持つ捜査一課調査官・倉石義男と検視担当心得の一ノ瀬警部は、相沢ゆかりの自殺現場に駆けつける。倉石に自殺ではなく他殺と断定され、かつてゆかりと付き合っていたことのある一ノ瀬は、昔自分の名刺が貼ってあった手帳を回収しようとする。犯人は玄関ドアが押すドアだと知っていた警察医の谷田部だった(「赤い名刺」)。 察廻りの新聞記者・相沢が張っていた官舎で少し目を離した隙に班長婦人が殺された。犯人は上司の赤石デスクだった。ブンヤをハエという夫人の息子に赤石の子供はいじめられていた(「眼前の密室」)。 定年退職間近の小松崎刑事部長は13年間続いていた「霧山郡」とだけ書かれた年賀状と暑中見舞いが途絶えたのが気になった。倉石から霧山郡で老婆の川流れ死体があったこと、その女が自分を捨てた母親と知る小松崎。自殺ではないのかと問われ「自慢の息子とやらを持った母親が自殺したケースは過去に1度もねえ。」と答える(「餞」)。 倉石の下につく過去に犯行暦がある永嶋は、あやことの一線を踏み切れない。レイプされた私生児の朱美を自殺に追い込んだ負い目があるからだ。十七年周期で起きる不良を狙った犯罪。犯人は意外にも朱美の父だと倉石は推理する。十七年蝉の話は生物学者の朱美の父から母、朱美、永嶋、巡査、倉石とつながる。永嶋は朱美が死んだとき現場にいて永嶋を止めた鑑識員が倉石だったことを知る(「十七年蝉」)。 司法試験に合格し実務実習生として勤務していた魅力的な女性・斉田梨緒が自殺した。過去に男たちから受けた復讐のため男を裁きたいと言って入った世界だったが、解離性人格障害で自分の男の部分が他殺に見せかけた自殺に追い込んだ(「声」)。 血液型による親子判定の悲劇が起こした「真夜中の調書」、「鉢植えの女」、元部下の自殺の真相を探ろうとする「黒星」など。「十七年蝉」の最後に倉石の先が長くないことがほのめかされる。 横山秀夫 看守眼 刑事になりたかったがなれず、29年間看守として過ごしているうちに、人を殺めたかどうかを見抜く力を持った偏屈な警察官・近藤は、「死体なき殺人事件」が狂言殺人を利用した蒸発であることをつきとめ、今日もファミレスを張り込む。(「看守眼」)。 大きな報酬のある仕事が舞い込んだフリーライター。取材していくうちに男が父から母を奪って殺した男であると確信し自分を男の会社の役員に取り立てるよう強請る。男は罪滅ぼしにフリーライターにチャンスを上げたのだった。(「自伝」)。 自律神経失調症の夫、登校拒否の娘(今は医者の妻)を守りながら、奮闘してきた妻(今は離婚の調停委員)。今回の調停した妻の方は娘を追い込んだ同級生でその夫は高校時代娘を妊娠させた男だった。(「口癖」)。 県警のHPがクラッカーにやられた。犯人は有名大学を卒業、一流企業に就職したもののリストラされ故郷で細々と翻訳を続ける男。教頭の父が過労死したのは警察のせいだと恨みに思っていた。(「午前五時の侵入者」)。 一回り以上年下の女性社員のほうがよっぽど使えると、同僚に思われている男。地方版の誤植からクレームをうけるが、そのクレームを殺人のアリバイにした真犯人を突き止める。(「静かな家」)。 必死で勤めてきたにもかかわらず、ボスである県知事に嫌われ始めた秘書課長(「秘書課の男」)。 横山秀夫 影踏み 7つの章に分かれている連作短編集。 真壁修一は寝静まった民家を狙い現金を盗み出す「ノビ」と呼ばれる忍びこみのプロ。大学の法学部へ通っていたが、受験に失敗して窃盗犯へと転落していった双子の弟啓二を嘆いた母は家に火を放ち啓二を道連れに自殺し、助けに飛び込んだ父も焼死してしまう。以来、修一の中耳に啓二は住み着いている。服役を終え出所した修一は、自分が捕まった事件の謎を知るために警察に足を運ぶ。幼馴染みの刑事の吉川は知らないと言うが、吉川が稲村の妻とヤクザの篠木が保険金殺人を企てていたことをネタに関係を持っていたことを突き止める=「消息」。 吉川が変死体で見つかり修一に容疑がかけられる。最後に吉川と会っていた執行官の轟木の不正を暴くが真犯人は葉子につけられた歯形から、修一の顔身見知りで葉子と恋仲の大室というチンピラだった=「刻印」。 修一のよく知る久子の幼稚園で大金が盗まれた。犯人は修一に久子の無実を証明してくれと頼みにきた警察署長の娘玲子だった。園長の息子を久子に奪われそうだったので計画したのだった=「抱擁」。 修一の仲間たちが次々と襲われ修一も襲われる。ジゴロに頼まれて博慈会若頭・御影は重原の家から金庫を盗み出したに人間を追っていた。重原の家の近くで会った婆さんがジゴロで、心不全で急死した=「業火」。 服役中に大野に頼まれて昔死んだ同業者・山内の娘を面倒見ている家に忍び込んでクリスマスプレゼントを置く修一。大野に頼んだのは山内を追いかけて娘の目の前で死なせてしまった滝沢だった=「使途」。ほか2編。 横山秀夫 クライマーズ・ハイ 過去に部下の新人・望月を自殺同然の事故死でなくした負い目をもつ北関新聞の遊軍記者・悠木和雅は、同僚の元クライマー安西に誘われ、谷川岳に屹立する衝立岩に挑む予定だったが、出発日の夜、御巣鷹山で墜落事故が発生し約束を果たせなくなる。一人で出発したはずの安西もまた、山とは無関係の歓楽街でクモ膜下出血で倒れ、意識が戻らない。 事故の全権デスクを命じられた悠木は、「大久保連合」の威光を振りかざす上司、紙面を巡る各部門との舌戦、社長派と専務派の確執、全国紙にはない地方紙の使命の中で次第に追い詰められていく。家庭では息子・淳とのギクシャクした親子関係。悠木がパンパンの子という秘密を握る販売局長の伊東との対立。安西は伊東の命令で社長の元秘書で今はスナックの雇われママを追っていてる最中に倒れたこと、安西が残した「下りるために登るんさ」という言葉は、もう伊東の下で働けないという決意だったことを知る。 そんな中、悠木を仇と思っている望月の従姉妹があらわれ、紙面の片隅にも載らない命と、未曾有の事故で失われた命。その不平等さをついた投書を載せてくれるように頼む。多くの非難を予想しながらも掲載する悠木。 読者からの苦情が殺到する中、悠木は左遷というかたちで草津出張所に単身赴任する。何度か本社へ戻るよう請われたが拒否し続ける悠木。 そして17年後、安西の息子で立派なクライマーになった燐太郎と衝立岩に挑戦する。悠木は知る。悠木がはじめて息子の淳を山に誘ったときいかに淳がうれしがっていたかを。そして、淳は燐太郎とこの山に下見にきて、年をとった悠木のためにハーケンを足していてくれたことを。 横山秀夫 真相 税理事務所を継がせようと思っていた息子を刺殺した犯人が十年ぶりに捕まった。自供から息子が万引きしていたことと連れの友達がいたことを知るが、その友達とは、娘の亭主になっている森だった。責める父に娘は兄が森を誘ったこと、自分は事件の日に森から真実を聞いていたこと、兄は祖母まで強請っていたことを告げる=「真相」。 県庁を辞してまで樫村が村長選に出たのは、再開発により大学時代に誤って轢いた女性の死体が出てくるのを阻止するためだった。当選の報を開発現場で聞いた直後「あのね山からオートバイがおりてきたよ」と事件を覚えている知恵後れの保夫を轢いてしまう。今度も右側のライトが壊れた=「十八番ホール」。 リストラされ大学病院で睡眠試験の実験台になっている山室が眠れずにさ迷っていると同じ団地の小井土の車が猛スピードで通りすぎていった。その夜放火事件がありソープ嬢が殺された。警察に疑われた山室は、小井土を目撃したことを告げ、それがもとで小井土は逮捕される。小井土も1年前にリストラされていた。小井土は一流大学に通う息子の犯行の尻拭いをしたのだと山室は確信する=「不眠」。 城田は空手部の合宿中真夜中の海で死んだ悟のことが忘れられない。十二年後、悟の両親が自分たちに会いたがっているという石倉からの連絡で集まることになるが、これは破産した石倉が皆と会うための口実だった。しかし、当時の仲間の高節は、悟をみ殺にしたことが明らかになることを恐れ自殺する。責任を感じた石倉は音信を絶つがやがてメールに返事が入る。=「花輪の海」。 前科が知れわたりアパートを追い出された英治とその妻は、一人暮らしの佐藤老人の申し出で養子になる。老人はその直後に病死。佐藤英治としてこれからというとき出所間もない広神が二人の前に現れ脅す。英治は仕方なく殺害するが、広神を埋めようと畳をはがし地面を掘ると白骨の死体が出てくる=「他人の家」。 横山秀夫 深追い 三ツ鐘警察署は庁舎の裏に官舎のある、職員にとっては息苦しい住環境にある。ここを舞台に起こる警察官の人間模様を描く短編集。七篇収録。 次長の的場は、一回りも年が離れた妻と、一人息子の慶太の三人暮らし。慶太は県下の有名中学校を狙っている。成績が良いからというだけでなく、慶太が「じじいの子」と署員の息子たちにいじめられ、最近も彼らに唆されてホームレスへの投石事件を起こしたこともあるからだ。ところが、ある一人のホームレスの死をきっかけに、本当はいじめていたのが慶太のほうだったこと、ホームレスが警察で死んでいたという真相をリークしていたのは慶太にいじめられていた子の親だったことを知るや、父子関係のやり直しを図る意味でも上に報告し出世コースから外ていく(=『仕返し』)。 帰宅途中の会社員がトラックにはねられて死んだ。事故を処理したかつて交通違反のバイクを追跡して事故死させ、マスコミに"深追い"と叩かれたことがある32歳の交通課巡査部長・秋葉和彦は、被害者の妻が小中学校時代の同級生・明子だったことを知る。現場に残されていたポケベルを拾った秋葉はそれを返しに行こうとするがその時、ポケベルが震え出す。「コンヤハ カレー デス」。明子は、死んだ夫にメッセージを発しているのだ。調べてみると、明子は勤め先の上司と不倫をしていた。しかも秋葉が返しそびれたポケベルには、なぜかその後も晩ご飯のメニューが送信されてくる。明子の連れ子に対する夫の虐待に悩んだ明子が、心臓の弱い夫をポケベルの振動で殺害しようとしていたこと。そのことを気づかれたと思い「モウユルシテクダサイ」と秋葉にメッセージを送り娘と心中する明子。一命はとりとめた(=『深追い』)。 横山秀夫 第三の時効 「青鬼」の異名をもつ理論派の朽木が指揮する一斑。「冷血」と恐れられ女を徹底して忌み嫌う公安出身の楠見が仕切る二班。「天才」の名をほしいままにする閃き派の村瀬が率いる三班。F県警捜査一課の強行犯係はこの3つの班で構成されている。一癖も二癖もある班長のもと、刑事たちがライバル心を剥き出しに面子をかけて犯人検挙にしのぎを削る。 現金集配車を強奪し警備員を刺殺した男が公判では一転起訴事実を否定し、自分と一緒にいた女がいるとアリバイを主張する。落としきれなかった一班の島津が犯人と裏取引をしていたことが明るみに出て辞職するが、朽木は、容疑者が証人となる女も殺していたのだとアリバイをくずす(=「沈黙のアリバイ」)。 タクシー運転手殺害事件の発生から十五年、時効を迎えた夜、被害者宅に張り込む刑事たちは「第二の時効(海外)」にそなえるが、もうひとつ『第三の時効』があった。それは、第一の時効の前に被害者の妻こそ首班人として起訴の手続きを行っていたのだ(=「第三の時効」)。 殺人死体遺棄事件の容疑者を確保すべく張り込んでいた矢先、刑事たちの監視をかいくぐって容疑者が逃走する。実は、まる暴刑事の手引きによりまだマンションに潜んでいたのだ(=「密室の抜け穴」)。 *「囚人のジレンマ」では、捜査第一課長の田畑の視点から、三つの斑がそれぞれ追究する主婦殺し、証券マン焼殺事件、調理師殺しの進捗状況が見つめられ、最後の「モノクロームの反転」では、一家三人刺殺事件を追う三班と応援出動した一斑の捜査活動が交互に記録される。 横山秀夫 半落ち 妻を殺害したと自首してきたのは現役の警部・梶聡一郎だった。書道の達人で、温厚、生真面目。何年か前に白血病で一人息子を亡くしている。県警本部捜査官・志木和正の取り調べに梶は、犯行事実を完全に認め、アルツハイマー病の妻に息子の命日を忘れた自分はもう親ではないから殺してくれと切望され扼殺したと述べる。 しかし、犯行から自首までの二日間の足取りに関してはなぜか重く口を閉ざす。警察官として人一倍強い職業的倫理感と責任感を有する彼が、なぜ自死を選ばなかったのか。なぜ妻の死体を残したまま歌舞伎町へ行ったのか。なぜ「あと一年だけ生きたかった」と言うのか。梶と同じく50歳を目前にしている志木は、梶の心の真実に迫ろうと決意する。 小説は、事件に関わった6人の男たちの[連鎖短編]というかたちですすむ。捜査官である志木にはじまり、検事・佐瀬、新聞記者・中尾、弁護士・植村、裁判官・藤林。そして、最終章は刑務所の刑務官・古賀というように、捜査から司法、服役へと、「犯人」が辿る道筋を追っている。彼らは、空白の二日間の謎に迫ろうとするが、それぞれが属す組織の中で、その独自の価値規範に試され、挫かれ、弛められ、苦悩しながら、結局は、梶の「謎」をその手から離すことになる。しかし、服役から何ヶ月かたったある日、志木が池田という青年を連れて梶に面会にくる。彼は、梶がドナーを提供した青年であり、梶が歌舞伎町へ行ったのは、服役前に一目、自分が骨髄を提供した池田に会うためだった。言葉は交わさなかったが、池田にはわかったという。 梶が黙秘し続けたのは、ドナー提供者は名乗ってはいけないというルールがあったからだ。そして、梶が「あと一年」にこだわったのは、51歳の誕生日にドナー登録が取り消されてしまうからで、それまでは人の役に立てると考えたからだ。 横山秀夫 顔 県内の選挙違反騒動でごった返すなか、なぜかJ新聞だけが次々と特ダネをものにしていた。記者は、沖縄からD県の支局にきて5年の風間。県警ではJ新聞の風間にネタを流しているのは誰か。D県警本部秘書課広報公聴係勤務の平野瑞穂巡査は、ライバル紙のR新聞の大城冬美も県警の影山からネタを流してもらったことがあるという話を聞いていた。内部の人間に情報をリークできないように捜査員をカンヅメ状態にして捜査をすることが決まるが、またしてもJ新聞に特ダネを抜かれた。県警には抗議の嵐が。瑞穂は香水の移り香から大城と風間の関係を掴む。R新聞の大城は沖縄出身で影山から教えてもらったネタを風間に流していたのだ(=「魔女狩り」)。 連続放火事件の最中、平野は新設の捜査一課犯罪被害者支援対策室「なんでも相談テレホン」に異動になる。そこに、「自分は焼き殺される。また家に火をつけられて、どんどん近づいてくる」という電話が舞い込んでくる。二度目の電話のときに女性は「しおり」と名乗った。過去の新聞記事から、14年前の放火事件の被害者であることがわかった。放火犯はしおりの叔父(実際は父親)の中島健二だったが仮出獄している可能性もある。中島(自殺して獄死)の現況を調べるうちに瑞穂は、14年前の放火事件の真実、放火をしたのは6歳のしおりで、中島健二が身代わりになっていたことに気づいてしまう(=「決別の春」)。 平野は通っていたデッサン教室で、現在似顔絵を担当している後輩の三浦真奈美と鉢合わせをしてしまう。彼女のデッサンを見せられた瞬間に平野は三浦が絵を好いていないことが分かった。そこに事件の一報が。駅裏の高架下で起きた喧嘩殺人事件で、目撃者の親子から聞いて仕上げたという真奈美の描いた似顔絵は、見事な出来映えだった。瑞穂は自分の時のように似顔絵の改竄を真奈美がやっているのではないかと感じていた。逮捕された犯人の顔は真奈美の似顔絵とそっくりであった。真奈美と犯人とが関係があったことが明かされる(=「疑惑のデッサン」)。 銀行強盗の通報訓練中に、本物の銀行強盗が起きる。タイミングが良すぎる。防犯訓練の裏をかいたような事件に担当者は全員観察課の内部調査対象となり、平野も取り調べを受ける。共犯者は以外なところに。銀行の窓口係だった孫娘を、かつての強盗訓練が原因となって失った老人の憎しみ。訓練の巻き添えにならないようにした平野が離れさせた老人だった(=「共犯者」)。 平野は捜査一課の高松婦警が産休の間、その代役として強行犯捜査係にかり出されていたが、射撃訓練は苦手で、横で練習していた南田安奈の射撃を見学する。全国大会目指して特訓中の南田の射撃は正確無比。その南田が襲われ拳銃を奪われた。意識不明の重態。警察の拳銃で二次被害など出たら責任問題であり、警察は威信をかけて捜査をする。捜査の現場に出た瑞穂が描いた犯人の似顔絵から意外な犯人(女の警察マニア)が浮かび上がる。瑞穂とコンビを組んだ箕田という男性刑事刑事は女を射殺するが、蓑田の同僚が自殺したことから二人が警察用品を横流ししていたこと、犯人を口封じしたことが明らかになる(=「心の銃口」)。 横山秀夫 震度0 阪神大震災のさなか、700q離れたN県警本部の警務課長・不破義人が失踪した。しかし、本部長の椎野勝巳をはじめ、椎野と敵対するキャリア組の冬木警務部長、準キャリアの堀川警備部長、叩き上げの藤巻刑事部長、倉本生活安全部長、間宮交通部長ら幹部は、県警の事情に精通し、人望も厚い不破の安否については触れることはない。あるのは、自分たちの保身・野心・かけひきだけ。阪神大震災どころではない。 不破に関する種々の異なる情報を各々が入手してもすべてを公にしない。自分のメンツにも、退職後の行き先にも、昇進にも関わるからだ。椎名は金融会社社長から渡された30万円の仕立券を返すように不破に頼んでいたし、不破を大抜擢しようとしていた冬木は不破の失踪を新聞記者に隠さなければならず、藤巻は4年前の選挙での不破が選挙違反者を大量にあげたことの背景を知られることが自分の天下り先をなくすと考え、倉本は不破が最後に目撃されたときに一緒にいたというソバージュの女が、若い頃の不破が付き合っていた女で倉本が無理やり関係をもった女の子供であることが知れるのを恐れる。 息子を幼い時に川で亡くした警備部長・堀川は、自分の妻との会話を通して不破がすでに死んでいるんだということに気付く。失踪した日、不破は金融会社の社長に頼まれて仕立券を返しにいくが、渡す相手がホステス殺しで指名手配の男と知ると、交通違反の揉み消しをしたり、賄賂を返しにいったりする自分に嫌気が指し、そのままソバージュの女の店へ行き、飲めない酒を飲み、自宅へ連れて帰っていたのだった。自分の娘でないことを知りつつ女に会っていた夫を許せない妻は、風呂場で不破の首を絞めようとするが逆に「殺してくれ」と頼まれる。 阪神大震災は震度7だが、N県警本部の組織(自分・他幹部の保身)の震度は0だった。 吉村昭 破獄 太平洋戦争前後、刑務所脱獄を4回も実行した男・佐久間清太郎の実録。味噌汁で手錠のナット、扉のねじを腐食させ、壁をも這い登ってしまう。頭脳、体力、計画力、実行力、そのいずれにも図抜けていた人物。脱獄を警戒するあまりに過酷な扱いとなり、それ故佐久間の反発心も強まって脱獄へ向かうエネルギーとなる。凄まじい両者間の闘争。最後の刑務所長の温厚な待遇により、佐久間の脱獄の歴史も幕を閉じる。何のための過酷さだったのかと。 ※昭和 11年青森刑務所脱獄、17年秋田刑務所脱獄、19年網走刑務所脱獄、22年札幌刑務所脱獄、36年仮出所(54才)、53年死去(71才) 吉村昭 長英逃亡 「蛮社の獄」で捕らえられ、地獄のような牢内で信望を集め牢名主となった高野長英。しかし、入牢して五年、鳥居耀蔵が力を握っている限り生きて再び牢を出る可能性はない。牢内で朽ち果てるより命を賭けて兵書の翻訳などの仕事をしたいと長英は脱獄を決意する。火事の折の「切り放し」を狙って、牢屋敷で雑用などをしている栄蔵に火つけを依頼。「火つけ」は重罪で火炙りの刑であるが、栄蔵は長英のために敢えて実行する。 その後の逃亡過程でも、厳しい探索のなか、重罪人である長英をかくまったことが発覚すれば只では済まないことは承知のうえで、多くの人が知恵を絞り援助をしてリレーのように潜伏先を用意していく。牢内で知り合った侠客米吉と、その親分鈴木忠吉、内田弥太郎を始めとする門人、友人、そしてまたその友人。大肝煎(罪人取締りもする地域代表者)、更に宇和島藩主などのさまざまな人物が、長英の為に動く。 北は前沢、新潟から南は宇和島、広島と逃亡、そして薬品で顔を焼いて江戸百人町で町医者として暮らすまでその逃亡生活は続くが、逃亡中に翻訳、執筆した書物の優秀さが長英討伐の引き金になって捕らえられてしまう。 吉村昭 島抜け 読んだ講釈が幕府の逆鱗に触れ種子島に流されていた大坂の著名な講釈師瑞龍たち4人、竹蔵、小重太、幸吉は、1845年夏、なんの準備もなく釣に出かけたまま、島抜けを敢行した。厳しい飢えと渇きに悩まされながら、粗末な丸木船での漂流の果てに彼らが辿り着いた先は、中国だった。 4人は、破線した漂流民と身分を偽り、厚遇されるが、日本に帰りたい一心で長崎に向かう貿易に乗り込む。長崎には着いたが予想以上に厳しい吟味を予感した4人は、またしても脱獄をはかる。瑞龍は、容姿や名を変えて村々を講釈をして渡り歩いていたが、見張っていた役人に捕まりやがて死罪を言い渡される。(他に2編) 吉村萬壱 バースト・ゾーン 「テロリンを殺せ!」ラジオからは戦意高揚のメッセージが四六時中流れ出す。テロリンと名指しされた子どもはいじめるられ、テロリンと名指しされた男は民衆のリンチで惨殺される。誰もテロリンがなにものなのか知らない。いつ終わるともわからぬテロリストの襲撃に、民衆は疲弊し、国家の機能は麻痺し、生物兵器の影響で奇形が蔓延していた。奇形の妻子を養うため愛人の小柳寛子を売春宿で働かせて稼ぎを搾取していた肉体労働者の椹木武。やぶ医者だが命令に服従することに無上喜びを感じる斎藤良介。麻薬の売人で浮浪者たちを薬漬けにしていた土門仁。素人画家で寛子の客となってからあとを尾け回していた井筒俊夫。 国家はテロリン殲滅の大号令を出し、地上最強の武器「神充」を確保せんと、「地区」へ志願兵を送り込んだ。椹木、小柳、斎藤、土門、井筒、五人はそれぞれの思惑から「地区」へと向かう。しかし「地区」への行軍は、自ら「神充」の餌食になることだった。黒々とした体に長い管をもつ「神充」は、次々と兵士たちの頭からその管で脳みそを吸い取る。脳みそを取られた兵士は「神充」として再生されるのだ。 大陸へ輸送される途中で悲惨な目にあい薬漬けにされていた寛子は生きる意味を感じないことで生き延びたが、五人とも狂ったり自分を失うことで生き延びてきたのだ。しかし、大変な思いをしてたどり着いた「地区」は「神充」が入り込めないくらい高い円柱の塀に囲まれた、ただの空間にすぎなかった。「地区」に入り込んだ椹木は、轟音とともに舞い降りた軍用ヘリに救出され本国に帰還する。さきに復員していた斉藤と井筒。斉藤にさそわれテロリストとなった椹木は、自分の娘がいる施設をためらい無く爆破する。ヘリに助けられた寛子を自分が海に突き飛ばしたという斉藤に、椹木は刃向かうが殺されてしまう。 大陸に残った土門と命からがら大陸に戻った寛子。二人は「神充」の放つ粘液を栄養として生き続けるが、「神充」の群れとともに本国へ帰ろうとした寛子は、本国に上陸する直前に流された毒で絶滅する「神充」と運命をともにする。 吉村萬壱 ハリガネムシ 時代は1986〜87年。高校で倫理を教える25歳の平凡な教師中岡慎一は、喫茶店「りーべ」でノートにとにかく字を埋めることが楽しみ。また一方では、深夜のマンションの工事現場で覗きをし、学校の先輩教師で四十歳ぐらいの「柴田女史」に欲情する。リンチ事件を起こして停学処分を受けた女子生徒の弟がテレビゲームをしているのを見て、また道路で前を走る老人が車間距離を開けすぎるということで殺意を感じる。 そんな独り暮らしの慎一の前に、半年前に知り合った23歳のソープ嬢サチコが現れる。サチコは慎一のアパートに入り浸り、昼間は遊び歩き、夜は情交と酒盛りの日々を送る。サチコの夫は刑務所に服役中で、ふたりの子どもは四国の施設に預けたまま。慎一はサチコを伴い車で四国に旅立つが、幼稚な言葉を使い、見境なくはしゃぎまわり体を売るサチコへの欲情と嫌悪が入り交じった複雑な感情をもてあます。 「結婚したる」という慎一にサチコはたった一言、「もし嘘だったら殺すからね」と。自身の中に潜在する破壊への思いを、カマキリの尻から悶え出る真っ黒いハリガネムシの姿に重ね合わせる。 慎一がよく行くマンションの工事現場でサチコとSMに興じているところを不良少年たちに見つかり、リンチに遭う。サチコの股間につめられたいくつもの石を穿り出す慎一。いく日かして、もう会うこともないだろうと思っていたサチコが突然アパートにあらわれ「約束だからね」と首を絞める。自分は死ぬのだなと心地よくなった瞬間、慎一はサチコを蹴飛ばしていた。 吉田修一 悪人 久留米で小さな理髪店を営む石橋佳男と里子の一人娘・石橋佳乃は、実家を出て福岡市内の保険代理店で働いていた。職場で仲の良い眞子と沙里には、老舗旅館の息子である大学生・増尾圭吾増尾と付き合っていると見栄を張るが、実際は、出会い系サイトで知り合った男性・清水祐一と仕方なく会っている。 その日も、増尾と会うからと佳乃が待ち合わせていたのは祐一だったが、待ち合わせた公園に向かう途中、偶然公園のトイレから出てきた増尾を見かける。増尾に駆け寄る佳乃。何かムシャクシャしていた増尾は成り行きで佳乃をドライブに誘う。佳乃は地元の心霊スポットである三瀬峠に行きたいという。 無視してもすっかり恋人気取りでしゃべり続ける佳乃が鬱陶しくなった増尾は、三瀬峠で突然、佳乃にクルマから降りろという。降りようとしない助手席の佳乃を、無理やり蹴飛ばす増尾。ガードレールに頭がぶつかる音が夜空に響く。石橋佳乃の死体が発見されたというニュースを知ったとき、増尾は自分が殺したと思い逃亡する。 清水祐一は幼い頃にフェリー乗り場で母親に置き去りにされて以来、長崎市の郊外に住む母方の祖父母、勝治と房枝に育てられ、数年前から、叔父・憲夫の会社で働いている。解体業の仕事はきついが祐一に不満はない。チューンアップした自慢のスカイラインを、もっぱら勝治の病院への送り迎えに使っている。 あの日、佳乃に約束をすっぽかされた裕一は、諦めきれずに二人の車の後を追っていた。三瀬峠の旧道で佳乃を見つけて車で送ろうと声をかけた裕一に突然、「人殺し!」と叫び、「警察に(裕一に)襲われたっていってやるけんね!私、あんたみたいな男と付き合うような女じゃないっちゃけん!」と脅かす佳乃。裕一は、佳乃が本気で警察に訴えてしまうのではないかと恐ろしくなり、佳乃の首を押さえつけて殺してしまう。 増尾が行方不明になったこともあり、裕一を直接犯人と結びつける者はいなかった。 殺人を犯した恐怖を紛らすため、出会い系サイトで知り合った佐賀市郊外の紳士服量販店の販売員馬込光代と待ち合わせた裕一は、光代をホテルに誘う。裕一の言葉に素直に応じる光代。 その数日後、仕事が終わった裕一はクルマを飛ばして光代に会いに行きアパートまで送るが、帰りにカーラジオで増尾が見つかったというニュースを聞くと、引き返して再び光代を車に乗せる。 翌日、殺人を犯したことを光代に打ち明ける裕一。近くの警察署の前で、自首しようと長いことクルマを止めていたが、「私だけ置いていかんで。」「逃げて、一緒に逃げて」という光代の言葉で、裕一は二人で逃げることを決意する。 「祐一が私を連れて逃げとるんじゃないやけんね。私が、祐一に頼んで一緒に逃げてもろうとるやけんね。誰に聞かれても、そういうとよ」と言う光代に裕一は、「俺は、アンタが思うとるような、男じゃなか」とこたえる。 結局二人は事件から約1カ月後、隠れていた灯台の近くで警察に捕まるが、その直前、裕一はとっさに光代の首を絞めようとする。 「きっと私だけが、一人で舞い上がっとったんです。佳乃さんを殺した人ですもんね。私を殺そうとした人ですもんね。世間で言われとる通りなんですよね?あの人は悪人やったんですよね?その悪人を、私が勝手に好きになってしもうただけなんです。ねぇ?そうなんですよね?」 麗羅 桜子は帰ってきたか 1945年8月、ソ連軍の侵攻で混乱を極める満州で、秘密保持のため憲兵に殺されそうになった中国人捕虜たちをかばって一人の日本人・安東真琴が命を落とす。死の間際に妻の桜子を無事日本に帰してくれるよう朝鮮人青年・クレに託して。脱走兵だった自分を助けてくれた安東に強い恩義を感じるクレは、どんなことをしても桜子を日本に帰そうと決心する。 脱出の途中で盗賊に拘束されていた三人の日本人女性を助けだして一緒に祖国を目指すが、その中には安東とともに満州に渡った獣医・田代秀信の後妻・幸恵もいた。田代も安東と同じ憲兵に殺されていたのだ。 時は流れ36年後、安東夫婦の遺児で祖父の跡をついで弁護士をしている久能真人の前に突然クレがあらわれる。北朝鮮の港から桜子たちを密航させたことで30年以上の刑期を勤めることになったが、釈放され韓国からl密入国してきたのだという。しかし桜子が帰っていないことを知りクレは愕然とする。 肉親を尋ねて来日していた中国残留孤児の一人・張が田代の遺児ではないかと真人は張に会いに行くが、その1週間後、張は何者かに毒殺され、クレはその重要参考人として手配されてしまう。クレをかくまう真人。さらに12年前に旅の途中で遺書もなく自殺したとされていた祖父・久能耕作の死にも疑問がうまれてくる。 四人の中で唯一日本への帰国を果たし後に焼死したという徳子の消息を調べるうちに、真人たちは、田代幸恵が徳子に成りすましていて正体がばれそうになったので身代わりをたてて消息をたったことをつきとめる。そして、 密航船がたどり着いたと思われる石川県の海辺を訪ね歩くうちに、終戦直後に新潟沖で桜子と思われる死体が上がっていたことを知るクレと真人。 やがて、耕作と真人の二代に渡り面倒を見てきた大手信用金庫の頭取・山平孝幸こそが、憲兵として安藤と田代を殺害し、日本に帰ってからは幸恵が盗賊から奪ってきた金を元手に財を成していた男であることが明かされる。安藤、田代、山平の三人は幼馴染だった。 耕作が真実にたどり着きそうになると殺害したのも、張を毒殺したのも山平と幸恵だったのだ。クレも二人に捕まるが、二人に桜子の墓にお参りをさせている間に、体に爆弾を仕掛けられ手を縛られたままのクレは体を投げ出して山平と幸恵を崖の下に突き落とそうと、一歩を踏み出す。 |
ジェフリー・アーチャー チェルシー・テラスへの道
ロンドン下町の貧しい家に生まれたチャーリー・トランパーは、出兵から帰還すると、祖父から譲られた手押し車一つから商売をはじめた。夢は、高級商店街チェルシー・テラスの全店舗を買い取ること。やがて彼は幼馴染みのベッキー・サモンをビジネスパートナーに、チェルシー・テラスの店を買収しはじめる。しかしベッキーは、チャーリーの上官だった宿敵ともいえるトレンザムに騙され、彼の子供を身篭ってしまう。トレンザムが子供を認知しないことを知ったチャーリーは、その子の父親となることを決め、ベッキーと結婚する。 チャーリーは軍にそのスキャンダルを告発し、トレンザムは軍隊から追放され、不名誉のなか移住先のオーストラリアで死ぬ。息子はチャーリーに殺されたのも同然と考え、復讐に燃えるトレンザムの母親。チェルシー・テラスの一角を購入したり、盗品をチャーリーの所有するオークション・ハウスに出品させたり、トランパーズの株を買収したりと、さまざまな妨害工作を行う。自分の出生の秘密を知ったベッキーの子ダニエルは、自分の祖母でもあるミセス・トレンザムにチャーリーの事業を妨害しないように忠告するが、逆に彼女から、ダニエルの婚約者キャッシーもガイの子供だということを聞かされる。それを知ったダニエルはショックのあまり自殺する。そうした困難を乗り越えながらも、 英国を代表する百貨店トランパーズを成功に導いたトランパー。終身社長となったトランパーであるが、妻に内緒で手押し車をひいて商いをしていた。 ジェフリー・アーチャー ケインとアベル 1906年にポーランドの森で生まれたヴワデクは貧しい猟師一家に引き取られる。同じ日、ボストンの名門ケイン家ではウイリアムが生まれる。彼は父親の跡を継いで一族の経営する銀行の頭取となるべく英才教育を受ける。ヴワデクは猟師一家の主人ロスノフスキ男爵家に引き取られるが、第一次大戦勃発とともに男爵の城はドイツ軍、ロシア軍に続けざまに占領され、ヴワデクは使用人たちとともにシベリアへ送られて強制労働に従事させられる。単身収容所から脱走しアメリカに渡ったヴワデクは、アベル・ロスノフスキと名前を変えて、ニューヨークのプラザ・ホテルでウエイターの仕事に就く。 ある時、リッチモンド・グループというホテル・チェーンの経営者リロイに働きぶりが認められ、アベルはリロイとともにシカゴへ移り、彼の腹心となってホテル経営に腕をふるう。だが、ウォール・ストリートの暴落に端を発する世界恐慌のあおりで経営が悪化したリロイは、ウイリアムの銀行に融資を懇願したが無下に断られたため自分のホテルの部屋から投身自殺をする。リッチモンド・グループを引き継いだアベルは、バロン・グループと改名し、着々と事業を拡大していく。アベルは移民船で知り合ったポーランド娘ザフィアと結婚して一人娘フロレンティナをもうける。その頃ウイリアムには既にリチャードという息子がいた。この若い二人は偶然出会い愛し合うようなるが、やがて二人は駆け落ちする。アベルは株の買占めによってウイリアムを銀行の頭取の座から追いおとし、念願のフロレンティナとの和解も果たした。 一方ウイリアムもリチャードを許しフロレンティナが経営するファションショップのニューヨーク店がオープンする日に嫁や孫たちとはじめて会う約束をしていた。しかし、フロレンティナ一家がケイン家を訪れたときには、ウイリアムは心臓発作に見舞われていた。間もなく、アベルもワルシャワ・バロンのオープニングを目前にウイリアムの後を追った。 イーヴリン・アンソニー 女性情報部員ダビナ 英国秘密情報部員ダビナ・グレアムは英国に亡命したKGB大佐ササノフの尋問を任されるが、彼の誠実さにしだいに惹かれていく。家族を救出してくれるなら機密を明かしてもよいというササノフの約束を信じてササノフの娘イリーナを亡命させる。ササノフの上司ウォルコフの妨害や同僚ハリトンの裏切りにもめげずに。 イーヴリン・アンソニー ワシントン・スキャンダル ダビナは亡命したKGB大佐ササノフと結婚した。しかしKGBはその裏切りを忘れなかった。二人の居場所を探し、ダビナの目の前でササノフを爆殺したのだ。ダビナはSISに戻り、ボリソフ(タチシェフ)への報復を決意した。そんなとき、ダビナの学友で、今ではアメリカ政府高官の妻になっている女性がワシントンの英国大使館に逃げ込み、夫がKBGのスパイだと告げたのだ。ダビナは早速アメリカに飛んだ。相棒のロマックスの協力もあり真相を暴き、アメリカを一大スキャンダルに巻き込もうとしていたボリソフの野望を挫く。 イーヴリン・アンソニー 裏切りのコードネーム ハリントンから古くから二重スパイが潜伏していたことをかぎつけたダビナは、情報部を辞職したと偽装し調査を開始。美貌の妹チャーリーの夫ギデソンがスパイであることを突き止めるが彼はチャーリーをおいてソビエトへ逃げる。 イーヴリン・アンソニー 殺意のプログラム 英国秘密情報部の長官に上りつめたダビナ。立て続けておこる要人暗殺の裏にソ連の権力闘争があった。広告会社の社長トニーと恋に落ちるがKGBの手先であることがわかる。かつての恋人ロマックスが再び片腕として登場。 アンドレアス・エシュバッハ イエスのビデオ イスラエルの発掘現場で紀元1世紀頃の墓場に埋葬されていた遺骸が見つかったが、その遺骸が持っていた袋の中からSONYのデジタルビデオの取扱説明書が見つかった。それは3年後に発売される予定の製品だった。この発掘のスポンサーであるメディア王は、学者やペーターたちSF作家の一隊を連れて訪れる。イエス・キリストを写したビデオが見つかれば、大金持ちになれる。 最初にこの遺骸を見つけた青年スティーブは、説明書と一緒にあったメモ紙を持ち出し、これを書いたのは20世紀のアメリカ人で、イスラエルを旅行中に突然紀元30年頃の時代にタイムトラベルさせられてしまい、やむなくそこで生活を始めたと確信する。 メディア王と青年たちのカメラ探しが始まった。それに極秘裏に連絡を受けたローマ法王庁の、中世には魔女狩りを指揮した秘密組織も加わっての争奪合戦が始まった。その価値は100億ドルだという。 スティーブと親友の妹・ユーディは遂にカメラを砂漠の修道院から見つけ持ち出すが、秘密組織に捕らえられビデオは壊されてしまう。 2年後スティーブは、偶然SONYのビデオ再生機の発送リストにかつての発掘団の団長ウィルフォード教授の名前があったことから、教授がすでに何十年も前にビデオを手に入れていたことを突き止める。事実を認めた教授は、スティーブとペーターにイエスのビデオを見せる。しかしここにも秘密組織が現れビデオは持ち去られるが、教授はコピーを残していた。同行したペーターは茶番だというが、スティーブはそうは思わなかった。 それから3年後のアリゾナ、スティーブ、ユーディ、ペーターの前を、SONYのビデオカメラを持った一人の青年がイスラエル旅行に出発していった。過去に送られてしまうとも知れずに。 アーロン・エルキンス 古い骨(シリーズ第1弾) 北フランスのロシュ家当主ギョーム・デユ・ロッシュは、相談事があるからと一族を屋敷に集めることにしたが、モンサンミシェルで貝の収集をしているうちに、潮が満ちてきておぼれ死んでしまった。集まった一族は、ギョームの従姉妹で戦時中にナチに協力したと疑われているクロード・フジェーレ、レオーナ夫婦、娘のクレール、ギョームの遠縁で親しかったルネ・マチルド夫妻、その子のジュール、ルネの妹のバッツ夫妻等。 葬式が行われ、遺書が開封され、ほとんどの財産がルネ夫妻の元に行くことになったが、クロードが「遺書はあやしい。」と言い出す。 相前後して屋敷の地下室から、古い人骨が見つかる。この骨の調査にスケルトン博士の異名をとるアメリカの人類学教授ギデオンが、FBI捜査官ジョン、フランス警察のジョリとともにやってくる。古い骨にはナイフで刺した傷があり、戦争中になくなったルネの兄アランではないか、と考えられた。一族がもめているなか、クロードが青酸カリ入りの飲み物で殺される。ギョームの死にさえ疑問をもったギデオンは、ジョンたちとモンサンミシェルの浜に出かけるが、そこで突然潮が満ちてきておぼれかかる。調べてみると、朝夕表が古いものとすり替えられていたのだ。ギョームも実はこのトリックで殺されたのだ。 最後にアランと思われた古い骨にはわずかにくるう病の跡があり、ギョームのものと分かる。死んだ当主は誰なのだろうか。アランが実は戦時中に死んだのではなく、ロッシュになりすましていたのだ。そしてそれを告白するために、一族の会議を開こうとしたのだった。犯人はルネ・マチルド夫妻の息子ジュールだった。彼は、アランが事実を告白し、地下の死体がギョームであることが分かり、遺書が偽であることが明白になると、財産はクロードに行ってしまうことから、犯行を計画したのだった。 アーロン・エルキンス 暗い森(シリーズ第2弾) ワシントン州の国立公園で人骨の一部が発見された。骨は6年前に殺された男のものと判明するが殺人の凶器は1万年前に絶滅したはずのヤヒ族が使っていた槍だった。 アーロン・エルキンス 呪い(シリーズ第3弾) マヤ遺跡から発掘された人骨を鑑定するために、妻ジュリーとメキシコへ飛んだギデオン。骨と同時に発見された古文書の呪いが、隊員達を襲い始め、ついに殺人へと発展する。ギデオンの恩師エイブ・ゴールドスタインが登場し、マヤ族の古文書に記された呪いの解明をすすめる。5年前に発掘した絵文書と共に姿を消したハワード、その事件後に同じように姿を消したマヤ族人夫アヴェリノ、数々の事件を古文書に結び付けようとするエマ。 アーロン・エルキンス 断崖の骨(シリーズ第4弾) 新婚旅行でイギリスの片田舎を訪れた、ギデオンとジュリー。見学先の博物館から貴重な古代人の骨が盗まれ、続いて旧友ネイトが発掘中の遺跡では殺人事件が発生し、またも事件に巻き込まれる。その後、ネイトが発掘した骨の鑑定を依頼されたギデオンは、その骨に隠されたある秘密に気づ付く。 アーロン・エルキンス 氷の眠り(シリーズ第5弾) 妻ジュリーの遭難救助研修のため、一緒にアラスカまでやってきたギデオン。そこで30年前に遭難した調査隊員の骨が発見され、ギデオンが鑑定してみると、骨の主は遭難の前に殺害されていることが判明。ギデオンはFBI特別捜査官ジョンと再調査を開始するが、その直後に新たな殺人事件が起こる。 アーロン・エルキンス 遺骨(シリーズ第6弾) 司法人類学界の長老がバス事故で悲劇の死を遂げてから10年。その遺骨が自然史博物館に展示されそれを記念した学会が開催されることに。そこで遺骨が何者かに盗まれるという事件が発生。その直後、博物館の近くから謎の白骨死体が発見される。遺骨と謎の白骨を巡って調査するギデオン・オリヴァーと妻ジュリー、FBI特別捜査官のジョン・ロウの3人。ギデオンは骨の鑑定の他、顔面再生によって操作をすすめる。 アーロン・エルキンス 死者の心臓(シリーズ第7弾) エジプト学研究所の宣伝用ビデオにナレーションとして出演することになったギデオンは、ジュリーとともにエジプトへと旅立つが、撮影が始まって間もなく、研究所の所長が不審な死を遂げる。さらに、ギデオンがエジプトに到着する前に、研究所の裏で発見された人骨にも不可解な点が発見される。 アーロン・エルキンス 楽園の骨(シリーズ第8弾) 「親戚の死因を調べてほしい」と友人のFBI捜査官ジョン・ロウに依頼され、タヒチへと飛んだギデオン。ジョンの伯父ニックが経営するコーヒー農園では最近不穏な出来事が続いており、今度は娘婿が不審な死を遂げたという。彼の死と一連の事件に何か関係があるのか。ギデオンとジョンが奔走する。 A.J.クィネル 燃える男 元外人部隊兵士で今は酒浸りの生活を送っている中年男クリーシィは、かつての仲間グィドーから、実業家エットレの娘ピンタのガードマンを勧められる。天涯孤独の彼のすさんだ気持ちを和らげていったのは利発で可憐なピンタだった。しかし彼の目前で彼女は誘拐され殺されてしまう。復讐を誓った彼は傭兵時代の冷酷なハンターになる。鍛えあげられた肉体と技術と兵器を武器にシチリア・マフィアの親玉を抹殺する。その後、警備兵に撃たれたクリーシィの葬儀がしめやかに行われる。誘拐の黒幕の一人は事業が傾いていた実の父親エットレとその弁護士だった。クリーシィは甦ってゴッツォ島で待つナディアとお腹の子と暮らす。 A.J.クィネル パーフェクト・キル 愛する妻ナディアと娘を乗せた飛行機がテロリストによって爆破された。クリーシーは同じ事故で妻を失った上院議員グレンジャーの援助と協力のもと、犯行がPELP議長アハメド・ジブリルの仕業であることを突き止め、復讐に立ち上がる。孤児だったマイケルを鍛え上げ、彼を養子にするために英国の女優レオーニを妻に迎える。クリーシーの傭兵時代の仲間ミラー、ルネ、マキシー、そしてマキシーの恋人ニコルたちは、グレンジャー誘拐を狙うモレッティ・ファミリーを崩壊させる。しかしクリーシィが生きていることを知った犯人側はその包囲網をしだいに狭め、爆破事故でレオーニを死なせてしまう。 ジブリルがダマスカスでのパレスチナ建国記念式典出席する日、ジブリルを狙撃するマイケルにクリーシィが指示したのは心臓ではなく右肩を狙えということだった。マイケルは狙撃に成功するが脱出する途中警官隊に撃たれてしまう。しかしクリーシィが弾丸を摘出して一命を取りとめる。ジブリルはまだ生きているという上院議員にクリーシーは、弾丸に塗った毒で数ヶ月で廃人になること、苦しみながら死んでいくことを告げる。 A.J.クィネル ブルー・リング 消息を絶っていたマイケルの母から連絡が届いた。危篤の床でマイケルの母は、自分が悪辣な売春組織に囚われていたためマイケルの命を救うために教会に置き去りにしたことを告白した。怒りに燃えたマイケルは、地中海の少女失踪事件を追うデンマークの刑事と接触し、今も活動が続いている組織の糾明に乗り出す。最初、マイケルの独断先行に渋い顔のクリーシィも、麻薬づけにされた少女を目の当たりにし協力をする。謎の組織は、<ブルー・リング>と呼ばれる、少女を生贄に捧ぐ、暗黒の歴史と影響力を持つ邪教集団にして有力な諜報機関もその噂しか知らぬ超国家的謎の秘密結社だった。それを探るものはマフィアの大物すらもその本拠地で殺されしまうという。かつてない、正体不明の巨大な組織を相手に挑むマイケルとクリーシィとその仲間たち。ジュリエッタやサッタ大佐、高級娼婦館主ブロンディー。ついに、秘密結社の儀式の日に組織に乗り込むが、クリーシィが最後に倒したブルーリンクの司祭フリードリスはマイケルの実の父親だった。 A.J.クィネル ブラック・ホーン ジンバブエで愛娘を殺された米国の大富豪の依頼で、かの地に飛んだクリーシィ一行は、殺害者の黒犀密漁を斃すが、クリーシィの養子マイケルも深傷を負う。かたや香港では、黒犀の角(ブラック・ホーン)から造られる回春剤の発癌性を告発しようとした医師が惨殺されていた。両事件の背後には、香港の凶悪な犯罪組織の影が。アフリカと香港を舞台に、クリーシィたちの緻密な討伐作戦が始まる。 A.J.クィネル 地獄からのメッセージ 26年前にヴェトナムで戦死したはずの若者の認識票が、クリーシーと書かれた紙切れとともに両親のもとに届けられた。同じ部隊に非公式な兵士として配属されていたクリーシーは、戦闘の中で若者が撃たれたのを目撃するが自分も負傷し、若者は行方不明のままになっていた。陸軍戦闘中行方不明兵士担当部員スザンナ・ムーアは、グレインジャー上院議員からクリーシーのことを知らされた上司の命令で急遽サイゴンへ飛ぶ。スザンナは何かの罠と知りつつ手がかりを追うためにクリーシー、グィドー・アレッリオ、イェンス・イェンセンそして「フクロウ」と行動をともにするが、自身の妊娠に気づく。恋人ジェイソンの冷たい反応に揺れるスザンナはクリーシーのさりげない思いやりに救われる。これまで相手の女性を常に失ってきたことを語りながらスザンナから身を引こうとするクリーシィだが、スザンナと関係をもつことになる。ルネ・カラールとマキシー・マクドナルドも加わり、徐々に行方不明の若者の運命と過去が明らかになっていく。若者は写真のなかでカンボジアの寺院とおぼしき建物の前で拘束されていた。CIAが提供した衛星写真とエイワックス機の航空写真は問題の寺院周辺の異常な地雷原をとらえていた。クメール・ルージュの兵士と地雷原に囲まれた寺院にたどり着くには空からしかない。すべては、クメール・ルージュの女幹部で父親をクリーシーに殺されたことで復讐を誓ったコニー・ロン・クラムの計算されつくした罠だった。 A.J.クィネル スナップ・ショット 天才的戦争写真家・マンガーは9年ぶりに復帰した。母と同じイスラエルのために戦うモサドのエージェントとして。彼はイラクにフランス製の原子炉が建設中であることを示す証拠の写真を撮るが、逃げる途中で捕らわれてしまう。モサドの上司ウォルターは原子炉破壊のための14機のうち1機をマンガー救出のために振り分け助け出した。そのパイロット・ギデオン少佐は、マンガーの妻となったルースを今でも慕うかつての婚約者だった。そしてルースは、マンガーに恩義を受けた写真家でありCIA構成員でかつてのマンガーの女に殺されたダフ・ペイジェントの妻であった。マンガーとルースの子はパイロットの名をとってギデオン・マンガーと名づけられた。そのすべてにウォルターが関わっていた。マンガーが復帰できたのはベトナムの悪夢を忘れさせたルースだった。 ロバート・ゴダート 蒼穹のかなたへ 会社は共同経営者に裏切られて倒産。勤めた会社も横領という嫌疑をかけられ退職。学生時代に彼の会社でアルバイトをしていた男(ダイサート=現国防次官)の口利きでロードス島の彼の別荘で管理人をしていたハリー。そこにダイサートの秘書クレアの妹・ヘザーが、休暇で訪れた。ハリーはヘザーと親しくなるが突如彼女は姿を消してしまう。ハリーに殺害の容疑がかかるが捜査が打ち切られると、ハリーは彼女が残した一連の写真を手がかりにイギリスへ帰る。 ヘザーのたどった足取り(ダイサートの大学時代の友人を次々に訪問)を忠実に追いかけて行くうち、ダイサートが何らかの理由で学生時代に仲間を殺害したり(エバレット)、かたわにさせていた(モーバーゴ/カニンガム)こと、姉のクレアもダイサートに殺されていたことを掴む。そしてハリーもついにヘザーを見つけるが、その直後にダイサートの学友コーニーリアス(北アイルランドのテロ行為を支持する活動家でダイサートと同性愛者)が自分たちのスキャンダルを暴露すると、真実を知るためにダイサートと対峙する。エバレットを殺したのはダイサートの実の親が資産家ではなく貧しい殺人者であったことを突き止められたからで、その後は自分の殺人行為を隠すために、次々と周囲の人間を手にかけていった。ダイサートがなぜハリーに援助してきたかについては、線路の上に殺人者の母によって捨てられていたダイサートを救ったのがハリーだったということが明かされる。その直後、事実を知り突然襲ってきたモーバーゴにダイサートは殺される。ハリーは一度は自分を裏切ってダイサートの手先にならざるをえなかったゾーラ(精神科医キングダムの秘書)と結婚を決める。 ロバート・ゴダート 日輪の果て ガソリンスタンドの臨時雇いとして日銭を稼いでいたハリーはあるとき、自分に息子がいることを知らされる。それは34年前に人妻と短い情事を持ったときにできた子供だった。しかもそのデイヴィッドという名前の息子(天才数学者)は、糖尿の持病のため携帯していたインシュリンを過剰摂取したのが原因で昏睡におちいり、意識を回復する見込みは殆ど無いのだという。病室で息子と対面するハリー。 ディヴィッドの専門領域は高次元に関するもので、その知識がかわれ、未来予測を商売にするグローブスコープという社に関与していた。そして、この会社と関わりを持った数学者たちは次々と変死を遂げていたのだ。デイヴィッドの一件も事故ではなく殺人未遂なのではと疑うハリー。これまで息子になにもしてやれなかった自分の無為な人生を贖うべく、ハリーは謎の解明のために行動を始める。やがてデイヴィッドたちを排除したのは未来を否定的に予想した彼らを解雇したグローブスコープ社社長のバイロンだと確信したハリーは、偶然再会したハリーの悪友にして元共同経営者バリー・チップチェイスと協力してバイロンから証拠のテープを持ち出しバイロンを失脚させる。 しかし、本当の犯人はデイヴィッドが高次元の数学の師と仰ぐティルソンだった。彼女は、危険を排除するためにハリーがデイヴィッドの消息を訪ねるだろうこともさえも利用して、次々と高次元にたどり着きそうな人物を排除していったのだ。ハリーに追い詰められ証拠をすべてなくすために放火するティルソン。ハリーは助け出され事件は終局を迎える。事件からしばらくして、バイロンを追い詰める途中、デイヴィッドの恋人ドナ・トランガムとの間に関係ができていたハリーは彼女からハリーの子供ができていることを知らされる。 ロバート・ゴダート 千尋の闇 失業した歴史教師のマーチンは旧友の誘いに応じ、ポルトガル沖マデイラ島の資産家・セリックの屋敷を訪れた。セリックは、マデイラ島で晩年を過ごしたストラフォードの回顧録をマーチンに渡し、なぜ1908年の英国の内閣で32歳の若さで内務相に抜擢されたストラフォードが婚約者で婦人参政権運動家のエリザベスを失い、政界から追放されたのかを調査してほしいと依頼する。偶然、エリザベスが、スキャンダルがもとで別れたマーチンの妻ヘレンの祖母だったこともあり、興味を惹かれて調査を開始するマーチン。 ストラフォードの甥や、エリザベス、大学の恩師の助力を得ながら調査をすすめていくが、ストラフォードが遺したもう一つの回顧録を手に入れるに至り、ストラフォードが従軍中に結婚していたという偽の事実を信じたためにエリザベスが去っていったこと、従軍中に結婚していたのはストラフォードではなく今はエリザベスの夫であり実業家でもある友人のクーシュマンの方だったことを突き止める。真実を知りクーシュマンを殺害したセリックは、クーシュマン家の恥を公にしようとエリザベスに迫るが、それを阻止しようとするマーチンにエリザベスの隠していた銃で殺される。 優秀な弁護士と彼に預けられていた焼却したはずのもう一つの回顧録のコピーにより、15年、のちに10年という服役を努めたマーチンにはエリザベスが晩年に住んだマデイラ島の全地所と21万ポンドという夢のような財産を相続した。マデイラ島に、調査の途中でマーチンが恋に陥ちた美人の大学教授イブが訪ねてきて、セリックと手を結んでいたことを告白する。 ロバート・ゴダート 石に刻まれた時間 妻のマリーナを事故で失ったトニーは、親友マシューとその妻ルシンダ(マリーナの妹)にすすめられアザウェイズに身を寄せることになる。アザウェイズは異様に感じられる建築なだけではなく、第2次大戦直前、当時の住人であった外交官・ジェイムスが、妻が自分の弟・セドリックと不倫の関係にあると考えて妻を射殺するという事件が起きており、セドリックは、その後ロシアのスパイという正体がばれて亡命してしまっていた。 近所にはセドリックの婚約者だった女性彫刻家のデイジーが今も生きており、ルシンダとは近所づきあいがあった。ルシンダは、夫のマシューが心配するほど、アザウェイズの来歴に関心を持っていたが、アザウェイズに異様な関心を寄せるのは彼女だけではなかった。デイジー家に下宿している謎の男・レインバードも、アザウェイズに関心を持っており、トニーに近づこうとする。いったいアザウェイズにはどんな秘密が隠されているというのか。 そのうちにトニーがアザウェイズで超常現象に遭遇することになり、その経験がきっかけとなってルシンダと関係を結んでしまう。アザウェイズは、未来に起こることを夢で見させるという現象を起こすのだ。 トニーは親友であるがゆえに隠し切れずにマシューに事実を告白するが、マシューはトニーの目の前で事故に遭ってしまう。トニーはデイジーからセドリックがひそかにイギリスに帰っていることを聞きセドリックをたずねあてるが、セドリックはトニーとの逃亡中、政府機関の人間(レインバードたち)に追いつめられ死んでしまう(病死?=セドリックは実はイギリスのスパイだった)。 セドリックがマリーナと面識があったこと、マリーナが死んだとき、ルシンダはアザウェイズにいなくて、トニーたちの住んでいた町にいたらしいことを知る。そのことをルシンダに詰め寄ると、ルシンダは車ごと湖に飛び込みデイジーとともに死んでしまう。マシューは奇跡的に回復し、トニーはマシューの会社で働く。 ロバート・ゴダート 惜別の賦 アラスカで巨万の富を築いた大叔父(祖母の兄)ジョシュアの遺産で富豪となったネイピア家と対立して離れていた一人息子のクリス(自動車の修理業)が20年ぶりに姪の結婚式で実家・トレドワーハウスへ戻ってきた。その彼を少年時代の親友ニッキー・ランヨンが突然訪ねてくる。ニッキーとは、彼の父マイケルが34年前にジョシュア殺害事件の主犯(実行犯はタリー)として死刑になって以来だった。父親の無実を訴えたニッキーは翌日自殺、クリスはニッキーのために真相の究明に乗り出す。 ジョシュアはニッキーの父親マイケル(ジョシュアの初恋の人の息子)に遺産を相続したがっていたが、ジョシュアの死によって遺産を受け継ぎニッキーの家族を屋敷から追い出したのは、クリスの祖母と両親だったことを知る。ニッキーの義父コンシディーンから連続殺人に巻き込まれ17歳でて死んだと聞かされていたニッキーの妹ミケーラ=エマもクリスを訪ねてくる。彼女はコンシディーンから虐待を受けていたため逃げていたのだった。 同じ頃ポーリーン・ルーカスと名乗る謎の女がクリスの前に現れる。ルーカスはまたクリスの姉パムに贈りつけられたパムの夫トレバーとの自作自演の密会写真に映っていた女でもあった。エマと一緒に真相を究明しようとするうち12年前に出所してきたタリーがクリスの父メルヴィンを訪ねて以来行方不明になっていること、タリーに娘がいたことを知る。その娘こそルーカスでないかと推理するクリスだが、ニッキーの叔母に密会写真を見せたところ彼女こそミケーラだということがわかった。 エマこそコンシディーンにメルヴィアを(タリー殺害=トレバーも共犯)強請らせていた黒幕であると知るが、そのコンシディーンが殺されエマの策略でクリスが容疑者となる。別れた妻ミヴにも助けられ、ルーカス=ミケーラとエマ(タリーの娘)を追い詰めコンシディーン殺害を自供させる。その後、有名なインテリアデザイナーとして成功していたミケーラであったがクリスからの結婚の申し出を受け平和に暮らしていた。そんなクリスの前にネイヴィル家の秘密をもらすとエマが現れるがクリスは要求を拒む。 ロバート・ゴダート 悠久の窓 ビザンティン帝国の最後の王朝パレオロゴス朝の血を引くニコラス(ニック)・パレオロゴスは、長兄のアンドルー(離婚して農場で一人暮らし)の誕生日を祝うため故郷へ戻ってきたが、この集まりには、父親・マイケルの住む古いトレナーハウスに14世紀から伝わる「最後の審判の窓」と呼ばれる伝説のステンドグラスが隠されていると、タントリスという富豪が屋敷ごと高額で買い取りたいといってきたのを、マイケルだけが強く反対していたため、なんとか翻意させようという思惑もあった。 子供たちの意見を頑として寄せつけなかったマイケルであるが、階段から落ちてあっけなく死亡する。マイケルが密かに残していた遺言(自分の全財産をデメトリウス・パレオロゴスという親戚とデーヴィーという採石工に贈与することが記されていた)を偶然見つけた兄弟は、これを燃やしてしまう。 父親が死んだ階段の近くを調べていたニックは、棚が移動された跡から床下に隠されていた頭に銃弾を受けた古い白骨死体を見つける。警察には届けず、アンドルーに言われて死体を採石場跡に捨てに行くが、その一部始終はビデオに撮られていて警察に届けられていた(警察が調べたときにはなぜか二人が隠した死体は消えていた)。やがて、タントリスという人物が架空の人物だとわかり落胆するアンドルーたち兄弟。 納得のいかないアンドルーは、マイケルと親しかった古学者ファーズワースと採石工デーヴィーを訪ねたあと、ニックの目の前で交通事故にあい死んでしまう。ショックから持病の神経衰弱を併発して入院していたニックは退院すると、アンドルーの息子トムとファーズワースを尋ねてエディンバラへ、次兄のミゲロはデメトリウスの消息を尋ねてヴェネチアに向かう。ニックは、トムと、タントリスの助手を名乗っていたハートリーという謎の女の関係をつかむが、トムは自殺してしまう(トムが現在の父テリーを欺いてトレナー買収の見せ金を出させていた)。 そののち、ハ−トリーことエイミー・ブレイボーンの方から接触があり、自分の父は、マイケルとデメトリウスとともにキプロスに従軍していたときの秘密をもってマイケルを訪ねたために殺されたのではないか、兄もその仲間に殺されたのではないかと、協力を要請する。消息がつかめなくなったミゲルを追ってジェノバに向かうニック。エミリーの兄が死ぬ前に雇っていた探偵からデメトリウスには気をつけろと忠告をうけるが、ニックはデメトリウスの墓で出会ったデメトリウスJrについていく。ニックは拉致され先に捕らえられてミゲルの命がほしければ代々受け継いでいる秘密を明かせと迫られる。そこに、デメトリウスの仲間になっていたエミリーが現れ、ニックに催眠術をかけ、ニックが知っているはずの、パレオロゴス家に脈々と伝わる秘密を聞き出すと、兄の敵のデメトリウスJrを殺すが自分もナイフで刺され死んでしまう(エミリーは、ニックとアンドルーが隠したはずの父親の死体を火葬にしていた)。ニックとミゲルは再会し、パリへ向かう。そこで、マイケルが自分に残したかったメッセージがおぼろげながらわっかってく。*キリストが復活した40日の間にヤコブだけに告げた神の国が創られる日を「日々の数」として石版に刻まれテンプル騎士団の発見によって「最後の晩餐の窓」の桟にギリシャ語で書き込まれていた。 マイクル・コナリー ナイトホークス ハリウッド署刑事ハリー・ボッシュのベトナム時代の戦友メドーズが、ダムのパイプの中で死体で発見された。ロス市警のアーヴィングとその部下ルイスとクラーク(ドールメイカー事件からの内務監査課員)の監視をかいくぐりながら不動産を副業とする相棒のエドガー、そしてトンネル銀行強盗を追うFBI捜査官エレノアと真相を追う。 事件を目撃した不良少年シャーキーは何者かに殺されるが、強盗の本当の目的が、貸金庫にあったビン警官がベトナムから持ち込んだ1800万ドルのダイヤであること、その黒幕がエレノアの上司ジョン・ロークであることを突き止める。ジョンが強盗を仕組みメドーズもシャーキーも殺していたのだ。 さらに、危機一髪ジョンを殺してボッシュを助けるエレノアも、兄の敵を討つためにジョンを罠にかけようとして事件に関わっていたのだった。彼女はボッシュの前から去り自首する。 *ボッシュの母は街娼で彼が11才の時に殺される。父親はロスで著名な弁護士マイクル・ハラー。ボッシュは彼が死ぬ前に1度だけ合っている。ハリー・ハラー・荒野の狼。 マイクル・コナリー ブラックアイス 「俺は自分が何者か分かった」という遺書を残しモーテルで顔を打ち抜いて死んだハリウッド署麻薬課刑事カル・ムーア。ボッシュは彼の妻シルビア(国語教師)にカルの死を伝えに行って以来、彼女の魅力に惹かれていく。 ハワイ産の麻薬「ガラス」の運び屋ジミーが殺された事件を追っていたボッシュは、死ぬ前のカルからメキシコ産の麻薬 「ブラック・アイス」が競合していることを聞いていた。 その後の捜査で、カルが国境の町カレクシコウの名士セシル・ムーアとメイドとの間にできた子で、世間体を気にするセシルによって家を追い出されていたこと、メキシコの麻薬王ソリージュとは兄弟のように育った仲で警官としてソリージュを助けてきたこと。さらにモーテルで殺されたのはソリージュで、すべてカルが仕組んでいたことをボッシュは突き止める。カルは妻を差出人とする偽の手紙で内務監査課を動かし、さも自殺する原因があるように思いこませていたのだ。 かつてセシルとカルが過ごしたという城でカルを見つけだし射殺するボッシュ。顔を撃ち誰が被害者かわからないようにして。 マイクル・コナリー ブラック・ハート 11人もの女性をレイプし死顔に化粧を施したドルーメイカー事件から4年。犯人ノーマン・チャーチ逮捕の際、ボッシュはノーマンが枕の下から銃を取り出そうとしていると誤って射殺してしまったことから、ロス市警からハリウッド署に格下げとなっていた。実際、枕の下にはカツラしかなかったのだ。窮地に追い込まれたボッシュを励ますシルヴィア。 しかし、裁判の日の朝、警察に真犯人を名乗る男からのメモが投入され、新たにコンクリート詰めにされたドールメイカーと同じ手口で殺されたブロンド美女の死体が発見される。 捜査班は警察内部の事情に詳しい人間による模倣犯罪ではないかという確証のもと、風紀取締課のモーラ刑事を内偵する。モーラは、違法ポルノビデオ摘発に携わるうちその世界にのめり込んでいたのだ。しかし、真犯人はロサンゼルス・タイムズのブレマー記者であった。 マイクル・コナリー ラスト・コヨーテ ロス大地震でボッシュの家は半壊しシルヴィアも去っていく。パウンズ警部補とのトラブルから強制休職処分を受け精神分析医イノーホスのカウンセリングを受け続けるボッシュは、母親・マージョリー殺害の謎に取り組む。そして、ジャスミンという名の毎日絵を描いて過ごしている女性との出会い。当時事件を担当した刑事たち(アーウィングも含めて)を追ううちに、元地区検事局長コリンクトンに行き着く。 事件を追っていたパウンズ警部補は何者かに殺される。マージョリーを愛していたコリンクトンに婚約を踏みとどまらせたのは、当時彼の参謀的な役割を担っていたミゲルであり、彼は口封じのためにポン引きジョニーを殺したのではないかと推理する。 ボッシュはミゲルを追い詰めるが、用心棒・ヴォーンには逃げられてしまう。イノーホスの、殺害したのは女性ではという指摘に、母の同僚キャサリンをたずねるが、彼女は、自分はジェラシーからマージョリーを殺害したというボッシュへの遺書を残して自殺していた。そしてキャサリンの家には、ミゲルの用心棒ヴォーンがボッシュを倒すために待ち受けていた。彼は死んだはずのポン引きジョニーだった。 マイクル・コナリー トランク・ミュージック ロス郊外の空地に停められたロールス・ロイスのトランクに男の射殺死体があった。「トランクミュージック」と言われるマフィアの手口で殺されたのは映画プロデューサーアントニ・アリーソ。彼は組織の金を洗浄する仕事に関わっており、税務当局の捜査を恐れた犯罪組織に追いつめられた可能性もある。 被害者が最後に訪れたラスベガスに向かったボッシュは偶然エレノアに再会する。FBI捜査官の驚くべき事実。事件は二転三転するがエレノアの一言でボッシュは事件の確信に迫る。 マイクル・コナリー 堕天使は地獄へ飛ぶ 黒人の権利を守るリベラルな弁護士・エライアスがケーブルカー「エンジェルフライト」の頂上駅で何者かに射殺された。エライアスは、幼女・ステーシー殺人事件の容疑者のハリスが取り調べ中に警官・シーアンから暴行を受けたというブラック・ウォリアー事件で、ロス市警に多額の賠償請求の訴訟を起こしていた。 ロス市警副本部長のアーヴィングから捜査を任されることとなったボッシュは、部下のジェリー・エドガー、キズミン・ライダー、そして内務監査課(IAD)の刑事チャステインらとともに捜査を開始する。 エライアスがステーシーの母・ケイトからの密告でステーシーが義理の父・サムによって性的虐待の末に殺害されたことをつかんでいたことを知ったボッシュはケイトに事情を聞くが、すべて明かした後ケイトは自殺。サムとその部下はすでにケイトによって殺されていた。 やがて、条痕検査の結果、シーアンがエライアス殺害の犯人ということになったが、彼はボッシュの家で自殺死体で発見される。事件は解決したに見えたが、実は永年エライアスに密告していたチャステインこそが、裁判でエライアスに関係を暴露されることを恐れてエライアスを殺し、シーアンも自殺に見せかけて殺したということがわかる。ボッシュはチャステインを拘束し護送するが、その移動中、ブラック・ウォリアー事件に端を発した黒人の暴動に巻き込まれチャステインは殺されてしまう。アーヴィング副本部長から仕事への復帰を条件に事件を口外しないことを約束させられるボッシュ。空虚な心を満たすべくギャンブルの世界に戻っていく妻のエレノア。 マイクル・コナリー シティ・オブ・ボーンズ 一匹の犬がハリウッド近くの山奥から20年前の12歳前後の少年のものだという骨をくわえてきた。周辺から発掘された骨から死因は頭部への殴打。長年にわたる虐待の跡もあった。ハリウッド署のボッシュ刑事は少年の無念を晴らすため、パートナーのエドガーとともに懸命の捜査を続ける。 しかし、任意で事情聴取した現場近くに住む少年犯罪の逮捕歴があるニコラス・トレントは、キズの相棒・ソートン刑事のリークからマスコミ報道されると、無実を訴える手紙を残して自殺をしてしまう。 捜査の不手際について警察上層部から圧力を受けながらも真相を求めるボッシュのもとに、少年が自分の弟ではないかという女性・シーラ・ドラクロアから連絡が入る。シーラに見せられた写真をたよりに少年の友達だったジョニー・ストークスを見つけ話を聞こうとするが手がかりが得られない。 20年前の少年・アーサーがシーラの弟であると確信したボッシュは、少年の父親・サミュエルを訪ねる。一旦は一連の犯行を認めたサミュエルだったが、彼は、自分が娘のシーラを虐待していたことで、シーラが弟を虐待し死に至らしめたと勘違いしシーラをかばっていたのだ。 捜査は振り出しに戻ったかに見えたが、トレントの遺品のスケートボードに残されたアーサーのイニシャルと、殺害当時里親として多くの子供たちの面倒を見てきた老夫婦の残した写真からストークスを見つけると、ストークスがスケートボード欲しさにアーサーを殺したことを突き止める。銃撃戦の末、ボッシュと恋仲になっていた(過去にストークから銃撃を受けた)新人警官・ジュリアの相棒によって殺されるストーク。事件は解決し、ボッシュはソートンの後釜としてロス市警行きが決まっていたが、バッジを置いて署を後にしてしまう。 マイクル・コナリー わが心臓の痛み 数々の連続殺人事件を解決してきた凄腕のFBI心理分析官・テリー・マッケイレブ。彼は心筋性を悪化させ入院していたが、彼の特殊な血液型に合致する心臓が届き一命を取り留めていた。その後、父親から譲り受けた船のレストアをしながら術後の養生生活を送っていたある日、「あなたの心臓は私の妹グロリアのものよ」という美しい女性グラシエラがあらわれ、妹をコンビニで殺害した犯人をつかまえてくれ、地元の刑事は頼りにならないからと懇願する。 隣の船の住人バディを運転手に雇い、現場を再検証するマッケイレブは、残された条痕から、以前に同一犯人による殺害(ATM強盗)がおきていたことを知る。その被害者コーデルはグロリアと同じ血液型であった。融資の不正で裁判中に自宅で殺害されたケニヨンも同じ血液型だった。ドナーを確保するために3人を殺害したという疑いから容疑者にさせられてしまうマッケイレブ。 マッケイレブは、グロリア殺害以前に通報者が連絡していた矛盾をビデオで確認し、この通報者がコーデル殺害の目撃者でもあるヌーンの変装だと見抜く。マッケイレブを犯人に仕立てようとしたのはヌーンで、彼が唯一残した指紋から、彼がアカデミーの落伍者クリミンズだということがわかる。クリミングスは、ロス市警の管轄で殺人をおかしていたコードキラーだった。最後にクリミングスを殺し、誘拐されていたグラシエラとグロリアの息子レイモンドを助けだすマッケイレブ。 *映画での犯人はバディ。 マイクル・コナリー 夜より暗き闇 マッケイレブは、保安官事務所の女性刑事ジェイ・ウィンストンから、6年前に売春婦を殺害したとされながらも不起訴になっていた塗装工の男ガンが何者かに殺害された事件の分析を依頼される。現場に残されたフクロウの像に注目したマッケイレブは、中世初期からルネッサンス後期にかけて、フクロウが悪を象徴していたこと、ヒエロニムス・ボッシュという画家がフククロウを特に好んで描いたこと、男の殺害され方が画家のボッシュの絵にそっくりだったこと、ハリー・ボッシュの家に画家のボッシュの絵が飾ってあったことなどから、事件の犯人がハリー・ボッシュだと確信する。 映画監督のストーリーが事故死に見せかけて女優を殺した事件の訴追刑事として世間から注目されていたボッシュだったが、マッケイレブの船に忍び込み、現れたマッケイレブに、見逃したことはないかもう一度調べろと伝えて立ち去る。 マッケイレブは、ガンが殺される前夜彼を保釈したのが、かつてボッシュと同じハリウッド署に勤務していたタフェロで、今はストーリーの右腕の私立探偵であることを突き止めるが、逆に襲われボッシュの仕業としてガンと同じ不自然な手口で殺されそうになる。危機一髪、ボッシュに助けられるマッケイレブ。 真相は、裁判を無効にしようとして、ボッシュを陥れるためにストーリーがタフェロと仕組んだ罠だった。ストーリーは、一連の女性殺害の犯行を認める。 *『ザ・ポエット』の主人公ジャック・マカヴォイもタフェロのたれこみでボッシュを取材するキャラクターとして登場。 マイクル・コナリー 暗く聖なる夜 ハリウッド署の刑事を退職し私立探偵となったボッシュには、心残りな未解決事件があった。それは4年前、映画製作スタッフのアンジェラが自宅前で殺され、その数日後、彼女がかかわっていた映画のロケ現場で取調べをしていたでボッシュの目の前で撮影用に準備していた200万ドルの現金が強奪された事件だ。 犯人の一人はボッシュによって殺され、銀行員のライナスが流れ弾に当たる。事件はボッシュの手から別の刑事、ロートンとジャックに引き継がれるるが、奪われたはずの現金のナンバーが独自にコンピュータで洗い出し作業をていたFBIの女性捜査官マーサ(元エレノアの同僚)の目にとまり、ロートンとジャックに告げられると、マーサは行方不明になり、ロートンは何者かに襲われて全身不随に、ジャックは殺害され、捜査は宙に浮いたままとなっていた。ロートンからの電話によって独自の捜査をはじめたボッシュに、ロス市警からの忠告、FBIからの横槍が入る。 銀行員のライナスが銀行を辞めた後、仲間たちと次々とクラブ経営に乗り出していることを突き止め、クラブに探りを入れた日、ボッシュはライナスたちに自宅で襲われるが、先にボッシュを襲おうとの家に潜んでいたロートンへの残忍な取調べが密告され首になっていたFBIのミルトンが身代わりになって殺され、ボッシュはライナス一味を撃退する。 200万ドル強奪はライナスが仕組んだもので、一味に加わっていたロートンとジャックも口封じのためにライナスに襲われていたことがわかる。ロートンはボッシュを使って復讐を果たしたのだった。 マーサと親しかった「トランク・ミュージック」にも登場したFBI捜査官リンデルとマーサの死体を掘り起こすボッシュ。ラスベガスで、カードで成功している元妻のエレノアの自宅を探り当てたボッシュの前に彼女が連れてきたのは4歳になるエレノアの娘だった。ボッシュと同じ目を持つ娘だった。 *「暗く聖なる夜」はルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」という曲の一節。 マイクル・コナリー 天使と罪の街 サウスダコタに左遷されたFBI捜査官レイチェル・ウォリングに、行動化学課のシェリー・ダイから、ロバート・バッカス(「ポエット」)が動き出したいう電話が入る。謎の人物から送られてきたGPSに記録されていた場所、ネバタのモハーヴェ砂漠で数体の遺体が見つかり、レイチェルを誘い出すメモが残っていたのだ。 バッカスは行動化学課でレイチェルの上司だったが、幼時の父親からの虐待が原因で、希代のシリアルキラーと化していた。現場に飛ぶレイチェルを尾行する整形して別人になりきっているバッカス。 一方、ハリー・ボッシュにも、6年前心臓移植によりFBIを退職したテリー・マッケイレブの死に疑問を持つ妻のグラシェラから、真相を調査してほしいと頼まれる。テリーは釣り船と観光船を兼ねたボートを持っていて、それなりに繁盛しており、薬の誤飲や自殺によって命を落とすはずはないのだという。ボッシュはボートに残された写真や地図、パソコンに残されたデータから、テリーもバッカスの存在に感づきザイジックスに誘い出されていたことを知る。 ラスベガスに飛んだボッシュはレイチェルと協力してバッカスの行方を追うが、バッカスの標的がかつて殺害しそこねた元ボッシュの同僚の警官で今は本屋を開いているエドだと確信した二人はエドの本屋を訪ねる。 そのボッシュと会った日、エドは古本収集家の家にバッカスに呼び出されて出かけてしまう。危機一髪、エドを救い出すがバッカスとボッシュは雨で水が増加した川に飛び込み流されてしまう。助け出されるボッシュと死体となって収容されたバッカス。 そして、マッケレイプは自殺だったことがわかる。自分の心臓が手遅れであると知ったマッケレイプは飲み続けなければ死んでしまう自分の服用しているクスリをただの粉に変え、殺人事件に見せかけて死んでいたのだ。保険を妻子に残すたに。 マイクル・コナリー チェイシングリリー ベンチャービジネスを立ち上げ成功を手に入れつつあるピアスは、研究に没頭していたために部下でもあった最愛の恋人ニコールに愛想をつかされてしまう。しかし、画期的なナノテク技術の開発(「プロメテウス」)が実を結び、今は特許出願と実用に向けての大口投資家(ゴダート)獲得の準備が進められつつある。そんな矢先ピアスは、新しい自分の電話番号に頻繁にかかってきたリリーという女あての間違い電話をきっかけに、会ったこともない失踪した娼婦の行方を追って奔走することになる。それは、義父から逃れて売春をしていた殺害された姉(ドールメーカー事件)への自責の念も作用していた。リリーの商売仲間ロビンからリリーの家を探し出し、そこで大きな血のしみを見つけたピアスは警察に通報したものの、彼が真相を究明する途中で不法に家宅に侵入したり証拠品を手に入れたことが知れてしまい、レンナー刑事から容疑者として扱われることになる。 無事、ゴダートとの契約はすすむが、ピアスはますますレンナーから追い詰められる。しかしロビンの証言から、一連の出来事が、ピアスの大学時代からの親友ゼラーが彼を嵌めるために仕組んだ罠だったことに気づく。ゼラーをラボに呼び出し、隠しマイクで会話の様子をレンナーに伝えながら追い詰めるピアスであるが逆に仲間たち(ウェンツ等)の侵入を許してしまう。レンナーは撃たれるが、撃ち合いのすえ声紋で制御できる照明を味方につけたピアスは勝ちゼラーは殺される。真相は、ピアスの研究によってクライアントである薬品メーカーが打撃を受けることを恐れたゼラーが、特許を取らせないように仕組んだことだった。しかもゴダートも彼らの一味だったことを知る。しかし、ピアスの機転で、部下を特許事務所に向かわせることで、2日はやく「プロメテウス」の特許は受理されていた。ニコールの必要性に気づき、彼女を雇うことに決めるピアス。 マイクル・コナリー ザ・ポエット デンヴァー市警察殺人課の刑事ショーンが変死した。自殺とされた兄の死に疑問を抱いた双子の弟で新聞記者であるジャック・マカヴォイは、最近全米各所で同様に殺人課の刑事が変死していることをつきとめる。FBIは謎の連続殺人犯を「詩人」(ザ・ポエット)と名付けた。犯人は、現場にかならず文豪エドガー・アラン・ポオの詩の一節を書き残していたからだ。事件はFBIの手に委ねられることになるが、ジャックは掴んだ事実を担保にFBIと強気な交渉の末にボブ・バッカスをリーダーとする捜査チームへの帯同を許される。やがて幼児の写真をネットで販売する、グッデンが捜査線上に浮かぶ。彼には子ども時代に保安官から陵辱を繰り返されていた過去があった。 ジャックが注文したカメラを受け取りに来たところを捕らえようと張り込んでいたが、女装していたグッデンに欺かれ捜査官の一人が殺され、ジャックはグッデンともみ合いの後撃ち殺す。グッデンが殺されたことで事件は解決したかに見えたが、幼児を殺害したのはグッデンだが、自殺に見せかけて警官を殺したのはバッカスの部下で捜査中にジャックと愛し合っていたレイチェルではないかと疑う。レイチェルは自分を陵辱する警官だった父親を殺害していた噂を知る。それをバッカスに告げるとバッカスは、レイチェルをおびき出そうとジャックを砂漠の工場跡地に連れて行くが、実は警官殺しの真犯人はバッカスで、バッカスに殺されかけたところをレイチェルに救われる。何日かして、バッカスのものと思われる腐乱死体が見つかる。 ゴードン・スティーヴンス カーラのゲーム カーラ・イサクは内戦下のボスニアの小さな町に住む元教師。スナイパーの銃弾におびえながら一人息子のために食料配給所へ通い、義勇軍兵士の夫アディンの帰りを待つ日々を過ごしている。国連軍事監視団の兵士たちもまた、この内戦の中、自らの命を危険にさらしていた。そんな彼らに危機が訪れたとき、ようやく国連はこの地域への空爆を決定、英国の精鋭、SASの部隊が爆撃ポイントの指示のため現地に進出する。だが、SASの部隊はセルビア軍の砲撃に曝されで大きな損害を受けてしまう。瀕死の重傷を負ったSASの兵士たちの危機を救うカーラ。しかし、国連も西側諸国も見せかけの停戦監視に終始しする。 そんな中、盲腸になった息子ヨヴァンをなんとか病院へ担ぎ込むが、病院は爆撃を受け、息子は瓦礫の下に埋もれ、夫もスナイパーに狙撃されて命を落とす。すべてを失ったカーラは、3日間歩き続けて祖母の家にたどりつくが、祖母の姿はない。カーラは避難所で眠り、配給を受けて何とか生き延びる。このままではだめになると気づいた彼女は、闇市で物資を仕入れることを思いつく。小麦粉や砂糖と引き替えに、防水のコートやブーツ、アパートや荷物を運ぶ乳母車を手に入れる。何としても生きなければならないのだ。事業は軌道に乗るが、SAS隊員のフィンの言葉"敢然と戦う者が勝つ"の言葉を実践に移すべく西側諸国への復讐を誓ってテロリスト組織に加わる。カーラを訓練したのは、旧東独秘密警察クシュタージの出身でイスラム原理主義のお雇い教官ケーファー。 やがてカーラは組織から独自の動きをし、ルフトハンザ航空3216便をハイジャックし、機長にロンドン行きを命じる。世界に向かってボスニアを救ってほしいと要求するカーラ。国連による北爆が開始される。ハイジャックのリーダーがカーラであることを確信するフィン。フィンや同僚のジャナーたちのチームはノハイジャク機に突入する。カーラの姿は機の中から消えていた。フィンたちが突撃隊の衣服を着せ、密かに外へ逃がしていたのだ。ニュースのビデオを見ていてそのからくりに気付くフィンの妻キャズ。夫に内緒でボスニアの人々を支援するデモに参加していた彼女は、ひとり納得する。 *「バルカンのゲーム、と彼は心のなかで呟いた。まずセルビア人とクロアチア人とムスリムのゲーム。次がセルビア人と西側諸国のゲーム。三つ目はロンドン、ワシントン、モスクワ、パリのゲーム。国連と安全保障理事会を構成する各国政府のゲームが四つ目。そのうえ国連内部で争われるゲームまである。このゲームのまっただなかに国連の援助を必要としている人間がいる。が、そう考えたとたんゲームのプレイヤーは敗北を喫する。ゲームがはじまりもしないうちに。」 ジェフリー・デーヴァー 黒い薔薇 オレゴン州ポートランドで発生した連続女性失踪事件で失踪した女性たちの枕元には、「Gone, But Not Forgotten(去れど、忘れられず)」と書かれた紙片と黒く塗られた薔薇が残されていた。女性はたちは、いずれも社会で成功している人物の妻たちで現場に争った跡がない。捜査にあたっていた地方検事アラン・ペイジは、まったく同じ事件が10年前のニューヨーク州ハンターズポイントで起きていたことを、当時の捜査チームに所属していた女性刑事ナンシーの来訪により知る。 当時の犯人の名はピーター・レイク。彼は妻子を殺された被害者とし有力者のコネを使って捜査陣に加わっっていたが、自分に容疑がかかるや別の人物に罪をきせ、生存者の居場所を教えることを条件に司法取引をして解放されていたのだ。そのレイクこそ今やポートランドの有力実業家となったダライアスで、今回の連続女性失踪事件にも絡んでいるのだという。家庭内暴力に悩む妻たちを幾度も助けてきた女性弁護士ベッツィは、事件発覚直前にダライアスから破格の報酬で弁護を依頼されるが、ダライアスの建設予定地から惨殺された4人の遺体が発見されると、弁護を降りることに決める。 結局犯人は、ベッツィに取材を申し込んでいたレポーターの女性で、彼女はハンターズポイントの生存者の一人だったのだ。すべては、ダライアスに罪を着せようと仕組んだもので、ダライアスも、自分を疑って調べにきた探偵を殺害していたために逮捕される。 ウイリアム・L・デアンドリア ホッグ連続殺人 ニューヨーク。吹雪荒れ狂う冬の日。交通事故で大学生が命を落とす。当初、看板が落下したことによる事故と思われていたが、新聞記者ビューエルの元にHOGという署名の犯行声明が届く。警察の捜査をあざ笑うかのように街に増え続ける死体たち。名探偵ニッコロウ・ベイネデイッティ教授は警察からの依頼で調査に乗り出す。被害者たちをつなぐミッシングリンクとはいったい何なのか。意外なことに真犯人はピューエルだった。ある人物の殺人を隠すために、事故死の人々を殺人にみせかけていたのだ。 フィリップ・K・ディック 流れよ我が涙、と警官は言った 三千万人のファンから愛されるマルチタレント、ジェイスン・タヴァナーは、安ホテルの不潔なベッドで目覚めた。昨夜番組のあと、思わぬ事故で意識不明となり、ここに収容されたらしい。体は回復したものの、恐るべき事実が判明した。身分証明書が消えていたばかりか、国家の膨大なデータバンクから、彼に関する全記録が消え失せていたのだ。友人や恋人も、彼をまったく覚えていない。"存在しない男"となったタヴァナーは、警察から追われながらも、悪夢の突破口を必死に探し求める。現実の裏側に潜む不条理。 フィリップ・K・ディック アンドロイドは電気羊の夢を見るか 最終世界大戦のために地球は放射能灰に覆われている。人類の多くは他の惑星に移住したが、少数の人間は放射能汚染により「特殊者 (スペシャル)」の烙印を押されることを恐れつつも、地球に残っている。放射能汚染に耐えてわずかに生き残った動物は法律によって手厚く保護され、非常に高い値段で取り引きされている。本物の動物を買えない人々は精巧な機械の代用品で我慢している。主人公のリック・デッカードは、脱走アンドロイド(主人である人間を殺害して植民惑星から地球に不法入国してくる)を廃棄処理するバウンティ・ハンター(賞金かせぎ)である。家には欝気味の彼の妻がおり、家の屋上のドームには彼の電気羊がいる。アンドロイドには人間の持つ感情移入(エンパシー/共感)能力がないので、フォークト=カンプフ感情移入度測定法によって、目の前の人間が本当の人間なのか、それとも人間の姿形をした機械に過ぎないのかを、判断することができる。 しかし、この測定法や骨随分析による判定法も、アンドロイドがますます精巧になるにつれて、その判定力が怪しまれるようになってきている。リック・デッカードは最新のアンドロイドであるネクサス6 型の、不法入国してきた6体を見つけ出し始末する。 ボストン・テラン 神は銃弾 デスクワーク専門の警官ボブの別れた妻サラとその夫が惨殺され、一人娘ギャビが連れ去られた。犯人はカルト集団「左手の小径」の残酷無比な教主サイラスと知ったボブは、元教徒でヘロイン中毒から更生しつつあるケイス(少女時代にサイラスに誘拐され犯され痛めつけら続けてきた)の力をかりて、娘を捜し求めてカリフォルニアの荒野を転々とする。ケイスが真っ先にしたことはサイラスの仲間である刺青師フェリーマンから武器を調達し、無理やりボブに刺青を入れさせたことだった。勝ち気でタフ、頭の回転も決断力もすぐれ、拳銃の扱いも鮮やかだが、繊細で傷つきやすい心をもつケイス。愛と信仰を至上とする価値観を根底からゆすぶられ、身をふるわせて殺人を犯すボブ。どこまでも2人を煉獄に追い込むサイラス。 ギャビの誘拐は、サラの父で不動産業を営むアーサーと保安官事務所長ジョン・リーが土地を手に入れるために、サイラスを育てていた老婆ハンナを殺害した25年前の事件(「ファーニス・クリーク・カルト殺人事件」)の復讐でもあった。しかしサラの夫の死に関しては、自分の妻モーリーン(アーサーと共同経営者)がサラの夫と関係があることを知ったジョン・リーがサイラスを使って殺害させたものだった。真実を知ったモーリーンとアーサーは偶発的にジョン・リーを殺害してしまう。結末近くで、サイラスの仲間の麻薬の売人グレイを騙して金を奪った二人は、その金と引き換えにギャビを救出するが、格好の狩猟ゲームのターゲットとなり荒野を逃げ回る。逃亡の最中ヘリコプターに見つけられ救出されるが、サイラスも姿を消す。心も体もぼろきれのようにずたずたにされたギャビ。ケイスがサイラスを殺したことを知ると、ギャビとボブはアーサーにもモーリーンにも告げず家を出る。 *「神は銃弾」とは、「神は頭にまっすぐに向かう銃弾である。死ねば、その瞬間から人は楽になる」という意味。 R・N・パタースン サイレント・スクリーン サンフランシスコの新聞社社長夫人がテロリストに拉致された。衛星中継の設備を持つ犯人は同日の夜、地元のテレビ局に夫人の拉致場面を送信、局はそれを放映した。フェニックスと名乗る犯人はテレビ画面を通して犯行声明を行う。犯人はもう一人、人気女性ロック歌手ステイシーのマネージャー、デイモンも拉致していると述べた後、以後七日間にわたりテレビ裁判を行うと告げた。その映像を見ていた弁護士ロードにステイシーから助けて欲しいとの電話が入った。二人が会うのは一年ぶり、上院議員暗殺事件裁判の法廷以来だった。 一年前、ステイシーは恋人の上院議員をキルキャノンの資金難を救うべくコンサートを開催。その会場で上院議員はデイモンの雇っていたベトナム時代の戦友、カースンに射殺された。逮捕されたカースンは弁護をロードに依頼し、その裁判で弁護側ロードと検察側ステイシーは出会った(裁判はカースンの心身喪失ということで無罪になる)。そして今、フェニックスは映像を送信し要求を告げる。ステイシーがコンサートを開き視聴者から五百万ドルの寄付金を集めること。新聞社社長は過去20年間の所得を公表し困窮者に寄付をし視聴者に賛同を得ること。フェニックスの正体はデイモンで、デイモンは誘拐された新聞社社長婦人の(20年近く前に誘拐され)死んだはずの息子だった。カースンを尋ねたロードは、カースンがデイモンに頼まれてキルキャノンを殺害したこと、コンサートの収益をデイモンが盗んだことを知り愕然とする。 ロードはフェニックスの指示で身代金を運ばされるが、間一髪フェニックスを捕らえる。新聞社社長の妻は殺害されており、新聞社社長は護送途中のフェニックスを射殺し自分もその場で自殺する。ステイシーと離れられなくなるロード。 R・N・パタースン サイレント・ゲーム 敏腕弁護士として成功しているトニー・ロード(再婚した妻ステイシーはアカデミー賞助演女優。ハ−バード入学を目指す息子クリストファー。)は、28年ぶりに故郷スティールトンの地を踏む。今は高校の教頭をしている、かつての親友であり高校の年間優秀選手を競ったライバルでもあるサム・ロブを弁護(教え子の女子高生マーシー・コールダーを暴行し殺害した容疑)するために。 しかし、事件はトニーが28年前に経験した苦い事件に酷似していた。あの日、トニーはガールフレンドのアリスン・テイラーの無惨な死体を発見したが、自らが最有力の容疑者として周囲の冷たい目にさらされた。トニーに惹かれていた当時のサムの彼女(現在ロブの妻)スーは、アリスンの殺害後トニーと1度だけ結ばれる。黒人のアーニー・ニクソンもトムを慰めてくれた。優秀な弁護士レビンの助けもあり、証拠不十分で事件は迷宮入りとなり、高校を卒業したトニーは故郷を離れ、レビンの影響もあり弁護士になるべくハーバードへすすみ今日の成功をものにしたのだった。サムに圧倒的に不利な証拠が多いなか、(検事補のステラは執拗にサムが卑劣漢であり、教職に奉じるものとしてはあるまじき性的嗜好の持ち主であることを立証し、陪審員の印象を殺人者へと誘導する)、トニーは親友サムの無実のため奮闘する。あくまで弁護士として行動しながらも、サムを信じたいという気持ちと一抹の疑念の間でゆれるトニー。 陪審員のくだした判断は、評決不能。無罪を勝ち取る。しかし、スーの告白からサムがアリスンを殺害した真犯人かもしれないと知ったトニーはステラのもとを訪ね調査記録を見せてもらう。決定的な証拠を見つけたトニーはサムの家に向かう。すべてを告白し、サムは自殺を図る。 R・N・パタースン ダーク・レディ 中西部の寂れた鉄鋼の街スティールトンでは、街の起死回生を狙った野球スタジアムの建設計画の是非を焦点に、推進派で白人富裕者層をバックボーンとする現職市長クラジェクと、反対派で郡検事の黒人候補アーサー・ブライトとの熾烈な市長選が繰り広げられていた。クラジェク陣営には、今は衰退した鉄鋼によって都市を創り上げたホールの孫で鉄鋼から球団経営によって都市の再生と繁栄を願うピーター・ホールがいる。そして、アーサー・ブライト陣営には、ポーランド移民のマイノリティーである検察局殺人課長の職にある女性検事補マーズ・ステラと、白人主席検事補スローンが、ブライトが市長に当選することによって、空席となる検事選への立候補を画す。 しかし双方の陣営に死者が出る。球団建設の実際的責任者でホールの部下のトミー・フィールディング、そして、ブライトの選挙資金提供者である弁護士のジャック・ノヴァク。フィールディングは、黒人娼婦とともに麻薬の過剰摂取で死亡。ノヴァクは、黒のストッキングとガーターベルトだけを身に付けた裸身での首吊り。法廷で無敗を誇り、「ダーク・レディ(黒婦人)」の異名をとるステラは、尊敬するブライトの命を受けて、二つの変死事件を手がけるが、被害者の一人ノヴァクは、ステラのかつての恋人だった。市警刑事部長ナサニエル・ダンスとともに捜査を開始し、スローンの部下である捜査官マイケル・デル・コルサが助手として捜査に加わる。 ステラの過去に深くかかわるノヴァクの事件は、郡検事の地位を求めるステラを脅かし、過去の痛みと向き合うことを余儀なくさせる。かつては激しくぶつかり合ったが、今はアルツハイマー病を病む父の介護費用を負担し、妹からは憎しみの言葉をぶつけられる。そんなステラをまっすぐに見つめるマイケル。彼は、妻に去られ、7歳の娘を育てるシングルファーザーだ。いつしかステラはマイケルの存在に安らぎを感じるようになる。調査が進むにつれ、ステラは目の前に暗闇が広がっているのを感じる。麻薬、球場建設をめぐる利権、湖岸開発にさまざまな人々の思惑が絡む。そして、何者かがステラの自宅に侵入する。不信と疑惑に悩まされながら、ステラは、果敢に事件に立ち向かう。やがて、二つの事件が同一犯(現職の警官カラン。黒幕はマフィアのボス、ヴィンセント・モロ)によるものだと判明。さらに謎を解明する一本のビデオテープが見つかる。そこには、20年前のブライトが映っていた。彼の性倒錯と娼婦殺人を暗示するものだった。ブライトは自殺し、市長には、モロと現職市長の策略により失脚していた元市長が返り咲いた。 R・N・パタースン 罪の段階 弁護士クリス・バジェットは、テレビ・インタビュアーのメアリ・キャレリから弁護を依頼される。ピュリツアー賞受賞作家マーク・ランサムにレイプされそうになったところ、銃が暴発して死なせてしまったという。メアリは15年前のラスコー事件でともに法廷に立ち、何よりも息子カーロの母でもあった。クリスは女性弁護士テリ(テリーザ)とともに調査を始めるが、予審がすすむうちに、メアリの主張と検屍結果に微妙な食い違いがあることが明らかになる。検事マーニー・シャープは検死結果から、ランサムの着衣に硝煙反応がなかったことからもみ合った上の暴発でなく、ランサムの尻に残された引っかき傷も死後つけられたものであると指摘する。レイプは偽装されたものなのか。 やがてクリスは、、テリが聞き出したランサムの元妻や、ランサムに5年前にレイプされたと語る若き女性作家マーシー・リントンの証言から、現場に残されたテープが、ランサムがメアリを含む女性たちに対する妄想を高めるために使用されていたことを指摘する。中には、19年前に自殺した女優ロニーが精神科分析医に当時関係のあった大統領候補の目の前で二人の男を相手にさせられたと証言したテープもあった。また、オスカー女優リンジ・コールドウェルは、自分とロニーとのレズビアンの関係を公表するとランサムから脅されていたことを判事キャロライン・マスターズの前で(非公開)証言する。 そんなときランサムの自宅から、メアリが同じ精神分析医に告白していたテープが発見される。それはカーロをクリスに奪われたと訴えるメアリがラスコー事件でメアリが偽証したことを証言したものだった。そのテープは途中で終わっていたが、第2のテープは存在する。そこにはクリスを失脚させる証言が含まれているはずだった。そのテープを取り返すためにメアリは誘われるままにランサムのスイートをたずねて行ったのだ。 最終弁論の前日、テリはメアリがランサムを殺害した直後に宛名を入れずにテープをホテルから投函したと推理し郵便局でテープを見つけだした。それはクリスにとって、ラスコー事件の真相以上の衝撃があった。自分の息子と信じていたカーロは、ラスコー事件でクリスが糾弾していたメアリの上司でもあるウッズとの子供だったというのだ。結局メアリは、検察側の提案で不起訴になる。判決がでたあと、カーロのバスケットの試合を応援に行くクリス。夫リッチーとの溝に苦しむテリはクリスの存在に慰めを感じていたが、その気持ちは少しずつ変わっていく。 R・N・パタースン 子供の眼 利己的で生活力のない夫リッチーとの離婚を望む新進弁護士のテリ。しかしリッチーは離婚の条件として幼い一人娘エリナの監護権とそれにともなう養育費として年収の40パーセントを要求していた。攻撃はテリ自身だけでなく、彼女の上司であり著名な弁護士であり今では恋人でもあるクリス・パジェット、さらにはクリスの息子のカーロ(エリナに性的な虐待をしたとして訴える)にまで向けられる。泥沼の監護権争いの最中、テリとリッチーがイタリア旅行をしている間に、リッチーが自殺めいた死に方で発見された。銃をくわえ、自ら引き金を引いたように見えるが、検察はこれを他殺と断定。容疑者としてクリスを逮捕、起訴する。ありあまる動機に不確かなアリバイ。 疑わしい点はあるものの、逮捕には政治的な思惑の匂い(クリスの上院選への出馬を阻止するために地区検察長が動いていたことが発覚し後に罷免)もした。そんな中、クリスの弁護士キャロライン・マスターズは鮮やかな手腕で検察側の証拠を切り崩していくが、リッチーのアパートでクリスを見たという証人、発見された血のついたクリスのスーツが検察側から証拠としてあげられると形勢は一転に不利に。しかし紛糾した陪審のすえ、クリスは無罪を勝ち取る。クリスの無罪を主張するために証言に立ったテリとカーロではあるが、心の底ではクリスに対するかすかな疑いはあった。犯人はいったい誰なのか。そんな時、エリナを見ていた精神科医の先生から、エリナに性的な虐待を与えていたのがカーロではなく父親のリッチーであったこと、そのことをテリの母ローザにエリナが告白していたことを告げられる。 テリの父親から娘たちを守るために殺害したのがローザであり、今また孫のエリナを守るためにローザがリッチーを殺害したことを知るテリ。クリスは、それを知りながらローザをかばっていたのだ。この真相は当事者以外、決して公にされることは無かった。 スティーヴン・ハンター 極大射程 ベトナム戦争で活躍した伝説の狙撃者ボブ・スワガー軍曹は、アリゾナの山奥で隠遁生活を送っていたが、かつての上司・シュレック大佐から高精度ライフルの試射をして欲しいという誘いにのってしまい、米大統領暗殺未遂事件の犯人に仕立てられてしまう。このときエルサルバドルのロペス司祭が命を落とす。暗殺現場から逃走し真犯人を追うスワガー。スワガーを手助けする、戦死したスワガーの部下・ドニーの妻のジュリーと、FBIのニック、そして、ニックを慕う同僚のサリィだった。スワガーは、失踪していた車椅子の狙撃手ロン・スコットが真犯人であることを突き止めるが、ジュリーが彼らの人質になってしまう。エルサドバドルに関する元CIAのヒュー・ミッチャムらの陰謀を暴く秘密文書と引き替えに、ジュリーを救い出だすためウォシタ山地へ向かうスワガー。ニックと、かつてシュレックの部下だったドプラー博士の協力で、シュレックと120人の特殊部隊を殺害し、ジュリーを救い出すことに成功する。すすんで裁判にかけられるスワガーは、旧友の弁護士サムが彼のライフルが犯行に使われてないことを証明したことで無罪を勝ち取る。ライフルは、事前に安全措置としてスワガーが細工した物であった。 スティーヴン・ハンター ダーティホワイトボーイズ オクラホマ州マカレスター銃犯罪刑務所収監されていた終身囚ラマー・パイは、シャワー室で黒人囚を殴り殺した。黒人達の逆襲を恐れた彼は2人の子分(凶暴で智恵遅れの従兄弟オーデルと暴力を嫌う画家のリチャード)と脱獄を図る。彼らを追うのはオクラホマ州ハイウエイパトロールのベテラン刑事バド・ピューティ。一味の最初の潜伏先ステップフォード農場では逆に同僚のティムとともに撃たれ重症を追う。とんでもない悪党ではあるが不思議な魅力で周囲の人間を支配するラマーと追う立場でありながらティムを死なせた罪の意識とティムの妻ホリィと泥沼の不倫に苦悩するバド。しかしリチャードが描き続けていたライオンが彫墨が目的であることをつきとめたバドは、伝説の彫墨師ジミーがラマーに仕事している最中に急襲しオーデルを殺すが、自身も負傷する。次男ジェフにホリィのことを気づかれ、もう彼女とは別れると告げるバドだが、妻のジェンと間違えてホリィが誘拐されたことをラマーから知らされると、彼は最後の決着をつけに出かける。隠れ家をつきとめたバドは単身乗り込み、家の持ち主で一味になったルータベイズとラマーを殺す。リチャードは監獄に。妻のもとに帰るバド。 スティーヴン・ハンター ブラックライト アリゾナで妻ジュリィと愛娘ニッキと平穏に暮らすボブ・スワガーを、ラス・ビューティ(バド゙・ビューティの息子)が訪ねてくる。1955年逃走中の凶悪犯ジミー・パイ(ラマーの父)との銃撃戦で殉職したアーカンソー州警察官アール(ボブの父)の話しが聞きたいという。二人は過去の事件の洗い直しを進めるが、アールの死体から彼が受けた銃痕の致命傷になった一発がジミー(アールは戦友の遺言で彼の面倒を見ていた)たちの銃から発射されていないことをつきとめる。しかし、ボブたちに協力していた弁護士のサムが、地元財界のボスでギャングの元締めレッド・パーマの差し金でドゥェインに殺され、二人も幾度となく襲われる。アールの最後の日を知るジェドが釈放されたことを知る二人は、罠と知りつつ山中に入り、父を殺害した(ブラックライト・赤外線暗視スコープ)元陸軍少尉のジャック・プリーズとジェドとドゥェインを殺す。真相は当時の顔役が息子(現在大統領予備選出馬者エサリッシ)の黒人少女レイプ殺人を隠すためにアール殺害を企てたことを父の遺品である違反キップから究明する。さらにアールがその日ジミーの妻イーディとの間に関係ができラマーが生まれたことを知る。事件が解決して初めてホリィと父が暮らす家に行くラス・ビューティ。 スティーヴン・ハンター 狩りのとき 妻と娘との平穏な暮らしをソララトフの銃声が襲う。重症を負う妻のジュリィ。かつての夫ダニーはボストン(現CIA次官)の指示で、部下と反戦運動家トリックとの関係をスパイさせられるが、最後に命令に添わなかった罰として退役間近でありながら再度ベトナムに送られる。そこでスワガーとともに数々の成果を上げるが、退役前日にソララトフに射殺されてしまったのだ(スワガーも重症を負う)。ソララトフの狙いが自分でなく妻であることを察知したボブは、妻と娘をアイダホの山中に送り出す。同行してくれたのはFBI特別捜査官ニックの妻サリーだった。しかしそこにもソララトフの手がのびていたが、危機一髪ソララトフを倒しボストンの協力で3人を救出する。ジュリィが狙われた真相は、彼女がダニーとともにトリックに会いに行ったときに、一緒にいた男フィッツパトリックを目撃したからだ。現在ロシア次期大統領と目されているパッシンを。彼を見た人間はすべて殺されていた。ダニーも。最後がジュリィだった。パッシンは失脚し事件は解決したように思えたが、真の黒幕はロシアのスパイでもあるボストンであると知ったボブは、彼らをおびき寄せ、クレイモアで全員を殺害する。証拠を残さず。 スティーヴン・ハンター 悪徳の都 自分だけが生き延びたことを悔いて酒びたりの日々を送っていたボブの父アール(元海兵隊員先任曹長)は、硫黄島での戦功によりトルーマンから直に名誉勲章を授与された。式の後、彼の前に二人の男(新任のガーランド郡検察官と伝説の元FBIのパーカー)が現れ、保安官だった父チャールズが殺された町で、オウニーというギャングの牛耳るホットスプリンングスの浄化のために、選りすぐりの警察官からなる摘発部隊の指導をしてほしいと頼みにくる。厳しい訓練に耐えた12名の部隊はまず「サザンクラブ」を摘発するが、2件目の摘発で2人の黒人を流れ弾で死なせてしまう。辞めさせたショートもオウニーに寝返ってしまう。やがてオウニーは、絵画の不法所持でつかまるが脱走し、かつてチャールズに手引きされた渓谷の滑走路に向かう。ここで一味とオウニーはアールに殺される。オウニーが父の愛用していた銃を持っていたことから、オウニーが父殺しの犯人と知る。 *アールの子供は、人種の違いが非難される中、かつて助けたことのある黒人の医師によってとりあげられた。 スティーヴン・ハンター 最も危険な場所 1951年、州警察巡査部長アール・スワガーの親友で元地方検事のサム・ヴィンセントは、シカゴからやってきた弁護士ディビス・トゥルーグッドの依頼で、ミシシッピ州ティーブスの黒人町へ人探しに赴いた。依頼料は高額だったが、その黒人専用の刑務農場は、船で河を渡る方法しかない陸の孤島で、一度入ったら生きて帰れないと恐れられている地獄同然の所だった。到着早々サムは、地元の保安官に黒人女殺害の罪で不当逮捕され暴行を受ける。戻ってこないサムを心配したアールは、単身乗り込み救出に成功するが今度はアールが捕まってしまった。ビッグボーイという看守長の執拗な拷問と重労働にたえながら生き長らえていたが、敵と思っていた模範囚のフィッシュの手引きで脱出に成功。あくまでも法を遵守すべきだというサムの反対を押し切ってトゥルーグッドの資金援助のもと伝説的な銃の使い手を招集し、ティーブスの黒人を解放するために立ち上がるアール。彼にはもう一つの目的があった。それは、サムの調査により、死んだと思われていたストーン博士が国家的な政策としてすすめている、超梅毒菌と原子力を融合した兵器開発(囚人たちは実験台にされていた)を阻止することだった。真相を究明していく過程でサムの家に小包爆弾が贈られるにいたり(危機一髪で回避できた)、サムはアールを応援する側にまわる。周到な作戦により目的は達成された。エド老人だけが命をおとすが、戦闘によるものではなく満足な死だった。エドの孫娘サリィも勇敢に仲間を援護した。 *トゥルーグッドは、そこの所長が自分の義兄弟であることを知ると、母親の仇を討つために所長と相撃ちをして命を落とす。 極大射程 デイヴィッド・ピース TOKYO YEAR ZERO 1945年8月15日、警視庁捜査一課の警部補・三波は、品川の軍需工場で女性の腐乱死体が発見されたという報を受けて藤田刑事とともに現場に向かう。先に到着していた所轄の制服警官から、死体は工場の女子寮から行方不明になっていた宮崎光子であることを聞き出すが、そこに、二人の憲兵・武藤大尉と片山伍長が現れ、あっさりと現場の指揮権を奪ってしまう。やがて武藤は、寮の中に潜んでいた朝鮮人を捕らえると、犯人という確証のないまま、朝鮮人を斬り捨ててしまう。 そして1年後、芝増上寺で二人の若い女性の死体が発見される。事件を担当する三波刑事。同じころ、新橋のマーケットを支配した大物・松田義一が殺される。松田の後継者・千住から、真犯人を見つけろと強要される三波。彼は、カルモチン(睡眠薬)ほしさに、金ほしさに、自分のネタ元の新聞記者・林を松田殺しの真相を知る男として千住に売る。数日後、戸板に打ち付けられた死体で見つかる林。 カルモチン中毒で、常に身体中をガリガリと掻き、汗を拭いながら捜査に這いずり回る三波。俸給だけでは食うこともできず、ヤクザに顎で使われる三波は鬱屈と憎悪をためこんでいく。 やがて、殺害された女性の家族の証言から、捜査線上にGHQの洗濯所で働く小平良雄の名前が浮かんでくる。戦後犯罪史に名を残す連続強姦殺人犯・小平である。 そのころ警視庁内部では、GHQ主導で公職追放や戦犯狩りが進み、憲兵上がりの警官たちは不安に慄く。戦後焼け跡の混乱の中を、誰もが自分を偽ることで生き延びてきたではないか。「自称通りの人間は誰もいない」のだと、ますますカルモチンが手放せない三波。 自分が松田義一の殺害に関係していたことが明らかになるのを恐れて失踪する藤田刑事。宮崎光子のファイルのありかを執拗に聞きだそうとする三波の上司・安達警部。 やがて捜査の班長を降格になった三波は、かつての部下・石田と小平の余罪を追及しに栃木へ行けという命令を受ける。行き倒れと処理されていたいくつかの死体が、小平の仕業だったことを突き止める三波。捜査は終わるが、三波を栃木に置き去りにしろという命令を受けた石田に三波は殺されかける。しかし、逆に三波は石田をなぶり殺しにして東京に帰る。 東京から帰った三波は、千住こそが石田に自分を殺させようとした男であり、藤田をけしかけて松田を野地に殺させた男だと詰め寄るが、千住から、自分(三波)が元憲兵の片山伍長であることを指摘され動揺する。公職追放を恐れた片山は、1年前に品川の軍需工場であったことがある三波になり代わっていたのだった。最後に三波=片山は、安達=武藤大尉と対決するが、追い詰められ精神が錯乱して松沢病院に収容されてしまう。 あとがきで、片山が身分を乗っ取った三波は、宮崎光子事件の洗い直しに着手したことで安達とGHQに妨害され、同じく松沢病院に収容されていた森警部だったことが明かされる。 B.フリーマントル シャングリラ病原体 南極のアメリカ隊出先基地のひとつで異常が発生する。地球温暖化に警鐘を鳴らす地質学者ジャック・ストッダートは恋人でもある病理学者パトリシアらとともに本隊基地を出発、調査に向かうが、そこで彼らが見たものは本来の年齢からは考えられないほど老化した隊員達の死体だった。事態を重く見たアメリカ政府は調査に出向いた一行を最新鋭の医療設備を備えたフォートデリック微生物学研究所に隔離する。しかし調査隊員はストッダートを除き全員が発病し、白内障や痴呆などに見舞われ命を落としていく。 英国、フランス、ロシアから科学者がフォートデリックに召集され、政治担当官も同行してくる。英国の科学相ピーター・レネルはこの機に便乗して英国首相への道筋を確たるものにしようと画策する。ロシアから来たウイルス研究者ライサ・オルロフはノーベル賞受賞目指してロシアの研究所で発見された重要な事実を隠す。アメリカ政府も「京都議定書」に批准しなかった負い目から、ストッダートを長にした専門委員会を急遽設置し失点を挽回すべく必死になる。事態は刻一刻悪くなり、世界中で感染源不明、感染経路不明なインフルエンザが広まり、250万人が死亡してしまう。そんな時、シベリアの事故現場で前期石器時代の洞窟が発見され、そこに今回の南極と同様の急激な老化により死亡したと思われる死体がツンドラで冷凍保存されていたのが見つかった。直ちに現場に向かうフォートデリックの研究者たち。最終的に感染の原因が究明され一段落つくが、ストッダートの子を宿った英国人病理学者ジェラルディンは産婦人科で超音波レントゲンの画像を見て愕然とする。なんと彼女の妊娠した胎児は2歳児の体をしていたからだ。 ウォルト・ベッカー リンク アフリカの遺跡で、5万年前の地層から出てきた人物の化石は純粋なベリリウムと未知の合金で作られたプレートを持っていた。過去に宇宙人が地球に来たはずだとの自説を持つ考人類学者ジャックは、元の恋人サマンサの呼び出しで現場に向かう。指4本のミイラ。現場には武器商売で富を得たドーンがサマンサのスポンサーとして一緒に来ていた。発掘した化石とプレートを持ち出そうとした矢先、現地のドゴン族がプレートを取り戻そうと襲ってくる。彼らはそのプレートと同じ形のものをもう一つ、祖先から伝わるものとして持っていたのだ。 偶然にも首長を殺してしまったドーン一行は首長の胸当てになっていたプレートをもトラックに積み込み遺跡を後にした。だが、ドゴン族から逃げる途中で2つのプレートを向かい合わせたとたん、二つは融合し、空中にホログラムを浮かび上がらせた。ホログラムが指し示したのは南米のティアワナコ遺跡だった。彼らは春分の日にそこで現生人類の飛躍的進化の秘密にかかわる壮大な事実(宇宙人がミッシングリンクであったこと)を知る。ドーンは、同時に発見された核融合装置を独占するために、ジャック、サマンサ、リカルドを遺跡に生き埋めにするが、ジャックたちは脱出してドーン一味を追いかける。危機一髪核装置の起動を止めるが、遺跡から発見されたものはすべて海に投げ出された。 デイヴィッド・マーティン 嘘、そして沈黙 ある真夏の夜、男が屋敷に侵入し無軌道に漁っているうちに、家の主人である実業家・ジョナサンとその夫人・メアリーが帰ってきてしまう。狂気にとりつかれているその男、フィリップは逆上し、事態をまだつかめていない二人を即座に縛り上げて監禁する。 翌朝、「人間嘘発見器」の異名を持つ刑事・テディのもとへ捜査協力の依頼があった。実業家・ジョナサンが深夜にバスルームで自殺したのだが、その死には不審な点があるのでメアリー夫人から事情を聞いてほしいというのだ。 10数年もまえから「燃え尽きた」男になっていたテディは、「夫は深夜に発作的に自殺を図った」と主張する夫人に、いやいやながら尋問を開始する。その若くて美しい夫人の言葉には矛盾はなかった。自殺に使ったナイフの出所も、ジョナサンの腕にあったロープの跡についても、彼女はすらすらと説明した。 しかし、テディは何か引っかかるものを感じた。夜に何かがあったはずなのに、彼女はそれを隠している。 上司には「彼女はシロ」と告げつつも、テディは独自に調査を開始する。 そのころ、フィリップは陰惨な殺人を繰り返しながら、メキシコへ向かっていた。エキセントリックで凶悪な殺人鬼。美人で頭が良くて何かを隠している女。よれよれに燃え尽きた刑事。そして、二転、三転する真実。 デイヴィッド・マーティン 過去、そして惨劇の始まり 7年前に起きたカル・デ・サック殺人事件。犯人として捕まり、服役していたグロウラーは、実は無実だった。偽証した知人たちを尋ね、真犯人に復讐しようとするグロウラー。 一方、現在のカル・デ・サックの持ち主の妻アニーは、久しぶりに夫を尋ねてきて、夫がおかしくなっていることに気づく。アニーは屋敷内にもう1人、得体の知れない人物がいるのを知る。 夫・ポールが何かしらの事件に関わっていると考えたアニーは、過去の恋人であり、探偵であるテディ・キャメルを訪ね調査を依頼する。調べていくうちに、「象」「写真」というキーワードが浮かび上がる。 同時に、連続殺人事件が起こる。 グレン・リード 雪の狼 1995年、ビル・マッシーは40年以上前に死んだ父親の2度目の葬儀に立ち会う。CIAの工作員だった父ジェイク・マッシーは自殺したことになっていたが、実は合衆国大統領の極秘作戦「スノウ・ウルフ」のために命を落としていたのだ。 1953年、ジェイク・マッシーの指揮の元、孤高の暗殺者・スランスキーと薄幸の美女で元ソビエト兵・アンナの二人はスタ−リンを暗殺するためにモスクワに潜入する。しかし作戦はKGBの知ることとなり、全権を委託されたルーキンKGB少佐がその命を懸けてスランスキーとアンナの二人を追うこととなる。しかも、作戦をソヴィエトに知られたことを憂慮する合衆国側も、二人の抹殺を決定する。ジェイク・マッシーはソ連に入るが、スランスキーに撃たれ、やがて死んでしまう。必死に二人を追うKGBのルーキン少佐だったが、部下が手に入れた文書から、スランスキーが自分の生き別れた兄だったことを知ると、た二人は協力してスタ−リンの暗殺を遂行しようとする。 ルーキンに後のことを託してスランスキーは一人で乗り込み、スターリンを殺害(父親がスターリンにされたと同じ方法アドレナリンアトの皮下注射という方法で)したあと、自殺する。アンナ、アンナの子、ルーキン夫妻、皮商のアンリ夫妻は、アンリの仕立てた列車で無事ソ連を離れることができた。この一部始終は、葬儀の後、今はイスラエルに住む、年老いたアンナの口からビル・マッシーに伝えられた。 グレン・リード 亡国のゲーム ある日、アル・カーイダを率いるアブ・ハシムから米国大統領に、湾岸に駐留する全米軍の完全撤退と、世界各国に囚われている仲間の解放を要求する脅迫状が届いた。期限は7日、要求が完全に満たされなかった場合、ワシントンは致死性神経ガスによって壊滅される。大統領をはじめ米政府は実行犯を捕らえようと秘密裡に大規模な捜索を開始する。捜索の先頭に立つのが一人息子を軍艦コールへのアル・カーイダのテロでに殺されたFBIのジャック・コリンズだった。しかし、米側の動きはなぜかハシムに筒抜けで、彼はそのたびに要求を厳しくし、米政府はしだいに追い詰められていく(大統領の側近のジャーナリストがスパイだった。 偽の情報をハシム伝えたことで罠にはまり発覚)。もしテロが実行されれば50万人近くの犠牲者が出る。そんななか、遂に3人の実行犯(アル・カーイダ幹部モハメッド・ラシド、チャチェン人テロリストのニコライ・ゴレフ、パレスチナ人テロリストのカルラ・シャリフ=息子ヨセフの解放を信じてラシドに唆される)が明らかになり、コリンズたち捜査陣対テロリストの闘いが始まる。コリンズの現在の恋人ニッキとその息子ダニエルが自爆テロに巻き込まれ、ダニエルは瀕死の重傷を負う。コリンズとロシア連邦保安局のクルスク少佐(かつてニコライの親友)は、チャチェン人運動家(同じくニコライの親友)からの情報と、ラシドが簡易パラボラを使ってアフガンへパソコン通信をした位置を突き止め、そこで捉えたカルラの協力を得て、ラシドたちが神経ガスを保管する現場にたどり着く。しかし混乱の中、ニコライとカルラは裏切り者としてラシドに撃たれ(ニコライは即死)、ラシドはコリンズに撃ち殺される。カルラは一命を取り留めて厚く保護され、カルラがヨセフへと託した手紙には、ヨセフがニコライの子であることが語られてあった。 *この作品の第一稿を書き終えた直後に9.11の惨事が勃発したという。 グレン・リード 熱砂の絆 アメリカ人の青年ウィーヴァー、彼と幼馴染みのドイツ人ハルダー、ユダヤ人の血を引く娘ラーエル。彼らにとってカイロ近郊で遺跡を発掘しつつ友情と愛(二人はラーエルに惹かれていた)を育んだ1939年の夏は至福の時だった。だが第二次世界大戦が三人に別離を強いた。4年後、ドイツ軍情報部に所属するハルダーは、SS長官ヒムラーの側近シェーレンベルクから大戦の勝敗を左右する極秘任務を命じられた。目的地はカイロ。 ルーズベルト暗殺<スフィンクス>作戦が任務だった。そして同行者の一人がラーエルだった。ラーエルは任務のために収容所から連れ出されたのだった。二人は、米軍情報将校としてドイツスパイの摘発に当たるウィーヴァーと追いつ追われつの闘いを展開する。しかし実は、ラ−エルこそ筋金入りのナチで二人を欺いていたのだ。秘密の地下通路をたどって会見場所に侵入する二人。しかし暗殺計画は、直前で失敗する。60年後、姿を消していたハルダーの死体がエジプトの運河からあがる。アメリカから駆けつけるウィーヴァー。 |